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婚約破棄をした令嬢は我慢を止めました  作者:
過去編①ー悪役令嬢は婚約破棄の為に我慢をしましたー
153/353

運命の恋人たち誕生 〜恋心だけは永遠に〜

「あーあ……」

 

 

 誰かが漏らす。遂にやってしまった、と。

 初代国王と魅力と愛の女神を祝福する運命の女神を描いた玉座の後ろにある絵画から、愛を象徴するルビーレッドの光が――ベルンハルドとエルヴィラに注がれていた。

 


 

 ――これで、いいんだっ

 

 

 上座から降り、自分の前に立ったベルンハルドが何かを言う前に異変は起きた。5年前と同じで異なる事態。あの時はファウスティーナの瞳が絵画に描かれた運命の女神と同じ輝きを発した。

 そして今回は――

 絵画から注がれるルビーレッドの光がベルンハルドとエルヴィラを包んでいた。2人の間には光で作られた“運命の糸”が出現。絶句し、青ざめた顔でファウスティーナと絵画を交互に見やるベルンハルドとは反対に。何が起きたか分からずとも、女神が自分とベルンハルドとの間にある愛を遂に証明してくれたと歓喜するエルヴィラは嬉しさのあまり涙を流していた。

 彼女は気付かない。幸福に浸っているのが自分だけで、想い人は絶望の底、いや、底のない永遠の地獄に叩き落とされたと。これがお膳立てされた偽りの愛であるとも。

 周囲は誰も声を発しない。皆、突然の状況に理解が追い付いていない。

 国王夫妻や公爵夫妻も然り。

 呆然としていると見せかけて、歪んだ笑みをケインに見せるネージュ。ケインもネージュの笑みを諦念を多分に含んだ紅玉色の瞳で見つめ返した。

 ファウスティーナは、俯いたまま上座から降りた。誰も彼女を止めない。只1人、掠れた声で呼ぶ者がいたが聞こえないフリをした。

 

 

「……大丈夫かい?」

 

 

 ファウスティーナの元に届く、優しく慈愛に満ちた声は心配そうな色を宿していた。

 顔を上げると会場の何処にいたのか、貴族服を纏ったシエルがいた。

 

 

「……はい。私が、決めたことです。これで殿下は……幸せになれますよね?」

 

 

 縋る思いでシエルに問うた。疑問形ではあるが、答えは肯定しか求めていない。否、と首を振られれば自分のやったことは意味がなくなる。

 

 

「ベルンハルドが妹君を受け入れるか、否か、だね。けど大丈夫。彼はこの瞬間から、王国で最も幸福な男になるよ。それは私が保証してあげよう」

「良かった……」

 

 

 シエルはファウスティーナに偽りは申さない。絶大な信頼を寄せるシエルに庭園にいると告げ、一旦ホールを出た。

 

 感激のあまりエルヴィラがベルンハルドに抱きついたところで漸く我に返ったシリウスの前を通ったネージュが、何故ですか!? と叫ぶエルヴィラを引き剥がしたのを噴き出したヴェレッドが、憐れみを込めた瞳でベルンハルドを見やった。

 

 

「可哀想に王太子様……はは……とても歪んだ“運命の恋人たち”だね……汚い色をした糸だこと」

「君がそう言うならそうなんだろう」

「けどいいの? これであの空っぽちゃんが王太子妃っていうのになる可能性大だよ? さすがに俺も、あんなのが本当に王妃になったら終わりっていうのくらい分かるよ」

「優秀な側妃候補は2人いる。片方は姪っ子思いのメルディアスが今日の事態を見て、早々に兄君に話を付けるだろうが……上手くいくかな」

 

 

 もう1人は今のところ問題ないが、此方も妨害をしないと危惧した親が……ということもなくはないが、娘を溺愛している侯爵が無理矢理婚約者を決めるかどうかは見物。

 

 

「教会の司祭様としての仕事をしに行こうか」

「はーいはい、行ってらっしゃーい」

 

 

 シエルを見送り、1人残ったヴェレッドは近くのテーブルにあったクッキーを摘んだ。半分齧ったクッキーの味に満足していると、周囲のどよめきは大きくなった。シエルと入れ替わるようにケインが会場を出て行った。大方、ファウスティーナの居場所を聞き出し追い掛けたのだ。

