求める形
働いていないと不安になるというのは人間の性分なのだろうか、集落での暮らしにもすっかり慣れたものの手持ち無沙汰でどうにも落ち着かない。
簡素な寝床でゴロゴロと寝返りを繰り返しながら、今日は何をすべきか考え続ける、これが僕の朝の日課だ。
「カイくん?起きてるかな、僕だよ」
「ああ、メルさんおはようございます。今開けますね」
モルドさん達ゴブリン族の方々に建ててもらった我が家の扉を開けると、そこには一糸纏わぬ女性が……
「メルさん、それ勘弁してもらえませんかね……心臓によくないですよ本当に」
「だんだんリアクションが淡泊になってきたね、これじゃあつまらないな……とりあえずお邪魔します」
そう言い部屋へと入ってくるメルさんだが、相変わらず人型のままでいる。目のやり場に困るのだが……
「僕には性別がないからそんなに遠慮することはないよ?じっくり見るといい、さあどうぞ」
「いやいや……そういうことではなくて……」
「ふぅん、君は恥ずかしがり屋さんなのかな?かわいいね」
からかい飽きたのか元の不定形な姿に戻ると、机の上に飛び乗って窓の外を眺めている。目がないので窓の外を向いているかどうかは定かではないのだけれど……そんな気がする。
「カイくんはお仕事を探してるんだってね?僕達魔物にはそんな勤勉さはないから尊敬するよ」
「まあ探してるだけなんですけどね、現実には魔物の皆さんにお世話になりっぱなしで」
「それでも君のような人間が僕らと肩を並べて一緒に働こうとする姿勢は他の魔物達にとってとても嬉しいことなんじゃないかな」
「そういうもんでしょうか」
そうだよ、と頷いて僕の傍へとにじり寄ってくる。やはり目がないので視線はよくわからないが、きっと僕を見上げいるのだろう。僕は合わせようのない視線を合わせるべく、見つめ返す。
「ところでカイくん」
「なんでしょうか」
「君はどんな女の子が好きなのかな、ララくんみたいな子かな?それともミトくん?」
「いきなりなんですか?」
「どんな姿になれば君に好かれるのかと思って。僕らは分裂で増える生き物だからつがいも作らないし、異性という概念もないものだから、そういった心の機微に疎くてね」
「はぁ……なるほど」
「それで君に好かれるにはどうしたらいいか、直接君に教えて貰おうかと」
「メルさんはそのままのほうが良いですよ」
「嬉しいけど、駄目なんだ。僕は人の愛とか家族というものが知りたいんだよ」
メルさんはそう言い、自らの過去についてぽつり……ぽつりと語り始めた。
――僕が、僕という意識に目覚めたのは今からうんと遠い昔のこと。そもそも僕らスライム族は意志を持たず本能のままに捕食と分裂を繰り返し続けるだけの存在だ。
そんな中に時折、僕のように意志を持ち学ぶことで知性を育むことができる個体が現れる。意識に目覚め、自我を持つに至った僕は、沢山の僕と別れて一人旅にでた。
生まれたばかりの僕の心はそう……人間で言えば赤子のようなものだったのかもしれない。見るもの全てが新鮮で美しく光り輝くようだった。そうして旅を続けていて僕は一人の少女に出会ったんだ。
僕のメルという名前はその子につけてもらったものだ。僕に言葉を教えてくれたのも彼女……人間というものは何と知性溢れる素晴らしい存在なのかと日々驚かされてばかりだったよ。生まれて僅か十年にも満たない幼子が僕よりもずっと賢く、ずっと豊かな心を持って生きている。
そして幾多の道具を使いこなし、複雑な文化も持ち、なにより誰かを愛するということを知っている彼らをみて僕が一番羨ましく思えたのが、家族という小さな群れだ。
僕はその少女と家族を見て学んだ、その小さな群れは男女の愛によって生まれ、子供という愛の実りを経て完成する素晴らしい関係であると。
僕はそれから彼女達に別れを告げてまた旅に出た、一つの大きな夢を見つけたからね。僕は家族を作りたい、心から愛し合える誰かと、人間の家族のような……温かな絆を作りたい。
「話はわかりましたけど、何で僕なんです?」
「そうだね……優しそうな感じがしたのと、やっぱり生活力があるほうがいいから働き者なところとか……あとは」
「あとは?」
「あの少女との出会い以降、はじめて僕と話してくれた人間だったからかな……そんなわけで僕をお婿さんかお嫁さんにしてくれないかな」
「色んな過程をすっ飛ばしすぎですよメルさん……いきなりそんなことを言われても……僕も記憶がないので夫婦とかそう言うものがよくわかりませんし」
「それじゃあ今は抱き締めてくれるだけでも構わないよ」
それくらいならまあ……と言うと、すぐに人型になり僕の胸へと飛び込んできた。
「これが人の温もりなんだね、カイくん。人を捕食するときとはまた違った……そう、安らぎがあるね」
「捕食……?」
「いいからもっと強く抱き締めてくれるかな……頭も撫でてほしい……」
僕は言われるがままメルさんを抱き締める、ただこれじゃあ子供をあやしているような感じだな……
「カイ様いらっしゃいます?イリアですわ、今日畑で穫れたお野菜をお持……」
「あっ」
「イリアくん、どうしたんだい?せっかくの野菜なのに落としちゃってもったいない」
「な、なにをしてますの?ふしだらですわ!不健全ですわ!」
「ご、誤解ですよ!僕はなにも!」
「どうしてメルさんは裸なんですの?!おかしいですわ!いかがわしいですわ!!」
「僕はいつも裸だよ、布を巻いてもビチャビチャになっちゃうし」
「イリアさん話を聞いてください!」
「ひぃ~淫らですわ!いやらしいですわ~!!」
イリアさんは、そう叫びながら物凄い勢いで走り去ってしまった。
その後、僕がメルさんを使っていかがわしいことをしているという噂が瞬く間に広まり、誤解を解くのに難儀したことは言うまでもないだろう。
メルさんを見ていて思う、自らの形がないからこそ何か確固たる絆の形を求めるのではないかと。
夫婦というものはよくわからないが、いざという時にこうして胸を貸せるような男でありたいと思う。
今は変態扱いだが