第2王子は観客か、否か
「あ、ははははは……!」
声量を抑え、肩を震わせ笑うネージュは愉快でならないでいた。今までと違う出来事が起きても、結局変わらないのだ。
入学して早半年。
4度の今も同じになった。
「いい加減にしなさいよエルヴィラ。殿下と“運命の恋人たち”になったからって、正式な立場では婚約者である私が上なのよ? 婚約者でもないあなたが殿下に引っ付くのがどれだけふしだらか理解しなさいな。ああ、出来ないわね。我が公爵家で唯一の落ちこぼれですものね?」
「っ! なんでお姉様はいつもわたしに酷い事しか言わないのですか! わたしだって努力してるのに……!」
「努力? どこが? 努力してるなら、せめてBクラスになっているわよね? 家庭教師の方が良くてCクラスと判定して下さっていたけど、Dクラスになっても全然おかしくなかったもの。あなたの頭の悪さは」
学院の庭園にて。
1人読書をしているファウスティーナの元に何をしに突撃したのか不明なエルヴィラ。周囲から“運命の恋人たち”と祝福されているのに未だ頑なに婚約解消を認めないベルンハルドへの当て付けで、何かを発する前にファウスティーナは幼少期の妹を邪険にする性格を披露した。理由がどうであれ、ファウスティーナと会話をしたかったらしいエルヴィラは悔しげに言い返すも、頭の回りはファウスティーナの方が上。言い返せない。
態とエルヴィラの声を大きくする言葉を吐き続けていれば、周囲にも人が集まる。
……そして。
「ベルンハルド様あぁ……!」
誰かに告げられ、駆け付けたベルンハルドにエルヴィラが抱きついた。
気付くのはベルンハルドと上から眺めているネージュだけ。
周囲の人間は気付かない。
憎む感情を抑えない太陽の瞳に。
「ファウスティーナっ、そうやってエルヴィラを貶すのはやめろと何度言えば分かる!?」
「私の話を聞いてくれないあなたにだけは言われたくない! 頭が悪くて、姉の婚約者に泣きつくしかない無能に何を言おうが関係ないでしょう!」
「話を聞かないのはお前も一緒だっ!」
「今更あなたの話なんて聞きたくない! あなたの話はエルヴィラを冷遇するな、“運命の恋人たち”だから受け入れろってそればっかり! 私を見ようともしないあなたの言葉を聞く価値なんてない!」
「そうやって話を……!!」
「――はーいはいそこまで」
敢えて周囲にベルンハルドがエルヴィラをどれだけ寵愛しているかと声高らかに言い放つ様は、嫉妬に狂った挙句自分は悪くない、エルヴィラを愛するベルンハルドが悪いと醜く詰っているように見える。
実際は、そうやって周囲にベルンハルドがエルヴィラを寵愛していると植え付け、婚約者の座は女神の生まれ代わりより、運命の恋人が相応しいと印象付ける為。
ベルンハルドもそれを分かってファウスティーナの言葉を訂正しようと声を張るが、止まらない両者の言い合いをお目付役のメルディアスが間に入って終わった。
「ベルンハルド殿下もファウスティーナ様も落ち着きなさい。君達、新入生が入学して半年も経つのに毎日そうやって言い合って元気だねえ。その元気を少し違う方に使おうよ」
「私は悪く有りませんわ。私という存在がいながら、エルヴィラを優先する殿下が悪いのです」
「それはお前がっ」
「はいはい落ち着いて。殿下とファウスティーナ様、君達暫く離れた方がいいね。その方がお互い冷静になれるでしょう?」
一瞬、ファウスティーナの顔が嬉しげになるも、あ、とした顔になり、小さく首を振るとメルディアスに抗議した。
その瞬間をきっとベルンハルドは見逃していない。
「離すなら、私ではなくエルヴィラの方では? 学年も違う、クラスもAクラスじゃないくせに殿下に纏わりつくこの泥棒猫をどうにかしてくださいな」
「な、ど、わ、わたしは泥棒じゃありません……!!」
