さようなら、愛しい人 ー最後の最後までー
――最後に見られて良かった……
先頭を騎士が歩き、周りを侍女で固められ、裏門に向かうファウスティーナは1人そっと息を吐いた。支度をしている最中に突然ベルンハルドが来た。彼からしたら、法の裁きを待たず、王家と公爵家が決定した罰に納得がいかなかったのだ。実際に罪を犯すかなり前に企みに気付き、阻止をされた。被害者になる予定だったエルヴィラは何も知らず、協力を仰いだ男は既に確保済み。必要以上に騒ぎを大きくする事もない。ファウスティーナは止める騎士や侍女に首を振り、必死な形相で何かを言おうとしたベルンハルドに……最後の思い出となるよう心からの微笑みを向けた。
『さようなら……私を愛してくれないあなたなんてこっちから願い下げですわ』
『――――』
『永遠に、子供の頃から大事に大事に守ってきたエルヴィラとどうぞお幸せに』
最後の最後くらい、もっと可愛げのある台詞を言えば良かったのか。あの時の口付けは何だったのか。
でもこれでいい。周囲に人がいなければ、本心を言えたが……最後の最後までベルンハルドがエルヴィラを愛し、自分は嫉妬の末に凶行に走ろうとした哀れな女を演じればいい。心の底から祝福を願う純美な笑顔に魅了されたのは果たしてベルンハルドだけだったのか……。
呆然とし、表情から一切の感情が削げ落ち、動かなくなったのを機とし、騎士達はベルンハルドを部屋から出した。彼が動かない間に支度を早め、逃げるように侍女達と部屋を出た。
裏門で待機していた馬車には公爵家に戻ってからずっとお世話に神官のジュードが待っていた。
「お嬢様!」
ファウスティーナの姿を見るなり駆け出した。ジュードは侍女や神官から彼女を引き取ると馬車に乗せた。2人が乗ったのを確認すると御者が馬を走らせる。
「話を聞いた時は驚きましたよ。何をやってるんですか」
「ごめんなさい……」
「どうせ、司祭様やメルディアス様辺りが企んだのをお嬢様がしたと偽ったのでしょう? こう、もう少し穏便に済ませる方法でも良かったのに……」
「ううん。それだと、殿下は1人で握り潰してしまうでしょう? 周りから、運命の恋人を殺そうとした婚約者を断罪した王太子って印象付けるのが1番効率的なの」
「だからって……。ああもう言わないでおきましょう。屋敷に戻ったら旦那様にお会いしましょう。お嬢様のお帰りを待ってます」
「うん……」
「それと奥様の怒りがすごいですよ」
「1番大事なエルヴィラを殺そうとしたからでしょう」
あの母にとっての愛娘はエルヴィラ。怒り狂っていようがもう会う気はない。ジュードに頑張って部屋に入れないようにしてねと両手を合わせたら、頑張ります、と苦笑された。
話している内にも馬車はヴィトケンシュタイン公爵邸に近付く。裏門に回り、馬車から降りたファウスティーナは待ち構えていたリンスーに抱き締められた。
「お嬢様……!」
「リンスー」
「お嬢様、どうしてもっとマシな計画を司祭様にお願いしなかったのですか!? お嬢様が自分で企んだものじゃないと奥様やエルヴィラお嬢様、2人の側近以外皆分かっています!」
この中でリュドミーラやエルヴィラの感覚が多分正しいのだと思うが、ファウスティーナの幼い頃を知り、且つファウスティーナに同情的な人は味方寄りだった。リンスーの体をそっと離し、父シトリンが待つ部屋に向かう前に着替えましょうとリンスーと私室に入る。ジュードは前に待機してもらうが……すぐに騒がしくなった。途端、乱暴げに扉が開かれた。
「ファウスティーナ!!」
身嗜みには人一倍気を遣うリュドミーラが髪を乱し、鬼も泣いて走る去る凶悪な相貌で乱入。大股でファウスティーナに近付くや勢いよく手を振り上げた。そのままの流れで手が振り下ろされるもリンスーが咄嗟に腕を引っ張った。お陰でリュドミーラの手は空振り、勢いが強過ぎて前方へ倒れた。
