13 前にはない、お茶会への招待
本日二回目の更新になります(´▽`)
ベルンハルドの誕生日パーティーから数週間後――
「あ~疲れる~」
「だらしないですよお嬢様。しゃきっとしてください」
「自分の部屋でくらい好きにさせてよ~」
事情を聞いた父シトリンからは、何もしていないファウスティーナへのお咎めはなし。寧ろ、王家からの贈り物であるドレスを汚しかねない行動をしたエルヴィラを普段よりもきつく叱責していた。母リュドミーラが庇っても甘やかし過ぎるのも良くないと一蹴。怒っても穏やかに、諭すような口調なシトリンでも目に余る行動だった。家庭教師を一新し、以前よりかは勉学やレッスンに精力的になったのは良かった。が、このままだと何時か大きな事をやらかしそうな予感があった。
ファウスティーナは大声を上げて泣くエルヴィラの言葉が胸にチクチクと刺さっていた。
『お姉様ばかりズルいですわっ! わたしだって公爵令嬢なのに! わたしの方がベルンハルド様をお慕いしていますっ!!』
それを言うと他の公爵家の令嬢はどうなるのか。
どうもエルヴィラは、ファウスティーナの我が儘でベルンハルドと婚約を結ばれていると思い込んでいる節がある。
2人の婚約はヴィトケンシュタイン家にしか受け継がれない髪と瞳の色を持ったファウスティーナが生まれた瞬間から決められていた。もしも2人の年齢が違っていたら、別の王族と婚約を結んでいた可能性だってある。
ファウスティーナ自身も前の記憶を持っているので、何故自分がベルンハルドの婚約者に選ばれたかを知っている。
本棚に仕舞われている本の中から、一番古い本を出したファウスティーナはソファーに座った。
王国が崇拝する姉妹神を子供でも解りやすく説明する為の物語。表紙に触れ、描かれた姉妹神と同じ色の髪を見つめた。瞳の色も同じ薄黄色。
(ヴィトケンシュタイン家にしか受け継がれない、姉妹神と同じ髪と瞳。ヴィトケンシュタイン家で私と同じ色の髪と瞳の女性って……実は1人もいないのよね)
シトリンや祖父の様に男性なら少々いるが女性となるといない。生まれる確率が極めて低いせい。
本を横に置いてリンスーにオレンジジュースを所望。搾りたての新鮮なオレンジジュースが注がれたグラスを受け取った。
「リンスー」
「はい」
「もし、私がお母様と同じ髪と瞳の色だったら、殿下の婚約者は誰になっていたと思う?」
「それは……一介の侍女に過ぎない私ではお答えしかねます」
「うーん、じゃあ、私的にはラリス侯爵家のアエリア様だと思うのだけれど」
前回、第2の王太子妃候補として名高かったアエリア=ラリス侯爵令嬢。ピンクゴールドの髪と長い睫毛に覆われた新緑色の瞳が特徴の、エルヴィラとはまた違った可憐な美少女。
可愛らしい顔立ちとは裏腹に、王太子妃の座を奪おうと幾度もファウスティーナに嫌がらせをしてきた苦手な人物。ファウスティーナもやられたら黙っている性分ではないので倍どころか数倍にして反撃していた。
ラリス侯爵家と現王妃の生家フワーリン公爵家は政敵同士で、当時の王太子妃であったシエラも数々の嫌がらせを受けていたと聞いた。王妃教育終了後の10分のお茶会で稀に話題に出る。その時のシエラは疲れた表情をするのでファウスティーナも深くは聞かないでいた。
「この間の殿下の誕生日パーティーで、多分だけどアエリア様に睨まれてたと思うの」
「まあ……。ですがお嬢様と王太子殿下の婚約は、おニ人が成人を迎えるまでは公表はしないと旦那様が仰有っていましたが」
「うん。私が殿下と踊ったから目の敵にされたんだわ」
