表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/26









「スヨーン」


 つつかれながら名を呼ばれ、スヨンは目を覚ました。目を開いて顔をあげると、整った顔の色素の薄い女性が微笑んでいた。

「おはよう」

「おはよう……もういいのか?」

 うん、とリンフェイはうなずく。

「まだちょっと痛いけど」

「今日くらいはおとなしくしておけよ」

 非常識な回復力だが、リンフェイだからなあと思うスヨンだ。手を伸ばし、リンフェイの頭を撫でると彼女の頬が緩んだ。差し込む朝日に照らされ、リンフェイはいつもより白っぽく見えた。

「じゃあ、昨日はありがと。このお礼はまた今度」

「ああ」

 そう言ってまた窓から出ていくリンフェイをスヨンは平然と見送る。彼女が手を振るので手を振り返しながら、スヨンはさすがに腹が減ったな、と思っていた。


 その日の午前中は半分眠ったまま過ぎた。ユージンが気をまわしてくれたのか、訪問者も特になく、半分眠ったままでも大丈夫だったのだ。

 午後になり、仕事の話をしに来る官吏たちの相手をしながら、今日は早く帰りたいな、と思った。ズーシェンが心配ではあるが、私的空間まで宰相は関われない。


 夕刻、そろそろ帰ろうと片づけを始めた時だった。宰相室に兵がなだれ込んできた。

「なんだ? 誰の許可を得てこの部屋に足を踏み入れた。今なら見逃してやる。さっさと去れ」

 冷然とスヨンが言うと、兵たちは少しひるんだように見えた。恰好からして、国軍だが、判然としない。軍人は、禁軍も含めて所属を示す色のついた布を纏っているものだが、色彩異状のあるスヨンには判別できないのだ。いつもなら、ここでリンフェイがそっと教えてくれるのだが。

「め、命令により、拘束する」

「宰相の命より優先されるものなのだろうな?」

 少々傲慢に見える態度でスヨンは言った。やはり、兵たちはしり込みしているようだ。

「ヤ、ヤオ太尉の命令だ!」

「ほー……」

 リンフェイがスヨンをこのような破落戸まがいの兵たちに拘束させるとは思えないが、ここはおとなしくしていよう。リンフェイ自身の命令ではなく、誰かが彼女の名をかたっていることは明白であるが、その黒幕がわからない。なので、おとなしくしているに限る。リンフェイがこの状況を把握していないとは思えないし、スヨンは下手に動かない方が良いと判断した。

 少なくとも、王太后の手引きではないことはわかった。彼女であれば、国王の命令、と言わせるだろう。実際、スヨンより上の立場の人間を探す方が難しい。それこそ、国王ズーシェン太尉リンフェイのどちらかくらいだ。その一方の名が挙がったことで、かなり状況を絞り込める。


 リンフェイが絡んでくることなら、彼女が自分で何とかするだろう。視覚による情報が制限されているスヨンは、やはり動かない方がいい。

「なら好きにしろ。太尉殿が私に危害を加えるとは思えないからな」

 スヨンが腕を組んでおとなしくなると、兵たちは困惑したように目を見合わせていた。どう扱っていいのか迷っているのだろう。命令を受けたとはいえ、スヨンは宰相だ。

 半刻ほど経っただろうか。宰相室の扉が開き、壮年の男性が入ってきた。その人を見て、スヨンは口角を片方あげた。

「あなたか、ガオ尚書」

 兵部尚書である。軍部を司る兵部の長を見て、スヨンは「なるほど」と一人で納得した声をあげた。


 兵部は軍隊を束ねる太尉であるリンフェイと密接な関係がある。そして、ガオ尚書はどちらかと言うと、リンフェイの父を敬愛していた。スヨンもリンフェイの父を知っているが、確かに尊敬に値する人だった。王位を追われたのが残念だと思うほどに。

 だからと言って、リンフェイにその面影を見るのはどうかと思う。確かに似ている面もあるが、彼女と彼女の父は別の人間なのだ。

「宰相、しかしあなたも、リンフェイ殿ならばと考えたことはありませんかな」

「けしかけたことはある」

 どうせ暇なスヨンはさらっとそんなことを言った。事実だ。彼女が女王になれば自分が楽なのに、と思ったのもある。彼女にはその器もある。


「だが、彼女自身が望まない。なら、強制するものではないからな」


 きっと、おそらく、他に選択肢が無くなったら、彼女は女王になることを了承する。しかし、今はそうではない。

「あなたも本当はそう思っているのだろう、尚書」

「……そう思っていても、動かなければならないこともある」

 ガオ尚書は思慮深く言葉を重ねた。

「お判りでしょう。ズーシェン様が王位におられるとはいえ、リンフェイ殿を王に、と押す者も少なからず存在します。あなたもどちらかと言えば、リンフェイ殿よりだ」

 それは否定できない。ズーシェンでは駄目だと言うつもりはないが、どちらかを選べと彼が迫られたら、ズーシェンではなくリンフェイを選ぶだろう。


 だが、現実は違う。スヨンに決定権はなく、おそらくあの当時最高決定権を持っていたリンフェイが、従弟のズーシェンを新王と定めた。それがすべてだ。

「私とあなたが手を組めば、どんなにリンフェイ殿が嫌がっても、彼女を女王にすることができる」

「そんなことは絶対に起こらない」

 スヨンが、リンフェイの意志に反して彼女を女王にすることは絶対にない。

「わかっています。となれば、あなたに消えていただいた方が良いのですが……そんなことをすれば、リンフェイ殿は暴れて国を滅ぼしてしまうかもしれません」

 ない、とは言い切れなかった。リンフェイなら、たった一人でこの国を崩壊させることができるかもしれない。

「だから私を斬れないと? 私には、あなたが何かを待っているようにしか見えないが」

「……鋭すぎるのも少々問題かと」

「それが仕事だからな」

 と、不意に部屋の外が騒がしくなった。

「主上! 危のうございます!」

「ここは我らに任せて!」

 と言う武官たちの声に逆らい、宰相室の扉が再び開いた。主上と呼ばれていたのでわかっていたが、ズーシェンが入ってきた。


「リンフェイ姉上が王位の簒奪をたくらんだと聞いた」


 ズーシェンが真剣な表情で言った。大人二人は黙って少年を見る。

「けれど、それは讒言だよね。だって、姉上なら簒奪をたくらむまでもない。私が登極する前に自分が女王になればよかったんだから」

 落ち着いた様子でズーシェンは言った。若干台詞っぽいのは、後ろに脚本家が控えているからだろうか。


「頭のいいあなたが、本気でこんな行動を起こしたとは思っていない。けれど、宮廷内を騒がせたのは確かだ。よって、兵部尚書の任を解き、州刺史として赴任することを命ずる」


 ズーシェンが告げた州は、異民族の生活域との境界線にあたるところだ。国境と言っていい。ズーシェン……の背後にいるリンフェイは、騒ぎにかこつけて信頼できるものを国境に送り込むことにしたようだった。


 こうして、静かに、王位簒奪疑惑騒動は終結した。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ガオ尚書/高尚書


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