「良かった……」
「ありがとうリンスー……」
母の事だから絶対に手を上げるだろうと覚悟していた。受けてきた平手打ちの中で最も強烈な1発が齎されるだろうと。蹲ったリュドミーラだったが、すぐに立ち上がった。
「よくも、よくも、よくもエルヴィラを……!!」
「奥様! お嬢様は確かに超えてはならない一線を踏んでしまいましたが誰も傷付いてないのですよ!」
「お黙り!! 使用人の分際で私に口答えをしないで頂戴!!」
愛娘を害そうとした自分に似ていない娘。頭に血が上ってリンスーの制止も届かない。
目を限界まで開き、凶暴な形相を崩さないリュドミーラは――母親として最も口にしてはならない言葉を放った。
「あなたなんて生まれて来なければ良かったのよ!!」
「――――」
腕を掴むリンスーの手に力が入る。
ファウスティーナはと言うと……何も抱かなかった。
「あなたが生まれたせいで何もかも滅茶苦茶よ! そもそも、あなたが生まれたからアーヴァ様が……!」
何故ここでアーヴァの名前が出るのか不思議でならないが、あまり長居すると父が部屋に来てしまう。大切な父が愛している女性なので、興奮し、言ってはいけない言葉を吐き散らす様を見せて幻滅してほしくない。リュドミーラに対し何を言われようとどうも思わない。最も最低な言葉を吐かれても、だ。小さく溜め息を吐くとリュドミーラの癪に触った。すぐさま出て行けと吐き捨てられるとリンスーはファウスティーナを抱き締めたまま、一歩前に出た。
「それなら、私もお嬢様と行きます。ずっと公爵令嬢として育ったお嬢様が1人で平民の生活なんて送れる訳がありません!」
幼い頃から世話をしてくれた侍女という立場を超えて、時に姉のように接してくれた。リンスーを連れて行く気は元からないファウスティーナが口を挟もうとした時。幾分か落ち着きを取り戻したリュドミーラが嘲りの混ざった声色で言う。ファウスティーナはもう赤の他人、優秀な使用人であるリンスーを連れて行かせるなんて言語道断、と。更にはこれからはエルヴィラ付きにすると告げるものだから、口を挟もうと開きかけた時。扉がノックもなしに開いた。
相手は――兄ケインだった。
「ケイン……?」
「……お帰り、ファナ。おいで、父上が待ってる」
「……はい」
言葉少ないが口調は普段と変わらないケインの存在が多大な安心感を与える。でも、会えるのは今日で最後。差し出された手を握り、部屋を出ようと歩き出した。リュドミーラが大慌てでファウスティーナとケインの前を立ち塞いだ。
「ま、待ちなさい! ファウスティーナはもう他人よ、それ以前に犯罪者なのよ!? そんな子の手を握ったらケインの……」
「消えてくれませんか?」
一言。
たった、一言。
数秒すら掛からなかった時間の中でケインが放った一言に多数の感情が込められていた。軽蔑、怒り、どことなく無関心さが混ざる紅玉色の瞳がリュドミーラを射抜いていた。
「な…………え……?」
「聞こえませんでした? 消えてくれませんか? と言ったのです」
「ど……ど、どうして、そんな酷いことを……」
「考えれば分かるでしょう。計画実行のかなり前に王太子殿下が気付けたのは、そもそもファナが態と気付かれるようにしていたからだ。本当にエルヴィラを殺す気だったなら、全く関わりのない第3者より、もっと的確かつ高確率、秘密裏にエルヴィラを殺してくれる相手を頼ります。ファナの近くには、それを容易く実行できる人がいる」
「わ、分からないじゃない……!」
「分かりますよ。
――俺なら、そうしてる」
「……え」
「ああ、エルヴィラが死んだなら1番悲しむ母上も次いでに送って差し上げましたよ。どうせ母上のことだ、ファナが殺されそうになっても普段の行いが悪いからとしか言わないでしょう?」
