狂王子の決意
明けましておめでとうございます(´∀`*)
新年早々物騒な回になりますが、今年もよろしくお願い致します。
――やっぱり、今までと状況が異なってきた
第2王子の部屋にて。机に向かってペンを右手の指先で器用に回すネージュ。真っ白な紙には、今までの出来事を書き込んでいる。左側に置かれているマグカップを手に取った。ついさっき侍女のラピスが運んで来てくれた淹れたてのハーブティー。毎日苦い薬を飲み続けてきたお陰か、ハーブ特有の苦味は全然気にならない。冬の寒い時季ということもあり、体を温める効果のあるハーブで作ってもらった。何口か飲むとマグカップを置いた。
「大叔父上が戻るなんて、今まで1度もなかった」
7日前、叔父シエルからベルンハルドとネージュに先代司祭オルトリウスが戻るので会いに来ないかと手紙が届いた。兄弟からすると祖父にあたる先王ティベリウスの弟であり、司祭の座をシエルに譲ると嵐の如く旅立って行ったきり、王都に1度も帰っていないという大叔父。存命中だが祖父とも会ったことのない2人、会ってみたい気持ちは当然あった。
だが、今日出発したのはベルンハルドのみ。ネージュは、ここ数日体調を崩してしまい今回は辞退した。代わりに、会ったらどんな人だったか教えてもらう約束をベルンハルドとした。
父シリウスにどんな人か聞いても「会えば分かる」と言われただけで詳細は聞かされなかった。
1度目も、2度目も、3度目も、どれにもオルトリウスは王都に戻って来ていない。4年前のあの日から、状況は変わってきているのだ。
「今回がチャンスなのかもしれないね」
繰り返される運命を終わらせる絶好の機会が今なのだろうか。
そうであるなら、やはり彼――ケインには協力してもらわないと。
ファウスティーナとベルンハルドの幸福。最初の時、教会の上層礼拝堂にある秘密の地下の存在を知って、更に最下層に封印されている“運命の輪”を使った。使用する際、運命の女神はネージュに問うた。
『何を願って輪を回す?』
ネージュが返した答えはファウスティーナとベルンハルドの幸福。2人が心の底から望む幸福になってほしいと願った。
2度目、3度目と繰り返して知った。ファウスティーナが幸福になってもベルンハルドは全く幸福じゃない。
何故? ――エルヴィラを愛しているくせに、認めようとしないから
何故? ――エルヴィラは王太子妃の器じゃないから……いいや違う。エルヴィラは所詮、ファウスティーナの気を引くための道具だったから
何故? ――エルヴィラを使わないとファウスティーナは見てくれなくなったから
「……やっぱりね、ケイン。これしかないよ。ループを終わらせるには、兄上がエルヴィラ嬢を心の底から愛さないと終わらないんだ」
2度目は本当に巻き戻ったのかと半信半疑だった。だが、同じ流れでファウスティーナは婚約破棄後、公爵家を勘当された。彼女の手を取って駆け落ち同然に姿を消したことをネージュは後悔していない。寧ろ、あの日々が1番穏やかで幸福だった。
影でシリウスやシエルの助けがあったとはいえ、使用人のいない慣れない2人だけの生活は大変だったが嫌という気持ちはなかった。毎日が新鮮で充実していた。
……だが、気付くと3度目になっていた。
3度目はファウスティーナをシエルの所へ逃がした。婚約破棄されるまでは、ケインがベルンハルドの幸福の条件はファウスティーナが必要だと言うから、エルヴィラに構わないで婚約者を見てと説得したが――結果は4度目に突入しているのでお察しだ。
再度ケインに伝えておこう。ループを終わらせるには、もうベルンハルドがエルヴィラを受け入れ心の底から愛するようになることだと。第一、ファウスティーナの気を引きたいが為に見ている側が恥ずかしくなるくらい溺愛する姿を見せ続けていたのだ、本命に出来ない演技を道具相手に出来るなら本命がいなくなっても継続させられる。
いいや、させてやる。
「そうだ。婚約者と言えば、ケインもだけど、クラウド兄上もずっといないね」
ケインとクラウド。どちらも次期公爵であり、容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群。更に性格も難なし。相手は選り取り見取なのに未だ婚約者がいない。意中の女性もいない。
ケインは手のかかる妹が2人いるから、というのが言い訳。
クラウドはどうだろう。フワーリン家特有のフワフワとした微笑み。のらりくらりと追及を逃れるので真意は知れず。
「止めにしよう」
ペンを持っていても、続きを書く気になれないネージュは机に置いた。マグカップを持ってハーブティーを飲む。
ふと、机の横に置かれているゴミ箱に目を向けた。
中は空だ。
「……ふふ」
綺麗な紫紺色の瞳はどこへ……昏く、灯りのない暗闇が瞳を覆う。
「空っぽなら、中身を入れてあげないといけないよね。今回で終わらせる。……入学したら、今までと違ってとことん兄上の為に君を使ってあげるよ」
ちょっと温くなったハーブティーを一気に飲み干した。
2度目、3度目の際、エルヴィラは1度も王太子妃になっていないのだ。
最初の時は、夫となるベルンハルドがファウスティーナと心中したせいで不可能。2度目は王都から離れていたが届く手紙で大体の事情は知っていた。3度目は何時まで経ってもファウスティーナを諦めないベルンハルドに、諦めさせようと嘘の死亡原因を伝えたせいで目の前で死なれた。
今度こそ、婚約者から正式に妻になり王太子妃になってもらわないと困る。
「空っぽで役立たず、利用されるしか価値がないくせに何度繰り返しても兄上の心を支配出来ない君には――……いい加減我慢の限界だよ」
もしも今までのように、ベルンハルドの心を完全に手に入れられなかったら、その時は……
「城の地下には、醜い欲望だけで生き永らえている怪物が飼われているんだよね……」
飛びっきりの悪夢を君にプレゼントしよう。
――その頃、ファウスティーナは困った事態に陥っていた。
「はあ……何でいんのかな、空気読んでほしいよね」
「は、はい……」
真っ直ぐ屋敷に戻った方がきっと良かった。そうしたら、チョコレートケーキを食べているカフェにオルトリウスが連れたベルンハルドを見ずに済んだのに。




