16 夜を歩く時は灯りを忘れずに
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朝までぐっすりと眠った。
――なんて事にはならず、リンスーによる「お嬢様の夕食だけブロッコリー一株にしますよ!」という、今朝のグリーンピースオンリー朝食よりも幾分かマシなメニューで起こされた。寝るつもりはなかったが体は疲れていたのだろう、目を閉じると眠気は一気に押し寄せてファウスティーナは眠った。
リンスーの発言を聞いてファウスティーナは勢いよく起きた。ブロッコリーは苦手な野菜から普通に食べられる野菜に昇格したが、だからと言ってファウスティーナを起こす道具に使われるのは嫌。大きな欠伸をしたファウスティーナに「もう、はしたないですよ」と口を尖らせた。
「仕方ないじゃない。眠っちゃったんだもん」
「お疲れなのは承知していますが、せめて夕食までは起きていて下さい。今度から疲労回復のお飲物をご用意しましょうか?」
「そうだね。普段はオレンジジュースだもんね」
葡萄ジュースだけではなく、オレンジジュースも大好きなファウスティーナは王妃教育を終えて戻るとオレンジジュースを飲んでいた。今日の様にまた眠ってしまう可能性も視野に入れ、今後はリンスーの提案した飲み物を飲む事に決めた。リンスーがファウスティーナを起こしに部屋を訪れたのは約10分前。
「奥様達が待っていますので食堂へ参りましょう」
「ええ。でも、案外食べてたりして」
「そんな事はありません」
「だって、時間的にすごくお腹が空いてる筈よ。エルヴィラがお腹が空いたって騒いでそう」
「お嬢様じゃないのでそれはないのでは?」
「……」
空腹で騒ぐのは主にファウスティーナ。エルヴィラの場合、甘いスイーツを食べるお茶の時間で遅れが出ると騒ぎ出す。
半眼になるものの、言われているのは事実なので反論せず。前回を合わせるとリンスーとの付き合いは20年以上となる。
先導するリンスーの後ろ姿をファウスティーナは見つめる。
(リンスーは……あの後どうなったんだろう)
リンスーは、前回腫れ物扱い同然だったファウスティーナに変わらず接し続けてくれたたった1人の侍女。幼い頃から自分の世話をしてくれた、唯一本音を言えたリンスーだから――
『お嬢様が勘当され出て行くのならわたしも一緒に行きます! ずっと貴族として生きてきたお嬢様が1人で平民の生活なんて出来る筈がありません!』
実の妹を害そうとし、父の温情によって公爵家を追放となったファウスティーナに最後まで味方してくれた。だが、優秀な侍女を辞めさせるのは公爵家にとっても宜しくはない。
何より――
『そんな勝手が許されると思って? ファウスティーナはもうヴィトケンシュタイン家の娘でありません。赤の他人です。良いですか? リンスー。貴女が仕えていたファウスティーナはもう死んだの。馬鹿を言ってないでさっさと持ち場に戻りなさい』
リュドミーラがそれを許さなかった。最後に生まなければ良かったと罵倒された直後だったので驚きも、ショックもなかった。
(お母様にとっての私って、本当何だったんだろう)
その後、リュドミーラに何か言った気がするのだ。
何を言ったか覚えてない。薄ぼんやりと顔を真っ青にしているのが覚えているリュドミーラの最後の顔だった……筈。
この辺りは無理に思い出す必要もないので、ふと思い出したらOK候補に入れておく。
「リンスー」
足の歩みを止めたファウスティーナが前を歩くリンスーを呼び止めた。
「はい。どうなさいました」
「夕食は部屋で摂りたいから、後で持って来てくれる?」
「ですが、皆様お嬢様を……」
「うーん、呼びに行ったら寝てて、起こしても眠たいから部屋で食べたいって私が我儘言ってる事にして。それなら、変に突っ込まれないから」
「……分かりました。後程お持ちします」
「ごめんね」
「いいえ。お嬢様の我儘には慣れています。それに、お嬢様が食堂に行きたくない理由。何となくですが分かりますから」
シトリンがいない食事の場でリュドミーラとエルヴィラとは食事を摂り難い。ケインがいてもリュドミーラがヒートアップしては止められない。同年代の子より大人びていてもケインもまだ子供なのだ。
苦笑を浮かべ、回れ右をしたファウスティーナは部屋に戻った。机に向かって頬杖をつく。
考えるのは今度のお茶会。
「うーん……思い出せない。どんなに頑張っても思い出せない。私が覚えてるのって、ベルンハルド殿下とエルヴィラ絡み。というか、2人が絡んでる事が重要だったり?」
ベルンハルドとエルヴィラが絡まない記憶がないか探ってみた。
「アエリア様から受けた嫌がらせの数々、お兄様にハロウィンの時お菓子を渡さなかったからフルーツ無しのケーキを渡された、ネージュ殿下に諭され王妃様にも諭され……。……覚えてるね」
ベルンハルドとエルヴィラ、という括りは関係なく、単純に覚えていないだけなのかもしれない。抑々、前の自分を思い出す、非現象が身に起きているのだ。可笑しな部分だって当然出て来る。
椅子から降りて、ベッドの下に隠しているノートを取るべくしゃがんだ。すると扉がノックされた。リンスーが夕食を運んで来てくれた。ファウスティーナは相手が誰か確認もせず「はーい」と返事をした。
声もなく扉が開いた。ん? と怪訝に感じたファウスティーナが腰を上げて後ろを振り向くと――顔をギョッとさせた。
入室したのは食事を運んで来たリンスー――ではなく、神妙な顔をした母リュドミーラだった。
頭から大量の疑問符を放出するファウスティーナは何度も瞬きを繰り返す。
(な、何でここでお母様? 夕食を一緒に摂れって怒りに来たとか?)
