お化けなんて怖くない
『』内のBLに注意です!
今回は織り交ぜる形で入ってきます!
饅頭を完食、信者たちの群れをどうにかこうにか撒くことに成功したカナリアは、帰りたくないと駄々をこねるベスティアに引きずられ街中を歩き回っていた。
裏路地の出店でみつけた髑髏型の指輪に呪いがかかっていて騒ぎ、行きつけの外観の怪しいお店に入って魔術用の薬草を買い、農具の部品を物色し、現在は本屋でお菓子の本を片手に眉間に皺を寄せるベスティアの隣で魔導書を読んでいた。
なになに≪世界は火、水、風、土、光、闇の6つの属性で構成されており、魔法とは属性をその身に宿す精霊の力を借りて行使する超常現象である。基本属性である火、水、風、土の精霊は人間に友好的だが、残り2つの属性を宿す精霊は変わり者が多く扱いが難しい。上級の魔法使いでも低級魔法しか行使できないこともあり………≫
基礎的なモノしか持ってないなこれ。子ども向けだろうか、それにしても読みやすい。
≪すべての生き物には等しく魔力が宿っており、魔法とは魔力を具現化するための方法を指す。魔力保有量は個々の質と努力の結果で異なるが、神>精霊>人間>動物>植物の順に体内に保有できる魔力力は少なくなる。実験の対象が少なく完全な立証が出来たとは言い難いが、どれだけ訓練しようとも人間は精霊の域に達することは出来ないといえるだろう。
だが、特異体質並びに精霊の愛し子は例外である。
彼らは生まれながらに保有できる量が人間とはけた違いであるから、努力次第で精霊の域へと達することが出来るだろう。私の研究が正しければの話だが。出生が謎に包まれた彼らに接触する機会があるならば、是非とも話がしたいものである≫
魔法使いなら誰でも知っている基礎の基礎だが、復習としては申し分ない。それに作者の書き方がなんとも楽しげで、カナリアはその本が気に入っていた。
魔法の教科書とは、いつも己の思考こそが正しいと言わんばかりの傲慢な書き方をする者が多い。だから皮肉を綴るのは珍しく、ついついのめり込んでしまったようだ。
カナリアが本から顔を上げる頃には、隣にベスティアの姿はなかった。
慌てて窓に目をやる。見上げれば真上にあった太陽は遠くの建物に沈み始め、煉瓦は白から橙色にその色を変えていた。思った以上に読みふけっていたらしく、時計塔の短針が5を刺している。買い物を始めてから結構な時間が経っていた。そう広くない店内をぐるりとみまわすが、彼の姿は見つからない。
「ベス、おーいベース」
試しに呼んでみるがやはり返事はない。暇になってどこか別の店にでも入ったか、あるいは可愛い女の子に着いていったか。脳裏をよぎる妄想をカナリアはすぐに振り払った。
いやいやそれはない、私ならあり得るけどベスは甘味か魔法にしか興味を示さないもの。
男にも女にも動物にも昆虫にもベスティアは興味を示さない。というか、10年ほど一緒にいるが甘味以外で「これが好き」を聴いたことがなかった。
――――いま彼を見つければ、それが分かるだろうか
ほんの少しの好奇心、家族同然の彼のまだ見ぬ姿をカナリアは想像する。
頬を染めて彼のたったひとりと微笑みあい、お互いの趣味について語り合う姿。
実は植物が好きで、日がな一日お気に入りの花と語らい過ごす姿。
歌が好きで吟遊詩人の元に通い詰め、美しい旋律と共に紡がれる数々の冒険談に子どものように瞳を輝かせる姿。どれもこれもこの街で見る日常の光景だった。
だが、カナリアはそれにベスティアが溶け込んでいる姿を想像するだけで嬉しくなった。
村へと帰るための魔法陣は彼がいないと発動しない。
