公爵令嬢誘拐 ー夢心地ー
どうしたら、どうしたらいいんだ――
ネージュやエルヴィラといった新入生が入学して早半年が経過した。
ケインとも約束したのに果たせなかった。エルヴィラが来たら相手にしないと。やんわりと近付かないことと諭しても、泣きそうになられると強く出られなかった。その場面をファウスティーナに見られた。
失望と諦念が濃く現れた薄黄色の瞳に見つめられ、勢いよく絶望に落とされた。同時に、またお互いの溝が深まっていった。
1年生の時と同じ、いや、それ以上にファウスティーナからは逃げられ続けた。話をしようにも、座高の問題があるからと2年生からは背の低い者、視力の悪い者を優先して前の席にすると担任のメルディアスが決めたせいでファウスティーナとは席が遠く離れた。
休憩時間になると逃げるように教室を出て行き、昼休憩でも食堂に来ず、生徒会室でケインと食事をしているせいで出来ず。
その代わりとばかりにエルヴィラが来る。
ファウスティーナはいつかの宣言通り、妹を邪険にする性格の悪い姉を演じ出した。
後から問い詰めても――
『あら? 殿下は見慣れてるではありませんか。ずっと私に泣かされていたエルヴィラを家族以外で1番近くで見ていたではありませんか。昔のように殿下も振舞ったらいいのですよ。なんだったら、お城で吐き捨てたセリフを披露なさっては?』とあからさまな挑発を受けた。瞬時に怒りが湧いても、同時に、自分がどれだけ歩み寄ろうとしてもファウスティーナにその気がなければ、もう無理だと諦め始めていた。
……だが、こんな事を誰かに、今までのやらかしを知っている両親に言ってしまえば、自業自得だと言い捨てられるだけ。
ファウスティーナは最初から歩み寄っていた。王妃に教えられ、諭され、自分の悪い部分を直し、ベルンハルドと仲良くなろうと必死だった。それを拒み続け、最後止めを刺したのは紛れもなく自分自身。
自分が抱く気持ちが逆恨み同然なのは、理解している。していても、全く人の話を聞いてくれない彼女にどうしたら耳を傾けてくれるかと思案するばかり。
エルヴィラを拒めないせいでネージュとも仲が悪くなっていた。昔からファウスティーナ絡みになると言い合いがあった。お互い学生になってから更に増えた。
エルヴィラを退かしてファウスティーナの元へ行きたいのに体がいうことを聞いてくれない。何故か、そこにいろと、見続けろと、見えない命令に操られエルヴィラから離れられない。
ベルンハルドが悩んでいる内にも時間は流れていく。ファウスティーナの17歳の誕生日は11歳から変わらず、叔父シエルがいる教会でお祝いされた。プレゼントを贈っても礼儀的な返事が来るだけ。翌日、彼女の髪には叔父か教会関係者の贈った髪飾りがあった。これも1年前と同じ。
ベルンハルドの誕生日の時はファウスティーナ名義で贈られる。どれも日常生活で使用するには最高な物ばかり。使用者の使い心地を第一に考えられた代物で、ベルンハルドの贈る物は一切使用しないくせに自分が贈る時だけ気持ちを寄せる。
それがどれだけ残酷な行為か彼女は知らないのだ。
卒業までに婚約が継続されれば、クラウドが運命の糸を切ってくれると約束してくれた。その間にも、ファウスティーナとの関係改善が出来るならしたい。
日々苦悩するベルンハルドの元にその一報は齎された。
下校中のファウスティーナが乗る馬車が襲撃された、と。
初めは何を言われたか理解が追い付かなかった。公爵令嬢を乗せた馬車が襲撃? 公爵邸にいる神官は、容姿は頼りないとはいえ、ある程度腕の立つ青年だと調べたのに? 同乗者は誰かと、ファウスティーナは何処へ連れ去られたかと、報せを届けた密偵に聞いた後すぐに行動に出た。
迎えの馬車に乗り込む直前「ベルンハルド様! ちょっとだけお時間を頂けませんか?」と断られると思っていない表情のエルヴィラが駆け寄るも。ファウスティーナのことで頭が一杯なベルンハルドは周りが見えていなかった。御者に怒号を飛ばす勢いで南へ走れと命じた。唖然とするエルヴィラを放って、馬車は全速力で走り出した。
「な……なんで……っ、何故ですかあ……!! ベルンハルド様まで、お姉様とお兄様と同じなんですかぁ…………!!?」
遠くから響く叫び声が誰かとも考えなかった。
幸福な夢を見ていると人間現実に戻りたくなくなる。ファウスティーナも同じだった。ベルンハルドと仲睦まじくしているのがエルヴィラじゃなく、自身だった。最初に見た夢とはまた違う光景。お互いの声が聞こえなくても、見られる表情から、向けて、向けられる感情の名前を知った。いっそのこと、このまま永遠に夢の世界に浸っていたい。そうしたいのに誰かがさせてくれなかった。
“……王子様が生きていてくれるならと望んだあなたが願った代償なのよ……”と。
言葉の意味を理解しようとしても、遠くから聞こえる声に意識は強引に浮上した。同時に、謎の声も忘れてしまった。
「……ん?」
「起きた?」
緩やかな動作で瞼を開いたファウスティーナが最初に見たのは白。ついで嗅ぎ慣れた薔薇の香り。耳元は暖かく、一定の鼓動が鳴って眠気を増やす。下に目をやるとお腹に誰かの腕が巻きついていた。顔を寄せている下は硬い。でも暖かい。
「まだ寝惚けてんの? いい加減、薬が切れてもいい頃なのに」
「お黙りヴェレッド。私に嘘の日程を言うなんて覚悟はできてるね?」
「してないしする気ないし。大体、お嬢様に怖い思いしてほしくないから薬使ったのにさ、怒らないでよ」
「怒らない者の方がどうにかしてる」
「俺の計画を知った時止めなかったくせに」
「お説教はしたでしょう」
「うん。ギチギチに絞められたね。予定が早まったのは向こうの都合。まあ、理由なんて興味ないから聞いてないし、もう聞けないよ」
「全く……黒幕を殺すなんて」
「ベラベラ喋られても鬱陶しいからね。他の連中を尋問しても、大した情報は持ってないよ」
「だろうね。王都に連行してもらってるけど、期待はしないようにとは伝言を預けてる」
「誰に?」
「君の元教育係に」
「げえ」
長く誰かと誰かが話しているのにファウスティーナは微睡んで起きる気になれない。物騒な単語が飛ぶが気にする元気もない。眠たげに瞼を開閉していると突然暗闇に覆われた。瞼に伝わる温もりが気持ちいい。
「まだお眠り。明日の朝になれば、スッキリ目覚められるよ」
「お休みお嬢様。時にさ、王太子様どうするの? お嬢様助けに来たのはいいけど気絶してるよ」
「君がそうしたんでしょう。何故そうなるの?」
「王様にそっくりすぎてイライラしたから」
「やれやれ……」
王太子……? ベルンハルドが気絶……?
どういう事だろうと抱きつつ、再度眠りに落ちた。
次目覚めたら、思考する気力はあるだろうと期待して。
読んでいただきありがとうございます!




