年寄りの気になる会話
話し合いはエルヴィラが泣くか、オールドが声を荒げ他が諌めるかのどちらかで膠着状態だったものの、一応決着は着いた。エルヴィラと一緒に来た使用人の女性は、部屋に入ってすぐ室内に漂う雰囲気に圧され気絶してしまったのだとか。
今回の騒動を起こしたエルヴィラは暫く外出禁止命令が出された。出席すると返事したお茶会や誕生日パーティーも全てキャンセル。シトリンやリュドミーラが本気でエルヴィラの教育をし直すのか甚だ疑問だとオールドは猛追を止めない。キリのいいところで話を終わらせたい感満載なシエルの声がした。
「とりあえず、無事に終わりましたね……?」
「そうだね」
自分で言っておきながら疑問符がつく。外出禁止と言われリュドミーラに泣き付くも、追い討ちをかけるようにオールドに叱責され反論していた。激昂する気配を感じ、あの大声が再び来ると身構えた。オズウェルが「いい加減静かにしなさい先代公爵もエルヴィラ様も」と言い放つ。普段は苦労人な面しか知らないオズウェルの意外な一面を見れた。もうそろそろ行こうか? とヴェレッドが訊ね、ケインと顔を見合わせ、まだ行かないと首を振った。
「教育し直すと言うけれど、どうする気だい? 聞けば、家庭教師は1度一新したそうじゃないか」
「ええ……リオニーの知り合いに評判の良い家庭教師をしている夫人がいると聞いたのでリオニーに1度連絡を入れます」
「リオニーの知り合いか。外れはないだろうさ。じゃあ、私はファウスティーナ様と公子を迎えに行くよ。御一行様は馬車で待っているといい」
「さっきいた部屋に戻りましょう!」
「遅いよ。シエル様気付いているよ」
言うが早いか、扉が開けられた。
向こうにいるのはシエル。……えらく微笑が輝かしく見えるのは何故だろう。
「お待たせ2人とも。ヴェレッドは後でお説教ね」
「えーなんでー」
「えー、じゃないの。分かるでしょう。全く、2人にこんな悪戯をさせるなんて」
「だって気になるじゃない。俺も気になるし」
「やれやれ。公子、聞いていたなら話は早い。もう終わったから、お帰りになられるよ」
「分かりました」
何時から隣の部屋にいると気付いていたのか気になり、ヴェレッドに靴を履かせてもらいシエルの側まで行った。
「司祭様は気付いていらしたのですか?」
「何がかな?」
「私達が隣の部屋にいる事です」
「多分、いるだろうなとは思ったよ。ヴェレッドがいるし、君達だって何が話されているか気になっていたでしょう?」
全て事実で言い返す余地もない。
「あ」と発したファウスティーナはシエルの後ろを通っていく父の元まで。
「お父様」
「ああ、ファナ。騒がせて悪かったね」
近寄るとポンポンと頭を撫でられる。来た時よりも疲労の色が濃い相貌。聞いてる側もオールドの迫力と怒気が満載に込められた大声を聞くのは精神を削られた。
「いえ……」
一歩下がるとシトリンはシエルに向いた。
「では司祭様。僕達はこれで失礼します。
エルヴィラ、司祭様にお詫びを」
「……」
母のドレスに引っ付いて隠れていたエルヴィラは促され、そっと前へ出た。散々泣き喚いた後だから、目元は赤く、まだ瞳は濡れていた。何も言わないエルヴィラにリュドミーラが再度促し、項垂れるように頭を下げた。
「……申し訳、ありませんでした……」
「屋敷でしっかり反省しなさい。そして、これからは真面目に学ぶといい。そうすれば、君の世界がどれだけ視野の狭い世界だったか分かる筈さ」
如何なる理由があろうとも周囲に迷惑を掛けた事実は受け止めないとならない。今回の件でエルヴィラにはしっかりと伝わってほしい。すぐにリュドミーラのドレスの後ろに隠れたエルヴィラを苦笑しつつ、ファウスティーナに近付いて膝を折った。
「助祭さんがまだ先代公爵と話してるし、今日は元々予定のない日だからこのまま私と街へ行こう」
「良いのですか? 助祭様がまだお祖父様と話しているのなら」
「いいのいいの。先代公爵の相手は助祭さんで。叔父上がいたら叔父上に押し付けてやったのに……」
ここで先代司祭オルトリウスの名前を出した。良くない関係なのは言葉にされなくても察せられる。
屋敷の外へ行き家族を見送る。馬車に乗り込む直前エルヴィラが何か言いたげに此方を見るもシエルに頭に手を置かれて意識が逸れた。再び前を向いたら既に乗り込んだ後。一緒に来ていた使用人の女性は、別の馬車で帰らせるとのこと。
ヴィトケンシュタイン家の家紋が刻まれた馬車の1台は去って行った。
残るのは祖父が乗ってきた馬車のみ。
「着替えてくるから、部屋で待ってて」
言い残したシエルは屋敷内に戻った。ファウスティーナは言われた通り部屋に戻ろうと考えるが、祖父と助祭がどんな話をしているのか気になって仕方なかった。シエルが私室に行ったのを確認し、話し合いが続いている隣の部屋に入った。壁の穴はそのまま。靴を脱いで椅子の上に乗り、耳を穴につけた。