 これから最高に下らない愛の物語を聞かされる。耳が腐り溶け落ちても、もう誰にも止められない。

 

 

 

 ●○●○●○

 

 

 庭園に出たファウスティーナは、他に誰もいないのをきちんと確認し――大きな達成感と大きな喪失感を味わっていた。巨大な空洞から風が吹き抜けていく虚しい気持ち。

 無理矢理に結ばれようがベルンハルドがエルヴィラを受け入れたらいいだけの話。婚約を結ばれて9年。11歳以降を除いた4年間、ずっとエルヴィラを優先し続けたのだ、本当にベルンハルドがエルヴィラを愛してなかろうが可哀想という感情だけでひたすら優先し続けたのだ。それくらいの演技、彼にとって造作もない。

 

 

「……本当に好きになってしまえばいいのよ……そうしたら……もうベルンハルド殿下は苦しまない……」

 

 

 今頃シエルがあの光が“運命の恋人たち”の誕生の証だと説明しているだろう。会場から大きな声が幾つもくる。夜空を見上げると無数の星に埋め尽くされていた。

 

 

「どうせ、周りも私がずっとエルヴィラを邪険にしていたのも、その度に殿下がエルヴィラを庇って私を悪く言う光景を何度も見ていたのだから、すぐに私が婚約者の座から降ろされてエルヴィラが次の婚約者になるって思うよね」

 

 

 これでいい、これでいい、これで彼は()()()にならない。

 

 

「……司祭様に甘えてしまうけど……ずっと教会にいようかな」

 

 

 数百年振りに生まれたリンナモラートの生まれ変わり。生まれた年が一緒だったから、ベルンハルドと婚約が結ばれた。“運命の恋人たち”と認定されたベルンハルドとエルヴィラ。シリウスもこれ以上の婚約継続は不可能と判断し、ファウスティーナを王太子妃候補から外すだろう。必ず王族に嫁ぐと誓約があるので王子以外の者との結婚は恐らく無理。だからファウスティーナは、最後リンナモラートが消える間際願った。

 

 

『リンナモラート様。女神の生まれ変わりは必ず王族に嫁ぐという――』

『……好きにしたらいい』

『へ』

 

 

 ファウスティーナが言い終わる前にリンナモラートは興味の無くした相貌で紡いだ。

 

 

 『こうなると分かった時点で今代の生まれ変わりだけ、王族と結ばれなくてもいいと……運命の女神が許しているわ。だから、好きにしなさい』

 『は……はい……ありがとうございます』

 

 

 あっさりと認められて逆に良いのだろうかと悩んだものの、女神が許可したのなら良いかと以降は考えなかった。

 招待客が休めるようにと設置されている長椅子に座った。長時間座っても疲れないクッションが置かれ、座り心地は悪くない。

 

 

「……呆気なかったね。平民になったら……私も好きな人を見つけて良いよね……」

 

 

 ベルンハルドへの恋心は永遠に消えない。エルヴィラを結ばせた今でも、苦しんでいるのはファウスティーナだけ。ベルンハルドの苦しみは、彼がエルヴィラを受け入れさえすれば解決する。人は苦しみに弱い生き物だ。今は頑なに拒んでも、何時かは心が疲れ果て、癒しを求める。望まない相手だろうと渇き疲れた心を癒してくれるなら、手を伸ばし己が胸に閉じ込めてしまう。ベルンハルドへの恋心は今日を以て、深層へ封じ込めた。

 顔を合わせる度、エルヴィラと睦まじい姿を見る度、お似合いな姿を見る度、無理矢理に押し出ようとする気持ちを押し込める強い蓋をした。

 

 夜風に当たり、未だざわめきの大きい会場に戻るのは辛いがそろそろ戻らないとケインかシトリン辺りが心配して探しに来てしまう。

 腰を上げかけた時。

 視界にピンク色が目に入った。「どういうことかしら、今の台詞」と聞き慣れた鋭さが増した可憐な声色。勢いよく顔を上げた先には、ピンクゴールドの髪を黄金の髪飾りで纏めた、普段よりも何倍も美しいアエリアが信じられない者を見る目でファウスティーナを睨んでいた。