人は感情を消すととことん冷酷になってしまう。相手が実の母だろうと一切の容赦がない。手を繋ぐ温もり、これだけがケインが人間だと感じさせる唯一の証と感じる。怒りの形相は消え、代わりに、顔面蒼白になり、化け物を見る目でケインを見上げ出した。言葉にならない声を発し、手を震わせるリュドミーラ。前を塞がれているので退いてもらわないとならない。
ケインが再度消えるように迫るも、意識が定まってない。はあ、と大きく溜め息を吐いたケインがリュドミーラの肩を掴んで退かせた。床に倒れても見向きもせず、ファウスティーナを連れて部屋を出た。外から室内を窺っていたジュードが苦笑しながら頬を掻いていた。
「情け容赦がなさすぎると言いますか……」
「これでファナが家を出るまでは静かでいてくれるなら、安いものです」
「……お兄様、無理をしていませんか?」
自分を庇い続け、幼いながらも母に立ち向かって意見をしてくれた兄も人の子だ。母親を殺す発言をさせて自己嫌悪に陥るファウスティーナだったが、優しく頭を撫でられ顔を上げた。
「気にしなくていい。ファナ、行こう」
「はい」
手を繋ぎ、隣で歩くのもこれが最後。ケインと父シトリンが待つ部屋に入ると数日見ない内に少し痩せた顔が振り向いた。ズキリ、と胸が痛むも自分が招いた結果。傷つく資格はない。
「済まないが僕とファナ、ケインの3人にしてくれないか?」
部屋にいた使用人達に伝え、彼等が出て行ってすぐにシトリンはファウスティーナの前に立ち……子供の頃と変わらない手付きで頭を撫でた。これだけの事をしでかしたら、優しい父も容赦はしないと覚悟していた。思ってもみない行動に多少の衝撃を受けると眉尻を下げられた。
「済まなかったね……気付いてやれなくて……」
「お父様……」
「……1つ、教えてくれないか。ファナが計画したんじゃないんだろう?」
確認をしながらも、言葉には確かにファウスティーナは企んでいないと確信を持っていた。せめて父親の前では偽らないでおこうとファウスティーナは頷いた。
そうか……呟いたシトリンは最後とばかりに頭を撫でながら、これからの事を話した。
「リンスーが必要な荷物を最低限に纏めて鞄に詰めてくれてある」
「私は何処の修道院へ行くのでしょうか?」
「ファナは修道院へは行かないよ。そうだね、ケイン」
「はい」
呼ばれたケインが話の続きを始めた。
「ファナ、俺が手配した宿で何日か過ごして。その後、リオニー様がファナを迎えに来る」
「リオニー様が?」
「うん。リオニー様がファナを隣国へ連れて行ってくれる。隣国には、フリューリング侯爵家が懇意にしている貴族がいて、丁度家庭教師を探しているって聞いたんだ。ファナには、その貴族の子供の家庭教師になってもらう」
「ですが、私は……」
「……実際に誰も傷付いてない上に、騎士団が捜索していた犯罪者を捕まえるのに一役買ったんだ。向こうにはファナの身分は伏せてもらう。まあ、ある程度の変装は必要だけど、君の事情を知る人は誰もいない」
最後まで優しい兄と父。
この2人ともう2度と会えない。
……もう少し、待っていたら、彼の甘言に耳を貸さなかったら、卒業を迎え、父がフワーリン公爵に依頼してベルンハルドとエルヴィラの“運命の糸”を断ち切ってくれて。……それから後はどうなっていたのだろう。
王太子妃となり、ベルンハルドの隣にいられただろう。
けれど周囲が祝福するかは別だ。女神に選ばれた“運命の恋人たち”を引き裂き、まんまと王太子妃の座に着いた悪女。誰も祝福してくれなかっただろう。
ケインが呼び鈴を鳴らし、リンスーを呼ばせた。
「はい……」
「用意した服にファナを着替えさせて」
「畏まりました」
「あ、あの、お兄様」
「どうしたの」
「私がいなくなった後、リンスーをお兄様付きにしてもらえませんか」
