ネーミングセンスのない作戦名だろうと、必ず完遂してみせる
『ベルンハルド殿下とエルヴィラ“運命の恋人たち“にするぞ作戦』。ネーミングセンスの欠片もない題名をデカデカと新しいスケッチブックに書いたファウスティーナは自身の役目を書いていった。
1、ベルンハルド殿下が訪れても居留守を決行。どうせエルヴィラが行くから
2、エルヴィラに会ったら水をかける。既に準備は整ってるので問題なし
3、勉強に身を入れてほしいので顔を合わせたら馬鹿にする
4、貴族学院ではベルンハルド殿下とは最低限のやりとりを貫く
5、ベルンハルド殿下とエルヴィラが実は互いを想い合っていると学院だけじゃなく社交界にも流す。司祭様がやってくれる
といった感じで書き終えた。5に関してはファウスティーナはほぼ何もしない。シエルが私にも手伝わせて、と手紙で報せてくれた。
水かけ作戦の準備とは、協力者の確保、である。
物語のように魔法がない現実で何もない場所から水を湧き出すのは不可能だ。ファウスティーナはジュードとリンスー、トリシャを巻き込んだ。
ジュード以外には大反対された。特にリンスーに。
『何故ですか! ずっと、厳しい王妃教育や淑女教育を受けて頑張り続けたお嬢様ではなく、何故エルヴィラお嬢様と王太子殿下が……!』
幼少の頃から仕えてくれるリンスーだからこそ、頼れる作戦だった。侍女と主人の立場を超えた絆が2人にはある。憤るリンスーを落ち着かせるトリシャも納得がいかないと眉を下げた。
『お嬢様。どうか考え直してくれませんかっ、お嬢様が悪役になる必要がどこにありますか』
『しょうがないの。……これはね、お兄様にもお父様にも、誰にも話していないのだけれど……私……この家から出たい』
王家に嫁いで生家を出て行く、のではない。公爵令嬢という身分を捨てて平民になりたいのだとファウスティーナは、清流のような静けさを孕んだ気持ちで語った。
『平民の生活は甘く見てないよ。でも、自分の気持ちを認めず、好きでもない相手と一生を共にさせられる殿下が不憫で……なら、殿下が昔から大事にしているエルヴィラが嫁いだ方が殿下だって幸せになるでしょう?』
『そんな……お嬢様の幸せは……』
『私は大丈夫だよリンスー。司祭様と手紙でのやり取りで、殿下との婚約破棄が叶ったら教会にずっと住むことになると決まったの。まだ私と司祭様だけの秘密だけどね』
『仮にお嬢様と王太子殿下の婚約が破棄されエルヴィラお嬢様になったとしても、失礼ですがエルヴィラお嬢様ではとても王太子妃は務まるとは……』
仕える側の者ですらエルヴィラは人の上に立つ素質がないと見抜いている。なのに、絶対にベルンハルドと結ばれるのはエルヴィラだとファウスティーナは譲らない。無責任極まる話だが、“運命の恋人たち”にされれば国王といえど女神の決定には逆らえない。唯一、可能性があるとしたらイル・ジュディーツィオ――審判者の力を持つフワーリン公爵のみ。彼等が中立の立場から重石の如く動かないのは、この役目が大きい。王国に不利益がない限り、公爵は“否”とは下さない。“運命の恋人たち”は、存在するだけで国に幸福を齎す象徴なのだから。
まだまだ納得してくれないリンスーの気持ちも分からないでもない。
決めた、決めてしまった道に、引き返す足がない。
リンスー、トリシャ、ジュードにやってもらいたいことを順番に説明していった。
2人から更に猛抗議を受けるも……最後は非常に渋々受け入れてくれた。
因みに、この件が原因でリンスーが責められるような場合があってはならないので密かに執事のカインも巻き込んでいる。
「カインには、いざという時の証人になってもらわないと。私を止められなかったリンスーに非が集まらないように、私に脅されて強制されていたとカインが証言すれば、他の人も悪いのは私だけでリンスーも立派な被害者だと認識してくれる筈よ」
スケッチブックに必要事項を書き終え、表紙を閉じて机の引き出しに仕舞った。
ヴィトケンシュタイン公爵邸に戻って冬になる頃。ベルンハルドの誕生日パーティーも終わると、次はヴィトケンシュタイン家にとって3兄妹の誕生日月間となる。
4年前から教会でお祝いをされていたファウスティーナは、今年ももちろん教会でお祝いをされた。家で祝う気だったらしいリュドミーラには散々お小言を言われたが、無関心を貫くと繰り出される声は自然と遮断されて口を動かしているだけの母親が横にいる程度の認識になった。
エルヴィラは今屋敷にいる。本来なら、パーティーの翌日また領地に戻る予定だったのをリュドミーラが止めてしまったのだ。シトリンやケインに苦言を呈されても、領地から戻ったエルヴィラが如何に可哀想な姿だったかを力説。阿呆らしいとケインは途中でファウスティーナのテスト勉強に付き合い、シトリンは根強く説得したが……妻に弱い彼は押されに押され切ってしまった。
このことをリオニーには直接、シエルには手紙で報せたら――
“そのまま社交界にでも出て大恥をかけば、少しはマシになるかもな”とはリオニー。
“美しい母娘愛に感服するよ”とはシエル。
後日、真夜中の不法侵入者にシエルの手紙を見せたら大袈裟な程顔が引き攣っていた。
「どうしてだったのかな」
恐ろしい言葉も過激な言葉も書かれていない、本心はともかく褒め称える文面だったのに。まあいいか、と椅子から立って部屋を出た。今リンスーはスイーツの準備をしているから、戻るのに時間がかかる。書庫室に行って時間潰し且つ婚約破棄物の本を探すかと決めた。
誕生日といえば、当日王家からプレゼントが贈られた。教会からも届いた。
エルヴィラを除いた家族からも貰った。
ただ……
「ベルンハルド殿下とお母様のプレゼントは見なくても使わなくても何も言われないから、そのまま貴重品部屋に置いてもらったのよね」
ベルンハルドにはお礼の手紙を出した。
素敵なプレゼントをありがとうございました、ととてもシンプルな手紙を。
学院で会っても徹底的に逃げている。声を掛けられれば対応はするが最低限を努め。教室以外で出会したら礼をして見せ、さっさと違う場所へ逃げた。
リュドミーラは何も言わないというより、視界に入れないようファウスティーナが心掛けているせいか、まともに顔を見たのは何時だったかと記憶を辿らないといけない始末。何も言ってこない辺り、所詮その程度のプレゼントを贈ったということなのだろう。今はエルヴィラの誕生日プレゼント選びに気合いを入れているから、逆にリュドミーラ本人が何を贈ったか忘れていそうだ。
学院での問題はベルンハルドだけじゃない。ジュリエッタとアエリアの件もある。王太子妃の座に拘っているのがアエリア。ジュリエッタは……間違いなくメルディアス絡みではないかと推測している。彼女から受ける視線で最もキツいのがメルディアスに気に掛けられ会話をしている時。ジュリエッタにとっては叔父にあたる人。ひょっとして叔父に好意を抱いての……? と思うと、誤解を解いたら終わりそうな予感がする。
そうならないのがアエリア。多くの王妃を輩出した名家に生まれ、彼女自身も王妃の座に拘るのだろう。残念だがアエリアでは駄目。エルヴィラが相手ではないとベルンハルドの真なる幸福は来ない。
アエリアをどうしようと悩みつつ、書庫室に到着。適当に本を見繕い、3冊両手に抱いて部屋への道を戻った。
――運命が決まる建国祭までもうすぐ……
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