また祖父の声が大きくなっている。
「大体奴等王家は女神を独り占めし過ぎなんだ! 我がヴィトケンシュタインがあるからこそ、女神の生まれ変わりが生まれるというのに!」
「それ以上王家を侮辱する言葉を言ってみなさい。私にも考えがありますよ」
「っ、お前は何故昔からあの前王弟に従っているんだ? いや、先王にだってそうだ」
「貴方に言っても仕方ないでしょう。まあ、強いて言うなら腐れ縁みたいなものですかね。王城で迷子になっていたオルトリウス様を助けたのが運の尽き。貴方もそろそろ帰りなさい。また同じ目に遭いたいですか?」
「ぐ……!」
同じ目? 祖父の足の件だろうか。
話を聞いていると、祖父は王家が女神の生まれ変わりと婚姻を結ぶのを快く思っていない節がある。同時にあの舐めるような視線が浮かび、全身に寒気が走った。アーヴァに似ていると口にされた。女神の生まれ変わりが王族に嫁ぐのが気に食わないのは建前で実際はアーヴァに似ている自分を……。といった辺りで思考を停止した。寒気が止まらなくなる。
「シトリン様がアーヴァ様との婚約を拒否し続けていた本当の理由、貴方に暴露しても良いのですよ? そうなると立場が悪くなるのは貴方だ」
「な、何の話だ」
「貴方がこの国で最も犯してはならない禁忌を犯していると彼は知っているんですよ。だからアーヴァ様との婚約を絶対に避ける為、顔に傷を作ってしまった当時伯爵家の次女だったリュドミーラ様との婚約を強行したのですよ」
「ど……どこでそれを……」
狼狽え、声が震える。オズウェルの指摘はオールドも想定外。シトリンが知っていた、という事実も相俟って動揺が激しい。祖父の犯した禁忌とは? このまま聞けると期待したファウスティーナは、更に耳を穴にくっ付けた。
「ティベリウス様もオルトリウス様も知っています。あの2人がどうやって知ったかは知りませんが。予知能力なんてありませんよあの2人には。隣国じゃないのですから」
隣国と聞くと教会生活を始めて半年経過した頃、先代司祭オルトリウスが1度連絡も無しに戻った事があった。蚊帳の外に置かれたファウスティーナは詳細を知らされていない。
「ともかく、貴方は引き続き大人しく領地に籠もっていなさい。エルヴィラ様の再教育が上手くいかない時は処分でも何でもすればいい」
「元々、前からあの出来損ないは処分しろとシトリンに言ってあったのだ! それをあいつは」
「既に時代は変わった。何でもかんでも処分していい時代はとっくに終わったのですよ。第一、先の時代で処分必要な者は殆どした」
簡単に2文字の言葉を使って会話をするオズウェルとオールドに戦慄した。処分、とは間違いなく殺すということ。誰を? ――エルヴィラを。
そうなっては困る。エルヴィラはベルンハルドの運命の相手。この国で最も幸福になるには“運命の恋人たち”になること。相手であるエルヴィラがいなくなればベルンハルドは幸福とは真逆、不幸になる。
今はファウスティーナを大事にしていても何れは前と同じくエルヴィラを選ぶ。
「盗み聞きなんて悪趣味だねえお嬢様」
「!」
会話に気を取られ、背後から掛かった声に大袈裟に驚いてしまった。声を上げそうになったが相手の手が口に回って事なきを得た。相手――ヴェレッドは意地悪くファウスティーナを見下ろした。
「気になるのは分かるけどシエル様着替えもう終わったよ」
「あ、あのっ」
「なに。慌てて」
「助祭様とお祖父様が会話でエルヴィラを処分とか話しててっ」
「良いんじゃないの。不要物は処分しなきゃ。前の王様や先代様は、そうやって国をお掃除したんだし」
「エルヴィラは処分していい子じゃありませんっ。殿下の為にエルヴィラは必要なんです」
「いい加減シエル様も話をする気になったから、シエル様に相談してみたら?」
ベルンハルドとの婚約破棄を願っていると知りながらも3年間何も聞いてこなかったシエルが遂に話をする気になったと聞かされ、椅子から下ろされシエルの待つ玄関ホールへ足を運んだ。ファウスティーナは元々出掛ける前提の服装だったので着替えの必要はなかった。シエルはシンプルな服装だった。割と裕福な平民に見えないでもないが、見た目が良すぎるせいでお忍び貴族にしか見えない。
差し出された手を握った。
「司祭様」
「私のお気に入りのカフェに行こうか。そこ、VIP用に個室もあって重宝してるんだ」
「はい……」
本当にシエルが話をする気になった。「シエル様俺も付いて行って良い?」とヴェレッド。「嫌だって言ってもどうせ来るんでしょう? 好きにしなさい」と振り向きもせずシエルは発し、ファウスティーナに微笑を向けた。
「そう固くならないで。君の考えを聞かせてくれればいい」
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