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「緊張する……」


 つぶやいたのはズーシェンだ。彼の待機室と化している小部屋には、彼のほかにリンフェイとスヨンがいた。

「緊張するほどのことじゃないって。何かあっても助けるから」

「リンフェイ姉上……」

 従姉の言葉に半泣きになるズーシェンだが、ふと気づいたように言った。

「姉上も宰相も僕に付き合ってくれてるけど、朝議の準備はいいの?」

「構いません」

「直前にあわてるのは二流のすることだ、ってさ」

 リンフェイの通訳に、スヨンは彼女を睨んだ。自分が言葉足らずな自覚はあるが、何かと不足を補ってくれる彼女がいるので、頼ってしまう。

 こんな時ではなかったら、ズーシェンからつっこみの一つも帰ってくるところだが、彼は今、それどころではなかった。

「宰相も、姉上も一緒には入ってくれないんだよね……帰りたい……」

「やめるんなら次の策を考えなきゃだから、早めに言ってね」

 しれっとしたもので、リンフェイはズーシェンにそう告げた。必要なことではあるが、厳しい言葉である。こんなことしか言わないのに、リンフェイを慕うズーシェンはやはり聡明だと思うのだ。まだ若いが、補佐役がしっかりすればいい王になるだろう。


「では、私はお先に」

「ああ、うん。後で議場で」


 リンフェイが軽く手をあげて答えた。いよいよ始まる、とズーシェンが顔をひきつらせている。


 通常、朝議には王が最後に入場する。地位が高いものほど、後から入場するのだ。


 宰相と太尉の場合、宰相の方が上だとされることが多いが、大尉であるリンフェイが公主である、と言うことで、彼女の方が序列が上なのだ。

 スヨンが議場に入ると、朝廷百官がちらりとスヨンを見た。百官とは言ったが、三省六部一台の長官や次官、高級執政官が集まるだけなので、百人はいないはず。


 スヨンの入場からしばらくして、リンフェイが入場してきた。スヨンと対面となる場所に座る。軽装の多い彼女も今日は正装で、男性の多いこの場では女性の彼女はさすがにちょっと浮いて見えた。色を映さないスヨンの目にも、彼女が華やかに見えたのだ。

 ともあれ、彼女の入場により、朝議が開始となる。

「今日はまず、最も重要なことを取り決めたいと思います。この国の頂におわす方についてです」

 議場がざわりと揺れた。高官の一人がスヨンに尋ねた。

「……では、今、玉座におわすはずの方がおられない、と言う噂は事実なのですな」

「そういうことですね」

 スヨンが隠すことなくうなずく。さらに議場がざわめいた。


「諸外国に知られる前に、手を打ってしまいたいと思います。私は、次の王に、ズーシェン公子を推挙します」


 ズーシェンがそっと議場に入ってきた。緊張具合がすさまじいが、何とか中央の席についた。

「……まあ、順当だろう」

 きっぱりとしたスヨンの言葉にざわめく官吏たちの中で、その声はよく通った。吏部尚書だ。吏部は人事を司る。


「しかし、そこにおられるリンフェイ公主も要件を満たしているのではないのかね? これまでの功績を見れば、彼女の方がふさわしいとも言える」


 吏部尚書の言い方は何ともあいまいだ。しかし、この場面ではありがたい。案の定、対抗意見が出てきた。

「確かに、条件だけ見ればリンフェイ公主は王になる資格はあるのかもしれない。しかし、彼女は異国人だ」

「異国人の血を引いているというだけですよ。そもそも、この国に混血でない人間がどれだけいるのでしょうね」

 吏部尚書が落ち着いて言いかえした。反論意見を出したのは門下侍中だった。彼は異国人の様相をしているリンフェイが朝議に混じることも良しとしていない。色がわからないスヨンにとっては、そんなどうでもいいことで、と言う感じである。

「ええい、何なのだ、ソン尚書!」

「なんだも何もありませんよ。事実を指摘しただけです……私も、ズーシェン公子が王になられるというのであれば、反対はせぬ」

 吏部尚書は相変わらず落ち着き払って言った。後半はスヨンに向けられた言葉だ。吏部尚書の言いようを聞いて、門下侍中のほうに敬意を払っているのか、他人行儀なのか、と呆れて肩をすくめていたのはリンフェイだったか。


