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 目を覚ますと、隣でリンフェイが寝ていた。


 変な意味ではなく、本当に寝ていたのだ。ただ寝ていただけ。昨夜はスヨンの方が早く落ちた自覚があるので、リンフェイが後から隣に寝たことになる。彼女が小さかったころはよく一緒に寝ていたので、その頃の習慣が抜けないのかもしれない。スヨンは彼女の頭を撫でた後、頬を引っ張った。

「おい、起きろ」

「……ふぁ」

 リンフェイはすぐにその眼を開いた。子供っぽく目元をこすりながら身を起こす。寝台に頬杖をついてリンフェイの様子を見ながら、彼はこの娘はまだ子供の気分が抜けないのだろうか、と思う。また、スヨンの前では子供っぽく振る舞っているような気もした。


 スヨンは頬杖をついていない方の手を伸ばし、リンフェイの髪を捕らえた。緩く癖のついた淡い色の髪は、この国の一般的なものよりも柔らかい手触りだ。

 されるがままになっているリンフェイはぼーっとしているようだ。朝日が差し込んでいて、彼女がぼんやりと光って見えた。スヨンは彼女の髪から手を放す。

「お前、いつまでも子供じゃないんだからな」

「うん、わかってるけど……」

 リンフェイはぺたんと床に足をつけて立ち上がった。ここは客間なので、自分の私室に着替えに戻るのだろう。

「と言うか何故ここで寝ていたんだ」

 そう問えば、移動するのが面倒くさかった、と返答があった。同じ屋敷ないだろうに。

 そして、朝食を取りに出てきた瞬間にリンフェイにダメ出しされた。


「黄色と青はないわ。目が痛いわー」


 そう言いながら上着をはぎ取られる。それが黄色だったらしい。代わりに緑の上着を差し出された、らしい。

 スヨンの衣装の色の不自然さは、今に始まったことではない。自分一人で着替えた時は、たいてい衣装の色を指摘される。先にお伺いを立てればいいのかもしれないが、スヨンはめったにそれをしない。彼の自宅の衣装には色を書いた付箋が張ってあったりもするが、あまり役に立ったことはない。

 とりあえず見られる服に着替え、朝食をいただくことにした。ちなみに、今日のリンフェイは通常営業で男装姿である。


 二人が朝食を終えたころ、リンフェイ邸に来客があった。旅装の青年である。どことなく眠そうな表情だった彼は、一緒に出てきたスヨンとリンフェイを見比べて言った。

「……兄さんと姫君、ついに結婚したの? 教えてくれればいいのに」

「してない」

「してないよ」

 スヨンとリンフェイから即座に否定され、青年は肩をすくめた。旅装の彼はワン・イーミンという。リンフェイより三つほど年上の彼は、スヨンたちと同じくリーメイに育てられた孤児だった。そう言うこともあり、スヨンはイーミンに兄さん、と呼ばれている。

「えー、そうなの? でもそろそろ腹くくった方がいいと思うよ、兄さん」

「何故私だけに言うんだ」

 ツッコミを入れるスヨンを無視し、イーミンは招き入れるリンフェイに声をかける。

「姫君はいつみても美人だね」

「どうもありがとう、イーミン兄さん。朝食は食べた?」

「うん」

「じゃあ、早速見てくれる? あ、食べたもの吐かないでよね」

 さくさくっとスヨンを無視して話が進んでいくが、進んでいるのでよしとした。そして、リンフェイがさりげなくひどいことを言っている気がする。


 白木の棺は梵字の書かれた魔の中央に置かれていた。昨日、スヨンとリンフェイで厳重に封印したその蓋を開く。イーミンはためらわずにその棺を覗き込んだ。

「わお。僵尸キョンシー

「あ、やっぱり僵尸なのか」

「でもそいつ、影を使って襲ってきたぞ」

 スヨンがそう言うと、イーミンは白木の棺に入れた僵尸をつつきながら言った。

「うん。たぶん、そういう異能を持った人のご遺体なんだろうね。例えば、兄さんが死んで僵尸にされたら、千里眼を持つ僵尸になる、みたいな」

 わかるようなわからないような。

「で、これに襲われたんだっけ。僵尸ってことは、どこかに大本の術者がいるはずだけど」

「……術者をたどることはできるか?」

 スヨンが尋ねると、イーミンは首を左右に振った。

「僕にはできない。術の糸が切れているし、いっそ、呪ってくれたりすればその後を追うのにねぇ」

「お前と言いリンフェイと言い、不穏なことを言うな」

 十以上年下の青年と娘に苦言を呈す宰相閣下である。宰相閣下と言えば、出仕しないわけにはいかない。


「で、僵尸ってどう処理すればいいの?」


 リンフェイが一気にそこまで話しをとばして尋ねた。太尉である彼女も、登城しなければならないことに気が付いたのだろう。少なくとも、どちらかはズーシェンの側にはべらなければ。十四歳の少年王はその年にしては聡明で賢明だが、それ故に危ういところもある。

「この首、切り離したのって姫君?」

「そう」

「じゃあ、使ったのは聖剣でしょう? ならこのまま埋葬しても大丈夫。術自体は切れてるから」

「……」

 そう言われて、スヨンとリンフェイは顔を見合わせた。イーミンは、僵尸の術者をたどれない、術が途切れている、と言ったが、それはリンフェイが聖剣で切ったからなのだろうか、と思ってしまったのだ。

 まあ、真偽のほどは確かめようがないし、過ぎてしまったことは戻らない。


 ひとまず、共同墓地に埋めるのも嫌だったので、リンフェイの息のかかった寺に埋葬した。強い法力を持った高僧のいる寺を選んだ。

「イーミン、しばらく都にいる?」

「ああ、うん。兄さんと姫君に呼ばれたからね。これだけで終わるなんて思ってないよ」

 わざわざ旅先から戻ってきてくれたイーミンは、相変わらずけだるげであるが、それでもしっかりとうなずいた。リンフェイがイーミンを見下ろして言った。リンフェイはイーミンより背が高いのである。

「じゃあ、死者がよみがえるってことはある?」

「はあ?」

 一応公主であるリンフェイ相手にはさほど失礼な態度はとらないイーミンであるが、さすがに間抜けな声をあげた。スヨンが簡単に事情を説明すると、ふーん、とイーミンは目を細めてうなずいた。


「確かに怪しいね。この僵尸が関わっているんだとしたら、その黄泉がえりも僵尸を使っているのかもしれないし……うん。僕も一度見てくるから、入場券を手配してよ」


 これはリンフェイが手配することになりそうだ。さらにずうずうしくもイーミンは言った。

「あと、都にいる間泊めてくれるとうれしいな」

「……私の家に泊めてやる」

「えー。ありがとう、兄さん」

 一応礼を言った後、イーミンが「変なところで独占欲発揮しないでよね」とのたまったが、聞こえないふりをした。

 スヨンとリンフェイは登城する必要があるが、イーミンは都へ来たついでに買い出ししてくる、と市へ出かけて行った。帰りは、スヨンの家に行くように言ってある。

「まあ、影も動かしてちょっと探ってみるよ。何かつかめるといいけど」

「後手に回っているのが気持ち悪いな……」

 相手の目的などが見えてこないと、こちらとしても対策のしようがないのだ。リンフェイに治安維持に尽力してもらうしかない。


 頭を悩ませる二人だが、思わぬ方向から情報は入ってきた。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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