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 この世界には、仙人、『旧き友』などと様々な名で呼ばれる不老長寿の人間がいる。たいていは、通力を持った術者だ。

 そんな中の一人、チェン・リーメイに育てられたのがスヨンとリンフェイだった。リーメイはすでに亡くなっているが、その時点で三百歳を超えていたと言われる。

 『旧き友』の中には、人々との交流を絶っている者も多いが、リーメイは積極的に交流する方だった。具体的には、捨てられた子供や問題のある子供を引き取って育てていた。


 スヨンは、一族郎党すべて殺され、行き場を無くした一人だった。他にも生き残りはいるのかもしれないが、行方は知れない。

 そこにやってきたのが、王命を受けて救援に来たリーメイだった。彼女は村中を探し回り、生存者、つまりスヨンを見つけたのだそうだ。そのまま彼はリーメイに引き取られ、勉学を修め、官吏になった。

 リンフェイが生まれる前の話である。


「いや、官吏になったのは私が生まれた後でしょ」


 ツッコミを入れてきたリンフェイにスヨンは頬杖をついて言う。

「相変わらず、細かい」

「あんたに言われたくないっつーの」

 そう言ったリンフェイは、さっと扇を開いて口元を隠した。彼女は珍しい恰好をしていた。

 揺れる裳裾。ひらひらと翻る袖。女性用の衣服、つまり襦裙を纏っていた。武官の恰好や胡服を纏うことの多いリンフェイには珍しい。髪も結い上げ、かんざしを挿している。化粧もしているのか、ただでさえくっきりした顔立ちが寄りはっきりして見えた。


 しかし、残念ながらスヨンに認識できるのはそこまでだ。幻術を使っているのか、髪と目の色はいつもより濃く見えるが、襦裙が何色なのかはわからない。

 しかし、何となく。

「……赤?」

「何が? 襦裙の色だったら青だけど」

 外れた。スヨンは勘がいい方なのだが。今回は働かなかったらしい。

 そういうスヨンも、官服ではなくどこかの貴族のような格好をしている。二人とも仕事ではないのだ。ある意味仕事なのかもしれないが。

「お、始まった」

 銅鑼の音が響いて、舞台が開幕した。ここは芝居小屋である。席と円卓が設けられ、酒や軽食も提供される。どちらも酒豪であるスヨンとリンフェイは、先ほどから水のように飲んでいるが、二人ともまだけろりとしていた。


 最近はやりの芝居が行われるのだ。曲芸師たちが前座を務め、短い劇をし、奇術のような出し物が行われる。二人が用があるのは、この奇術の方だ。

 多数の絵札の中から客が選んだ一枚を当てる千里眼から始まり、念動力、占星術、読心術……スヨンは頬杖をついて見ていたが、ついに待っていた者が来た。リンフェイも開いていた扇を閉じて目を細める。

 しおれた花が、みるみる元気になっていく。それだけならまだいい。奇跡だと認めてやらなくもない。しかし……。

 回復したのは花だけではない。死の間際にいると思われる病人、そして、明らかに死んでいると思われる男が復活し……会場は熱狂した。

 死すらも越えた奇跡の存在。神の子。この芝居小屋では、今、仙人を越えた仙人、神の子と呼ばれる男、バイロンが人気を博していた。
















「さて、どう思う」


 帰りの馬車の中で、スヨンはリンフェイに尋ねた。リンフェイは「どうと言われてもねぇ」といつも通りの軽い口調だが、その表情は真剣だった。彼女の掌に、ぱしん、と閉じた扇が打ち付けられた。