 話題の中心人物であるズーシェンもリンフェイも自らは何も言わなかった。下手に何か言えば、こじれることがわかっているのだ。血筋を見れば、確かに先王の弟であるズーシェンが後を継ぐのが一番すんなりいくが、リンフェイは公主で力もある。どちらも、下手に口を開けば余計に面倒くさいことになるのだ。

「う……うむ。ならばよいのだ」

 門下侍中は戸惑ったように言った。ソン尚書としては、事実確認を行っただけのはずで、かみつかれていい迷惑だっただろう。だが、これも一種の様式美である。


 結局、ズーシェンは満場一致で王と認められた。戴冠式が終わり、登極するまでは暫定王と言うことになるが、少なくともこれで次の最高権力者に頭を悩ませなくてよくなる。

 となると、早急に戴冠式の日程を作り上げなければならない。式典祭事は礼部の管轄だ。礼部尚書と相談して決める必要がある。五年前のハオユーが即位した際の記録も残っているはずなので、そう問題なく準備が進むと……いいな。

「うう……本当に、本当に登極するんだぁ。夢じゃないよね……」

「現実だね。大丈夫だよ、ズーシェンなら」

 少なくとも馬鹿ではないから、それなりにうまくいくだろう。


「というか、この兄上が逃げ出して王位空白期間の間に、誰かが王位を簒奪しに来ると思ってた」


 ズーシェンがぶっちゃけた。その可能性は、大いにあり得た。


「戦争になれば、リンフェイに分がありますからね」


 スヨンの言葉が短すぎて、何を言いたいのかわからなかったらしいズーシェンが首をかしげた。リンフェイの通訳が入る。


「つまり、ハオユーが逃げ出した後に王位を簒奪するものが現れたとしても、その後、隣国から戻ってきた私に討たれるってこと。だとしたら、わざわざ王位を簒奪して命を粗末にすることはないよね」


 自分で言うのもどうかと思うが、そう断言で来てしまうくらいにはリンフェイは戦の天才だ。この時代には、さほど必要のない才覚ではあるが。

 もし混乱に乗じて王位を奪っても、自身も正統な王位継承権を持つリンフェイが、自身の臣下をひきつれて簒奪者と真正面から戦うことになる。状況にもよるだろうが、戦の天才とまで評される彼女と戦いたいと思うものはそうそういないだろう。スヨンは嫌だ。


「主上」


 不遜にも呼びかけて拝礼したのは吏部尚書である。ズーシェンは「あ、ああ」とどもりながらも声をかけた。

「先ほどは助力をありがとう、ソン尚書」

「いえいえ。私も無用な争いをしたいわけではありませんから」

 宰相と太尉を敵に回して明日から生きて行けるとは思いません、と若干失礼なことを言われた。

「太尉が王になるのもよろしいかと思いますが、今の世であれば、主上も良き王になられるかと存じますよ」

 と、ソン尚書はやはりちょっと不遜だ。ズーシェンは半笑いで「がんばります」と無難に答えていた。

「それに、太尉も思わせぶりですしね」

「ん?」

 話を振られて黙っていたリンフェイが首をかしげる。ソン尚書はゆらりと彼女の前に立つ。


「国を二分したくないというのであれば、とっとと降嫁してしまえばよろしいのですよ」


 ソン尚書が扇子の先でリンフェイの顎をわずかに持ち上げた。リンフェイ自身は何の動作も起こさない。ただ、じっとソン尚書を見ていた。手を出したのはスヨンだ。扇子をつかみ、降ろさせる。ソン尚書はスヨンを見て笑い、その扇子を開いて口元を隠した。

「そこまでするなら、早く手に入れてしまえばいいのに」

「うるさい」

 付き合いが長いと余計なことまで知っているから面倒だ。

「あ、え、何? そんな感じなの?」

 ズーシェンがリンフェイを見上げてそんなことを言っていたが、「どんな感じなんだろうね」とリンフェイにはぐらかされて追及は断念したようだ。聡明だが、いつかこの従姉姫に勝てるようになってくれるとうれしい……無理か。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ソン尚書/宋尚書 吏部尚書


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