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婚約破棄をした令嬢は我慢を止めました  作者:
過去編①ー悪役令嬢は婚約破棄の為に我慢をしましたー
175/343

さようなら、愛しい人 ー予想外な真夜中の不法侵入者ー

 



 長く、永遠とも感じた時間は控え目なノック音で幕を閉じた。ベルンハルドは制服の上着を脱ぎ、テーブルに押し倒したファウスティーナの上体を起こして肩に掛けた。身体を横に向かせ、背中に腕を回し、膝裏を抱えるとファウスティーナを抱き上げた。生徒会室に連れて来た際に知ったのに、彼女の軽さに2度驚く。胸に顔を寄せられ、頭に頬を乗せた。


 ベルンハルドの心音を音響に火照る身体を落ち着かせる。きっとあれが最初で最後の、お互いの気持ちを伝えられたキスだったろう。自分を抱いて扉に近付いたベルンハルドでは鍵を開けられない。ファウスティーナは重い腕を上げて鍵を開けた。


 即座に扉は開かれた。



「ベルンハルド様! 大丈夫ですか!?」



 いの1番に乗り込んだのは、騎士が駆け付けても入るのを諦めなかったエルヴィラだった。怠い気力で前を見たファウスティーナは、戸惑いの様子を隠せない騎士達に同情した。職務上余計な事は話さない彼等でもエルヴィラの相手は大変だったろう。1人の騎士が「殿下」と前へ出た。



「ヴィトケンシュタイン公女の身柄を……」

「……私がこのまま行く。お前達は後に続け」

「しかし」

「問題ない。抵抗されないよう、暫く動けなくした。ああ、誰か1人エルヴィラをヴィトケンシュタイン公爵邸に送り届けてくれ」

「はっ!」



 エルヴィラには目もくれず、淡々と指示を出すベルンハルドは下を向いた。瞳を合わせると微かに安堵する色が瑠璃に宿る。



「行こう……」

「ええ……」



 背中に触れる手に力が入った。

 ベルンハルドを呼ぶエルヴィラの声が遠ざかっていく。小さな声で彼を呼ぶも、気にするな、と更に力を込められた。


 これでやっと終わる。下らない、無駄な、それでも必要だった三文芝居。大根役者がまだ上手に思える下手くそな劇だったが、最愛の人の幸福は守られた。

 これでいい、これでいい、とファウスティーナはベルンハルドに抱かれながら思う。


 ――これでこの人は死んだりしない……


 最も大事なのは、彼が生き続ける事なのだから……。




 ●○●○●○



【エルヴィラ殺害計画(仮)】が思ったよりもかなり早くベルンハルドにバレ、嫉妬の末に妹の殺害を企てたとしてファウスティーナは現在王城に捕らわれていた。

 ――客室に。

 あれ? と予想とは違う展開に首を傾げた。未遂と言えど、計画の内容は残忍で情状酌量の余地がない。客室に閉じ込められて5日目。外に出られないだけで3食しっかり出され、衣服や娯楽(読書や刺繍)も充実、睡眠も好きな時に許されている。

 貴族が罪を犯した場合、貴族専用の牢屋に入れられるのだがファウスティーナのいる部屋は、他国の来賓をもてなす際に使われる豪華な部屋。何度か食事を運ぶ侍女や扉の前で警備に当たる騎士に場所の変更をと求めたものの、決定は国王にあって自分達にはありませんと答えられた。

 そうであろうが腑に落ちない。


 5日目の真夜中。不意に目を覚ましたファウスティーナはベッドから起き上がった。今日は満月の綺麗な日。月明かりに照らされた室内は生活感がありすぎて現実味がない。



「……今……どうなっているんだろう……」



 ファウスティーナはソファーに座って満月を見上げた。



「お父様やお兄様には、多大なご迷惑をお掛けしたけど……これでいいのよ。エルヴィラやお母様は、私が今度こそいなくなるから喜んでそう」

「――そう思う?」

「!!」



 真夜中の不法侵入者には慣れていた。

 彼なら、王城にあり、厳重に警備されている部屋にでも簡単に侵入していつか現れるだろうとファウスティーナは心の準備は万全にしていた。多少の驚きはあっても心拍数が異常に上がることはないと慢心していた。

