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婚約破棄をした令嬢は我慢を止めました  作者:
婚約破棄まで~明後日の方向へ突き進む?~
1/342

1 同じ過ちは繰り返さない


婚約破棄をした令嬢は我慢を止めました 再掲載です。

待っていて下さった方も初めましてな方も、最後まで楽しんで頂けたら嬉しいです。



 

 

 "前の自分"の記憶、というものはどんな人間に与えられるのだろう。

 

 ヴィトケンシュタイン公爵家令嬢ファウスティーナは、王国の第一王子にして王太子ベルンハルド=ルイス=ガルシア殿下との婚約が決まった際に突然倒れた。その日は、殿下との顔合わせの日でもあった。前触れもなく倒れたファウスティーナに屋敷は騒然となった。一緒にいた公爵夫妻は顔の色を変えて使用人にすぐさま医者の手配をと指示を飛ばし、居合わせた王太子一行には頭を下げてこの日は帰ってもらった。

 

 倒れ、謎の高熱を出したファウスティーナを診療した医者は原因が不明な為解熱剤しか処方できないと診断。長く続く様であれば、最悪の事態も覚悟して下さいと夫妻に告げると公爵邸を後にした。

 

 二十四時間体制で侍女達が交代でファウスティーナの看病を始めた。結果から言うとファウスティーナの高熱は数日で何とか治った。その間両親が見舞いに来たかと言うと――……来ていない。父親である公爵は、この週に限って屋敷に戻れない多忙を極める仕事が発生した。母親である夫人は、ファウスティーナが心配ではない訳ではないが、もう一人の娘を放っておく訳にはいかないと熱が下がったら知らせてとだけ侍女に言って一度も見舞いに来なかった。侍女達だけではなく、執事や使用人達は夫人に憤りを抱いた。公爵は、多忙の中でも原因不明の高熱に苦しむ娘の為に体を気遣う手紙や、体に良い食べ物や飲み物を贈った。だが、屋敷にいながら夫人はファウスティーナの見舞いに来ない所か、侍女に様子すら聞かなかった。跡取りである長男と自分に似た末娘を贔屓している節があったが、ここでそれが顕著となった。

 

 ヴィトケンシュタイン公爵家当主シトリンが屋敷に戻ったのは数日後。まだ掛かると思われた仕事を鬼の速さで済ませ、ファウスティーナの様子を執事長に訊ねた時だった。

 


「旦那様! ファウスティーナお嬢様の意識が戻りました!」

「何!? 本当か!?」


 

 荷物を執事長に押し付けると大急ぎでファウスティーナの部屋へ走った。執事長も慌ててシトリンを追い掛けた。扉の前で足を止め、乱れた襟を正して部屋へ入った。上体を起こしたファウスティーナがぼんやりとした瞳で何もない空間を見つめていた。

 


「ファウスティーナ!」

 


 ゆっくりと此方へ振り向いたファウスティーナに胸が締め付けられた。

 


「……か……?」

「うん?」

「お父様……ですか?」

「!!?」


 ――な、何ということだ……!

 

 高熱が数日も続いたせいで脳に異常をきたしてしまったのか? 一番現実になってほしくない予感を抱きつつ、大きなショックを内面に押し込んでシトリンは気丈に振舞った。

 

 

「そうだよファナ」

 

 

 シトリンの名は、先代公爵と同じ薄黄色の瞳が由来。唯一、自分の瞳と同じ色をした子がファウスティーナだった。

 ぼんやりとしていた薄黄色の瞳に徐々に生気が戻る。同時に、涙がポロポロとファウスティーナの瞳から零れ落ちた。泣いて手を伸ばした娘をシトリンは強く抱き締めた。謎の高熱が続いて不安だったのは自分達だけじゃない。苦しんでいたファウスティーナが一番不安だった。

 

 

「ファナ! 目が覚めたって聞いたけどどこも……ん?」

 

 

 使用人から妹ファウスティーナの目覚めを聞いた兄ケインが、飛び込む勢いで部屋に入ると広がった光景に目を丸くした。目が覚めた妹は大泣きして父に抱き付いており、そんな父は妹を涙目で抱き締めている。部屋にいる使用人達も涙ぐんでいる。

 

 

「何これ」

 

 

 暫く、ケインは室内の謎の空気に困惑したのだった。

 

 

 

 

 ************

 

 目覚めた日の夜。再び医師が呼ばれ、ベッドに座るファウスティーナを診察した。熱も平熱までに下がり、意識も記憶もしっかりとある。最初のあれは、目覚めてすぐで記憶が混乱していたのだろうと判断され。歳の近い侍女リンスーに体を丁寧に拭かれ、新しい衣服に着替えたファウスティーナは磨り下ろしたリンゴを食べた。殆ど何も食べていない胃に、急に固形物を入れては負担となる。様子を見ながら食事内容を変えていくことになり、摩り下ろしたリンゴを食した後は、効果は絶大だが大人でも苦味で飲むのを躊躇う薬を飲んでベッドに横になった。

 灯りも消された暗闇に染まる天井をファウスティーナはじっと見つめていた。

 

 

「何がどうなっているのよ……」

 

 

 高熱を出している間、非常に現実味がある夢を見ていた。

 場面は所々で変わっていった。

 ある時は、公爵家の庭で微笑み合いながら寄り添い合うベルンハルドと妹のエルヴィラがいて。二人に鬼の形相をした自分が割り込み、自分という婚約者がいながら妹と一緒にいるベルンハルドに激しく詰め寄った。嫌悪を剥き出しにしたベルンハルドと申し訳なさそうな表情をして縮こまるエルヴィラを見て余計怒りが爆発した。

