14 糸の名前
誤字脱字報告をして下さる皆様ありがとうございます(*´∀`)
感謝と申し訳なさで一杯です。
反映するまでに少々お待ち頂けたらと思います。
「お嬢様の朝食だけグリーンピースオンリーにしますよ!」
「それは駄目!!」
夢の続きが消える。
という思考は、起きないファウスティーナを起こす為に発したリンスーの声で消えた。さっきまで寝ていたのが嘘の様に素早く身を起こしたファウスティーナは悲鳴を上げた。
苦手だったブロッコリーは食べられるようになり、パセリも少量なら食べれるようになった。だが、グリーンピースだけはまだ好きになれない。残さず食べる事を心掛けているがグリーンピースが出ると食事を進める手は格段に遅くなる。
グリーンピースオンリーの朝食を出されたら、永遠に朝食が終らないだろう。容易に想像出来る身近な未来を阻止するべく起きた。
「あ、起きましたね。おはようございますお嬢様」
「おはようリンスー。じゃない! 何よ今の! もう少しマシな起こし方があるでしょう!」
「お嬢様が何度声を掛けても起きなかったので最後より一つ前の手段を使わせて頂きました」
「逆に最終手段が何か気になる言い方」
「聞きます?」
「いい。碌でもなさそうだから」
聞いて後悔するのも嫌。
「さあ、まずは顔を洗ってください」
「うん」
ベッドから出て、リンスーの用意した桶には程好い温度のお湯が入れられていた。髪を前髪も含め後ろに纏め、お湯で顔を濡らし、次に石鹸を泡立て顔の汚れを落としていく。泡をお湯で洗い流すとタオルを受け取り拭いていく。
「ふう。さっぱりするわ」
「洗顔の次は髪を整えます。お嬢様、ドレッサーの前に座ってください」
「はーい」
タオルをリンスーに返し、言われた通りの場所に座った。失礼します、と一声掛けてリンスーは後ろに纏められた髪を一旦下ろし、ゆっくり、丁寧に櫛を通していく。
「リンスーはお休みの日は何してるの?」
「私ですか? そうですね、街に行って買い物を楽しんだり、評判のカフェに行っています」
「カフェか」
街には貴族御用達ではなくても、お洒落なカフェが数多くある。何度か平民の格好をしてお忍びで行ったりした。
「リンスーオススメのカフェって何処?」
「駄目です」
「まだ何も言ってない!」
「行きたいと仰るのでしょう? 駄目ですよ。お嬢様が行ったら太ってしまいます」
「どういう意味!? こう見えても運動は好きなんだよ!?」
「私がよく行くカフェは、多種類のパイが魅力のお店なのです」
「パイが……!」
ファウスティーナの目がキラリと光った。
パイはファウスティーナの大好物。特にそのカフェのアップルパイは絶品で朝早くから並ばないとすぐに売れ切れる大人気商品なのだとか。
「前にお休みを頂いた時お店に行きましたが既に売り切れてました」
「開店前に行ったのよね?」
「はい。開店の1時間前には。ですが、既に長い行列が出来ていました」
「ひえ、1時間前もから……一種の戦争だね」
だが、1時間も前から並ぶ価値のあるアップルパイ……
食べたい。ものすごく。
その時ファウスティーナの脳内に妙案が浮かんだ。
リンスーに髪を梳いてもらいながら、上機嫌に鼻歌を歌ったのだった。
が。
「お嬢様、はしたないですよ」
「いいじゃない。私とリンスーしかいないんだから。ちょっとは大目に見てよ」
「そういう時に限ってケイン様が来たらどうします?」
「うぐ……リンスーって、私にだけスパルタだよね」
「これもお嬢様の為です」
脅しを頂いたのですぐに止めました。
*ー*ー*ー*ー*
(良かった……グリーンピースオンリーじゃない)
今朝のメニューはパンケーキ。トッピングに生クリーム、ピーナッツクリーム、数種類のジャム、バター、ハチミツ。
飲み物は各々好きなのを。ファウスティーナはホットミルクを貰った。葡萄ジュースが飲みたかったがベルンハルドの誕生日パーティーでエルヴィラに葡萄ジュースを――事故とはいえ――掛けてしまったので、家族が揃っている場で飲むのは止めていた。
リンスーの事だから、ファウスティーナが起きなかったら本当にファウスティーナの分だけグリーンピースオンリーにしてしまいそうである。内心ホッとしながら生クリームをパンケーキに載せた。
「ふふ、ファナ。何だか安心した顔でパンケーキを食べるね」
「リンスーに不吉な事を言われたので」
「ちゃんと起きたらグリーンピースオンリーじゃないから、頑張って起きなよ」
「……」
どうやら、あのグリーンピースオンリー発言はケインの入れ知恵だったらしい。半眼で自分を見るファウスティーナの頭をポンポンと撫でた。
「全然起きないファナに苦戦してたから、アドバイスしただけだよ。下の者が困っていたら手を差し伸べる。これも立派な役目だよ」
「それは素晴らしいと思いますがなんか違うような」
「しょうがないよ。ファナだし」
「どういう意味ですか!?」
「安心していいよ。ファナ限定だから」
「全然安心出来ませんよ!?」
からかわれているのは分かるが、ケインは時折冗談じみた事を言いながら本気で実行する時があるから怖い。
ファウスティーナをからかって満足したのか、最後のパンケーキを食べたケインは紅茶のお代わりを侍女に頼んだ。ファウスティーナも生クリームをトッピングしたパンケーキを口に入れた。パンケーキが甘さ控え目で作られている為、生クリームの甘さと相性が良い。
(次はジャムにしましょう。どれにしよう……ん?)
