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秘策




「援護....っていうか撹乱は私が引き受けるから、羊さんたちは食事に集中。こっちは気にしなくていいからね」



カナリアが杖をくるくると回す。闇の精霊たちがその周りに集まり一緒にくるくると回ると、彼らは次第にその形を変えていく。

マリモのような身体から霧状に。

回すたびに霧の濃度は上がり量はふわふわと増えていく。まるでわたあめのようだ。



「メェ?」


「護衛に1匹? だめだめ、私より特攻してく方が大変になるんだから」


「メェェエ」


「......じゃあお腹いっぱいになったら、こっちに戻っておいで」


「メェメェ!」



了解!とばかりに返事をして、黒羊擬きがトコトコと仲間たちの所へと走っていく。見届けたカナリアは生成した霧をクルムに放り、薄れていた霧の濃度を上げた。

苛立たしげにクルムが呻く。

これでまた時間が稼げるはずだ。

カナリアはよしと呟くと次の魔法の準備に取り掛かる。その背に警戒の色は薄い。クルムがこちらを向くことはまずない。呪いに飲まれたいまの彼女に、霧を煩わしく思う感情はあれどその元凶を排除するという知性は残っていないからだ。



「メ!」


「メメッ」


「メー?」


「ウメメ」



カナリアの言葉を伝えているのだろうか、向こうでは黒羊擬きたちの元気な声が聞こえる。先程よりも俄然やる気になったようで、恐ろしい速さでクルムに突撃していった。

それにしても速い。弾丸のような速さだ。

ぐぐっと力んだ黒羊擬きがパシュッと音を立てその場から消え、気付いた時にはもう遅い。黒羊擬きは既に足元にいて、クルムが反応する前に足の装備を食べて後退する。

パクッと齧ってチュッと吸えば魔法は解けてしまうので一連の流れはとてもスピーディーだ。



「背中も食べられる、と」



カナリアはホッと息を吐く。

他の部位も問題なく食べられるようで安心した。カナリアの元に来た黒羊擬きは腕を咥えていたので、背中や横腹の固そうな外装は苦戦するかと思ったが心配は無用だったようだ。魔力で編まれていれば、例えどんなに硬質化されていようとも黒羊擬きたちには何の障害にもならない。

満足そうに鳴く黒羊擬きたちを眺めながら、カナリアは口元を緩める。



「食べられた場所の再生もしなし。うん、これなら補助だけで大丈夫そうだね」



クルムの体内には魔法使いが何人かいる。彼らから魔力を奪い再生に回すかと警戒していたが、食べられた外装が復元する様子はない。間に合わないのか、それとも使う気が無いのか.....。

どちらにしろ、このまま行けば呪いが食べ尽くされるまでそう時間はかからないだろう。



「あとは、逃げないように抑えるものを...」


「ゥゥゥウッ!」


「......急いだ方がいいかも」



クルムが悔しげに歯を鳴らす。

1匹、2匹、3匹.....とあらゆる方面から姿を現す黒羊擬きを仕留めようと腕を振り下ろすも、速さに追いつけず彼女の周りには無数の穴だけが空いていく。

刺しても刺しても抉れるのは地面だけ。クルムは苛立ちをぶつけるように吠えると、今度は駄々をこねる子どものように腕を振り回し始めた。



「オオオオオ!!」


「メメメ!?」


「メッ!」


「メー!メー!」



単調な攻撃から不規則なそれに変わったことで、黒羊擬きたちが慌てて足元から逃げ出す。退避!退避!と指示を出すように鳴き後退すると、それを見ていたクルムが一瞬だけキョトンとして、それから意地の悪そうな笑みを浮かべた。ただ突き刺すより振り回した方が良いと学習したのだ。