意外そうに目を丸くしたリンスーに苦笑した。あれだけベルンハルドから逃げ回っている割にダンスを踊っているのだ。きっと自分がリンスーでも同じ気持ちになっただろう。
本を本棚に戻したファウスティーナはオレンジジュースを飲み干し、空にになったグラスをリンスーへ渡して扉に近付いた。
「お嬢様何処に」
「ちょっと書庫室に行ってくるわ。本を選びたいの」
リンスーに任せるよりも自分の目で見て読みたい本を選びたい。
書庫室を訪れたファウスティーナは、膨大な量の本が仕舞われた本棚に埋め尽くされた一面の壁に圧倒された。貴族の家でも、中々見ない本の量。シトリンが読書家なのもあるが先祖代々受け継がれてきた書物も多数ある。子供向けの本が置いている一角へ進んだ。
「何を読もうかな~」
謎の高熱を出して部屋で療養していた時にシトリンが選んだ本は全部読破している。冒険ファンタジーもいいが恋愛物も読みたい。長い本だと読み終えるのに時間が掛かるのでサラッと読める量の本がいい。
「あ」
濃い青色のブックカバーの本を見つけたファウスティーナは、金糸で刺繍された題名を読み上げた。
「『捨てられた王太子妃と愛に狂った王太子』……何だろ、題名から感じるぞわぞわとした寒気は」
明らかにドロドロとしてそうな小説。こんなのが子供用の本棚に仕舞われているなんて。前に読んだ人が置き間違えたのか?
ページ数も中々に多く、読んだら内容が気になって徹夜コースまっしぐら。明日も朝早くから王妃教育を受ける為に早起きをしないとならない。遅くまで起きて寝坊して怒られるのはファウスティーナ。
だが、何故か無性に気になった。捨てられた王太子妃という言葉が気になってしまって。
前のファウスティーナは捨てられたのではなく、自業自得の追放である。
「……」
読みたい。
読んだら朝が辛く、起きれない。
「…………」
ファウスティーナは本を元の場所へ戻した。
本棚から遠ざかり、次の本探しもせず書庫室を出た。
私室に戻ってベッドへ飛び込んだ。
枕に顔を埋めて足をばたつかせた。
「あ~! 読みたい! すごく気になる! 気になるけど、朝起きられなくなるのは嫌だから我慢よ。読みたい本も読めないなんて……!」
もっと時間がある時に読もう。
ファウスティーナは勢い良く起き上がり、ベッドの下に隠している【ファウスティーナのあれこれ】を引っ張り出した。机に置いていた羽ペンにインクを付けて本の題名を書き込んでいく。
「よし。これで時間がある時あの本が読める。今日はもう寝よう」
羽ペンを指定の位置に戻し、ノートをまたベッドの下に隠すとシーツの中に埋もれた。
「明日も厳しい王妃教育。でも、王妃様のあの嬉しそうな顔を見るともっと頑張りたいって思っちゃうんだよね」
美人って羨ましい。
そんな事を思いつつ、疲労が溜まっているファウスティーナの意識は瞬く間に夢の世界へと旅立った。
*ー*ー*ー*ー*
とある日の朝。
普段と変わらない朝食を頂いていると不意にシトリンが口を開いた。
「ケイン、ファナ、エルヴィラ。今度、王妃様が主催するお茶会の招待状が届いているんだ」
王妃は仕事の1つとして、貴族の夫人を呼んで定期的にお茶会を催している。貴族社会の情報を得る貴重な場でもある上、女性同士の会話は男性以上に有益な情報を薺す事が多い。
「王太子殿下や第2王子殿下の交流を更に広げる為のお茶会ですわね」
「他にも伯爵家以上の同年代の子達を招待しているらしい。リュドミーラ、付き添いは頼んだよ」
「勿論ですわ」
スクランブルエッグをフォークに刺して口に含んだファウスティーナがはて、と内心首を傾げた。
(こんなお茶会前回あったかしら?)
