11 夢の内容
お待たせしました……!
いつも誤字脱字報告や感想を送って下さる読者様方ありがとうございます(*´∀`)
また、レビューも頂いていたようで。ありがとうございます。ご指摘頂いた部分は後日修正したいと思います。
これからもよろしくお願い致します。
空を見るのが嫌いになった。
雲一つない快晴は彼女を連想させるのに十分な要素だった。
何度も、何度も、何度も後悔をした。
どうしてこうなった、何故気付いてあげられなかった、……何故もっと彼女を見なかった。
彼女は……
『―――……、―――…………』
顔も見えない、声も聞こえない相手の口の動きだけでどんな言葉を紡いでいるのかが分かる。自分を責める言葉でも、怒りでも、どれでもない。
――どれも最上級の礼を言う言葉だった……
側に塗り固められた笑顔を浮かべる彼女を置いて……
相手は綺麗な顔で嗤っていた。
「――っ!!」
ベッドの中から飛び出す勢いで起きたベルンハルドの全身は汗でびっしょりと濡れていた。とてつもない悪夢を見たというのに、起きたと同時に内容を忘れてしまった。荒い呼吸のまま外を見ると黒く塗り潰された夜空が君臨していた。
悪夢から覚めてもお前を逃したりしない。
頭の中で知っていて、知らない誰かの声が響いた……。
*ー*ー*ー*ー*
ジィーっと、庭に咲く花を眺めるファウスティーナ。既に夕刻を迎えているものの、かれこれ数十分はこうしている。側に控えるリンスーは黙って立っているだけ。幼い主がこうして、黙って花を眺めているのはよくあることなので。ヴィトケンシュタイン公爵邸には、季節に合わせて様々な花が植えられている。花言葉で“乙女の祈り”の意味を持つカッシアの花弁をそっと摘まんだ。と思うとすぐに離した。
前の自分ならどんな祈りを捧げただろうか。ベルンハルドへの片思いを成就するようにとか、そんな辺りだろう。
なら、今の自分の願いは――?
「リンスー」
「はい」
「カッシアの花言葉は“乙女の祈り”と言うらしいのだけれど、リンスーならどんな祈りをする?」
「私ですか? そうですね……お嬢様が王太子殿下が訪問しても逃げないように、と祈ります」
「うぐっ」
グサッとリンスーの言葉が胸に刺さった。ベルンハルドの誕生日パーティーが王城で開催されるのは十日後。この間届いたドレスは、貴重品を置く部屋に厳重に保管されている。ケインにファウスティーナの部屋に置いておくのは危ないからと言われた為。
後、念の為とも。
「お兄様も少しは私を信用してくれても良いと思うの」
「ううん……上手く言えませんがケイン様の判断は多分正しいと思いますよ」
「どうして? 幾ら私でも、王族からの贈り物を紛失するような真似は」
「お嬢様ではなく。……えーと……」
「……」
言葉を探しているのか、先を言わないリンスーはえーと、えーとと繰り返す。彼女の反応からしてファウスティーナがどうこうするとは思われていない。なら誰が? 何となく、心当たりのある人物が頭に浮かんだが、王族からの贈り物に手を付けようなどとは思わない。筈……。
「お姉様」
悩むリンスーにもういいよと声を掛けようとすると、後ろからエルヴィラに声を掛けられた。エルヴィラの着るパステルイエローのドレスと夕焼けが妙にマッチングしていた。
「今度のベルンハルド様の誕生日パーティーでドレスが届けられたと、言っていましたよね」
「(うわー……怒ってるな……)ええ、今は貴重品部屋に置いてもらっているわ」
ドレスが届けられた日、この話は夕食の席でした。王太子との仲が良好で安心している両親とは違い、エルヴィラだけがむすっと頬を膨らませていた。何か言わないかソワソワしたファウスティーナだが、その日は何も言ってこなかった。
それを今話題に出すのは……
