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婚約破棄をした令嬢は我慢を止めました  作者:
過去編①ー悪役令嬢は婚約破棄の為に我慢をしましたー
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幸福の条件

 

 お腹を痛めて生んだ我が子を床に叩き付ける――。

 正気の沙汰じゃない。生まれてまもなく想像を絶する痛みを受けて死んだ名も知らない王女を哀れんだ。



「何故、今になって亡くなった王女の話など」

「さあ? 大叔父上は“ローゼちゃんが”とか“ローゼちゃんがいたら”とか言ってたから、ひょっとしたら父上や叔父上の他に妹とかがいたら関係もまだマシになれていたんじゃないかっていう願望があるんじゃないのかな」



 ローゼ、とネージュが言って頭に浮かんだのは何故かシエルと偶に行動を共にしているあの男性の姿。ローゼの名の如く、見事な薔薇色の髪と瞳の美貌の青年。だがローゼは女性名。彼は男性だ。ただ、彼の名前も意味は同じだったなと今更ながら思う。

 偶然か、それとも関係者なのか、と一瞬考えそうになるも今必要じゃない話題だからケインは頭から消した。



「ぼくと君がループを繰り返してもう4回目だよ。ぼくや君もそろそろ腹を括った方がいい。ループを終わらせるには、ファウスティーナと兄上、2人の幸福が最重要条件だ」

「ファナの幸福はベルンハルド殿下がエルヴィラと結ばれて幸福となること、逆にベルンハルド殿下の幸福はファナとやり直して幸福になること。ここでの前提を覆さない限りループは終わらない」

「その前提こそ間違いだ。前者はいいよ、でも後者は違う。兄上の幸福は“フォルトゥナの糸”によって最も強く結ばれているエルヴィラ嬢と結ばれることだ。君だって4度も体験しているのだから知ってるでしょう。この国は運命を強く信じている」

「……」



 今までの3回共にベルンハルドとエルヴィラは“運命の恋人たち”となる。

 それも、王国にとって最も大事な行事“建国祭”で。

 その“建国祭”は1年後に開かれる。



「頭スカスカだろうと馬鹿だろうと見た目しか取り柄のない出来損ないだろうと利用価値はある。寧ろさ、貴族なんだから良く使える駒の方が便利でしょう? だって、エルヴィラ嬢に言うことを聞かせるのはとっても簡単なんだから」

「エルヴィラに何をしようとしているので?」

「何も? 何もしなくたって彼女から動いてくれるじゃないか。兄上絡みになると必死になって可愛いよね」



 最後に紡いだ言葉には何もない。エルヴィラを慈しむ感情も罵倒している感情も。紙に書かれた文字を思うことなく読んだだけの無機質な声。

 エルヴィラの問題行動はこれからが本番だ。同時に、ベルンハルドが幾らファウスティーナとやり直そうと試みても当の本人にその気がないのだから、結局エルヴィラに捕まってファウスティーナに利用されるだけなのだ。

 ふと、4年前の“祝福された建国祭”の時ベルンハルドの足元に咲いた花を思い出す。彼1人だけ、増殖していった赤い花。成る程、確かにエルヴィラそのものだ。内心嫌がりながらも側にいてくれないとファウスティーナが見ないから利用されているのを知らず纏わりつくエルヴィラに瓜二つだ。


 カインが置いてくれたハーブティーの淹れたティーカップを手にしたケインは何口か飲むと口を開いた。



「俺は反対です」

「君も固いよね」



 あからさまに不機嫌になったネージュに苦笑した。



「これも血縁なんでしょうね。父上の、母上に対する甘さと同じで」

「公爵と君とじゃ、話は違うでしょう」

「いいえ、違っていても結局は同じなんです。殿下、あなたは簡単にエルヴィラを利用しろと言いますがそう簡単じゃないんです」

「既に見限っているくせに」

「この世に幾つもある縁で、切っても切れない縁は――血縁ですよ、殿下。でないと、ファウスティーナだけの幸福を願っていたらループは何度も起こらなかった」

「……」



 兄に対する辛辣な言葉が多いネージュだが、最初の時ファウスティーナと一緒にベルンハルドの幸福も願ったのは、彼の隠すことのできない本心から来ていたから。ネージュ自身ベルンハルドを嫌っていない、大好きで尊敬している。例え国中の人間に嘘だと吐き捨てられても絶対に認めない本物の感情。

