【本編では10歳になりました:前】
※番外編となります。読み飛ばして頂いても大丈夫です。
長くなりそうなので前編後編で分けます。
家にいて自分だけでベルンハルドとエルヴィラ両思い作戦を実施しても、恐らくだが前回の記憶を取り戻してからの時と同じで空回ってばかりだった筈。誰か、理解ある人に協力を仰ぐことであの2人が心の底から結ばれれば、前回のような悲惨な未来は訪れない。ベルンハルドは未だファウスティーナを婚約者として扱ってくれる。初対面の日から既に3年は経過した。
1番の大きな要因は、やはりエルヴィラを虐めてないのが大きい。それと性格の問題。手っ取り早く婚約破棄してもらうにはエルヴィラを虐めるのが最も効果ある行為だが、同時にファウスティーナ自身の破滅を意味する。
誘拐され、身の安全の為と女神を深く知る為という名目で3年前から教会で暮らしているファウスティーナは、朝目覚めて早々広がった光景に声を上げなかった自分を褒めたかった。
「やあ、いい朝だね。ファウスティーナ様」
「お、おおっおはようございますっ、司祭様」
教会の最高責任者であり、現国王の異母弟シエルが朝からサービス全開の輝かしい微笑でファウスティーナの寝顔を眺めていた。起きて早々に王国で最も美しいと言って過言ではない男性の顔を見れば、きっと心の固い女性でもすぐに蓋を開けて許してしまいそうだ。視線が下に行かないよう、でも寝起きでシエルの顔は直視出来ないので、後ろに彼がいるのを期待してそっちへ目をやった。ファウスティーナの思った通り、壁に凭れて眠そうにシエルを眺めている薔薇色の髪と瞳の––人間離れした美貌の青年がいた。シエルといい、彼といい、何歳なんだと言いたくなるが実年齢はちゃんと知ってる。
「ヴェレッド様もおはようございます」
「はーいはい、おはよう。ふわあ……ねむ」
「夜更かしするからだよ」
「誰のせいだと思ってんの」
「さあ。誰のせいだろう」
「はあ、いいけど。お嬢様起きなよ。今日は王太子様が来るんでしょう」
「う、うん」
シエルに起こしてもらうとタイミングよく扉が叩かれた。入室した相手もこれまた、室内にいる男性2人と引けを取らない美女。白金色の長い髪をハーフアップにし、垂れ目な紫水晶の瞳が妖艶な美女。教会で唯一の女性神官メルセスは入るなり「まあ!」と怒ったように頬を膨らませた。
「レディの部屋に朝から殿方が2人も押しかけるなんて非常識ですわ」
「シエル様に言ってよ。俺寝てたのに」
「嘘言わないの。君起きてたでしょう。だって、私が入ったらすぐに起きたじゃないか」
「シエル様無視すると起きるまでしつこいから。長年の経験のせいで、シエル様が近くに来ると意識は勝手に浮上するみたい」
「便利だねえ」
「うっさい」
「はいはい、司祭様と坊や君の痴話喧嘩をファウスティーナ様に聞かせないで下さいまし。ささ、顔を洗って髪の毛を整えましょう」
「うん」
手を叩いて話を強制終了させたメルセスに促され、ベッドを降りたファウスティーナは置かれた桶から漂う薔薇の香りにうっとりとする。
「いい香り〜」
「朝の目覚めに香りを堪能するのも気分転換になりますわ。まずは顔を洗いましょう」
「それと」とシエルとヴェレッドへ鋭い眼差しを向けた。
「司祭様と坊や君はお部屋にお戻り下さい。レディの朝の準備をマジマジと見ているものではありませんわ」
「はは……はいはい、分かったよ。ではね、ファウスティーナ様」
「ふわああぁ……俺もう一眠りする」
「駄目。起きてなさい。今日はずっと起きてて」
「えー」
「えー、じゃないの」
「助祭さんに任せたらいいじゃん」
「私が行けず、オズウェル君が行くのは狡い。だから代わりに君が行ってきて」
「はあ……朝ご飯食べたら、2度寝する気満々だったのに」
「残念でした」
「はいはい無駄話はしてないでご退室くださいませ」
半ばメルセスから追い出される体で部屋を出て行った2人を見送り、朝の準備の続きに取り掛かった。人並みの体温程のお湯に手を突っ込み、両手で掬って顔を濡らしていった。
洗顔を終え、乾燥しないよう化粧水とクリームを塗った後、寝間着からお出掛け用のドレスに着替えた。
次に鏡台の前に座って髪を梳いてもらった。今日の髪型は左に編み込みをしてもらい、瞳より黄色味の強い髪飾りを着けた。
公爵家から持ってきたドレスとシエルから先日もらった髪飾り。曰く、ファウスティーナに似合うからと見て即買いしたそうだ。気持ちは有り難いので素直に受け取ったものの、定期的にプレゼントをシエルだけじゃなくヴェレッドもそうでありメルセスもであり、他にも頂く。10歳になった時、差出人不明のプレゼントが届いた。シエル宛になっていたが中身はファウスティーナの10歳を祝う物だった。誰だか見当もつかないがシエルは知っているみたいだった。他に知ってそうなヴェレッドに訊ねても「いい格好しいだから貰うだけ貰っとけば?」と言われるだけだった。
準備を終えると朝食を食べる為部屋を出た。
シエル達が待ってくれている食堂に入ると、司祭服に着替えたシエルと未だラフな軽装のヴェレッドが席にいた。起きた時視線が下へいかないよう努めたのは、シャツのボタンを1つしか留めてないせいで肌が露出していたせいである。
前回の記憶を所持していようと異性に対する免疫は、身内を除くとベルンハルドのみ。彼とも親密な仲とは真逆だったせいで異性の肌を直視出来ない。相手の超越した美貌のせいで。最初に見た時発したのは––