新しく描こうにも描く道具もない。買おうにも既に街灯に火を灯し始めた時間で、店はおそらく閉まっているだろう。現に先ほどまで立ち読みしていた本屋は、カナリアが退出するや否や店の明かりを落としてしまった。きっと今日は帰れないから、宿に泊まることになるだろう。暗い夜道に置き去りにされ、高い宿代を出さなければならないが腹立たしさは湧いてこなかった。
それよりもずっと、先ほどの妄想が現実になればいいのにと願っていた。
あの人形のような麗人が、己以外の事で息をするさまを見てみたかった。
そのためならばお化けの出そうな小道を歩くことも、高すぎる宿代を払うことだって痛くはない。むしろ喜んで払うと、スキップでもしそうな勢いで一歩踏み出した。
「どうしました、お嬢さん」
「―――っ!」
後ろから囁かれた声にカナリアは硬直した。
びくりと肩をならし勢いよく振り返るが、そこには誰もいない。自分の影が長く伸びているだけで、通りに人の姿はなかった。あるのは耳に残る見知らぬ声だけだ。
ここは一本道で人が潜めるような路地も低い建物も、人が隠れそうな場所はない。所々に民家はあるが、扉を閉めたような音もしなかった。バルコニーも、無い。声をかけて急いでどこかに隠れたというには無理があった。空耳、にしてはやけに鮮明だった。気のせい、風の音と割り切るには無理がある。
―――まさか幽霊か。
脳裏に過った可能性に背筋がぞわりと寒くなる。
そんなわけはないと急いで振り払い、魔法の可能性に目を向ける。
――――まほう、魔法……見つけた。でも薄い
目を凝らし痕跡を探すと随分と薄い魔法の痕跡を見つけた。魔法を使用してから10分と言ったところだろうか。人間の犯行かと安堵し残り香程度の痕跡を睨みつけ、ふと気が付いた。
―――あれ、でも私の後ろにいたのってほんの数秒前で、
カナリアの後ろに居たのはほんの数秒前、相手は魔法で姿を消したわけではないらしい。ならどうやって、何処に移動した。
―――やっぱり幽霊じゃ
叫びそうになるのをグッと堪え、泣きそうになりながら必死に頭を回転させる。絶対に隠れられる場所があるはずだ。効果が持続する魔法だってある。どこか別の場所で使い、声を掛けてそこに戻っただけだ。そうだ、そうに違いない。幽霊なんているわけないんだ。
目尻に滲み始めた涙を袖で拭う、と視線に揺れ動く影が目に入った。
―――かげ、そうだ影だ。下はまだ確認していない。
気配も音も無く耳元まで近づける距離にいて、魔法を使わずとも一瞬で姿が消せる場所。いや違う、一度の魔法でその距離を行き来できる方法が場所がひとつだけある。
カナリアは解除の魔法を足裏にかけると、己の足元から伸びるそれを思いっきり踏みつけた。
影がぐしゃりと歪む。
「お見事!」
「ひぃ!?」
踏まれた足元、歪んだ影は水が沸騰するように波打ち黒い水が溢れだす。ドロリと粘着質の高い水は広がることなく勢いよく縦に伸び、カタリナの身長を追い越した。
カナリアは内心で発狂した。
逃げ出そうと後退するが、ガッと強めに肩を掴まれ退路を断たれる。絞り出すようにあげた小さな悲鳴、気合で押さえつけていた涙がじわじわと瞳を潤ませていく。
次第に人型を取り始める黒い塊に、必死に首を振るが離す気配はない。周りを漂っていた風の精霊に頼み圧縮した風で殴って貰うが、届く前に霧散してしまう。
カナリアは泣いた。
幽霊には魔法は効かないのだとガタガタと四肢を振るわせ、これは助からない短い人生だったと腹をくくる。目をかたく瞑り、自分を立派に育ててくれた父とベスティアに謝り切実に祈った。
――――おおおおお父さん、どうかどうか本棚だけは片づけないでください!!そこには貴方に見せられないような趣味全開のノートが大量に眠っているの。お願い、お願いします!どうか私が死んだら開くことなくそっと火にくべて灰にして!
