人と鳥
「人間さ~ん!」
狭い小屋の中、結構な人数がひしめき合っていたせいか少しだけ肺の中が重たいような気がする。会議を終えて外にでると新鮮な空気がとても美味しく感じられた。
「人間さんてば~」
「あ、ララ。お母さんとはもういいの?」
「うんうん!それでね?ママが人間さんに会いたいんだって。一緒に巣に行こうね?」
「え?あ、うん。いいよ」
ララのお母さんか、どんな人だろう……
「こっちね!」
そう言って飛去っていくララ……
「ごめんね!飛べないんだよね……」
案内された先は集落の外れにある巨木の密集地だ、この上に巣があるのだろうか。
「人間さん、ここ登れるかな?大丈夫?」
「木登りが出来るという記憶はないけど……頑張ってみるしかないね。何でも挑戦だ」
とりあえず目の前の木にしがみついてみる、手を伸ばして指をかけられそうな所を探っていると巨木だけあって小さなコブや亀裂が無数にあるのがわかった。これなら登っていけそうだ。
コツを掴み順調に登ってきたが半ばを過ぎたあたりから流石に足に疲れが出てきた、指はかけやすいが爪先を掛けるにはやや心許ないのだ。力んでしまうためか腕より先に限界を迎えそうだ。
「ララ……ちょっと無理っぽい……」
「あら~そうなんだ!なら私が掴んで飛んであげるよ、下からは無理だから途中までは登ってね?あとそこお隣さんの木だから」
「ええ……早く言って……あっ」
脱力した僕は真っ逆様に落ちてしまった、幸い大した怪我はなかったか精根尽き果て再び登り始めるまでに暫くかかってしまった……
「ママぁ~人間さん連れてきたよ?」
「へ?何言ってるの?」
「だから~人間さん連れてきたの~!」
「ママ、なんでいつもと喋り方違うの?」
「ママこそどうしたの~?いつもと違~う」
「どういう事……?」
「あっ、人間さん。なんかママが私の真似してるの!変だよ!ママ変!」
「え~?私がララだよ~」
「私そんなに馬鹿っぽくないもん!ママいい加減にしてよ~!」
もう何が何だか……目の前にはララが二人いる。いや、話の流れからすると片方はララのお母さんのはずなのだが……鏡に映したかのようにそっくりで僕にはさっぱり見分けがつかない。
随分若いお母さんなんだなと感心して見ていると、かんかんになって怒っていない方のララが僕を見て悪戯っぽく笑った。
「ごめんなさいね?若い頃に戻ったつもりになってついはしゃいじゃったわ」
「ママは大体変だよね……そういつも変なの!だから人間さんも真に受けちゃだめなの!それにどうして気付かないの?全然違うじゃない!」
「ええ……殆ど同じにしか見えないんだけど……」
「あら?私もまだまだいけるのかしら、妹欲しくない?ララ。人間さんどう?」
「どうと言われても……」
「だめだめ!!交尾終わったら記憶消しちゃうんでしょ?これ以上消したら人間さんまで変になっちゃうよ!」
「じゃあずっとここで交尾し続ける?私はそれでもいいけど」
「ママ!!」
「冗談よ……ところで『まで』ってなに?何と比べてるの?ララ」
ララの言う通り変な人だ……リアクションに困ることばかり言ってくるな。ママさんもララも可愛らしいとは思うけど種族の違いのせいか、あまりそういう目で見ることができない。
いつの間にか親子喧嘩が始まっていて揉みくちゃになっていた。これじゃあ親子というより姉妹だな……争いは同じ程度のもの同士でしか起きないともいうし……
「私の勝ちね……はぁはぁ……あっ、人間さん……どーっちだ?!」
わかんないよそんなの
「歳を取ると羽の量が増えていったり、羽とか尾の模様が変わるんだよ」
「私そんなに歳とってないんだけど」
一悶着も落ち着いて、彼女達の見分け方について教わっているのだが……違いが繊細すぎてすぐには見分けられそうにない。何年か経てばハーピー鑑定士を名乗れるだけの能力も付くのだろうか。
「そんなに難しい?常識だよ~常識」
彼女達にとっては産まれたときから、そういう習わしなのだから当然のことだろうが僕にとってはこれが初めてだ。ちっとも馴染めない。
なんでも彼女達は雛の頃と、飛べなくなる程に老いた頃以外はずっと若い姿のままらしい。そういう種族なのだからそうなんだろう、人間から見れば枝木に留まっている野鳥を見ても若いのか老いてるのかさっぱり判らないのと同じだ。
人が相手に刻まれた皺や肌の質感、毛髪の量、佇まいや雰囲気から相手の年齢を察するように、彼女達は模様でそれを行っている。
「若くて可愛いママさんでいいね、ララ。自慢のお母さんかな」
「あら、人間さんは随分と正直者ね。ご褒美に無精卵あげるわ、食べなさい」
「ええ……なんかちょっとそれは……」
「今朝産んだばかりよ?」
「いや、その情報はむしろ知りたくないです……」
「ママずるいよ!私まだ産めないのに!!」
「悔しい?大人の特権よ!ほらほら人間さん!無精卵どうぞ!」
この人達の無精卵にかける想いは何なのか、無精卵を誰かにあげる行為に特別な意味があるのだろうか
手に持つことが何だかいかがわしいような気がして躊躇うも、ママさんに卵を手渡されてしまった。普通の卵がどれほどの物か思い出せないが、比較対象を持たない僕からみても大きな卵だと思う……いや考えるのはやめよう、ただの卵ただの卵ただの卵……
「ここから出てきたのよ」
「説明いらないですからやめてくださいよ!」
「人間さん、結局何しに来たの?」
「僕にもわからないよ、ララ……ママさんに連れて来られただけだから」
「そう言えばここで暮らせることになったのかな」
「あ、うん。皆さん許してくれたよ。それにモルドさんから名前を貰ったんだ、今度からカイって呼んでね」
「ふーん、カイくんか!カイくんカイくん!」
「あのモルドさんにしてはまともな名前ね、前に野良のアルミラージにヘギョミツって名前をつけて可愛がっていたけど正直どうかと思ったわ」
「アルミラージって?」
「えーと、でっかい兎みたいな」
まず兎がわからなかったので僕は早々に理解を諦めた。
「そうそう、カイくん。改めましてハーピー族の長ルルです。よろしくね?歓迎するわ」
何となくそんな予感はしていたが、やっぱりこの人だったのか……ルルさんが長を勤める一族か、何だか不安になるな
とりあえず夕食でも、ということでご相伴にあずかることにしたが出てきた卵料理の数々をみて文化や認識の違いというものを強く肌で感じることになったのだった