ブルーベリージャム、イチゴジャム、ラズベリージャム、マーマレードの4種類から悩んでいると目の前から強い視線を感じた。前方に座るのは父シトリンと母リュドミーラ、夫妻の向かいにケイン・ファウスティーナ・エルヴィラの順で座っている。真ん中に座るファウスティーナは視線の主が父と母のどちらかだと判断。
顔を上げなくても視線の主は誰か大体予想がつく。ベルンハルドの誕生日パーティーで親子の間に溝が出来、必要最低限の会話しか数週間していない。ファウスティーナもスルースキルのお陰で気にしていないのだが、このままも多分宜しくないと考えていた。
(って言っても、こういう場合どうしたら良いのかしら。今度のお茶会で着るドレスのデザインを王妃様に相談して、更にお母様との事まで相談するのは駄目よね。あまり頼るのも良くない)
何処かにきっと切欠がある。
無理をして溝を埋めようとして、更に溝が深まれば意味がない。
その時がくるまでは成るべく気付かない振りをしよう。ファウスティーナはマーマレードを一口サイズに切ったパンケーキの上に載せた。
甘酸っぱいマーマレードを味わっているとエルヴィラが今度のお茶会で着るドレスの話をリュドミーラにした。
「お母様。お茶会で着ていくドレスですが、わたしやっぱりまだ迷ってしまいます。どちらも素敵で選べないです」
「どれもエルヴィラにぴったりだったもの。もう少しだけ時間があるから、一緒に選びましょう」
「はい!」
太陽を浴びて咲く向日葵の如く天真爛漫なエルヴィラの笑顔を見てリュドミーラは嬉々とした表情で見つめ。
ファウスティーナには、一変して固い表情を向けた。急に表情を変えたリュドミーラに驚くエルヴィラ。
リュドミーラがファウスティーナの名前を発しかけた時、マーマレードをトッピングしたパンケーキを飲み込んだファウスティーナがケインに話を振った。
「お兄様も新しく作られるのですか?」
「うん。もう採寸も終わって、後はデザイナーに任せた。ファナは王妃様に相談したの?」
「はい! 幾つか私の希望を取り入れてもらいましたがとても素敵なデザインになりました。お母様、デザイナーの方にお願いしていただけますか?」
「……え、ええ」
気のせいか、しょんぼりと落ち込むリュドミーラ。具合でも悪いのだろうかと首を傾げたファウスティーナは、空になったお皿を見て食欲があるならまあ心配ないと次はピーナッツクリームに手を伸ばした。
その様子を苦笑いをして見守るシトリンは「あまり焦っても良いことはないよ」と優しくリュドミーラを慰めた。
――朝食を終え、王城へ行く準備を手早く済ませてファウスティーナは玄関前に停まっていた馬車に乗り込んだ。
「行ってらっしゃいませお嬢様」
「うん。行ってきます」
リンスーを含めた数人の侍女に見送られ、王城へと出発した。
一定の速度を保って過ぎて行く外の光景を黙って見つめた。同じ景色を何百回と見てきたのに飽きない。当たり前のように同じ道を行き、流れる景色を見つめることが二度と出来ないと知った当時の自分は何を思ったか。
ベルンハルドとの婚約を破棄する良案が思い浮かばない。エルヴィラに何もしないまま、このまま日々が過ぎていくと、きっと前の自分が望んだ未来を手に入れられる。ベルンハルドに対する恋心はある。ただ、1度酷く捨てられたせいで臆病になっていた。
ベルンハルドが優しいのはエルヴィラに何もしていないから。誕生日パーティーで見せた熱の籠った瑠璃色は、ドレスを贈ったファウスティーナではなくエルヴィラに向けられていた。
「こういうの何て言うんだっけ。……“フォルトゥーナの糸”だったかな」
ファウスティーナは自身の空色の髪を一房掬った。
王国が崇拝する姉妹神の姉フォルトゥーナは運命を司る。全ての人間の縁はフォルトゥーナが結んだ糸によって決められ、国の命運もまたフォルトゥーナが結んだ繁栄・混乱・平和・滅亡の名の付いた糸で決められる。王家と教会が姉妹神に敬意を払う事で国民もまた、遠い昔から王国に守護と平和を齎らす姉妹神を崇め称える。