「いやぁ、ははは、死なせたりなんてしないよ?」
――――え、いま、なんて
聴き慣れた声に意識が浮上する。
ピシッと音がして全体にひびが入ると、黒い塊が粉々に砕けた。
中には見慣れた白髪の男性、ベスティアが微笑んでいていた。
意味が分からなかった。
茫然とするカナリアを他所に凄い凄いと褒め称え、嬉しそうに彼は抱きついた。名前を呼ぶことも怒鳴ることも出来ない。まだ脳が理解しきれていないのだ。壊れそうなほど脈打つ心臓を押さえつけることしか出来ずに、ただ抱擁を受け入れた。
「いやはや、こんなに早く気づかれるとは!魔術の痕跡も残らないようにしたんだけど、どうしてわかったんだい?」
「こん、せきが薄いから、移動範囲は限られてて、一番近くで身を隠せるのは影の中だけだったから」
「建物に擬態しているとか考えなかったのかい?」
「ました、の方が確実でしょ。壁に擬態したらすぐ分かるしぃ、変身魔法は長く使えないから。消去法」
「あの一瞬でよくそこまで!成長したんだねカナリア」
舌が上手く回らず震える声でなんとか絞り出した回答に、ベスティアは満足げだ。
心臓が口から飛び出そうなほど驚き現在も早鐘を撃っていることなど、彼にはお見通しだろうに謝りもしない。
「でも、50点だ。きみが警戒すべきは幽霊ではないだろう」
「なんで、こんな」
「うん?ああ、訓練の一環」
その言葉で、これはいつもの悪戯なのだとカナリアは理解した。
訓練と称してベスティアはときおり人間離れした悪戯をする。
それは空からお菓子が降ってきたり、とつぜん床が抜けたり、幻覚で他人の顔が犬に見えたりと予想が付かないがどれも子どもの悪戯程度のモノだった。不測の事態に対応できるようにという彼なりの気遣いらしいが、これほど悪趣味なモノは初めてだ。
ベスティアではなかったら。
もし、下に潜んでいたのがナイフを持った人間であったら。己の命はここで終わっていたかもしれない。彼が言いたいのはそう言うことだ。
影の魔法は上級の闇魔法で、魔法に疎いこの国の住人が行使できるはずはないと油断したからこんな悪質に仕掛けたのだろう。
「人間はきみを傷つける。そうだろう?」
「………そこまで恨まれるような生活してない」
「恨みだけではないよ、カナリアは魅力的だから変な男に付きまとわれる可能性だってある。いつでも撃退できるようにしておかないと」
「そんな予定はないよ」
「その油断がいけないんだぞぉ」
「油断とかいう前にベスのせいで寿命が縮まる」
「カナリアの心臓はそんなに軟じゃないから大丈夫!」
「どこから来るのよその自信!」
お前は私の心臓を見たことがあるのかと口走りそうになり口ごもる。
肯定されると怖い、相手は世界最高の魔法使いだ。見れないことはない。
「夜道は本当に危ないし、舞踏会もあるんだからより一層気を引き締めておくれ!」
「陰に潜んでスカートを覗きこむ変質者に言われたくない」
「ばっ!み、みみみ見てないから!」
ぼふっと顔を真っ赤に染めてそんな破廉恥なことしないもん!と喚いている彼が、スカートの中を覗くとは思っていない。いないが、私の小鳥のような心臓を虐めたのだ。これくらい揶揄っても罰は当たらないだろう。というか無性に腹が立ってきた。
しばらく話していたおかげか、冷静さを取り戻したカナリアの胸にふつふつと怒りが込み上げてくる。
「誤魔化さないでちゃんと聞いておくれ!君は舞踏会のたびに男性同士の妄想でうわの空だったけど、君のことをダンスに誘う人もいたし、連れ出そうとする人もたくさんいたんだからね!?」
「うっそだぁ」
妄想は本当だけど。
「適当に話を流されて泣きながら退散する人はいいよ、でもねそれを逆手にとってきみを部屋に連れ込もうとする輩を僕がどれだけ殴ったか知らないだろう!」
「暴行じゃないですか」
「………立派な自己防衛だよ」
自己じゃないうえに防衛にしてもやりすぎではないだろうか。
確か片手で林檎を粉砕できましたよね?なんで目を逸らすの。
「心配し過ぎだって、ボーイがドリンクを手渡すたびに今夜のお誘いの手紙を渡しているんだとか見眼麗しいい少年が売買される闇のオークションの招待状のやり取りをしているだとか、そんな妄想に浸っていたって変な人について行ったりしないよ」