 

 

「アエリア様……」

「どういうことなのかしら。貴女のスカスカ妹と王太子が“運命の恋人たち”に選ばれたと、司祭様が説明していたわ」

「スカスカって……」

 

 

 仮にもエルヴィラは公爵令嬢。アエリアは侯爵令嬢。身分で言うとエルヴィラが上。本来なら侮辱となるが此処には2人以外いない。アエリアはファウスティーナの引いた表情を気にせず、更に詰る。

 

 

「先程の件で貴女が王太子の婚約者でいるのが無理だとしても、王子や王弟の婚約者になるのが普通よ。何故それらをすっ飛んでの平民落ちという言葉が出るのかしら」

「……アエリア様に話す必要がありますか?」

「王太子をずっと好きだった貴女が、あのスカスカ妹と王太子が結ばれたと見て、ショックを受けて逃げ出したのだと思ったわ。落ち込んだ貴女を笑ってあげようと探したら、喜んでいただなんて……予想外にも程がありますわ」

「……」

 

 

 割と最初からいたらしいアエリアは、気位の高い令嬢らしく澄ました顔でファウスティーナの隣に座った。ファウスティーナは何も言わない。

 

 

「……違うわね。貴女は貴族学院に入学してから、別人になった。王太子から常に逃げ続けていた。社交の場でも、エスコートもファーストダンスも兄君がしていた。激情を見せてまで王太子に拘っていたファウスティーナ様が変わったのは、教会での生活が原因かしら?」

 

 

 正確には5年前食らったベルンハルドからの暴言。教会での生活によって、飢えていた愛情をシエルや教会関係者に注がれ、愛に飢えていた少女は美しく強くなった。よく観察している。第2の王太子妃候補と呼ばれるだけの人だ。

 

 ファウスティーナは庭園に咲く花を見つめた。

 

 

「とても、良い所です。司祭様があまりにも優しくして下さるから、ベルンハルド殿下より司祭様が良いなって」

(わたくし)をそんな嘘で欺けると思って? 心外だわ」

「ふふ。……殿下の幸せの為です」

「……王太子の幸せがあのスカスカ妹君ということでしょうか?」

「現に“運命の恋人たち”となったでしょう?」

「……」

 

 

 アエリアはなんとも言えない顔をした。

 

 

「初めて会った時から、私は殿下に嫌われていました。私が悪かったのだから、仕方ないのだけれど」

「……」


 

 不思議な感覚だった。王太子妃の座を狙って、何度か嫌がらせをしてくる相手に自分の話をするなんて。険悪でもなければ、良好でもない。ただ、不思議と一緒にいて楽しい。

 アエリアは1度も口を挟まず、話を聞いた。

 ベルンハルドに嫌われた理由を、教会で生活をした理由を、ベルンハルドがエルヴィラと結ばれた方が幸せな理由を、……全部。

 聞き終えたアエリアは、やはり無言のままだった。

 

 

「余計なお節介ですがアエリア様。明日から、婚約者を探すのをお勧めします」

「本当に余計なお世話ね。必要ないわ」

 

 

 エルヴィラが次の王太子妃筆頭候補になっても、1日のほぼ全てを勉強に費やす根性は皆無。絶対に生贄が用意される。

 アエリアは可憐な相貌には似合わない、怜悧な笑みを向けた。

 

 

「家はお兄様のどちらかが継ぎますし、何処かの家と繋がりを持たないといけない程我がラリス家は弱くありません。まあ最悪、教会に置いていただこうかしら」

 

 

 当代シエルの圧倒的過ぎる美貌のせいで女性神官がメルセス1人となっているだけで、惑わされないのなら女性も神官になれる。

 

 

「何故ですか?」

「だって、平民になると言っても、貴女を大事にしている司祭様がそう易々と貴女を手放すとは思いませんし、ファウスティーナ様だって教会にいるつもりでしょう?」

「……最初から絶対にいましたよね?」

「内緒ですわ」

 

 