先程は一緒に行くとリュドミーラに啖呵を切ったリンスー。しかし、彼女の実家の事情を考えると下手に公爵家に楯突くより、自分を切り捨て跡取りであるケインの下に付いた方がまだ良いに決まっている。複雑な相貌を浮かべるリンスーにより強い罪悪感を抱きながらも、兄の返事を待つと。あっさりと頷かれた。元々そうするつもりだったとシトリンが発する。
安堵したファウスティーナは最後に綺麗な礼を披露し、リンスーを連れて部屋を出た。
残ったシトリンがケインを呼ぶ。
「……実際は、ファナを何処へ連れて行くんだい?」
「安心してください父上。安全な場所です。あの子を最も大事にしてくれる方がいる所です。ある程度落ち着いたら、手紙くらいなら出せます」
「そうか……」
微かに安心した息を零したシトリンへ、ずっと抱いていた疑問をケインは放った。
「……俺からもいいですか。どうして父上は、母上を切り捨てなかったのです? そもそも、母上がエルヴィラ贔屓をしていた時点で別邸へ追いやっても良かったんだ。最悪離縁も視野に入っていた筈だ」
「……僕には出来ない」
「何故ですか。惚れた弱みというやつですか」
「それもある。けど……1番は……僕がアーヴァとの婚約を頑なに拒んでいたのが原因だ」
「何故……アーヴァ様と……」
「アーヴァと婚約だけは避けたかった。年月が過ぎれば傷が治ると言えど、女性の顔に傷をつけた事実は消えない。それを盾にリュドミーラとの婚約を強行した。……どうしても、アーヴァとの婚約だけは……」
初めて耳にした父の心境。だが、明確な言葉だけは紡がなかった。後悔は混ざっているが、アーヴァとの婚約を避けられたことだけは父にとっての最善が母との婚約しかなかったのか、ケインでも読めなかった。
頼りない笑みを浮かべたシトリンに、これだけはと強く言われた。
「妄信してはいけないよ。決して。焦ってもいけない。物事には定められた順番というものがある。人間がそれを無理に押し進めれば、決められていた順番を狂わせ、不幸を齎す。……ファナと王太子殿下の件は非常に残念だが……運命の女神がエルヴィラをベルンハルド殿下の運命の相手と決めたなら、認めるしかない」
「父上……父上は……何を知っているのですか……」
「アーヴァはもういない。ファナは……きっと僕の予想する人の所へ送るのだろう? それでいい。これであの人も迂闊に手を出せなくなった」
それでいい――
ケインに、というより、自分に言い聞かせるようにシトリンは紡ぐ。
「……」
目の前の父を見つめながら、紅玉色の瞳が映すのは――――。
――質素な平民の服に着替え、数日の間にリンスーが用意した鞄を手渡されたファウスティーナは裏門にいた。ケインが用意した馬車は公爵家の馬車と違い、小さいが、内装は長時間乗っても疲労が溜まらないようクッションが多めに敷き詰められていた。外見だけ質素にしたのだとか。見送りにいるのはリンスーのみ。途中、リュンやトリシャに出会ったが見送りは断った。リュンはともかく、トリシャはエルヴィラ専属侍女。主人を害そうとした本人の見送りをすれば、エルヴィラだけではなく周囲からも顰蹙を買うとファウスティーナが首を振ったのだ。泣きそうになるのを堪え、トリシャは頭を深く下げた。
「ありがとうリンスー」
「いえ……っ、本当なら私もっ」
「駄目だよ。リンスーの家にも迷惑がかかる。それにお兄様の手伝いをしてもらわないと。リュンも助かるよ」
「私がいなくてもトリシャがいますっ」
「え」
「トリシャが……もし、エルヴィラお嬢様が正式に王太子妃になると決まって王宮に行くとなっても、侍女として付いて行かないと言っていたのです」
どうして、と言ってもリンスーは分かりませんと瞳を閉じた。王太子妃、未来の王妃となる女性に仕えるのは最高の名誉になる。
