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扉の内側



「いってきます」


「いってらっしゃい」



カナリアはそう言って扉をすり抜けていった。ぶんちょぶんちょと手を振って、笑顔で軽やかに。

ベスティアもその様子を笑顔で見送った。彼女が消えた後もしばらくは名残惜しそうにジッと扉を見つめていた。その顔はどこか寂しそうに見える。

数分してようやく藤色の瞳が瞼の裏に沈む。長いまつ毛がゆっくりと持ち上がり内側から次に藤色が顔を見せた時には、瞳は無機質な硝子玉へと変化していた。

その顔に先ほどまでの感情はない。無表情、能面。表情という表情が抜け落ち、今のベスティアはまるで人形のようだ。

魔法が解けて動かなくなったカナリアの無機質な遊び相手。そう錯覚するほどの変わりようだが、生憎とここは変化を驚くモノはいない。カナリアがいない時の彼は大抵こうだからだ。



「..........カナリア」



寂しい、悲しい、欲しい、カナリアが隣にいない、どうして、どうして僕の隣にはあの子がいないの、早く取り戻さなくちゃ、欲しい、苦しい、欲しい、帰ってきて。


腹の奥に住み着く黒いそれは、カナリアの動きを敏感に感じ取りすぐ顔を出した。手を離した瞬間から指先は冷え、熱は瞬く間に狂おしいほどの渇望に変わっていく。



ーーああ、鬱陶しい



喉から溢れそうとする感情をベスティアは無理矢理に腹の奥に押し込める。硬く目を瞑り、泥々として歪で途方もないこれを殴り飛ばす。大きく息を吐き目を開いた。

強すぎる欲望は思考を鈍らせる。こちらの行動が遅くなれば、それだけカナリアとの合流は遠のいていく。であれば、自分の感情などいまは邪魔でしかない。



「カナリアのこと頼むよ」


「―――――!」


「―――、―――――」



ふわふわとその周りを飛んでいた精霊たちが、ぼそりと呟かれた声に反応する。

城中というか空気中に精霊は漂っているためカナリアの周りにも精霊はいる。愛され子であるカナリアを守るのは彼らからすれば息を吸うのと同じくらいに当たり前のことだが、言っておいて損になることはない。危険と知りながらも必要とあらば飛び込んでしまう彼女には、念入りに保険をかけておいた方が良い。特にいまは。



「浮かれてるから....うん、絶対に、注意して見てて。きっといつもより突拍子もない動きをするから」


「ーーーーー、」


「ーーーー? 」


「例えば情報収集とか言ってハンマーを振り回したり、偵察に夢中で相手にバレたり、窓から急に飛び出したりするかもしれないから見ていてあげて」



そんなうっかりあるかなぁ?と顔を見合わせる精霊たちは、それでもベスティアの指示に従い半信半疑で部屋を出て行った。( この後、ベスティアの発言通りにカナリアがやらかすのを精霊たちはまだ知らない )



「カナリアはね、ああ見えて凄く子どもっぽいんだ。狭い世界で生きてきたから、思っている以上に幼い」



そう、カナリアの世界は狭い。

この旅が始まるまで、彼女の世界は村と森と中央都市の観光街だけだった。

だから彼女は心の何処かでこの状況を楽しんでいる。初めて許された小さな冒険は彼女の好奇心を刺激し、普段よりも二割り増しで幼く無防備だ。喜怒哀楽さまざまな色に濡れても、どこか楽しげに微笑んでいるのがその証拠。簡単に言えば酷く浮かれているのだ。普段よりもずっと無茶をしやすい。保険をかけるに越したことはないだろう。



「ーーーーーーー?」


「勇者?」


「ーーーーー、ーーーーー(汗)」


「ああ、牡牛が呼ばれたのか.... 」


「ーーーーーーーー(汗)」



さきほど門前で足止めを食らっていた勇者が国に入ったらしい。真っ直ぐにここシュガートスト城に向かっているという。十中八九、ベスティアを連れ戻しに来たのだろう。

入国を拒否するよう牡牛に頼んでおいたはずだが、ベスティアたちが投獄されたことで状況が変わったようだ。事前に小鳥から情報を得て準備していたとはいえ、面倒な時に来たものだとベスティアは苛立った。



