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婚約破棄をした令嬢は我慢を止めました  作者:
過去編①ー悪役令嬢は婚約破棄の為に我慢をしましたー
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愛憎の加速1

 


 静養という名目の引き籠り生活を終えて。

 今朝から登校の準備をしていたファウスティーナは整えられた髪を姿見の前で確認した。シエルがくれた紫色のアザレアの髪飾りが揺れた。お気に入りの1つ。


 ファウスティーナが休学している間、毎日のように部屋に突撃しに来てはベルンハルドと愛し合っていると自慢しに来るエルヴィラ。相手をしても、しなくても、最後は泣いて走り去っていくので最初から適当に相槌を打ちながら自習を熟した。幼い頃だったなら逆に此方が噛み付いて泣かせにいく勢いで常に追い払っていた。エルヴィラが来る時は大抵、お母様に新しいドレスを買ってもらった、ぬいぐるみを買ってもらった、一緒にお茶をしたと自慢ばかりだった。今も昔もエルヴィラが自慢話以外ファウスティーナにしたことがない。

 泣いてしまうのなら最初から来なければいいと抱くものの、言ったところで斜め上の解釈をされるのでファウスティーナは何も言わない。エルヴィラの話が偽りだろうが事実だろうが情報は必要なので聞いてない振りをしながら、しっかりと聞いている。


 ベルンハルドの苦痛に満ちた姿はもう見たくない。一瞬でもいいからエルヴィラを想ってほしいと訴えておきながら、いざ苦痛から解放されたベルンハルドを見た時……裂くような痛みが心を襲った。自業自得だ。



「お嬢様、大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ」

「具合が悪くなったら、すぐに帰ってきてくださいね」

「うん。ありがとう」



 心配げに見つめるリンスーに大丈夫だともう1度微笑み、鞄を受け取って玄関へ。朝食は既に済ませた。

 馬車の中では既にケインが待っている。エルヴィラとは2人揃って一緒に登校したことがない。エルヴィラも一緒に登校したいと聞かない。

 外に出て馬車に近付いた。馬車の前で待っていたジュードに鞄を預けた。



「お嬢様。今日から公子と一緒にご帰宅ください。迎えの馬車には僕もいますが」

「お兄様と?」



 馬車に乗り込んだ。向かいに座るケインに詳しい事情を訊ねれば、普段の無表情で当たり前でしょ、と放たれた。ジュードも乗り、扉を閉めた。同時に馬車は動き出した。



「護衛を増やすにしても人選に時間がかかる。今は俺と同じ馬車で行き帰りをしよう」

「僕も今度は絶対に遅れを取ったりしません」

「神官業で腕っ節って必要なの?」

「お嬢様もご存知の通り、僕達神官は貴族だけじゃなく平民の方も相手をしてます。中にはかなり気性の荒い方もいて……ある程度の実力も必要になってくるんです」



 何度かシエルを慕う女性の中でも特に過激な相手に襲われたかけた経験があり、どれも一緒にいたシエルかメルセスが対応したお陰で無事で済んできた。女性ながらもメルセスも身体能力が高かった。1度憧れて手解きを受けようと懇願するもシエルに却下された。「君には必要ない」と、あの眩しい微笑みで言われれば頷く以外の意思が生まれない。



「メルディアスさんに頼んだら『おれは手の掛かる子を2人学院内で見てるんだから1人の面倒を見るくらい出来るでしょう』って断られて……」

「ご、ごめん……」



 間違いなく2人とはファウスティーナとベルンハルドのこと。

 教師を熟し忙しいメルディアスに護衛役までしてもらうのは却って申し訳なさが大きくなる。断ってくれて良かったと思う反面、自分自身のことなのだからとこれからはより気を引き締めなければ、とファウスティーナは気持ちを新たにした。



 ――馬車が学院に到着した。

 ジュードと御者に見送られ、校舎内にケインと共に入ったファウスティーナは早速周囲から多数の視線を受けた。王妃教育で培った冷静さで切り抜け、教室へ赴き鞄を置いた。


 時間が経てば続々と生徒達が登校してくる。久しぶりに登校しているファウスティーナに皆興味津々ながらも声を掛けてくる者はいない。学院内では社交界と違い、厳しく塗り固められた身分制度は緩和されるがそれでも公爵令嬢であり王太子の婚約者であるファウスティーナに誰も話し掛けられないでいた。誰かが誰かを小突くのが見えた。大方、声をかけに行けと茶化されたのだ。若干居心地の悪さを感じれば、凛とした声が響いた。ピンクゴールドの髪を揺らしてファウスティーナの前に立ったのはアエリア=ラリス。気位の高い美少女は腕を組んで傲慢そうにファウスティーナを見下ろした。