 運動神経抜群、隠密行動に優れるのは辺境伯家の血がなせるものなのか。

 暫く会話を続けていた2人。そこへ、アエリアを探しに庭園に出てきたヒースグリフが現れた。

 互いに挨拶を交わした。アエリアはヒースグリフに連れられ、庭園を去った。

 1人残ったファウスティーナもそろそろ戻ろうと長椅子に座らず、体を会場側へ向けた。

 時だった。

 

 

「ファウスティーナ」

「!」

 

 

 ケインが涼しい様子でやって来た。

「帰ろう」と差し出された手を取った。

 会場に戻らず、違う道を使って馬車へ戻った。

 御者が2人を見ると「もうお戻りに?」と訊ねた。

 

 

「ああ。トラブルが発生してね。俺とファナだけ先に戻るよ」

「承知しました」

 

 

 馬車の扉が開かれた。降りたジュードが2人を車内に導き、乗車の確認を御者に伝えた。

 馬車が動き始めた。

 

 戻るのが早い2人にジュードは何も聞かない。神官らしい、穏やかな表情で2人を見つめている。

 

 

「ファナ」

 

 

 不意に呼ばれたファウスティーナが返事をすると――ケインに抱き締められた。シエルやヴェレッドと違う、優しい香りに包まれる。

 

 

「……ごめん」

「お兄様……?」

「……ごめん……ファウスティーナ……だけど…………じゃ……ない……」

 

 

 何度もごめん、ごめん、と謝るケインの声は弱々しく、最後は小さくて聞き取れなかった。

 背中を撫でる手が悲しむ子供を安心とさせた。溢れそうになる涙を堪え、ファウスティーナは大きな背に腕を回した。

 

 

「大丈夫、大丈、夫、ですわ。お兄様、誰も、不幸になりません」

「……それは、ファナも?」

「……はい」

 

 

 一層強く抱き締められた。

 悲しい気持ちを抱くのは自分だけでいい。兄は何も関係ない。

 1番に幸せになってほしいのがベルンハルド。でも、ケインも同じくらい幸せになってほしい。

 

 出来の悪い妹でごめんなさい、と小さな、小さな声で謝った。

 

 

 ファウスティーナを抱き締めるケインは誰にも聞こえない声で――

 

 

「…………あなたの思惑に乗ってあげましょう…………ネージュ殿下――」

 

 

 


 その頃、パーティー会場では。

 シエルの説明によって、絵画より注がれたルビーレッドの光が“運命の恋人たち”に選ばれた証だと知ったベルンハルドは、懲りずに抱き付こうとしてきたエルヴィラを避けてシエルの衣服を握った。エルヴィラは抱き止める相手が誰もいず、床に転んでしまうという恥を晒した。心配して駆け寄る者は誰もいない。エルヴィラの絶対的味方であるリュドミーラでさえ、此度の件で死にそうな程に顔を真っ青に染めていた。

 涙声で誰かが何かを言っているがベルンハルドの耳には、何も届いていない。


「……うか……どうか……嘘だと……言ってください……っ、叔父上……」

「……残念だけど、ベル。私が嘘と言おうが女神が選んだ事実は覆らない」

「……」


 ベルンハルドの手が力なく垂れた。

 ファウスティーナの言っていた、運命によってエルヴィラと結ばれているとは、このことだったのだ。

 

 女神の力を使ってまで、拒絶し、逃げ続け、剰え要らないエルヴィラを押し付けるファウスティーナに――抱く想いが真っ黒に塗り潰される速さで憎しみが増していく。


 ファウスティーナに抱く恋心も、愛情も、……全部憎しみへと塗り替えられていく。




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― 新着の感想 ―
愛憎劇にしたいのはわかる。わかるんだけどリンナモラートとエルヴィラのスカスカ具合がそっくりで、スカスカ達の花畑劇場にしか見えない。
この辺で1話を読み返すと5周目は狂った人たちは大人しくして幸せな喜劇になって欲しいと思うわ。1~4周目の王太子って第1印象のせいで失敗しただけなんだよね。1周目は最後に気付いてい仲良く心中。2~3周目…
[一言] ベルンハルド、一度もファウスティーナに謝罪してもいなければ好きだとも愛しているとも伝えてないのに、何言ってるのさと。 ずーっと婚約者を蔑ろにしながら他の女に入れ込んでて、我慢の限界になった…
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