もしそうなら、自分から気まずい雰囲気を作って食事をする羽目になるのがこの人はちゃんと分かっているのか。ファウスティーナはどう機嫌を損ねないで応対するか必死に悩んだ。
「……ファ、ファウスティーナ」
意外にもリュドミーラが先に話し掛けた。
「何処か、具合が悪いの?」
「へ」
全く予想していなかった台詞に思考はフリーズした。リュドミーラの神妙な表情はファウスティーナの体調を心配してのものだったらしい。目の前の母に心配された回数を数えてみた。片手で足りるくらいしかない気がする。気の抜けた返事をしたファウスティーナにリュドミーラは居心地を悪そうにしながら薄黄色の瞳を見つめた。
「貴女は部屋で食事を摂るとリンスーが言っていたから」
「あ、いえ、起きたばかりでまだ少し眠くて。時間が経ってから夕食を頂こうと思い、リンスーに頼んだのです。先に食べて下さいとも言伝てを頼みましたが……」
「そう……」
息苦しくはないが表現の難しい空気が流れる。リュドミーラの意図が何処にあるのか見えない。てっきり小言を言われるのかと覚悟していたファウスティーナにしたら、少し拍子抜けであった。
リュドミーラは視線を泳がせた後、また薄黄色の瞳を見つめた。
「今度のお茶会で着るドレスだけれど」
「はい」
「……素敵なデザインだったわ」
「は、はい、王妃様が私の意見を取り入れつつデザインして下さったので」
「……」
「……?」
王妃の名前を出すと険しい表情をしたリュドミーラを見上げた。どうして不機嫌な顔をするのか分からない。
そんな顔である。
リュドミーラがファウスティーナの名前を発し掛けた時。また扉がノックされた。今度は夕食を運んで来たリンスーだった。リンスーはリュドミーラがいると知ると驚いていた。
「え、ええっと、お嬢様のお食事をお持ちしました」
銀製のキッチンカートに乗せて運んだ食事を見せるとリュドミーラは「ゆっくり食べなさい」と言うと部屋を出て行った。
廊下を見つめるファウスティーナにリンスーは伺った。
「奥様はどうして……?」
「さ、さあ、何だったのかしら。態々ドレスのデザインを褒めに……なんて、ないか。何だったんだろうね」
母の謎の行動に首を傾げるファウスティーナは運ばれた夕食に目を輝かせたのだった。
――内心、ブロッコリー丸々一株ではなくて良かった。と安堵しているとは悟られず。
――――夕食後は読書をし、眠くなるとまた眠ったファウスティーナはふと目を覚ました。大きな欠伸をして咎める人はいない。
外はまだ真っ暗。雲で覆われている空に星は映らない。
喉の渇きを覚えた。眠そうに目を擦りながらベッドから降り、テーブルに置かれている水差しを持った。
「あ、ない」
そうだった。眠る前に全部飲んでしまったのだった。
「厨房から貰ってくるしかないよね」
今の時間は誰もいないが水を貰うだけなら問題はない。筈。
空の水差しを持って部屋を出た。月の光が差し込まない夜の邸内は恐ろしい程何も見えない。水差しを両手で支えないと持てないので片手で灯りを持つ事も出来ず。記憶を頼りに暗闇を歩く。
道の真ん中を歩いていれば壁際に置かれている置物に当たる確率は減る。後は躓いたり行き止まりに気付かず正面衝突しなければいい。ファウスティーナは時間を掛けて厨房へ到着した。
手探りで台を探した。見つけて水差しを置いた。
「灯りはどこかな」
ここだと思う場所を探していれば灯りを見つけられた。
しかし、今度は火を付ける道具がない事に気付いた。
「今更になって灯りを持って来れば良かったって後悔が襲い始めた……」
水差しも明日リンスーに渡せば良かった。
ガクン、と落ち込んだファウスティーナはすぐに気を取り直し、もう水は諦めて部屋に戻ろうと来た道を慎重に辿った。
物にぶつかる事もなく厨房を出て部屋へ向かう。雲に覆われていた月が少しだけ顔を出していた。ほんのりと邸内が明るい。
「何事もないといいな……お茶会」
目立たない、騒がない、猫を被って大人しくしている。
上記3つを守れば取り敢えずは安心。何が起こるか覚えてないがこれを守れば無事乗り切れる。そんな自信がファウスティーナにはあった。
ベルンハルド以外の要注意人物であるアエリアの存在も気にかかる。あの誕生日パーティーでファウスティーナにくれた視線。あの意味が気になっていた。
(敵意とかはなかった。どちらかというと観察しているような……探っているような……)
王太子妃の座に執着して数々の嫌がらせをしてきたアエリア。
ファウスティーナはアエリアとやりつやられつ、張り合っていた時を思い出し、自分自身に呆れた笑みを浮かべた。
(アエリア様も王太子妃候補として、必死に勉学に励んでいた。殿下とエルヴィラが結ばれる未来が変わらないなら、アエリア様には別の殿方に夢中になってもらうしかないわね)
そうしないとアエリアも報われない。
アエリアがどう接してくるかを予想しつつ、今回も王太子妃の座を狙っているのならどう諦めてもらおうかと思案しながら私室へ目指していたファウスティーナは……
「ふぎゃ!?」
目前に迫っていた部屋の扉に気付かず熱烈な抱擁を交わした。
――――翌朝、ファウスティーナはおでこが赤いとリンスーに心配されたのだった。
「お嬢様、どうされたのですそのおでこ」
「え、えへへ、何でもないよ」
シリアスになるようでならない。
それがファウスティーナ――我慢令嬢です。