「お姉様にお願いがあります。ベルンハルド様からのドレスわたしが着たいです」
この子は何を言っているのか分かっているのか。
ファウスティーナが了承するとでも思っているのか。仮に了承してもシトリンが許しはしないし、流石にリュドミーラも譲りなさいとは言わない。
驚くファウスティーナや呆気に取られるリンスーやお付きの侍女に構わず更に話を続けた。
「お姉様より、わたしが着た方が似合うと思いません?」
「似合う似合わないの問題じゃないけど……。エルヴィラ、エルヴィラは沢山の素敵なドレスを持っているでしょう? 態々私のドレスを着なくても」
「ベルンハルド様からのドレスは持っていません!」
「「……」」
チラッとリンスーに目を向けた。何と言ったらいいのか、という顔だ。
ファウスティーナは前の記憶を掘り起こす。以前のエルヴィラはこんな積極的な性格じゃなかった。大人しくはないがここまで我儘な性格ではなかった。ファウスティーナよりも自分に会いに来る王太子に最初は戸惑っていたが喜んでいた。だが、回数を重ねていくと強くなる姉の嫉妬や罵倒に疲れていた心を癒してくれた。周囲にはいない美貌の王子にエルヴィラが惹かれるのに時間は掛からなかった。
寧ろ、ドレスを寄越せとは以前のファウスティーナと同じ。
「お姉様は似たようなドレスを作って頂いたら良いではありませんか。わたしはあのドレスが着たいです!」
この場に母がいなくて良かったと安堵した。
(前の時と違う原因……私?)
前のエルヴィラは、王太子の寵愛を受ける代わりに姉に酷く虐められる可哀想な妹、という立ち位置だった。母に愛され、王太子に愛される姿はファウスティーナの嫉妬心と劣等感を刺激するに十分だった。
今のエルヴィラは、どう見えるのか。傲慢で自分勝手、嫉妬深く独占欲や束縛が強く、ベルンハルドの婚約者の立場に執着していたファウスティーナがいないとどうも――こう、我儘な子供になってしまう。このままではエルヴィラ本人にもヴィトケンシュタイン公爵家的にも良くない。
どうせまた母に小言を言われようとも姉としての役割は放棄しない。前の彼女に対する罪滅ぼしのつもりでも。
「似合う似合わないの問題ではないわ。仮にエルヴィラが殿下からの贈り物であるドレスを着て、それを殿下が見たらどう思われると思う?」
「それは……、……ベルンハルド様なら似合っていると」
幾何か考えた後エルヴィラが零すとファウスティーナはそっと嘆息した。
「エルヴィラ。私は初め似合う似合わないの問題じゃないと言ったわ。こう……私が殿下から贈られたドレスに不満があって貴女に押し付けたと思われたり、貴女が無理矢理私からドレスを奪ったと思われる可能性があるの。王族に対して不敬に値するわ。仮に相手が王族ではなく貴族だとしても、相手に不快感を与えるの。それだけで」
「もういいですわ!」
まだまだ言わなければならない小言は沢山あるのにエルヴィラが逆に怒りを露わにして大声を上げた。
「お姉様のお小言なんて要りません! 大体、普段お兄様から沢山お小言を言われている方に言われたくありません!」
「エルヴィラお嬢様、それは」
エルヴィラの少し後ろに控えていた侍女が窘めると紅玉色の瞳をキッと鋭くした。
「わたしは事実を言っているだけでしょう!?」
侍女に当たり散らすエルヴィラの姿に既視感を覚えたファウスティーナは、心の中で納得した。大声で罵声を浴びせられ縮こまる侍女がエルヴィラ、周囲に構わず怒鳴り散らすエルヴィラが前の自分。これでは前のファウスティーナと今のエルヴィラが入れ替わってしまっている。
このままエルヴィラを放っておけない。エルヴィラには大事な役目がある。
(殿下の新しい婚約者になってもらわないといけない。それが誰も不幸にならない未来だもの!)
