君に勇気はある?
「そう、大変だったねファウスティーナ様」
「は、はい」
貴族街でまさかの2度目の母の襲撃を受けるも、後から登場したリオニーのお陰で何事もなく別れられた。そのままフリューリング家の馬車に同乗させてもらった。馬車にはリオニーだけではなかった。王都に入る前別れたシエルもいた。王城で遭遇して乗せてもらったとか。
シエルとヴェレッド、リオニーとファウスティーナで座り馬車は出発した。
「それ、何買ったの?」
シエルがヴェレッドの持っていた紙袋に興味を示した。
「なんだっけ……ああ、お嬢様が屋敷の使用人に渡したいってお土産。確か……」
ゴソゴソと紙袋を漁り、あったと中身を取り出した。
「……豚?」
「うん。“穴ほり名豚・子豚のピギーちゃん”のぬいぐるみ。あと、えーっと……あった」
言ってヴェレッドが次に取り出したのは本。題名は『これを読めば、今日からあなたも笑顔になれる秘密の本!』
ファウスティーナはケイン用に買ってもらった。
「それを読めば、お兄様の表情筋も少しは動くのではないかと思いまして」
「うん……そうなるといいね」
「はい! お兄様って、滅多に笑いませんけど笑ったらとても優しいお顔になるんですよ」
「そう、なんだ」
微妙な相槌を打つシエルの顔はやはり微妙だった。
他にもリンスーに渡してもらうハンドクリームやシトリン用の森をイメージしたブックカバー等がある。
「ティナ嬢」
ファウスティーナの愛称はシトリンやケインだと“ファナ”になるが、リオニーは“ティナ”と呼んでいる。
「事情はシエルと国王からある程度聞いた」
「そこのって……相変わらずだな君は……」
「リオニー様は司祭様と親しいのですか?」
雑な呼び方をする程なのできっとそうなのだろうと思ったのだが……リオニーは一刀した。
「ふん。ただの昔馴染みだ。わたし達の代の貴族は国王と王弟の下らん喧嘩によく巻き込まれた」
「それもこれも、陛下が意味不明に私に突っ掛かって来るからだよ。私自身は近付きもしなかったのに」
「昔から言っているだろう。少しは人の話を聞く耳を持てと。いや、国王限定で聞く耳を持て」
「あの時からそうだが何を話す必要があるのか、全く意味が見出だせないのだよ」
「はあ……」
当時を知らないファウスティーナには、頑なにシリウスとの会話を拒むシエルの心情も、呆れたように溜め息を吐くリオニーの心情も読めない。1人知ってそうな人は愉快げにシエルを見つめているだけ。
リオニーとシエルを交互に見ているとリオニーの青水晶と目が合った。
「ティナ嬢。教会での生活はどうだ」
「は、はい。とても快適です。司祭様や助教様、神官様達が親切にしてくれますので」
「そうか。だが無理はしなくていい。わたしが何度も言ってもあのタコは首を縦に振らなかったが、今回ばかりは此方も引く気はない」
「タコ……?」
屋敷にタコはいない。タコの知り合いもいない。頭に大量の疑問符を飛ばすファウスティーナに困ったように笑ったシエルは「リオニー」と窘めた。
「この子の前で口の悪い言葉は控えてもらおう」
「そうそう。タコに失礼だよ」
「そういう問題じゃないでしょう」
「えー」
「えー、じゃないの」
「だって、タコは美味しいよ? カルパッチョにタコのマリネ、後はタコポテトなんかも美味しいよ。でも公爵様は人間だから食べられない」
「そういう意味じゃないのは知ってるでしょう。ヴェレッド、ちょっと黙ってて」
「はーいはい」
ヴェレッドの台詞でタコが父を指していると知ったファウスティーナだが、余計謎が増えた。頭? と首を傾げるもシトリンの頭はふさふさだ。自分と同じ空色の髪の毛に覆われている。やはりタコと呼ばれる理由が分からず考える。
そうしている間にも、大人達の会話は続けられた。
「あんなどうしようもないのに育ったのは、母親だけではなく父親であるあいつにも問題がある。妻に強く出れないのはまあ……百歩譲って仕方ないと認めるにしても、父親以前に公爵なのだから相応の働きをしろと蹴るつもりだ」
「蹴るって、数日前殴り飛ばしたって聞いたけど」
「わたしが寝込んでいる間にこんなことになったのだ。前々から、どうしようもない方を預かって教育してやろうと言っていたが母親の方が断固拒否をしていた。今回ばかりは断れんだろうさ」
「ああ、もう1人の子ね。面白かったよ。王弟が誰か知らないみたいだったから」
「……は?」
自分ではないのにファウスティーナはギクッと肩を跳ねた。呆気に取られたリオニーに恥ずかしさを抱いた。10歳なら知ってて当然の常識を知らなかった妹に対して。リオニーに視線だけでそうなのか? と問われたファウスティーナは、気まずそうに頷いた。
片手で顔を覆ったリオニーは呆れ果てた。
「……よくもまあ、そこまで放置出来たものだ。あいつが何を言おうが妻に弱い性格を治さないとどうにもならん」
「はは……公爵が夫人に弱いのは、子供の頃のことが原因だろう」
「だとしても、責任を感じているからといえど、好き放題させるのも如何なものか」
「母方の生家だろうと他家の家庭内事情に深く首を突っ込めないからね。特に君の場合、やり方が苛烈だから余計公爵夫人は渡したくないのだろう」
「まずは、すぐに泣くことを止めさせなければどうしようもないのは永遠にどうしようもないままだ。聞けば、楽譜を読める頭はあるのだ。本物の阿呆ではない。要は本人の努力と周り次第だ」
口を挟んでも曖昧にはぐらかされると予想して、聞き役に撤しているファウスティーナは、話の中心になっているのが両親とエルヴィラなのは分かった。リオニーがエルヴィラを預かるらしい内容だが母が断固拒否をしていると聞くと納得出来た。リオニーは厳しい人だが努力を認めてくれる暖かい人でもある。エルヴィラは怖がって近付こうとしないが、知識は豊富で聞き手を飽きさせないリオニーの話がファウスティーナやケインは大好きだ。
……そしてリュドミーラだけ、頑なにファウスティーナの努力を認めてくれないのを今になって気付く。気付いていてもまだまだ頑張りが足りないのだと思っていた。
(お母様が必死になるのはエルヴィラだけ。殿下が笑顔を向けるのもエルヴィラだけ。……今度、ジュード君やメルセスに聞いてみよう)
泣いている女の子は客観的に見ても可愛いのかを。
「ファウスティーナ様」
シエルに呼ばれた。
「フリューリング邸に着いたら、パーティーの準備をしてもらわないといけない。
――王太子に会う勇気は、君にある?」
「……」
王太子。その名が出て見るからにファウスティーナの身体は強張った。最後の止めの言葉は、悪夢として今でも夢に出る。
王太子に、ベルンハルドに会う勇気……リュドミーラとエルヴィラに会う勇気とは遠くかけ離れたそれをファウスティーナは――――
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