弱点を見つけたとばかりにクルムは腕を振り回し始める。大振りのそれは黒羊擬きたちに当たることは無いが接近するには少々厄介で、彼らも様子を伺っている。



ーー 面倒だな



そう判断したカナリアは、すぐに精霊たちに呼びかけ溜めていた魔力を一緒に練り上げ形を作る。

細く硬い決して折れぬ白銀の楔を。

カナリアがクルムに向かって杖を振り下ろす。と、足元に紫色の魔法陣が花開く。



「!?」



発光した魔法陣から無数の鎖が飛び出す。細く丈夫なそれは、いっせいにクルムの身体に絡みつき地面へと縫い付けていく。鎖を引き千切ろうと身体を揺らすがビクともしない。逆に抵抗したことで、下へと引きずり込まれ地面に足先が沈んだ。



「ゥアアアアア!!」


「メェー!」


「メメメメ!」


「メェメェ!」



今だ行け!と黒羊擬きたちが飛びかかる。

柔らかな黒い弾丸が一斉に宙を舞いクルムに襲いかかった。背中に飛び乗り硬質な外装に口を付けると同時にパッと光が舞い魔法が分解され、それをぱくりと大口が掻っ攫っていく。満足そうに鳴くと次の外装へ。そうして背中の外装はあっという間に禿げていく。

内側が徐々に顔を出し始める。



「メッ、メメッ」



覗き込んだ内側はゼリーのように透明だ。中には折り重なるように使用人達。黒羊擬きに気が付いた虚ろな瞳のメイドが、助けを求めるように手を伸ばす。だが彼らはプイッとそっぽを向いて食事に戻ってしまった。メイドは追いすがるように足掻くが、カナリアを貶した彼女を助ける義理はないと無視した。

瞬間、メイドの顔が憤怒に染まる。



「メッ」


「メッ」


「メッ」


「メッ」



まるで胸糞悪いと言いたげに鳴く彼らを、メイドが鬼の形相で指差す。声こそ聞こえないが怒鳴り散らすように口を動かし、見開いた目は怒りに燃えている。

同調するようにクルムの口が開いた。



「ドオ、シ、テヨ」


「喋った?」


「ドオシテ、タスケテクレナイノヨォオオオオオオオ!!」


「?!」



咆哮。

鼓膜が破れそうな声量にカナリアが耳を塞ぐ。突然のことに意識が乱れ魔力供給率に波が生じる。鎖の強度が一瞬だけ弱まる。

その瞬間をクルムは見逃さなかった。

背中に群がる黒羊擬きたちを振り落とそうと、力任せに鎖を引き抜くように身動ぎながら身体を左右に振り回す。わずかに綻んだ鎖がパキパキと音を立てて破壊され崩れ落ちていき、あっという間に鎖は左前足に一本のみとなってしまう。

振り落とされた黒羊擬きたちがコロコロと地を転がっていく。転がり落ちた彼らを追撃しようとクルムが前足を上げーー



「逃げて!」


「シネエエエエ!!」



ーー鋭利なそれは、黒羊擬きの真横スレスレに振り下ろされていた。



「......え?」



カナリアの声に反応した.....わけではなさそうだ。クルムの眼は真っ直ぐ黒羊擬きだけを見ている。だが態勢を立て直し再び腕を振りおろすも、彼らに当たる直前に前足は見当違いな場所に逸れていた。



「コ、ロセナィ....ニゲテ、ハ....ャク」


「メ?」


「ジャマヲ.....スルナッ!コロス!イヤダ、コロス!ニゲテ」


「なにが起きてるの?」



己の声に苛立ったのか何度も地団駄を踏むクルムに、黒羊擬きたちも戸惑いの声をあげる。全て話しているのはクルムなのに、あれではまるで誰かと言い争っているようにしか見えない。