今が良くても未来がどうなるか、なんて誰も分からない。それこそ、魔法使いに頼んで未来を視てもらうしかない。が、この世界に魔法使いはいない。お伽噺にしか存在しない。ベルンハルドの様子からしてエルヴィラに惹かれるのは時間の問題だとファウスティーナは考えている。
「エル……」
「どうしたんだね?」
ファウスティーナがエルヴィラを止めようと声を掛ける前にシトリンが庭に顔を出した。執事を連れていないのを見ると日課の庭散歩をしていたのだろう。侍女に詰め寄っていたエルヴィラは、流石にまずいと思ったのかシトリンが現れると勢いを無くした。気まずげに視線を逸らし俯いた。
「何かあったのかい? エルヴィラ」
「え、ええっと……その」
シトリンは使用人に対しても平等に接する。稀に癇癪を起こして侍女に当たるエルヴィラを何度か叱っている。今回も窘めた侍女にエルヴィラが逆に怒って当たり散らしていた。本当のことを言えば叱られるのはエルヴィラだ。助け船を出そうにも今後のエルヴィラを思うと――半分は自分の為だが――ここは父に怒られて反省させた方が良いだろうとファウスティーナは判断。
何も言わないエルヴィラに代わって事実を話した。エルヴィラに当たられていた侍女は違う意味で気まずそうにし、居心地が悪そうにして立っている。ファウスティーナから話を聞いたシトリンは、幼い子供を叱るような優しく丁寧な口調でエルヴィラに注意をしてお説教は終わった。
屋敷に戻る際、シトリンの横に立って昨日王妃から教わった隣国の美味しいお茶の話をするファウスティーナを不満げな紅玉色の瞳で睨むエルヴィラ。
強い視線をもらってエルヴィラの方を振り向くと顔を逸らされた。
(暫くはまた険悪ね……)
夕食の席でエルヴィラが何とリュドミーラに言うのか……、早くお小言が終わりますようにと願った。
*ー*ー*ー*ー*
――結果から言うと夕食の席でお小言はなかった。というより、エルヴィラは何も言わなかった。
通常なら嫌なことがあるとすぐにリュドミーラに告げて慰めてもらうのに。
「今回はなかった。不気味だわ」
お風呂上がりのファウスティーナはしっかりと髪を乾かし毛布の中に潜って温かいのに体をブルブルと震わせた。
「不吉の予兆だったりして……そんなまさか」
考えすぎよあはは、と自分自身を元気付けようと笑い飛ばすも……。……すぐに顔を青くした。
「殿下の誕生日パーティーまで後10日。その間何か起きるの? でも【ファウスティーナのあれこれ】には、前の誕生日パーティー周辺や当日の出来事をばっちり書いて対策してるのに……」
王妃教育がお休みとなる日は誕生日パーティー当日までない。朝から夕刻まで王城に籠りっきりになるのでエルヴィラには何も出来ない。するつもりはなくても。
だが逆にエルヴィラから何かをするには十分時間はある。
貴重品部屋に置いているドレスを勝手に持ち出すとか? と考えが過るも部屋は厳重に管理されており、五つある鍵を決められた順番で解錠しないと開けられない仕様になっているので鍵を盗んでも入室は不可能。
ドレスを持ち出す以外にやらかしそうな事……。
「考えて答えを見つけないと……! ……でも眠気がつよ……」
い。
最後の一文字を発する力もなく、規則正しい寝息を立ててファウスティーナは眠ってしまった。
――その日見た夢は、とても暖かくふわふわした気分にしてくれた。知っていて覚えてない誰かの声色は荒む一方の心を癒してくれた。
『……、…………』
顔も声も覚えてない誰かの囁きを最後にファウスティーナは目を覚ました。
外はファウスティーナの髪と同じ青い空が太陽の輝きを受けて美しかった。
読んで頂きありがとうございました!