弐
本日二話目。
表向きは雅楽を楽しむという名目で集まった。名目だろうがそれくらいの理由がないと、何をしているのだ、と咎められるのだ。
一応、見た目にもそう見えるようにスヨンも二胡を持っていた。リンフェイは龍笛を持っていて。
「お前、振りまわすなよ」
「しません」
とはいえ、スヨンしかいなかったらやるかもしれないな、とちらっと思った。この場にはこの二人のほかに、もう二人の男女がいる。
「えーっと。嫌な予感しかしないけど、話を始めてほしい」
そう言って弱弱しく微笑んだのは十代半ばくらいの少年。リンフェイの従弟で、ハオユーの弟。ズーシェンだ。まだ幼い顔立ちをしたかわいらしい少年、という印象だが、芯のしっかり通った男でもある。
「……聞き及んでいると思いますが、主上ハオユー様が姿をくらましました」
スヨンが淡々と事実を告げる。ズーシェンは遠い目をして、「知ってた……」とつぶやいた。
「つまり、次の王を決めなければなりません。みなさん、王位継承戦争をするつもりはありますか」
なんてことを聞くのだ、と思ったが、大事である。全員が首を左右に振った。
「リンフェイ姉様が適任だと思うけど」
ズーシェンがおもむろに言った。もう一人の女性もうなずく。
「わたくしも。頭もいいし決断力もある。ズーシェンの意見に賛成するわ」
彼女はシュラン。ズーシェンの姉で、リンフェイには従姉にあたる女性だ。すでに結婚しているが、王家関連の話なのでわざわざ来てもらったのだ。
そしてこの姉弟、熱いリンフェイ押しであった。自分がしたくないだけの可能性もあるが、リンフェイの方がふさわしいと思っているのは事実だろう。スヨンも、彼女なら務まると思うのだが。
「遠慮しておく。私は、王の器ではないからね」
この世が戦乱の世であるのなら、彼女は強い王となれただろう。しかし、小健康状態の平和が続いている現在では、彼女の力は宝の持ち腐れ、他との軋轢にしかならない。一応宰相に任じられるほどの頭脳を持つスヨンは、それを理解できた。
「ええー。何で?」
ズーシェンが顔をしかめて言った。そんなこと言ったら僕がしなきゃいけなくなるじゃん、と顔に書いてある。わかっているじゃないか。その通りだ。
「ズーシェンは帝王学を学んだっけ?」
「……一応」
これはちゃんと聞いていなかったな、と思ったが、リンフェイが解説してくれるようなのでスヨンは黙って聞く。
「平時に求められる王と、戦時に求められる王は別なんだ。私は戦時の王なら務まっただろうね。けれど、戦時に国を率いた王が、平和になったあとも良い王だとは限らないだろう? ようはそういうこと。私は、古い人間なんだよ」
「う、うーん……」
ズーシェンは聡明な少年だ。おそらく、理解しているだろうが、現実を認めたくないのだろう……。
「大丈夫。あなたが王になったら、私もスヨンも全力で輔けるから」
「……兄上を連れ戻すことはしないの?」
「……そうだね。彼が、逃げ出したほうが幸せだと思ったのなら、そうさせておくべきかなって」
「……」
さすがに放っておけ、とは言わなかったが、ズーシェンもシュランも、彼女の冷徹な部分を見ただろう。選択を間違えれば、彼らもハオユーと同じように、切り捨てられる。
嫌な部分はすべてリンフェイに押し付けているようで、スヨンは自己嫌悪に駆られたが、その方がうまくいくことを彼も理解していた。
「……わかったよ、リンフェイ姉様」
ズーシェンは、賢い。リンフェイに切り捨てられる方ではなく、多少生きづらくても、認められる方を選んだ。まあ、どちらが彼にとって幸いかはわからないが。
彼女に切り捨てられるのは怖い。本人は必要だからしているだけだが、『不要だ』と面と向かって言われるようなものなのだ。スヨンもそう言われないように必死である。