「そんな具体的に言わなくていいから!」
「わざわざ会話に盛り込んだってことは聞きたいってことなんだよ」
「ちがっ!そんなんじゃ」
『ボーイからドリンクと共に渡された小さな手紙「今宵、貴方の部屋で」そう記された手紙に男爵の胸は高鳴った。ボーイは男爵が秘めた浅ましい欲望に気づいていたのだ。
部屋に案内されると有無を言わせぬ強引さでベッドに押し倒され、乱暴な手つきで衣服が剥がされていく。密かに疼く下半身とは対照的にあまりに無礼なボーイに男爵は怒鳴った。ボーイの巧みな手腕に身を委ねたかったが、小さなプライドがそれを邪魔したのだ』
「こいつ直接脳内に……ひぃい、止めて!」
『不敵に微笑み肌蹴た胸元を手袋越しに撫でては離し撫でては離しをくり返す。まるで焦らされるような柔い触れ方に男爵は次第に息を荒げていく。湿り気を帯び己の欲望に衣服が張り付く感覚さえも、敏感になった男爵には辛く漏れ出る声にボーイは優しげに微笑んだ』
「くっ、いっそのこと」
「殺せ?」
「くっころしないから(半泣き)!」
『「どうして欲しいですか?」
どうしてほしい?耳元で囁かれた甘い誘惑に男爵は強請りそうになる口を咄嗟に押さえつけた。そうしなければ、既にぐずぐずに溶かされた己の理性が無様にもボーイを求めてしまいそうだったのだ。あくまで主導権はこちらにあるのだと、男爵はボーイを睨みつける。
「乱暴にされたかったんでしょう?」
「乱暴にしたい……はあ………の間違い、だろ?」
理性は既にとろけきっていた。その瞳はボーイを求めるように潤み惚けきっていた。
それでも挑発的な姿勢を崩さない男爵に、ボーイの口元が三日月型に歪む。
面白いと小さく呟き、浅い呼吸を繰り返すそれを貪る。
乱暴に開かれシャツ、はじけ飛ぶボタン、投げ捨てられるベルト。
無意味とも言える弱い抵抗をする腕を押さえつけ、ボーイは男爵の首を噛んだ。
「覚悟してください、正直におねだり出来るまでお預けです」
「あっ!」
一心に貪られる小さな突起に男爵は女のような声を――――』
「ああああああああ脳内が侵されるぅううう!」
「おめでとう、これであなたも腐海の住人ですね」
「絶対に移住しない!興味本位で旅行も絶対にしない!」
「こんなに簡単に永住権出るところないよ?」
「入るのは簡単でも出るのが難しいってことだろう!?」
よくお分かりですね、いちど浸かったらよほどのことがない限り離しませんとも。あらゆる方法・手法で住民たちを魅了し財布を開かせ新たな住民を調達していく。あそこは天国よ。
「お願いだから!脳内で妄想を繰り広げないで!当てつけだろう!」
「あ、バレた?」
「映像まで付けて生々しい!僕本当にそっちの気はないんだから!」
「ちぇー」
この距離なら自分の思考を読むまでもなく勝手にベスティアの脳内に受信されるだろうと踏んでワザと妄想を繰り広げたのだが、上手くいったらしい。
ワー!ワー!と両手を耳に当て頭を振り回しているベスティアにカナリアは微笑んだ。いっそのこと染まってくれればいいのにと思うが、彼の頭は思った以上に固いらしい。
話が脱線してしまった。慌てて思考を舞踏会に戻そうとして、ふと思い出す。
「わたし一回も踊ってないけど、注意する必要ある?」
「それは君が無意識に流してるからで」
「特訓いらなくない?」
「うっ……もしもってこともあるでしょ!」
「そんなに怒らないでよ、気を付けるってば」
腕を振り回してポカポカと肩を叩いて抗議するベスティア。
心配してくれるのは嬉しいのだが本当に男性関係に関しては心配ない。ボーイや女性の参加者の中には知り合いも多く、酔って部屋に連れ込まれるほどお酒も弱くない。普段から薬品の試飲もするから睡眠薬や毒に対してもかなり耐性があるし、それに
「もし危ない目にあってもベスティアが助けてくれるでしょ」
「………っ! それ、ずるい」
「本当のことじゃない、頼りにしてるよお師匠さま」
「もう!師匠じゃないって言ってるだろう」
「あははは」
確信も保証もないけれど彼は助けてくれる。
そんな気がするのだ。
カナリアさんは幽霊が苦手ですw