「おはようございますファウスティーナ様。今日から登校されていたのですね」

「おはようございます。そろそろ来ないと私も授業についていけなくなるので」

「ご冗談を。ファウスティーナ様の兄君が毎日メルディアス先生からその日の授業内容を書いた書類を渡されているのを何度か見ていますわ」

「アエリア様は相変わらず知りたがりですね。いつか後悔しますよ」



 ケインとメルディアスのやり取りを知っていることに対しての嫌味と見せかけ、実際はファウスティーナとベルンハルドの事情を知りたがる故に王太子妃候補から除外されないでいるのを、他でもないファウスティーナ自身が気にしている。ふん、と零したアエリアは髪を耳にかけ隣の席に座った。

 ファウスティーナの隣はアエリアの席。

 小声で――



「心配されなくても、仮に(わたくし)が王太子妃になっても完璧に務めは果たしますわ」と牽制。



 代々数多くの優秀な王妃を輩出してきた名家ラリス侯爵家。王太子妃になるというプライドもあるのだろうがアエリアは恐らくだがファウスティーナに絡むのを楽しんでいる節がある。ファウスティーナも他の誰かと関わるより、アエリアといれば楽しいと1年生の時に知ったので拒む理由がなかった。


 教室にベルンハルドはいない。生徒会長を代々王族が担う風習があるので去年から生徒会長は彼に代わっている。


 いない方がいい。

 会わない方がいい。

 お互い愛し合っていると言うエルヴィラの言葉が真実か偽りかはどちらでもいい。

 ベルンハルドもあの時思い知っただろう。


 認めてしまえば苦痛から解放される、という手を伸ばさずにはいられない救済に。





 ――午前中は問題なく時間が過ぎた。ベルンハルドが戻ってもファウスティーナに目も向けず自分の席に座った。心なしか、心がずきりと痛んだ。昼休憩開始の鐘が鳴り、お弁当を持ち席を立った。

 一瞬、誰かに名前を呼ばれるも振り返らず足を動かした。



「ファウスティーナ……」



 大きくはなくても聞こえていた筈なのに。足を止める素振りすらなく、教室を出て行ったファウスティーナを暗闇に染まった瑠璃色が捉えて離さなかった。

 王城で起きたベルンハルドの身の異変。ファウスティーナはエルヴィラを想うことで苦痛から解放される、だから想ってくれと泣いていた。内側から見えない力で臓器を握り潰される強烈な痛みを受けても絶対に嫌だった。エルヴィラを受け入れて苦痛から解放されれば、最後の砦でさえ崩れてしまう。時間が過ぎることで苦痛が消えるのを待つ選択をした。

 意識が飛べば楽になれる痛みは一瞬で消え去った。幻だったのかと声を荒げて問いたくなる程に、溶けるように消えていった。

 体力と精神力を根刮ぎ奪われ、早々に部屋に運ばれたせいでファウスティーナに説明しようにも無理だった。学院に登校しても暫く休学するとケインから告げられる始末。手紙を送ろうとも考えたが、今更送ったところでファウスティーナは読んでくれないだろうと諦めた。贈り物も中身を見ずに当たり障りのない返事をもらうだけ。なら、とファウスティーナの好きなスイーツをケイン経由で渡してもらった。買ったのはケインと偽って。正解だった。ファウスティーナはケインからの贈り物なら疑問を持たず受け入れた。誤解を解きたかったのに漸く贈り物を受け取ってもらえたことに心が喜んでしまい、最も大事な部分が抜けてしまった。


 ベルンハルドはファウスティーナの後を追った。慎重に。食堂に行くと必ずエルヴィラがいる。少しでもファウスティーナの側にいたい。隠れてしかいられないのは学生の今だけ。あと1年。1年耐えればファウスティーナも逃げられない。正式に王太子妃になってしまえば、彼女も逃げようとはしない。


 ファウスティーナは人通りの少ない裏庭に来ていた。静かな場所で食事をしたがるファウスティーナらしい場所。どうやら今日は生徒会室では食べないようだ。

 気が済んだら食堂に向かい手早く食べられる料理を食べようと眺め始めた時だ。



「っ!!」



 サンドイッチを手に取ったファウスティーナの前にあの男性が現れた。



「やっほーお嬢様。1人ぼっちのご飯って寂しいね。話し相手になってあげようか?」







読んでいただきありがとうございます!


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― 新着の感想 ―
[一言] もう完全にストーカーだな イケメン王太子のみてくれに誤魔化されてるだけで本物の異常者ですよ
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