 暗にループが終わらないのはネージュのせいだと責められ、そっぽを向いた。

 ケインは気にせずハーブティーを飲む。


 何分か経つと少し機嫌が戻ったネージュが前を向いた。



「何を言われようとぼくは決めたよ。絶対にエルヴィラ嬢を好きにさせてみせるよ。考えてご覧よ、ファウスティーナの気を引く道具に対して見ている側が恥ずかしくなるぐらいの溺愛振りを見せつけていたんだ。好きになれるよ、絶対に」



 ネージュの言い分にも理解はある。

 愛している、私の愛しい妖精姫、など。婚約者に対しては決して向けない声と瞳をエルヴィラに注ぎ続けたベルンハルドがまさかファウスティーナの気を引く為だけに、偽りの愛を注いでいるなど誰も思わない、考えもしない。

 全てはベルンハルドの自業自得なのだが、大きな原因がファウスティーナなせいもあり十割責められない。

 聞く耳を持ちさえすればいいが、内面は実父の血が濃いらしく不要と決めた者に対し非常に淡白になる。



「頭が痛くなる……」

「これからが大変なんだからしっかりしてね」

「全く……。殿下、仮にエルヴィラが王太子妃になるとしましょう。役目を熟せると本気でお思いですか?」

「全然」



 あっけらかんと答えたネージュは「だって」と続けた。



「優秀な側妃候補が2人いるじゃない」

「アエリア=ラリス嬢とジュリエッタ=フリージア嬢、ですか」



 どちらとも優秀な侯爵令嬢と公爵令嬢だ。特にアエリアは、どの人生においてもファウスティーナと王太子妃の座を奪い合った好敵手だ。同時に、ファウスティーナが1番気を許していた少女でもある。普段は険悪だと見せておきながら、人目のない場所ではよく一緒にいる場面を何度も見た。特別何かをしている風でもないが、そうやって一緒にいることに意味があったのだろう。



「ラリス侯爵とフリージア公爵が無能な王太子妃の代わりをさせる為に娘を差し出す真似はしないと思いますよ」

「その時はその時だ。これについてはエルヴィラ嬢が王太子妃になったら考えようよ」



 この後はこれから起こる状況や今後のことを話し合った。

 ネージュがちらりと時計を見た。訪問して既に2時間以上経過していた。何度かお茶のお代わりを頼んだが2時間も経っているとは思わなかった。

 立ち上がったネージュの後に立とうとしたケインだが制止された。



「いや、いい。お見送りは結構だよ」

「マナーですので」

「王子のぼくがいいと言ってるんだからいいよ」



 お見送りを却下されたが座ったまま見送るのもあれなので、やはり立ち上がった。お堅いねえ、と肩を竦めたネージュが扉まで行くと頭を垂れた。

 扉が開き、閉まると疲れたように元の場所に座った。

 タイミングよくカインが入ってきた。



「坊ちゃん。第2王子殿下はお帰りになられましたが」

「見送りはいらないって言われてね」

「そうですか」

「カイン。君は“ローゼ”って言葉を聞いたら何を最初に思う?」

「人、女性の名前、ですかね」

「だよね」

「殿下との話題に出たのですか?」

「まあ、ね」



 敢えてカインに聞いたのは、彼の本性を知っているからであって。ローゼと出して反応を窺うも、全く狼狽える場面も声に変化もない。普段通りの真面目な執事の声だ。


 一欠片くらい変化を見せてくれてもいいのに、とそっと息を吐いた。



 2人分のティーカップを片付けたカイン――基ヴェレッドは、先程ケインの零したローゼという言葉に顔を歪めた。



(やれやれ、先代様も第2王子様に余計な話してくれたね)