「やれやれ。今度、シエル様と陛下が会う手筈になってるから、その時陛下に決断してもらうかい? 一応、ベルンハルド殿下の希望で婚約者変更になってないだけだから」
「そうだよねえ……父上も母上も、既に側妃候補を絞ってる。解消されてないのは兄上がしつこくファウスティーナとの婚約継続を望むからだ」
候補は数人。最初に挙がっていたフリージア公爵令嬢のジュリエッタは、隣国へ留学した。“運命の恋人たち”が誕生したあの建国祭から僅か1ヶ月後に。急な留学に誰もが驚いた。
「メルディアス先生が強引にジュリエッタ嬢を隣国に留学させたんだ。どうやってフリージア公爵を説得したんだろうね」
1人しかいない場所なのに、疑問への回答が返された。
「ファウスティーナからエルヴィラに婚約変更となれば、側妃が必ず用意されると説得されたのでしょう。司祭様曰く、メルディアス先生は姪っ子思いのようなので」
「はは、耳が痛いな。姪っ子を不幸のど真ん中に落とす父上とは逆だね」
「……」
ネージュの後ろにはケインがいた。
ネージュは窓から下を見下ろしたまま、ケインとは顔を合わせようとしない。
「入学してからの半年、楽しいよ本当に。最初の王宮舞踏会で兄上が初めて女性と踊ったものね」
「……ええ。エルヴィラですが」
迎えは不要だと、変わらず突っ撥ねたファウスティーナの意思に反し、王家の馬車で迎えに来たベルンハルド。彼が強行するとは予想していなかったらしいファウスティーナだが、迎えに来られたのが自分だと信じて疑わないエルヴィラを押し付けてさっさとケインと公爵家の馬車に乗り込んだ。
そこからは、1人だったら永遠に嗤っていた。
婚約者の妹をエスコートし、剰えファーストダンスを踊る兄。
周囲からしたら、“運命の恋人たち”を引き裂こうとするファウスティーナは悪女そのもの。踊り終わると2人の元に駆け寄り、持っていたグラスの水をエルヴィラにかけた。
ベルンハルドに追い払われたファウスティーナは、態と醜く2人を罵倒してテラスへ逃げた。
「後から聞いた話。ファウスティーナは、いつになったら婚約破棄をしてくれるのかって愚痴ってたって」
「解消ではなく、破棄ですか」
「そう焦らなくても、来年の今頃婚約破棄になるのに……」
後ろを見なくても彼の複雑な相貌は感じる。
メルディアスに連れられるファウスティーナを見下ろしながら、未だエルヴィラに泣き付かれ身動きが取れないベルンハルドを冷めた目で見やった。
「そうやって突き放さないから、ファウスティーナに見捨てられるんだ」
ファウスティーナにしたように突き放せば、守られてばかりで自己防衛機能がないエルヴィラをいとも容易く壊せる。
エルヴィラが壊れたって、悲しむのは公爵夫妻だけ。実の兄は見捨てている。
窓から離れたネージュは昏い瞳で微笑んだ。
「さて、ぼく達は生徒会室に戻ろうか。兄上が戻る前に」
「そうですね……」
「元気がないね? ひょっとして、今日だから?」
「双子先輩が卒業しても、仕事は減りそうにない」
「ははは。そりゃあね。叔父上が周囲にそれはもう、兄上とエルヴィラ嬢がどれだけお似合いか流させているし、ぼくもエルヴィラ嬢を刺激してるし」
「そうですね…………」
生徒会役員でもないのにベルンハルドがいるからと最初は突撃してきたエルヴィラだが、子供の遊び場ではないとケインの静かで1度受けたら2度と受けたくない怒りを浴びて来ていない。実際、エルヴィラが邪魔をしたら仕事が片付けられない。ただでさえ、毎日熟す量が多いというのに。
ネージュはふと下を見た。
エルヴィラに何かを言い、ベルンハルドは離れた。
「今日がファウスティーナ誘拐の日、か……」
どうせなら、最後の暴挙に出られる前に婚約解消されるよう動いてみよう。
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