運命の恋人たち誕生 〜ある王子の独白〜
「本当にいいのかしら? あの王子様は」
「いいわよ。だって、いないの。王子様の中にルイスはいない。なら、……いえ。もう解放してあげましょう。運命のループから」
空色の髪、本物のシトリンを埋め込んだような綺麗な薄黄色の瞳。
違うのは女性2人の雰囲気だけ。
雲1つない空の下。果てまで続く草原にて、光る赤い糸をリンナモラートに託したフォルトゥナは足下にいたコールダックを抱き上げた。
「一方的な“運命の恋人たち”が誕生するのは今の時代が初めてだった。今までの時代は、皆互いの糸が相手に向いていたのに。
こんなにも運命が捻れてしまったのは、31年前のイレギュラーから原因だ。そこから徐々におかしくなって、……違うか。更に4年遡って……正確には35年前になるのか」
「違うわ。31年前で合ってる。35年前は……」
“建国祭”当日は、どこもかしこもお祭り騒ぎ。4年前平民街のお祭りに参加したファウスティーナはそれから毎年シエルと共に来ていた。今年もそう。指定された時間通りに迎えに来たシエルとヴェレッドで祭り見物をしていた。
「毎年だけど、食べ物の店が多いよねー」とはヴェレッド。
「歩き回る客や異国からの客が多いからね」とはシエル。
時折、食べ物を購入しては休憩して味わう。今は手持ちなし。
「一旦、座って休憩しようか」とシエルがファウスティーナを休憩用にと用意されている長椅子に座らせた。ヴェレッドを置いて行くと上機嫌で異国の紅茶を販売する店へ行ってしまった。
「あれ絶対自分が紅茶飲みたいだけでしょう」
「あはは……紅茶好きですもんね、司祭様」
今日が運命の日。必ずベルンハルドとエルヴィラを“運命の恋人たち”にしてもらう。運命の女神フォルトゥナに。
だが失敗したら? 失敗して、ベルンハルドがふこうになってしまったら?
思考の螺旋階段に嵌ってしまうと外界の音・気配は完全に遮断されてしまう。頬に多少痛みを加えられて漸く我に返ったファウスティーナは、ポカン顔で頬を抓ったヴェレッドを見上げた。
「人が呼んでるのに」
「あ……すみません、考え事を」
「どうせ、今夜のパーティーで王太子様と空っぽちゃんが結ばれなかったらどうしようとかでしょう?」
「う……は、はい」
ヴェレッドといい、リンナモラートといい、エルヴィラを空っぽと呼ぶのを好きなのか。
「安心したら? あの女神はリンナモラートの生まれ変わりであるお嬢様のお願いなら、なんだって叶えてくれるよ」
「そう……でしょうか? どうして、分かるのですか?」
「運命の女神は大層妹神を大事にしているんだ。でなければ、人間との恋愛なんて許さないよ」
「なるほど」
悠久の時を生きる女神と限られた生でしか生きられない人間。必ず別れが来る上、元々生きる世界そのものが違う2人が結ばれたことが奇跡。
ペタペタ、ペタぺタ
可愛らしい足音を立てて4年前と同じように、あのコールダックがファウスティーナの元へやって来た。あ、と思い出すと羽をある方向へ向け、鳴きながら行ってしまう。こっちこっちと誘導されているようだ。
「行ってきたら?」
「はい!」
3年前、2年前、去年、探しても見つからなかった飴屋が今年はある。毎年出店している店もあれば、時々ある店もあるとシエルが以前教えてくれた。飴屋は後者に当たる店だったのだ。
コールダックを追いかけるファウスティーナが無事飴屋に到着するとヴェレッドは快晴を見上げた。
「はあ……同じ歳に生まれないと、同じ年数生きられなくて可哀想とかいう理由で無理矢理ぼくを次の王子に移すから、凄まじく面倒臭いことになるんじゃないの?
――フォルトゥナ」
小さく欠伸をして正面を向いた。
「助かってる部分もあるけどさ……シエル様の娘だし。お嬢様頂戴なんて言ったら、それこそ寿命が来る前に死んじゃう。……まあ、寿命なんてどっかの狂人ばばあのせいでとち狂ってるし、シエル様とばっちり食ってるし王様変にやきもち妬くし……面倒くさ」
面倒だが愉しいのがこの世界――。
コールダックに連れられて4年前と同じ飴屋に着いた。簡素な造りの箱から無数の糸が出されていた。
箱の前に座る主人も、あの時と同じでフードを深く被っているせいで顔が見えない。
「おや、可愛いお客さんを連れて来たね」
発せられた声も同じ。
足下に来たコールダックの頭を撫でると女主人はファウスティーナに飴を勧めた。
「どうぞ。好きな紐を選んで引いて」
「はい。あ、先に」
今回は幾らかのお金を所持していたので支払った。どれにしようかなと吟味し、これだと感じた紐を選んだ。引っ張った紐の先には、……何もなかった。
「おや、ハズレを引いたね」
「ハズレがあったのですか?」
「ないはずなんだけどね。もう1度引いてみな」
「はい」
次の紐も飴がなかった。上から箱の中身を覗いたら、全部の紐に飴が付いていそうなのに。今日は運が悪いのかと落ち込むと女主人はお詫びと称して好きな飴を持っていきな、と紐付け前の飴の箱を見せた。
甘い物が好きなファウスティーナは迷わずイチゴ味を選んだ。口に放り込み、甘酸っぱいイチゴに頬が緩む。
お礼を言って飴屋から離れて行くファウスティーナを……女主人、否、人間の振りをしたフォルトゥーナは苦笑した。
「何もない……か」
「クワ?」
何が? とコールダックに問われた。
「糸の先とは、本来何かしらの物がある。だけど今のあの子にはなかった」
フォルトゥナは左手の人差し指をくの字に曲げた。箱から2つの飴が浮かんだ。ファウスティーナが選んだのに落ちた飴。
青の飴。
「……」
求めていながら、最後は捨てられる。
捨てられるくらいなら自分から離れる。
捨てられる痛みと恐怖と悲しみを味わわずに済むから。
リンナモラートに渡した赤い糸は、今までのよりも強力にした。
王子様が自らの意思で死なないよう……。
2度目の時、洗脳されたにも関わらず、最奥に封じられた最愛の人を追うには自由になることだと即決断し、自らの首を切った王子様の潔さには度肝を抜かれた。
「クワワ」
「何? もしも、今の4度目も失敗したら? そうだねえ……5度目のループに突入だねえ」
ヴェレッドの待つ長椅子に戻るとシエルも戻っていた。上機嫌な様子から、良い買い物が出来たのだろう。
休憩は終わり。次の店に行こうと促され、祭り見物を再開した。
「次はなんの店に行こうか?」
「ふあ……ねえシエル様。眠くなってきたから帰っていい?」
「駄目」
「はあ……ねーむーいー」
子供みたいに駄々を捏ねるヴェレッドを丸っと無視をし、ガラス細工の品物を置く店に興味を示したシエルに連れられた。
鳥の置物から猫型の皿まで、幅広い品物に目を輝かせるファウスティーナを遠くから見張る目があった。
「……シエル様」
ヴェレッドが品物に夢中になるファウスティーナに聞こえないようシエルを呼ぶ。いいよ、と彼は手を振る。
「放っておきなさい」
「近付けないなら、遠くから見張る、か」
監視している相手は恐らく王太子直属の密偵。素人には気付かれなくても、普通とは程遠い育ち方をしたシエルとヴェレッドにはバレバレだった。シリウスに告げ口して鍛え直してもらった方が、王国の為にも良い気がする。
が、面倒なのでしない。