「シュラン公主、ズーシェン公子が後を継ぐということでよろしいですか」
スヨンが尋ねると、シュランは「ええ」とうなずいた。スヨンもうなずいた。
「では、明日の朝議にかけます。いつまでも王不在でいるわけには行きませんから」
「……わかった。僕も出席すればいいんだね」
「よろしくお願いします」
察しの良いズーシェンに、スヨンはうなずいた。リンフェイの言うように、できるだけこの少年を助けていかなければならない。
「わたくしもできるだけ気にかけようとは思うけど……ねえ、ハオユーのことはどう説明するの?」
「どうも何も、そのまま言うのが一番だろうね」
玉座から逃げ出した、と。虎視眈々とその座を狙っている者たちからすれば、信じられない思いだろう。まあ、そんな輩がいるからこそ、迅速に正当性に問題のない王を擁立したいのだが。
一昔前なら、まったく元の王朝に縁のない人が、新王朝を立てることはよくあった。その時代が過ぎているため、王朝が変わるとその国が戦乱のさなかだと思われる可能性がある。それは避けたいので、できるだけ親族間で王を立てたかったのだ。
スヨンとしては、やはりリンフェイが女王になってくれた方が楽だったと思う。彼女なら放っておいても大丈夫だし。
「お前、自分だけ非難を受けるつもりか」
「その方が話が早いでしょ。私が面倒事引き受けるから、登極まで進めてよ」
ズーシェンとシュランが帰ったあと、宰相室でスヨンとリンフェイは今後の打ち合わせである。
「……現実的な問題、ハオユーを探すために割く国力がない。私が多少非難を受けることでまとまるなら、その方がいい」
「……正直助かる。口論くらいで収まるなら安いものだ」
「……はあ」
いくらでも冷酷なことを言えるし、態度も取れるリンフェイだが、さすがに堪えるらしく机に突っ伏した。スヨンはそんな彼女の頭を軽くたたくように撫でた。
「つらいなら、やめてもいいぞ」
「……やめて、どうするの」
ハオユーのように逃げることだってできる。そう思ったのだが、リンフェイが認識している彼女の現実は、スヨンが思っているよりも厳しいようだ。
「私はどこへ行っても異形だ。波斯の血が混じっていることで、この国に取っては異様。でも、波斯に行ってもこの国の血が混じっているのは異様なんだよ。本当に私が逃げようと思ったら、もっと遠い、西域に行くしかない……。どこにも居場所がないんだよ」
居場所がないなら作るしかない。自分にはしがみつくものがここしかない、とリンフェイは体を起こして頬杖をつくと、言った。
「スヨンはさ、私を偏見の目で見たことはないよね」
「私には色がわからないからな」
『変わっている』と言われる彼女の眼の色、瞳の色もわからない。この国のひと肌よりも白いと言われる肌の色もわからない。スヨンにとって、リンフェイは先々代の王が連れて来た、小生意気な子供だ。
「……だから、もうしばらくいてもいいかなって」
「……」
たぶん、スヨンは彼女の思いをほぼ正確に受け取った。彼女がいなくなるときは、おそらく、彼女が死ぬ時だ。しかも、そんなに先のことを想定しているわけではない。
スヨンがスヨンである限り、彼女はここにいるのだろう。しかしそれは、スヨンも同じだ。彼が官吏になってもいいな、と思ったのは、リンフェイがいたからだ。
この国を支える二人は、非常に危うい。二人がいなければ国が成り立たない。今後も繁栄して行くか、衰退の道を歩むのか。それは、この二人しだい。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
本日最後の投稿でした。
ヤオ・ズーシェン/姚 子賢(14)国王
ヤオ・ハオユー/姚 浩宇(21)出奔(逐電)した国王
ヤオ・シュラン/姚 樹琅(23)既婚