“フォルトゥーナの糸”とは、有り体に言えば男女が運命によって結ばれた糸。如何なる刃を持ってしても、決して断つ事の出来ない強い糸。
というのが昔話に出てくる。
「うーん……エルヴィラの運命の相手が殿下なら、私の運命の相手って誰なんだろう。……まさかと思うけど、死亡一直線の糸じゃないよね?」
案外そうだったりして……。あはは、と誤魔化す様に笑うも、自分で言い出しておきながら凹むファウスティーナであった。
*ー*ー*ー*ー*
馬車の中で落ち込んだものの、王城に到着するなり気持ちを切り替えた。迎えの王妃付の侍女と護衛の騎士と共に王妃教育の部屋まで向かう。
すると向こうから見知った相手が従者と護衛を連れて姿を見せた。相手――ベルンハルドはファウスティーナの顔を見るなり顔を輝かせて駆け寄った。
「おはようファウスティーナ」
「おはようございます、殿下」
「ファウスティーナは今から王妃教育なんだね」
「はい。殿下は今から剣術の鍛練でしょうか?」
動きやすい服装と佩剣した姿。後、屋敷での会話の際、朝は可能な限り剣術の鍛練から始めて体を動かしていると聞いた。無理な場合もある。
「そうだよ。いざという時の為にね。母上からファウスティーナの王妃教育中の話をよく聞くよ。とても覚えが良くて決して折れないと」
「私などまだまだです。王妃様の足下にも及びません」
「それは僕もだよ。僕も父上と母上には遠く及ばない。だから、少しでも2人に近付ける様に努力するだけさ」
青年時代の麗しい美貌とは違う、少年特有の美しくもきらきらと輝く微笑みの効果は絶大だ。お行儀の良い猫を6匹装着して平静を保つファウスティーナは、内心こう叫んでいる。
(うわーん! ぎりぎりの場所に立たされた挙げ句に下からぐらぐらと揺らされるこの感覚、全然慣れない~!)
この笑顔を守る為にも早く婚約破棄をしないとならない。
時間が迫っていると侍女に急かされ、ベルンハルドに別れの挨拶をして王妃のいる部屋と向かった。
部屋まで目前に迫った所で扉の前に人影があった。
王妃シエラともう1一人。蜂蜜色の髪、紫紺色の瞳の少年が少々膨れた顔でシエラを見上げていた。苦笑するシエラがファウスティーナ達の方に気付くと少年もそっちを見た。
ファウスティーナは少年が誰か一目で分かった。
前回大変迷惑を掛けた内の1人、第2王子ネージュ=ルーク=ガルシア。
女の子に見える程可愛らしい顔のネージュは、紫紺色の瞳を大きく見開いた後――ふわりと微笑んだ。
(子供の頃のネージュ殿下は綺麗や格好良いよりも可愛いって印象が強いなあ)
呑気に変わらないネージュへの印象を心の中で呟いたファウスティーナはこっちへと手招きするシエラの元へ近付いた。
「おはようございますファウスティーナ」
「おはようございます王妃様」
「ファウスティーナはこの子と会うのは初めてよね? 第2王子のネージュよ。さあ、自己紹介をして」
「はい。お初にお目にかかります。ネージュ王子殿下。ヴィトケンシュタイン公爵家長女、ファウスティーナ=ヴィトケンシュタインです」
「ぼくはネージュ=ルーク=ガルシア。貴女の事は兄上や母上からよく聞きます」
披露したカーテシーも完璧に熟した。
ネージュも規則に則った挨拶をしてからシエラを見上げた。シエラは困った笑みを浮かべるものの、側に控える護衛を呼びつけた。
「ネージュを庭園まで連れて行くように。但し、少しでも体調に変化があった場合は速やかに部屋に戻し医師を呼ぶように」
「ハッ!」
「ありがとうございます母上」
ベルンハルドとはまた違う輝く笑顔をシエラへ向けると選ばれた騎士を連れてこの場から離れて行った。
読んで頂きありがとうございました!