(待ち望んだ子供じゃなかったせいで母親に殺されそうになったのを助けられ捨てられた王族の話なんて、噂好きな貴族達の格好の餌だ)



 オルトリウスはどう話したのか。王都を出発した後、隣国へ行くと最後に聞いたので今頃隣国でのんびり隠居生活を満喫しているのだろう。

 来月ファウスティーナが戻る。シエルが何を考えているかは把握しているが、果たして毎日繰り広げられる仲良し母娘劇場を目にして嗤いを堪えられるだろうか。



「ん……?」



 邸内を歩いていると顔を真っ青にしたエルヴィラを支えながらトリシャが歩いていた。他にもエルヴィラ寄りな侍女が付いていた。またケインに要らぬことを言って叱られたか? 立場上無視出来ないので近寄って心配を装って声を掛けた。



「どうされました? エルヴィラお嬢様」

「あ、カイン……それが」



 トリシャが説明役を買って出てくれた。

 丁度、玄関ホールに行くと帰る前のネージュと出会したとか。

 そこで挨拶を述べ、軽く世間話をしたらしい。

 途中でネージュが――――



『そうだ。ぼくやエルヴィラ嬢も来年貴族学院に入学だね』

『はい!』

『昔から知ってる人とクラスメイトになると知ってると安心感があるよね』

『クラスメイト……?』

『うん。君も勿論、Aクラスになれるでしょう?』

『!!』



 病弱ながらも年齢を重ねるにつれ徐々に健康になっていくネージュは王子としての役割を果たしている。このまま順調に学ぶ姿勢を崩さなければ彼もAクラスとなる。



『ルイーザもきっとAクラスだからね。仲良くしようね』

『あ……わ……わたしは……』

『どうしたの? 自信がないの? 大丈夫だよ。エルヴィラ嬢にはケインやファウスティーナ嬢がいるんだから。分からないところがあったら教えてもらえばいいよ。ぼくも勉強で分からないところがあるとよく兄上に教えてもらってるから』



 人が好みそうな純粋な笑みを惜しみ無く注ぐネージュとは裏腹に、何も言えないエルヴィラは顔を青ざめて震えるだけだったとか。

 Aクラスは学院の中で1番学力の高い生徒が集まるクラスだ。今年に入って家庭教師に来年良くてCクラスだと告げられたエルヴィラの学力が急上昇するには、相当な努力が必要となる。

 事情を聞けば聞くだけ呆れ返るしかない。


 エルヴィラがどうなろうが知ったことではないが、仕事は熟す。



「そうですか……。第2王子殿下のご期待に沿わないといけませんね」

「む、無理っ! Aクラスなんてっ」

「エルヴィラお嬢様。今からでも十分間に合います。坊ちゃんが怖いのなら、旦那様や奥様に教わるのも1つの手ですよ」

「カインの言う通りです、お嬢様。お嬢様ならきっと出来ます」



 トリシャや他の侍女もエルヴィラにやる気を出してもらおうと言い続けたが、最後でトリシャ達を振り払って部屋まで走り去ってしまった。慌てて後を追う彼女達と別れたヴェレッドは使用人専用の休憩部屋へ入った。

 運が良く誰もいない。


 席の大部分を占領して座り込むと大きな欠伸をした。



「ふわあ……ねむ」



 誰かが来るまでの間、仮眠を取ったのであった。





読んで頂きありがとうございます!


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― 新着の感想 ―
[一言] ベルンハルドの発言からは欲しか見て取れなくて、ファウスティーナに対する慈愛は感じられないのがねー。 ファウスティーナの方は欲と拘りを諦めて、最後に残ったのが慈愛だけになっちゃった。 い…
[一言] そっちか!!! 国王の実の弟だったのか……。 その線は考えていませんでした!
[良い点] コミカライズから最近来ました。面白くて楽しみに読んでます。 [気になる点] 過去全てにおいて、ネージュは我が欲望のために行動している。犠牲を払わないといけないのは、ネージュとエルヴィラと…
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