目覚め
ここは何処だろう、眠りから目覚めた僕が見た景色と前後の記憶が繋がらない。いや……そもそも僕は眠る前に何をしていたのか、僕は一体どこから来て何故ここに居るのか、そして僕自身が一体何者かさえ朧気ではっきりとわからなかった。
もしかすると僕は記憶を無くしているのではないか、ぼんやりした頭の中の僕がそう告げる。そうだ自分自身のことさえわからない人間がどこにいると言うのか。これが記憶喪失でなくて何だと言うのだろう。
意識が覚醒していくにつれて徐々に自分の置かれている立場をはっきりと理解していく。ここは何処かの森の中、野営の形跡がない事から僕はここで何かしらの原因があって倒れてしまったんだろう。そのときに記憶を無くしたのかもしれない。
「おや……こんなところに、誰かな?」
後ろから人の声がする、辺りの雰囲気からして僕に話し掛けていることは明白だった。言葉がわかるあたり、僕も同じ言語を操る人種なのだろう。振り返って笑顔で応えよう、そしてお互い好印象をもったところで助けを乞う、これでいこう。
「いやぁ、実は記憶があやふやで僕が何でここにいるのかもさっぱりでしてアハハ……は?」
目の前に居たその人……いや、人ではない。肩から生えているのは手ではなく翼……そして猛禽を思わせる鋭い爪のついた鳥のような足……これは……
「あら、人間さんなの?ここいらは私達の……あなた方の言う魔物の縄張りだよ?みんな怖がって近寄らないのだけど、道にでも迷ったの?」
魔物……?ただでさえ無い記憶を漁っても魔物という言葉に聞き覚えがなく、それに似通う記憶もなかった。自分のことさえわからないのだから、他人のことなどわかるはずもないか。
「おお~い、大丈夫?怖かったかな?ごめんね」
「ああ!いやごめん、魔物……でいいのかな、君のような人をみるのは初めてで驚いちゃって、ごめん」
「うん?そうなの?まあ……初めて見るならびっくりするのかな……ちょっとショックだけど、でもさよく見ると可愛いと思わない?ほらほら」
「ええっ?!ああ、うん……そうだね翼も立派で綺麗だし、素敵かな……うんうん」
「無理してない?まあでもいいや、ありがと。翼は私達の自慢だから素直に嬉しいよ。ところでさっき記憶がどうとか……」
「ああ……実は凄く困ってて……」
掻い摘まんで事情を話すと、彼女は首を傾げたまま唸ってしまう。
「うう~ん、それは大変だね。それじゃ巣もわからないから帰れないだろうし……」
「そうなんだ……一体僕はどこから来たのか……」
「ねぇ、もし良かったら私達の巣に来ない?そのキオクソーシツってやつについてわかる人がいるかもよ、他の種族の人達もいるし人間さんに詳しい人もいるから、ね?」
「このあたりに君達の集落があるの?」
「シューラク?ああ、うん。皆の巣ね、ハーピーだけじゃなくて色んな人達がいるよ。こんなところで一人でいたら狼や熊に食べられちゃうかもしれないから一緒においでよ」
「ええ……食べられる……?」
狼や熊についてはハッキリとした記憶はないが話からして危険なものなのだろう。安全な集落があるならそこに行くのがベストだ。
「あっ、最近人間と私達で戦争やってるみたいだから、ちょっとピリピリしてるかもだけど、君は気にしなくていいからね」
「えぇ……大丈夫なのかなそれ……」
このまま熊や狼に食べられるよりはまだマシか、少なくとも助かる可能性は高そうだ。
「と、とりあえずお邪魔させてもらおうかな……ヤバそうな感じだったら逃げるけど、ごめんね」
「多分大丈夫だよ、私達一般の魔物は個人主義だから国が戦争してたって関係ないもの」
う、う~ん……やはり不安で怖いけれど止むを得ない……とにかく集落に行かないと今夜中には僕は何らかの生き物の胃袋の中だろう。
「ところで君、名前はなんて言うの?」
「そういう貴方はどなた?」
「僕は……あっ……」
「記憶ないんだもんね、ごめんね。私はララっていうの、唄うみたいで素敵でしょ?私達は歌うことも自慢だから、この名前の響きとても気に入ってるの」
「よろしく、ララ。僕は……うーん、暫く人間って呼んでくれたらいいや……名前は思い出せたら名乗るよ」
「わかったよ。それじゃ早速行こ~」
そう言い残しバッサバッサと飛去って行った。
「おお~い……僕飛べないんだけど」
瞬く間に遥か彼方へと飛去った彼女には届くはずもないかと諦めかけたところで、恥ずかしそうにしながら彼女が戻ってきた。
「ごめんごめん、君飛べないもんね。うっかり」
これから僕はどうなっちゃうんだろう……色々と不安だが今は魔物と名乗る彼女を信じて歩み出す他ない。
導かれるまま、僕は森の奥へ奥へと進んでいった。