 不法侵入者は予想通り現れた。

 ――但し、相手は予想外の人だった。


 月明かりに照らされた銀の髪は、天から遣わされた天使の光か。薄暗いのに蒼く光る瞳は水晶のように美しく、天上人の如き美貌は昼間に見るより何倍も増していた。予想外な相手――シエルは普段通りの様子でファウスティーナの隣に座った。



「やあ。部屋の居心地はどうだい?」

「え……な……なんで……司祭様が……」

「なあに? ひょっとして、私以外の相手が良かった?」

「い……いえ……そうではなくて……、あの、はい、ヴェレッド様が来るかと構えてました」

「ヴェレッドは公爵家にいる君の所へ行ったと言っていたけれど、本当だったんだ。次会ったら怒っておくよ」

「あの……司祭、様」

「落ち着いた?」



 驚きのあまり吃りっぱなしだったが会話を続けていると普通と変わらなく話せるようになり。タイミングを見計らってシエルに問われると首を縦に動かした。



「良かった」

「あの……どうやって入ったのですか?」

「昔、叔父上に教えられたんだ。父上でさえ知らない城の隠し通路を。陛下やベルンハルドも知らないから、とても便利なんだ」

「そ、そうなのですね」



 オルトリウスが知っていたのはまたどうしてか。

 シエルの手が頬に触れた。優しく撫でる手付きは何年経過しても一切変わらない。



「ヴィトケンシュタイン公爵家の現状を知りたい?」

「はい……」

「公爵も夫人も驚愕していたよ。特に公爵は、君がそんな真似をする筈がないと最後まで信じていなかった。だが決定的な証拠を提示すると諦め項垂れた。夫人の方は怒りを爆発させてね、面倒臭いから鎮静剤を打たせて大人しくしてもらったよ」

「お父様……」



 多忙な身でありながら、厳しいだけで欠片すら愛情も優しさも慈しみも与えなかった母に代わって自分を守り励まし続けてくれた父を悲しませるのは覚悟の上なのに、いざ他人から語られると裂かれる痛みが襲う。同時に母は、最後まで母だったと思いつつ、これが普通の反応かと冷静に見てしまう。エルヴィラは何の事だか分かっておらず、というより、生徒会でベルンハルドに無視をされたのはファウスティーナのせいだとずっと言い続けている始末。更に、5日経つ現在もベルンハルドに会えないのはファウスティーナのせいだと信じている。この2人だけは本当に変わらない、読みやすい。1番動かしやすくて助かるのは助かる。



「お兄様は……」



 シエルは呆れたように笑んだ。ケインもケインで普段通りだった。

 報せに走った騎士に告げられると――



『そうですか』で終わったらしい。

 あの無表情で。



「……私がお兄様に敵う日はずっと来ないですね」



 もしかしたら、ファウスティーナが何を思って、エルヴィラ殺害計画を練ったかケインは即座に読んだのかもしれない。ずば抜けた思考能力と観察力を持つ兄のこと、ベルンハルドから、リュドミーラから、エルヴィラから逃げ出したいファウスティーナの心情を悟って敢えて一言で済ませてしまったのだとしたら。言う通り、永遠に敵わない。



「陛下や王妃殿下には会った?」

「はい……此処に入れられた次の日に」



 王妃教育の傍ら、ファウスティーナの性格を矯正してくれたばかりか、飢えていた愛情を惜しみなく注いでくれたシエラに泣きながら責められたのはかなり堪えた。同時に謝られた。シエラは何も悪くないのに。シリウスは黙って見ていた。時間が迫ると最後に問われた。