「ほとんどは、異能で説明がつく。念動力や軽い予知能力なんかは私にもあるからね。けれど、最後の死者の復活だけは説明がつかない」

「ああ……私もそう思う」

 リンフェイの言葉にスヨンも同意した。リンフェイが言うように、軽い異能の持ち主は意外といて、かく言うスヨンも千里眼の持ち主である。

「かつて、不毛の大地を一面緑にしたという仙女がいたという話はあるが……」

「それは、地面の下に霊力を通せば不可能ではないよね。先に種子をまいておけば、花は芽吹く」

 この言い伝えと、今見てきた現象は全くの別物だ。


「しおれた花や、病人が回復するのは、まだいい。死者の復活? 古今東西、あらゆる学者が研究して、たどり着けなかった境地だ」


 その中には不老長寿の『旧き友』も含まれるため、本当に死者の復活は不可能なのだと思わざるを得ない。

「しかも、神話にある死者の黄泉がえりが本当だとするのなら、我々は使者を呼び戻す時、相応の対価を支払う必要があるはずだ」

「……『旧き友』が長命の理由だってわかっていないのにねぇ。黒幕さん、ちょーっとやり過ぎちゃったかな?」

 リンフェイがくつくつと笑って言った。目立ちすぎたために、こうしてスヨンやリンフェイの眼に止まったのだ。

「まあ、花はともかく、病人も死者も、私たちが実際に確認したわけじゃないからね。できれば、先に調べたかったんだけど」

「私も同感だが、無理だな」

「だよねぇ」

 リンフェイが苦笑する。病人は病気ではなく、死者は死者でなかった可能性もあるが、それを調べるすべはない。


 このややこしい案件が二人の耳に入ったのは、つい三日ほど前のことだった。珍しく、この情報はリンフェイを通さず直接スヨンの耳に入ってきた。

「旦那様、都の外れにある芝居小屋をご存知ですか」

 そう話しかけてきたのは、スヨンの屋敷の使用人の女性だった。スヨンの屋敷は、この女性使用人とその夫とで維持されている。彼女はジンという。

「ああ、知っているが、それがどうした」

 最近、新しい催しが行われているらしいが、興味のないスヨンは言ったこともなければ聞いたこともなく、何をしているかも知らなかった。リンフェイあたりが興味を持てば、一緒に行ったかもしれないが。

「今とても人気があるんですけど」

 と、ジンは要領よく話してくれた。初めは普通の出し物。けれど、最後の最後で。

「死者がよみがえるのですって」

 その言葉に、やっとスヨンが顔をあげたあたり、この女性使用人はスヨンの操り方をよくわかっている。ちなみに、リンフェイが押しかけてきたときにニコニコと屋敷にあげるのも彼女だ。

「死者が復活するなど、ありえない」

「ええ。私も旦那様にそう言われておりましたから、変だなと思ったのですよ」

 で、見に行こう……としたのだが、人気過ぎて入ることができず、見に行ったという娘夫婦に話を聞いたのだそうだ。


 植物も人もたちどころに回復させてしまうこと。血まみれのどう見ても生きていない人も、すぐにまた動き出すということ。

「話を聞いて、私は気味が悪いと思いましたけどねぇ」

 ジンはそう言って食器を下げた。彼女の話を聞いたスヨンは、迅速に動いた。


 まず、入場券を入手する必要があった。実際にその出し物を見に行くためだ。スヨン一人では不安があるため、リンフェイを連れて行くことにした。男女であれば夫婦に見られたり恋人に見られたりと、何となく相手の注意が弱まるのだ。まあ、心もち、だが。

 さらに言うなら、リンフェイがいると、入場券の手配が簡単だった。正確には、彼女の『影』が手配したのだが。彼女の間諜部隊は優秀である。

 そして、今日、その出し物を見に行った。さすがに男装で出かけようとしたリンフェイは止めたが。なんのために二人で行こうとしたのか。少々年は離れているが、それでも男女の連れ合いの方が油断を誘える。

「あのバイロンと言う男を調べてみるか……」

 スヨンは公的機関を使って、リンフェイは『影』を使うのだろう。そして、スヨンは術者としても探ってみる必要がありそうだ。

「まあ、なんにせよ、趣味の悪い出し物だね」

 リンフェイがそう言ったとき馬車が止まった。スヨンが外をのぞく。

「だ、旦那様……」

 人影の少ない道に、進路をふさぐように人が立っていた。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


チェン・リーメイ/陣 麗美 年齢不詳の旧き友。故人


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