御利益
「本当にすみませんでした……私の早とちりで」
先日のメルさんとの一件で良からぬ噂が広まったものの、最終的には――いつものようにメルさんが僕をからかっただけ――という事で落ち着いた。
「いえいえ、それでイリアさんは今日も畑に?」
「ええ、そういえばカイ様はお仕事を探しておいででしたね。宜しければご一緒しません?」
「ええ、是非とも」
渡りに船というのだろうか、今日の仕事は畑仕事らしい。その肝心の畑は集落からやや離れた陽当たりのよい空き地にある。既に畑では狐族の男衆が野良仕事に精をだしていた。
「おっ、カイか。今日はこっちを手伝ってくれるんだな。助かるぜ、男手はいくらあっても困らねえからな」
そう声をかけてきたのは狐族の男衆の一人ロイ、背格好が近いことから歳も同じくらいなのではないかと言うことで何かと気にかけてくれているらしい。僕にも気安く接することのできる男友達というのはありがたかった。
「おはよう、ロイ。今日は畑のことを教わろうと思ってね。良かったら教えてくれよ」
「ああ、構わないぜ。そこの納屋に鍬があるからとってきな。今日は休ませていた畑を耕すんだ」
ロイの指差す先にある小屋の中から、鍬と呼ばれる農具を探す。イリアさんが笑顔でこちらですよと手渡してくれた。細やかな心遣いに痛み入る。
「ありがとう、イリアさん。じゃあ一仕事頑張ってきますよ」
「ええ、カイ様。お願い致しますわ」
それからロイの見様見真似で鍬を振るい必死になって畑を耕した。この畝というものを作るのには苦労をしたが……
「カイ、お前初めてにしては中々やるな。鍬を振るときの踏み込みとか体捌きに妙にキレがあって手慣れた感じがしたぞ、お前なにかやってたのか?」
「そうかい?記憶がないからわからないけど身体が憶えてたみたいだね」
昔は農民だったのだろうか、ただ鍬を振るのはいいが畝作りに関しては駄目なんだが……鍬を振る専門の農民もいるのか?ピンとはこないな
「よっしゃ、肥料も石灰も充分混ぜたし寝かせるか。明日は種蒔きだな、女衆に引き継いで今日はあがるぞ」
「男と女で役割分担があるのかい?」
「女衆には実りの加護があるからな、種蒔きは女衆がやった方がいいんだ」
「へぇ、実りの加護ってのは何だい」
「俺ら狐族の女衆には豊作とか大漁を呼ぶ神様からの賜り物があるんだよ、女衆を神の使いとして祀ってる人間もいるくらいだ。まあ縁起を担いでるだけなんだが」
「ロイさん、実りの加護はただの縁起担ぎではありませんよ?実際に沢山実るんですから」
「まあ、そういうわけだカイ。神様ってのは不条理だよな、男衆には何にもくれないんだから」
やれやれといった感じでロイは足早に集落へと戻っていった。
「私達と人間は、以前は同じ里に暮らしていたのです……私達は里山に、人間達はその麓に。私達が人へ恵みを与え、人々は私達へとその実りを分け与える……そうして助け合って……」
「でも今は……」
「はい、戦争で私達狐族も里山を追われ一族はバラバラに……カイ様、私達は人との穏やかな暮らしを愛しておりました。また……またいつか帰りたいものです、私達の故郷に」
「イリアさん……帰れますよ。あなたには故郷がある、ある以上は必ず帰れます。無くしてしまわない限り必ず」
「ありがとうございます、カイ様。あの……そのときは……是非カイ様も……」
そうか、それもいいのかもしれない。僕には帰るべき場所がどこにあるのかわからない、それなら自分の帰るべき場所を作ってしまえば……そんな事を考えていると一足先に行っていたはずのロイが息を切らせながら走ってきた。
「イリア様!!カイ!!た、大変だ!集落が!!」
集落の方から煙が立ち上っているのが見える、僕は背筋に走る冷たく刺すような悪寒に恐ろしい未来を予感せずにはいられなかった。