『あの計画は君が全て?』

『はい』

『本当に?』

『間違いありません。私が計画しました』

『そうか。その割には、筆跡がどこぞの小僧のものなのはどうしてだったのか……』

『え』



 白を通せば計画を練ったのはファウスティーナだと通せたのに、最後の最後、シリウスの罠にまんまと掛かったファウスティーナは慌てて口を塞いだ。それだけで全てを悟ったシリウスは深い溜め息を吐いて部屋を出て行った。シエラはファウスティーナの頬を撫で『決して悪いようにはしないわ』と涙に濡れた紫紺の瞳で強く見つめた後、シリウスに続いて部屋を去った。

 話すとシエルは可笑しげに咽を鳴らした。



「態とだよ」

「態と?」

「そう。陛下にアピールするのが好きなんだよ。嫌っているのか好きなのかよく分からないのがヴェレッドらしくていい」

「あの、お聞きしても良いでしょうか?」

「いいよ。どうしたの?」

「ヴェレッド様が用意した男性は捕まりましたか?」

「勿論、公爵令嬢殺害の容疑と元々あった罪状で捕まったよ。でももう生きてない」



 計画実行日よりもかなり早く捕まってしまったが、男がファウスティーナに頼まれエルヴィラ殺害計画に加担していた証拠はあり、シエルの言う元からあった罪状で即尋問部屋に送られた。尋問官が()()()()手を滑らせて殺してしまったと、今日の朝食のメニューを教えられる調子で語られたファウスティーナは困った。



「しかし、証言はしていたよ。他の騎士もいたから、君は言い逃れ出来ない。……正直、私は大反対だったのけど。君が汚れ役を買ってまでお膳立てする価値があるのかな?」

「……司祭様。私、普通じゃないんです。ずっと好きで認めてほしかった殿下に汚点だと叫ばれたのに、殿下を好きな気持ちが捨てられなかった。粉々に砕けても、歪な形になって癒着したのかもしれません。殿下をこの国で最も幸福な人にしたい気持ちに偽りはありません。殿下は嫌がっていても、もう周りは“運命の恋人たち”の物語に夢中になります」



 主人公はエルヴィラ。

 王子様はベルンハルド。

 悪役で当て馬なファウスティーナ。

 悪役に虐げられながらも王子様への愛を抱き、健気な主人公の心に惹かれ、運命の女神によって認められた“運命の恋人たち”を祝福しない人間はいないだろう。この国は運命を信じているのだから。


 シエルは瞳を閉じた。すぐに開くと悲懐を宿した蒼を見せた。額に口付けられて抱き寄せられた。ふわりと舞う薔薇の甘い香りに包まれ、ファウスティーナも腕を回した。



「もう無理をしなくていい、我慢しなくていい。これからは私が守ろう。醜聞も好奇もない場所でのびのびとしよう」

「司祭様……私……」



 このまま、此処にずっといれば彼は宣言通り閉じ込めるだろう。一生外の世界に出られず、彼以外の人間と会えなくなっても良いと抱いてしまう。続きを言い掛けた声をシエルは遮った。



「私の所へおいで。私の側にいなさい。苦痛も悲しみも君は十分過ぎるくらい浴びた。もういらないんだ。

 ……今度こそ君を守り通すよ……“女神の狂信者”のせいであの時居場所を陛下に嗅ぎ付けられたが……今度こそ……」

「司祭様……?」

「…………2度と渡すものか……この子もアーヴァも私の宝物(もの)なんだ…………アーヴァがいなくなってもこの子がいたから……」

「……」



 抱き締められ、声はすぐ近くにあるのに上手く聞き取れない。甘い薔薇の香りは嗅ぐだけで安らぎを与え、伝わる温もりは一層上昇させ、見えないシエルがどのような表情をしているか知らなくても。ファウスティーナは一緒にいるだけで安心してしまうシエルの腕の中で眠りに落ちた。


 ――翌日、目を覚ましたファウスティーナの部屋にシエラが訪れた。



「ファウスティーナ……あなたの処遇が決まったわ」



 王妃が伝えに訪れるのは異例なのだが、彼女自身が強く望んだのだ。

 開きかけた口を1度閉ざすも、改めてシエラは告げた。


 公爵家追放を――――。




読んでいただきありがとうございます!


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