「アアア!ワタシ、ドウシテ! ワタシジャナ.....タスケテ、ナンデ、コロス、ミンナイッショ、チガウ! ダシテ」


「メッ、メメ?」


「ヒトツニナル、チガウチガウチガウボクハチガウ!コロセ!ダシテ、コロシテ、コロサナイデ」



支離滅裂な言葉を吐き出しながらクルムが暴れ回る。黒羊擬きたちを狙ったものではない、まるで幻覚でも攻撃しているかのようだ。



「ダシテ、ダシテ!カエサナイ、ダシテ、ワタシノダ、クルナ、ニゲテ」



ダシテ、ニゲテ、タスケテ。

どれもこれも取り込んだ側のクルムの言葉とは思えない。ならばこれは使用人たちの声かとカナリアは推測する。時間が経ったことで一体化が進み、さまざまな思考がぐちゃぐちゃに混ざっているのだろう。

ああ、もう時間がない。完全に取り込まれる前に出さなくては。

カナリアはすぐに手を打った。

練っていた魔力を残っていた鎖に注ぎ込み、鎖の形状をより太く重いものへと変えていく。



「オモイ!イヤダ!ハナセ!!」


「せぇの!」



クルムが鎖を反対の前足で攻撃する。その瞬間を狙ってカナリアは手を勢いよく振り下ろす。鎖は手の動きに連動し、思い切りクルムの身体を地面へと引きずり込んだ。

巨体が左に傾く。



「ァァァァア!!?」


「いま!」



前足を上げたことで体重が左に偏ったクルムの身体。カナリアは左前足に残っていた鎖を土の中に引きずり込む勢いで内側に引くことで、クルムのバランスを崩したのだ。

背中の外装を食われ身体のバランスが元々安定しなかったことが幸いした。

顔から地面に倒れこんだクルムに、黒羊擬きたちは容赦なく襲いかかっていく。



「メェメェメェ!」


「ウメェ!!」


「ブメェェエ!」


(い、勢いがすごい.....)



カナリアがそっと目をそらす。

身体を張ってクルムの呪いを消化している彼らが、ケーキバイキングで唐揚げに群がる女子高生に見えるわけがない。



「ーーっ!サワルナアアアアア!!」



背中を食べ尽くし腹に周った黒羊擬きにクルムが過剰に反応を示す。嫌がるように呻き、身動きが取れないながらも必死に腹の下にいる黒羊擬きを排除しようと足を延ばす。

よほど取り込んだ使用人たちを手放したくないようだ。

黒羊擬きは足を避け下に潜り込むと、クルムの腹に噛み付いた。



「イヤダァア!ワタシノ、ワタシノダ!」


「.......ブェ!」


「ブブッ!ブメッ!」



比較的外装の薄い腹は一噛ですぐに無くなり、内側の薄い膜がすぐに顔を出す。取り込んだ人間の体重に耐え切れなかったのか、膜はすぐに破け黒羊擬きたちの上に落ちてきた。悲鳴を上げて黒羊擬きたちがクルムの下から慌てて這い出してくる。



「ペペッ」


「ブッペペッ」



体液で汚れた使用人たちに目立った外傷はないが、呪いに当てられたのか誰も彼も虚ろな瞳をしている。

後で検査しよう。

離れた場所で必死に毛繕いを開始した黒羊擬きたちを尻目に、カナリアは鎖で彼らを回収しに掛かる。クルムはもう自分の足で立っているのも怪しい状態だ。さっさと回収してしまわないと、使用人たちが彼女の身体で押し潰されてしまう。

1人2人と回収し始めたその時だった。



「カエ、シテ........カエシテヨオオオオオ!」


「ーーーー!?」



クルムがこちらを向いた。



「ソレハ、ワタシノダァァァア!!」


「メエエ!?」


「うっ、そでしょ!?」



クルムは残されていた顔面の外装を解くと、その魔力をカナリアに向かって吐き出した。風を切り魔力の塊が彼女に迫る。油断していた。魔法も回避もこの距離じゃ間に合わない。



ーー しまっ.....!



球体が目の前に迫っていた。

衝撃に目を瞑る。



「メエエエエ!」


「カナリアさまぁぁあ!!」



衝撃音。

舞い上がる土煙。

土色の世界で悲鳴がこだました。





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