 またある時は、婚約者必須の夜会にて、自分とは一度ダンスを踊っただけなのに対し、まだ婚約者のいないエルヴィラと二度も三度も踊り続けるベルンハルドをドレスの裾を掴んで見ているだけでしかない自分がいた。

 他にも沢山見た。そのどれにも、ベルンハルドとエルヴィラが本物の恋人の様に寄り添い合い、互いを見つめる瞳には愛が溢れていた。

 

 初めて見る夢なのに、全部既視感があった。夢の中の自分の気持ちがリアルに第三者として呆然と見ているだけでしかない自分の中に流れ込んできた。そして思い出した。あれは全て、前の自分だと。婚約者の顔合わせの日に出会ったベルンハルドを好きになり、彼に相応しい王太子妃となる為に、国を守る王を支える王妃になる為に、厳しい淑女教育も王妃教育をも頑張った日々を。……全て、自分が最後にしでかした大きな過ちのせいで台無しになってしまうが。

 

 

「今度こそ間違えないわ」

 

 

 何故、前の自分の記憶が蘇ったか謎だが、思い出せて良かった。思い出せなかったら、きっとまた同じ過ちを繰り返していたに違いない。

 

 

「貴族の結婚に愛はない。分かっていても、最初から好きな人がいる人と結婚なんて嫌よ。ましてや、相手は王太子。報われない恋心の為に、もう自分の時間を犠牲にするのは真っ平」

 

 

 今生は出来るだけ早くベルンハルドとの婚約を破棄して、前回してみたかった色々な事をするのだと、ベッドの中でファウスティーナは固く誓った。

 

 

 ――翌朝、まだ万全とは言えないファウスティーナだが、食欲の方は少し戻っていた。今朝も磨り下ろしたリンゴを食べたが昨日と比べると量が増えた。薬を飲む時だけ死にそうな顔をしながらも、他は何事もなく過ごした。

 

 

「具合はどう? ファナ」

「お兄様」

 

 

 一歳上の兄ケインが様子を見に部屋を訪れ、ベッドの側に置いてある椅子に腰かけた。

 

 

「少しだけ体が重いですが、寝込む程ではありません」

「そう。治りかけが一番気を付けないといけないから、ちゃんと治るまでは部屋で大人しくするんだよ?」

「はい」

「うん。食欲もある程度はあるみたいだし、数日もすれば体調も元通りになる筈だよ」

「リンゴの量をちょっとだけ多くしてもらいました」

「昼も同じのを食べるの?」

「固形物は明後日から食べられるようになるとお医者様が仰ってました」

 

 

 病を治すには、まず必要なのが体力。優れた薬が存在しても、病人の体力がなければ治るものも治らない。昼もしっかりと食べるんだよとケインは言い残し、部屋を出て行った。

 入れ替わるように父シトリンが訪れた。ケインと同じ椅子に腰かけた。

 

 

「もう起きていても大丈夫なのかい?」

「はい。まだベッドから出るのは許されていませんが、寝込む程辛くもないです」

「そうか。良かった。何かあったらすぐに言いなさい」

「はい、お父様」

「時にファナ。何か欲しい物はあるかい? もう暫くは安静にしないといけないから、外に出れない分退屈になるだろう」

「では、何冊か本が欲しいです」

「分かった。後でリンスーに持って来るよう伝えておこう」

「ありがとうございます」

 

 

 また来るよと言い残し、シトリンも部屋を出て行った。

 残ったファウスティーナは、次の訪問者はいないなと決め付け、サイドテーブルに置かれている水差しを手に取った。幾つか置かれている新しいコップに水を注いでいく。

 兄、父と来て、次は母か妹が来ても変ではない。が、この二人は来ない。

 

 

「お母様は私にだけ理不尽に厳しいし、自分に似た可愛いエルヴィラには甘い。はあ。前は殿下だけじゃなく、お母様にも……愛してほしいって思ったのだっけ」

 

 

 子が母親に愛情を求めて何が悪いのか。

 公爵令嬢としての勉強やレッスン、王妃教育を頑張り続けたファウスティーナだが、一度も母リュドミーラに褒められた覚えがない。シトリンはいつも頭を撫でて「よくやったねファナ」と褒めてくれた。リュドミーラは出来て当たり前のことで褒められないと常々ファウスティーナに言い続けた。一度でもミスをすれば、鬼の首を取ったかのように責められた。同じ年で公爵家よりも爵位の下の令嬢は出来ていた。何故ファウスティーナは出来ない、と。

 だからだろう。

 ベルンハルドの愛を、リュドミーラの愛を、何の条件もなく受けられるエルヴィラがとても羨ましかった。誰もが羨む王太子の婚約者の座に執着するしか、当時のファウスティーナは自我を保てなかった。

 

 

「あんな二人にはもう最初から期待なんてしないわ。私には、お父様やお兄様、私を慕ってくれるリンスーや他の使用人達がいるもの。……前も、これに気付いていたら良かったのにね。意固地になって拘るから破滅したんだわ」

 

 

 もう思い出すのも嫌だとばかりに掛布を頭まで被せ横になった。

 

(体調が万全となったら、思い出した事を色々と書こう。文字にする事で冷静に考える時役に立つしね)

 

 

 

 

 


読んで頂きありがとうございます!


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