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 十五年ほどの付き合いになるが、ヤオ・リンフェイと言う女は食えない女だと思う。彼女はスヨンこそが腹の底が読めない、というが、彼は自分は結構わかりやすい性格をしていると思っている。

 ガオ尚書……今は州刺史であるが、彼が騒動を起こしたのは、リンフェイのあずかり知らぬ部分でのことだった。彼女はそれを利用し、ズーシェンに害をなそうとしたものを一掃したようだ。


 ようだ、と言うのは、スヨンには事後報告だったからだ。まあ、彼も彼で、宰相権限を使い、官吏の中で呼応するように不穏な動きをしていた者を重職から叩き出した。ついでに政務上の不審点も洗い流した。

 ちなみに、官吏を異動させたのは、結局のところソン吏部尚書である。彼はスヨンの要求に速やかに答えてくれた。あれは、絶対に事前に準備していた。


「あの人、優秀を通り越して少し怖くない?」

「お前、その言葉そっくりそのまま自分に返ってこないか?」

「えー? そう?」


 相変わらずの調子に飽きれるとともに安心した。リンフェイは今日もスヨンの屋敷に突撃をかけてきていたのだ。屋敷の家人たちも慣れたもので、にこにこしながらリンフェイに茶を出している。


「リンフェイ、謀っただろう」

「謀らなかったとは言わないね」


 ガオ尚書は自分の意志で反乱を起こし、リンフェイがその策に乗り彼にズーシェンを狙っていた者たちを押し付けた。ガオ尚書自身がそれを狙っていたとはいえ、リンフェイの手並みが鮮やかすぎる。その手腕が、スヨンは少し恐ろしい。

 こういう時、彼女はかつての王の娘なのだな、と思う。スヨンがリンフェイと初めて会ったとき、彼は官吏になったばかりで、リンフェイは公主として王宮で暮らしていた。当時、スヨンは二十一歳。十四歳年下のリンフェイは七歳の少女だった。


 あの頃のリンフェイは、両親と共に暮らしていても、どこか冷めた娘だった。自分も人のことは言えないが、少女らしい明るさもなかった。

 スヨンは幼いころ養われていた、不老長寿の仙女とも『旧き友』とも呼ばれた異能力者の女性・チェン・リーメイと共に王宮に上がっていた。リーメイが王都話している間、スヨンは宮廷の庭に放り出されて戸惑っていた。

 そのころの宮廷、というか王宮には、公主リンフェイと年の近い子女が集められていた。十歳くらいの子供たちの声がちらほらと聞こえていた。


 集団になっているであろう彼らとは離れたところ。木の陰になっているところに少女が一人座って本を読んでいた。色彩を認識しないスヨンの目にもはっきりわかるほど、彼女の持つ『色』は淡かった。濃い髪と目の色を持つこの国の人々の中ではかなり目立つ。スヨンは細かい肌の色の違いを認識できないが、リンフェイは肌の色もこの国のものより白いのだそうだ。

 彼女が異国の血をひくことは聞いていたため、すぐに彼女がリンフェイ公主なのだとわかった。友人候補として連れてこられた子供たちがいるのに、一人でいる理由も何となく察しがついていた。

 凝視し過ぎたせいか、リンフェイは顔をあげた。その瞳も淡い色をしていることが、スヨンにもわかった。しかし、白と黒で構成されている彼の世界の中では、彼女はそれほど奇異に映らない。尤も、彼の性格上、色を認識していたとしても彼女を忌避することはなったと思われる。


「おにいさん、なにかよう?」


 少し舌足らずだが、はっきりと彼女は口にした。一応官吏の恰好をしているため、不審者扱いはされなかったが、幼い少女をじっと眺めるなど、どう考えても不審だっただろう。

 黙っている方が不自然なので、スヨンは口を開いた。


「何を読んでいるんだ?」


 公主相手に不敬であるが、この少女相手に突き放すような敬語で接することは、何となくためらわれた。リンフェイは栞をはさんだ本を閉じて見せた。贅沢なことに、紙の本だった。


「……兵法書」


 七歳の少女に似つかわしくないものを読んでいたので、衝撃を受けてよく覚えている。

「……読めているのか?」

 うん、とリンフェイはうなずいた。スヨンは彼女の隣に座り、その兵法書の内容についてリンフェイに問いかけた。

「第三章、謀略術についてだが……」

「せんそうを行うと、てきだけではなく、味方もへってしまうので、じょうほうを制し、たたかわずにかつのがよい、ということですよね」

「……」

 わかっている。理解している、と思った。この子、本当に七歳か? しかし、これならスヨンも相手ができそうだ。

 しばらくして話が一段落したころ、スヨンは彼女に尋ねた。

「遊びに行かなくてよかったのか?」

「あそんでくれないもの」

 端的に答えたリンフェイに、さすがのスヨンも眉をひそめた。彼女にではない。遊んでくれない、という子供たちにだ。


「わたしが、みんなとちがうからだって」


 それは、外見のことを指しているのだろうか。それとも、内面のこと? 少し話をしていただけでもわかる。彼女は、とても頭がいい。同年代の子供たちには異質に映るだろう。外見の珍しさも相まって同じ人間とは思えないのかもしれない。まあ、それで排除してもいいという理由にはならないのだが。

「……そうか」

 ほかに言いようがなくて、スヨンは黙ってリンフェイの頭を撫でた。確実に不敬罪であるが、リンフェイは嫌がらなかった。

「おにいさんはわたしが変だとは思わないの?」

「別に。頭のいい子だとは思うが、別に変ではない。私も昔はそうだった」

 スヨンも頭のいい青年だった。尤も、彼は語学に関して優れていたのだが。リンフェイは首をかしげている。


「でもみんな、かみや眼の色が変だって言うわ」


 そいつらの方が不敬罪である。スヨンは「そうか」と再びうなずく。

「姫君、私は色が認識できないんだ」

「……?」

 さすがに難しかったのか、リンフェイがぽかんと首をかしげている。彼女はよじよじとスヨンの膝の上に上ってきて、少しの間にだいぶ懐かれたな、と思った。

「景色がすべて白黒に見える。姫君の髪も眼も、私には色の薄いことしかわからない」

「ええっと……」

 リンフェイはどうにか理解しようと首をかしげている。

「おにいさん、わたしがなにいろのふくをきているかわからないの?」

 と言うことは、色のついた襦裙を纏っているのだろうが、スヨンには濃い灰色にしか見えない。まあ、こんな小さな女の子が白黒の衣服を纏うとは思えない。


「……濃い灰色に見える」


 髪は? と聞かれてうすい灰色、目は? と聞かれて灰色と答えると、ここでリンフェイは初めて笑った。


「ねえ、おにいさん、なんていうの?」

「リャン・スヨンと申します、姫君」

「スヨン? わたしはリンフェイ」

「知っている」


 建物から、国王とリーメイが出てくるのが見えて、スヨンはリンフェイを立ち上がらせて起礼を取った。リンフェイがスヨンにまとわりつくのを見て、国王が「娘がこんなに懐くなんて」と少し複雑そうにしていたのを覚えている。


 ちょこまかと動き回るリンフェイは、素直にかわいらしかった。それが。


「何?」

「……いや。昔のお前は可愛らしかったのにと思って」

 こうもふてぶてしくなるとは思わなかった。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ロリリンフェイ、怖いもの知らず。


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