『お、お腹冷えませんか?』だった。もっとマシな言葉はあっただろうに。あの時は気が動転して上手い言葉が見つからなかった。
今は下さえ向かなければ一応の問題はないと覚えた。
シエルの向かい側に座ったファウスティーナは、テーブルに並べられた食事がそれぞれによって異なることにも慣れてきた。
ファウスティーナは公爵家でもよく食べていた甘さ控えめのパンケーキやサラダ、数種類のジャムや生クリーム。
シエルは紅茶とビスケット。
ヴェレッドは砂糖を沢山入れたコーヒーミルクとチョコクロワッサン、シフォンケーキ。
南側の人々の朝食は、コーヒーとドルチェで済ませることが多いと教えられた。塩っ気のある物は昼に食べるらしい。甘い食べ物が大好きなファウスティーナにしたら嬉しい習慣である。
ビスケットを半分に割って紅茶に浸して味わうシエルが不意に言い出した。
「今日はクラールハイトに行くのだっけ」
「そうだよ。退屈なとこなのに」
「こら坊や君。楽しみにしているお嬢様のいる前で言わないの」
「同行させられる俺の身にもなってよ」
シエルの言ったクラールハイトとは、3年前ファウスティーナがシトリンやケインと行ったミストレ湖よりも透明度の高い湖。ミストレ湖でさえ、外から水中に泳ぐ魚を見ることが出来るのにクラールハイトはその上をいく透明度と聞き、好奇心の強い彼女が興味を抱かない筈がなく。季節は夏を間近に控えているので気温が上昇してきている。水浴びをしても風邪を引かないだろうということと、月1の定期訪問で王都からやって来るベルンハルドを気遣ってのこと。約2時間以上もかけて馬車で来たのに、婚約者とただ会って話をするだけで帰ってもらうのも申し訳ないとファウスティーナが提案した。
彼の場合、敬愛する叔父に会えるのも嬉しいのだろう。時間が空くと顔を見せるシエルに駆け寄り話をする姿は年相応の子供。前回の、18歳までの姿を覚えているせいで新鮮な気持ちだった。
……否、違う。
ファウスティーナのいる前で無邪気な姿を晒すベルンハルドを見たことがなかったから。彼が何時だって好意的な感情を向けていたのはエルヴィラだけ。ファウスティーナに至っては機嫌が悪いと汚物を見るような目で睨んでいた。
思い出すと泣けてくるので記憶を振り払うように小さく首を振り、食事を始めた。
●○●○●○
約束通りの時間になると王家の家紋が描かれた馬車が教会の前に停車した。御者が扉を開けると王国の王太子ベルンハルドは馬車を降りた。3年前と比べると身長も伸び、王妃譲りの顔つきも段々と変わり始めていた。強くなり始めている日差しを受けながら、前を向いたベルンハルドは衝撃を受けた。
後から降りた従者も同じ反応をしているだろう。
「やあ、王太子殿下。遠路遥々ようこそ。男の子は成長が早いね、前会った時よりまた背が伸びた?」
「お……お久しぶりです、叔父上。背はあまり変わっていないかと。それより……」
ベルンハルドは焦った相貌でシエルに迫った。
「叔父上がファウスティーナを抱いているのは何故ですか」
婚約者の少女が叔父に横抱きにされている。心配7割、焼きもち3割、である。
「ファウスティーナ様を? はは、君が到着するちょっと前にファウスティーナ様が足を挫いちゃって」
「足を?」
「あ、はは……私は大丈夫だと言ったのですが司祭様が……」
シエルに抱かれているファウスティーナは、内心恥ずかしさと情けなさで洪水の如く涙を流していた。足を挫いた理由はしょうもなく、食後の運動と評した屋敷周辺の散歩をしている最中に、木の上から前触れもなく垂れてきた蜘蛛に驚いた拍子に足を挫いてしまったのだ。その時同行していたのはシエル。ミミズを見るのは平気だと自信たっぷりに語っていたファウスティーナが蜘蛛に驚くとは思わなかったらしく、尻餅をついて動けないのを抱っこして屋敷まで持ち帰ってくれた。
暫く歩けなくなったファウスティーナは恥ずかしさを抑え込みベルンハルドに頭を下げた。何度も言うがシエルに横抱きにされた状態で。
「こんな格好で申し訳ありません、殿下……」
「い、いや、僕は全然気にしてないからいいよ。ファウスティーナが歩けないのなら、クラールハイトへはまた今度行くことにしよう」
「そうですね……」
最も残念に感じているのはベルンハルドだ。滅多にない外の景色を見られるチャンスをファウスティーナが蜘蛛に吃驚し足を挫いたせい。シエルに横抱きされたままは行けない、シエル以外に横抱きされても行けない。自分の足で歩けるようにならないとならない。
そろそろシエルは司祭の仕事をしないとならない。今日も祝福を授かりに貴族が何組か来る。
……のにも関わらず、教会のとっておきの場所を教えてあげようとファウスティーナを抱いたままベルンハルドを案内し始めたのだった。
読んでいただきありがとうございます!
【お知らせ】
ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが改めてご報告致します。
「婚約破棄をした令嬢は我慢を止めました」がアリアンローズ様より書籍化します。イラストは萩原凛先生です!応援して下さる皆様のお陰ですありがとうございます(*´∀`)
萩原凛先生の描くファウスティーナの可愛さが最高です(*ノ▽ノ)
詳細等は追ってご連絡します。
これからもよろしくお願い致します。