リンナモラート
『愛に狂った王太子』その後のストーリー3を読み終えたファウスティーナは机に突っ伏した。
今いるのは昼休憩の図書室。放課後は本が読めないので昼食を手早く済ませ足を運んだ。
最後の『自殺』だが、自殺をしたのは王太子だった。主人公目線なので詳細まで書かれていない。自殺理由が書かれていない。主人公が知るのは、王太子が弟王子の目の前で自殺したと翌日城の使者から聞かされた時。
本の感想として、抱いたのは読者が望むハッピーエンドは本編のみ。その後のストーリーは要らなかったのでは? と作者に文句を零す。題名から、普通の終わりではないと覚悟していたものの、あまりにも幸福な終わりから程遠い結末に胸中は複雑となる。
「でもまあ……色々とヒントになることはあったから、よしとしましょう」
追放された悪役が主人公にしてきた嫌がらせの数々。手を出したのといえば水をかけるだけだが、他には婚約者のいる男性に近付く泥棒猫とか、悲劇のヒロインを演じて自分に酔いしれる能無しと罵倒する台詞。参考までに全て頭に刻み込んだ。
……が姉の台詞も一理ある。
「普通は身内の婚約者と言えど、無闇に近付かないのが当たり前なのだけど」
主人公と王太子の関係性を正しくする為、何をやっても悪役の姉が悪いとされたのは作者都合もあるのだろう。
夜開催される王宮舞踏会。午後の授業が終わったらすぐに校門へ向かおう。
「……ファウスティーナ?」
「っ」
戸惑いと気まずさが含まれた声。
一瞬、肩を震わせたファウスティーナは勢いよく顔を上げた。
片手に参考書を持ったベルンハルドが声色の通りの表情で立っていた。
最後に話したのは何時だったかと思うも、次に何を言われるか不安で体に力が入る。
「その本……タイトルがないのか?」
「え……」
ベルンハルドの瑠璃色の瞳が読み終えた本に向けられた。背表紙のことを言っているのだろうか? とファウスティーナは表紙を向けた。
が、すぐに本のタイトルを思い出し慌てて下げようとするがベルンハルドは首を傾げるだけ。
「もしくは……それは本ではないのか?」
ちゃんと表紙をベルンハルドは見た。
『愛に狂った王太子』という、王太子である彼に見せたら何を言われるかしれないタイトルを見せたのに。ベルンハルドが発したのはファウスティーナにとっては予想外な台詞。
「いえ……本です。ページを開いたらちゃんと」
疑われているようで複雑な気分を味わい、適当なページを開きベルンハルドに見せた。
……しかし。
「何も書かれていないが?」
「……」
どういうことなのか。ファウスティーナには表紙のタイトルもページに書かれている文字もはっきりと読める。
2人の間に表現し難い空気が流れ始めた。
本であると主張するファウスティーナとタイトルもページも何もない白紙だと主張するベルンハルド。
そんな時だった。
ファウスティーナの目に信じれらない光景が襲った。雫が落ちた水面のように、空間に波紋が広がった。驚愕するファウスティーナとは正反対、ベルンハルドは何も反応しない。何故? と懐疑の念を持つと理由はすぐに判明した。
「殿下……?」
ファウスティーナが呼びかけても、顔の前で手を振っても瞬きすらしない。
自分1人だけ時間に置いていかれてしまったのか。不安に駆られるファウスティーナの後ろから第3者の声が。それは夢の中で何度か聞いた、あの声……。
ファウスティーナがゆっくりと向いた。
同じ空の髪と太陽を彷彿とさせる薄黄色の瞳。
ファウスティーナと瓜二つで、涙に濡れる姿はエルヴィラを連想させる庇護欲がそそられる麗しの女性。
ただ……彼女は……。
「……ああ……そうだったのね……」
普通の人間ならまず有り得ない、体に淡い光を纏った女性は時間の停まったベルンハルドに近付き頬に触れた。
「そうだったのね……だから……4度繰り返しても気付いてくれなかったのね……」
「……イレギュラーの中にあなたがいると気付かなかった私が早とちりして、別の子に間違えて置いてしまって……」
「気付いて……慌てて元の場所に戻しても……置き忘れてしまったの……『愛される愛』を……とても中途半端に……」
1人納得すると今度は別の言葉を紡ぎ出した女性。夢の中で見るだけの、実際には初めて会う女性。ファウスティーナは知っている。彼女が誰か。
女性は徐にファウスティーナに向いた。
「あなたは私、私はあなた。
だから私が誰か知っている」
「あなたは……」
名前を紡ごうとしたファウスティーナを止めるように首を振られた。
「あなたはどうしたい? あなたは王子様と空っぽが結ばれてほしいと願っている」
「(空っぽ……)は、はい。そうです。そうしたら殿下は幸せになれます」
「王子様はあなたを望んでいるわ」
またベルンハルドの頬に触れた女性は「本心から」と告げた。
折角固く蓋をした心が盛大に揺らぐ。彼女が魅力と愛の女神リンナモラートだともう分かっている。
リンナモラートが告げるから、真実味が増す。
「でも、王子様と空っぽは強く、頑丈で、……でも歪な“運命の糸”で結ばれている。ううん、王子様が空っぽに縛られているの」
「エルヴィラが殿下を……」
「王子様を解放して、助けてあげられるのはあなただけ」
「殿下はエルヴィラと結ばれてこそ幸せになれると私は思います。歪なのは殿下がエルヴィラを好きだと認めないからではないでしょうか。だから……“運命の糸”は殿下だけを縛り付けて、本来結ばれるべきエルヴィラへ引き寄せようと必死なんです」
見たくなくても何度も見た、見せられた。ベルンハルドがエルヴィラに構う姿を。泣いただけで母にも婚約者にも愛されるエルヴィラ。糸に縛られ、苦しむのはある意味ベルンハルドの自業自得だ。1度だって疑問を抱かず、エルヴィラが泣く理由全部ファウスティーナが悪いと母親と同じで決め付けたベルンハルドの行いが“運命の糸”は2人を結び、今になって嫌がるベルンハルドをエルヴィラへ引き寄せようと引っ張っている。
「……そう……」
リンナモラートは説得は無駄だと観ずる。ファウスティーナがそう言うなら、もう繰り返しは起こさずファウスティーナの望むハッピーエンドへ到達出来るよう手を貸そう。
……王子様が4度目の不幸のどん底へ落とされても、命を絶つ選択をしないように。
「私が力を貸すわ。王子様と空っぽが今度こそ、ちゃんと、結ばれるように」
帰路を走る馬車の中。窓を眺めるファウスティーナは昼に起きた出来事を誰にも話さなかった。話したところで何もならない。
時間が停止したと実感した者は誰もいなかった。ベルンハルドでさえも。
「屋敷に戻ったら、まずは入浴からですよお嬢様」
「うん。司祭様からもらった薔薇の入浴剤を入れてね」
「勿論です!」
リンナモラートは告げた。
手を貸すと。
ベルンハルドがエルヴィラと結ばれるように。これでファウスティーナの描く幸福の筋書きは完璧となる。後はどうベルンハルドを認めさせるかだけ。
『来年の建国祭で王子様と空っぽを誰の目が見ても分かるように結ばせてあげる』
1番の勝負は来年と決定した。