トリシャが断るなら、後は彼女の問題となる。ヴィトケンシュタイン公爵家と無関係になる自分には、もう必要のない話。
「お嬢様。そろそろ出発しますよ」
「ジュード君!?」
先程から姿が見えないジュードが馬車内にいた。当たり前のようにいて驚くと頬が膨らんだ。
「僕も最後まで……は無理ですが、フリューリング女侯爵様が迎えに来るまではお供します」
「でも……司祭様が……」
「いいんですよ。司祭様から、何も連絡はありませんが最後までお嬢様を見送った方が司祭様も安心されるでしょう」
手を差し出され鞄を先に置いてもらい、馬車に乗り込んだ。リンスーが扉を閉めると御者に声をかけられ、発車してほしいと一言。
「宿に着きましたら、軽い食事でも作ってもらいましょう」
「うん。隣国ってどんな所だろうね」
「さあ……先代司祭様曰く、紅茶の美味しい国って言ってましたよ」
「そっか。この国で紅茶が好かれたのも隣国が大きく関係してたわね」
ジュードと他愛ない会話をしながら、ファウスティーナは空を見上げた。雲1つない快晴。部屋を追い出されたベルンハルドは、あの後正気に戻って怒り狂っただろうか。今度こそ愛想を尽かしただろうか。見たいとも、会いたいとも思わなかったがエルヴィラとは最後会わなかった。
ケインに退かされ、床に倒された母は……まあどうでもいい。あれだけ冷たくされても、数日経てば復活しているだろう。
最後まで申し訳ないと抱くのは父と兄、リンスーといった良くしてくれていた使用人達……。
馬車がケインの手配した宿に到着した。受付を済まし、鍵を受け取って部屋に入ると――ファウスティーナとジュードは大声を上げそうになった口を慌てて押さえた。
部屋の真ん中で優雅に紅茶を飲みながら読書をしているシエルとベッドに寝転がって眠そうにしているヴェレッドがいた。2人とも、目立たないように平民の服を着ているが桁違いの美貌のせいで意味がない。
「やあ、待ってたよ。とりあえず、扉を閉めようか」
「は、はい」
言われた通り扉を閉めた。
ファウスティーナはシエルに勧められるがまま、向かいに座った。ジュードは離れた壁の前に立った。
「あ、あの、どうして2人が……」
「公子には、リオニーが迎えに来て隣国に行くと聞いたよね?」
「はい」
「それは嘘。事実は私の所に来るんだ。暫くは外に出せなくて、窮屈な生活を強いてしまうが何不自由ない生活を送れる保証だけはする」
「でも、私は……」
「いいのいいの。私、隠すのは得意だから」
何でもないように言ってのけ、紅茶を飲むシエルがティーカップを膝に乗せた。ベッドに寝転がるヴェレッドが上体を起こし、眠たげに欠伸をして怠そうな声を発した。
「いいんじゃないの。シエル様がそう言ってるんだし」
「あの……では、何か私にも出来る仕事を……」
「無理無理。お嬢様手先不器用だし、生粋の貴族令嬢として育ったんだから、今更平民の生活なんて送れないよ。第一、シエル様がおいでって言ってるなら従うしかないよ」
11歳の時、王城で泣いていた自分を助け、ずっと守ってくれていた温かく優しいシエル。罪を犯す前とはいえ、公爵家を勘当されても助けてくれる理由が……女神の生まれ変わりという理由以外見つからない。一言漏らすと「まあ、それはついでかな」と否定されてしまう。
理由を訊ねても内緒と微笑まれ、それ以上の追及は無理だった。
3部屋取っているからと今いる部屋をファウスティーナの部屋にし、3人は部屋を出て行った。1人になったファウスティーナは先程までヴェレッドが寝転がっていたベッドに腰掛けた。
過ぎた時間は元に戻らない。
犯した過ちは消えない。
「ベルンハルド……様……。
あなたが好き……」
粉々に壊れ、残った欠片が歪な形になり、心に癒着してしまっていても。
ベルンハルドへの気持ちも消えることはない。
次回、エピローグ(本編に戻ります)
 




