ネージュの訪問
4年前から少しずつ異なる展開となってきた大きな要因は、運命の女神が4度も繰り返しておきながら全く願いを成就させない自分達に痺れを切らしたせいか。はたまた、無意味な繰り返しを見るのを飽きたのか。
年が明け、ファウスティーナが公爵家に戻るまで1ヶ月を切った。漸くファウスティーナが帰って来ると安堵するのは母や母と親しい侍女だけ。ファウスティーナ寄りな人達は皆、何故戻してしまうのかという気持ちだ。父は成るべくファウスティーナに負担が掛からないよう配慮すると言っていたが当てにならない。母が強く訴えたら、惚れた弱味で母に滅法弱い父は許してしまう。
ファウスティーナが戻ると知って喜びを露にしたのは意外にもエルヴィラだった。だがファウスティーナが戻るからじゃない、ファウスティーナがいればまたベルンハルドが来てくれるからだ。頭の中が丸見えなのも貴族として論外だが、ファウスティーナが戻ってからが1番体力と精神力と知力を消費するので相手にしなかった。
「坊ちゃん、第2王子殿下がお見えに」
「分かった。サロンに案内して」
今までは手紙でのやり取りだったのが、初めて公爵家を訪れたネージュ。カインがネージュの訪問を報せに来るとそう伝え、先に行ってもらった。
部屋でぼんやりと濃い青の表紙に金の糸でタイトルが刺繍された本を開いていたケインは裏返してサロンへ向かった。
カウチに座るネージュの側まで来ると軽く頭を垂れた。
「ようこそお越し下さいました、ネージュ殿下」
「やあ、お邪魔しているよ。ちょっとだけ期待してたけど、兄上じゃない王子には興味がないみたいだね」
「……はあ」
誰のことを言っているのかは明白だ。揶揄うように笑うネージュを側に控える侍女が窘めた。
「殿下、今話すようなことではありません」
「ごめんね、ラピス。もし突撃してくるなら、兄上の好きな色や物なんかを教えてあげようかなって」
「妹君に教えてどうします。ファウスティーナ様にお教えください」
「なら、ケインからファウスティーナ嬢に伝えてもらうよ」
エルヴィラが来ていたら本気でベルンハルドの好みを1から10まで話していそうだ。
冗談を言い終えたネージュに合わせ、ケインはネージュの向かい側に座った。
タイミングを見計らったようにカインが温かいハーブティーを運んで来た。2人の前のテーブルに置いていく。
「ラピス、悪いけど2人だけにして。護衛は外にいて」
「畏まりました」
「カインや他の皆もそうして」
「はい」
侍女や執事、使用人達を部屋から出すとネージュは表情から好意的な笑みを消した。代わりに、灯りのない昏い紫紺色の瞳をケインへぶつけた。
「君も知ってると思うけど、何ヵ月か前大叔父上が城に来たんだ」
「教会に戻った日ですか」
「そう。父上やお祖父様の顔を見にだって。ついでに、僕が起きていたら僕の顔もね」
「1度も先代司祭様が戻るなんてことはありませんでしたがどんな人でした?」
先代司祭が来た翌日にネージュから手紙は来たが特別な記載はなかった。
「長年司祭を務めてるだけあってとても優しそうな人だった。世界を歩き回ってるから知識も豊富で話題にも事欠かない。そして――底の見えない化け物みたいな人」
「……」
“粛清の時代”で先王を影から支えた唯1人の人物。シエルと同じ、道に迷った迷い人を正しき道へ導く慈愛に満ちた司祭の顔をしながら、その裏は1度敵と認定した者には一切の慈悲も与えない冷酷そのもの。温かいハーブティーを口に含んだネージュは信じられない言葉を放った。
「大叔父上は言っていたよ、ぼく達がループから抜け出せないのは必要な犠牲を払っていないからだって」
「……は?」
思考が急停止した。
ネージュが紡いだ言葉を理解しようと思考回路を瞬時に巡らせる。
何でもないように言ってのけたネージュはケインの戸惑いを気にせず話を続けた。
「“運命の輪”を回して運命をやり直す超規格外な芸当を成すには、犠牲を払わずして成立しないとも言っていたね」
「……何故、先代司祭、オルトリウス様はご存…………!」
最後を言い切る前に答えが判った。ネージュは頷いて見せた。
「信じられなかったよ、ぼくも。だけど、よくよく考えると……成る程、お祖父様や大叔父上が有無を言わせない証拠を揃え悪の貴族達を次々に断罪していったのは彼等もまた繰り返しをしたから。国を守り、民を守り、そして大事な家族を守る為に」
「家族……」
「お祖父様にとって大事な家族は大叔父上や父上や叔父上。後、これは初耳なんだけどね王女もいたらしいんだ」
「本当に初耳ですね」
「うん。何故今まで知らなかったのかを聞いたら、戦慄した。生まれてすぐ、母親であるお祖母様の手で床に叩き付けられて死んだんだって」
「っ」
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