記憶を探るが見つからない。ベルンハルドは兎も角、体の弱いネージュを参加させて大丈夫なのだろうか。ネージュの話題が毎回出る訳ではないが、体調が良い時はその時のネージュの様子を聞かされたりする。
エルヴィラが紅玉色の瞳を輝かせ、ケインが連れて行って大丈夫かなと心配する中、ファウスティーナはスクランブルエッグを飲み込みシトリンに訊ねた。
「お父様。ネージュ殿下も参加されるのですか?」
「当日の殿下の体調にもよるけど参加は決定みたいだよ。ファナも王妃様からネージュ殿下の話を聞いているのだったね」
「はい。体調が良いと王妃様はいつも以上に嬉しそうなので」
6歳のネージュはずっとベッドの上にいるイメージしかない。
エルヴィラの性格といい、ベルンハルドといい、ファウスティーナがエルヴィラに何もしないだけで少しずつだが前回と違う展開になってきている。
けれど、油断は大敵。気を付けていても前回と似たパターンに何度もなっている。
(何も起きないでくれるのが一番だけど、対策だけはしておかないと……)
朝食を完食したファウスティーナはオレンジジュースを全部飲み干したのだった。
食堂を出て部屋へ戻る道中王妃主催のお茶会の事ばかり考えてしまった。そこにはきっとアエリアも呼ばれるだろう。向こうがどう思おうがファウスティーナは関わりたくない。
(今考えても良い策が見つからない)
夜になってゆっくり考えようと思考を切り換えた。
私室に戻ってリンスーに着替えを手伝ってもらい、王城へ行く準備を進めた。
時間になるとリンスーと共に部屋を出た。
玄関ホールまで来ると「ファナ」とケインに呼び止められた。
「お兄様」
「ちゃんと頑張って来なよ。後、王太子殿下と会っても逃げ出してないよね?」
「ぐう……、お城の中では逃げてません(まだ奇跡的に出会してないだけで)」
「そう。ならいいよ」
「お兄様はもう少し私を信用してもいいと思います!」
「しょうがないよ。ファナだし」
「どういう意味ですか!?」
「そのままの意味」
「ぐぬぬ……」
「それより、王妃様が開くお茶会に着るドレスを作るって母上が言ってたから、時間がある時に希望のデザインがあるなら言っておくといいよ」
「はい。あ」
「どうしたの」
ヴィトケンシュタイン公爵家お抱えのデザイナーに言ってもファウスティーナの意見は地味だからと悉く却下される。リュドミーラに相談するにしても、あの誕生日パーティー以降更に会話がなくなった。エルヴィラも同じ。必要最低限の会話はするが他はまるでない。寂しいという感情がないのに驚きもなかった。
「ドレスのデザインを王妃様に相談してみようかなと」
「王妃様と?」
「王妃様は流行り物にとても敏感ですし、ご自身でデザインしたドレスが夫人方にも好評ですから。殿下方のお召し物も多数王妃様がデザインしています」
「……ファナがいいならいいんじゃないかな」
チラッと違う方へ目を向けて言うケイン。釣られてファウスティーナも同じ方向を見るも何もない。
「お嬢様。馬車の用意が整いました」
「分かったわ。お兄様、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
ケインは何を見ていたのか。まさか幽霊が見えていた? 明るい内から幽霊がいる訳ないじゃないと心の中で笑い飛ばしたファウスティーナであった。
……あったが意味もなく目を逸らす兄じゃない。
(……ほ……本当に……?)
そう考えるだけで嫌な汗が流れた。若干顔を青く染め、逃げる様に素早く馬車へ向かったファウスティーナを側にいたリンスーは慌てて追い掛けた。
心配した面持ちで声を掛けたリンスーに無理な作り笑いで誤魔化し、御者に出発してと告げた。
――途中早足で馬車まで向かったファウスティーナを怪訝に思いつつ、見送ったケインは踵を返した。彼がチラッと視線をやったそこにはもう誰もいない。
「はあ。何をやってるんだか」
この後ケインも家を継ぐ為の勉強がある。呼びに来た従者と今日の予定を確認しながら玄関ホールを後にした。
読んで頂きありがとうございます!
勢いがある内に書いておかないと、ですね(*´∀`)♪