ーー ついでに始末してしまおうか



勇者は一応は愛し子だ。だから彼でもすぐには本物と見分けがつかないほど精巧な偽物を用意したが、時間稼ぎにしかならない。大臣たちならまだしも、良くも悪くもカナリアに詳しいあの男は話せばすぐに偽物だと見抜くだろう。そして状況把握もせずにカナリアがいないと騒ぎ立てるのだ。実に迷惑な奴だ。足を折れと言うつもりだが、精霊たちが効くかどうかは怪しい。ならばいっそのこと.....。

ベスティアは杖を強く握った。

幸いなことにカナリアは面倒な来訪者に気が付いてはいない。手早く用事を済ませる予定だが、片付けることも視野に入れて動くとしよう。勇者がカナリアを困らせる前に合流しなくては。


ベスティアは脳内で計画を立てながら、コツリと杖で己の影を叩いた。手早く影を斬り取り、魔力を練りこんでいく。影は立体に膨らみ黒の上から次第に色が乗る。髪は白に、瞳は藤色に、白いローブがふわりと風にゆれる。やがてベスティアにそっくりなモノが完成した。



「.......おまえでいいや」



そう呟き空中に漂っていた精霊のひとりをひっ捕まえると、ベスティアは己の影に捻じ込んだ。「出して!?」と悲鳴を上げる声を無視して無理矢理に影と固定する。

精霊の声はピタリと止まり、次いでベスティアとそっくりな声ですすり泣き始める。

イライラ、イライラ。

カナリアの影がそれを慰める。



「ううっ、ひどい.....」


「よしよし、後でカナリア様に慰めてもらいましょうね」


「うん、うん....そうする」



ベスティアの影をカナリアの影が慰める。柔らかく抱きしめられ頭を撫でられる姿に、硝子玉に苛烈な火が灯る。憤怒、嫉妬、渇望。身を焦がすようなんて甘いものじゃない。内側から胃を食道を喉を焼いて溶かして這い上がってくる。

どうしてあれが僕たちではないのか。

どうしていま隣に彼女がいないのか。

ぐちゃぐちゃの感情がカナリアを求める。原因を作った奴らに抱いていた殺意が顔を出した。



「ベスティア様怒ってる!」


「私たちにじゃないから大丈夫ですよ」


「嘘!睨んでるもん!」


「原因が私たちならこうしてお喋りする前に消されているでしょう?」


「あ、そっか」


「ただの八つ当たりですよ」



彼女の言うとおり、怒りの矛先は精霊たちには向いていない。クルム、大臣、使用人、兵士、魔法使い、原因はこの城の住人たちだ。

あいつらがカナリアとの時間を割いた。許せない、許さない、骨も残さず消してやりたい。

都合のいいことにクルムの開花は間近。彼女に喰わせて放置すれば数時間もしないうちに精神崩壊を起こし溶けて混ざってやがて死に、最後に燃やせば全ての害は消滅する。まるで世界がそう望むかのように完璧なお膳立にベスティアは従いたかった。でも......



『お金がないの!』



グッと杖を握る手に力がこもる。

肝心のカナリアがそれを望まないのなら、手を下してはいけない。お金が必要なんだなんて建前で誤魔化して助けようと手を伸ばすなら、ベスティアは我慢しなくてはならない。ベスティアもその恩恵にあやかった身だ。どんなに文句を垂れようとも強行することはできない。

だから精霊たちを八つ当たり気味に睨んだ。なにも手を出せなくてもどかしいから。

ベスティアは苛立ちを飲み込む。



「.........それじゃあ僕も行くから、バレたら足の一本くらいなら折ってもいいからね」


「――――――!?」


「嫌なら精々バレないように上手くやって」


「―――!――――(焦)」


「――(泣)」


「愛し子? あれは紛い物だって言っただろう。いいからやって、いいね」



抑揚の無い声で念を押すように言うと、周りにいる精霊たちはブンブンと勢いよく縦に首を振った。納得したからではない、ベスティアの苛立ちを感じ取ったからである。

フードを深く被り杖で床を叩く。

トンッ。

軽い音と共に水色の魔法陣が広がり、ぐにゃりと足元が歪む。コンクリートの床が魔法で水のように変化したのだ。中心に立っていたベスティアは抵抗なくその穴に飲み込まれていった。






カナリアがいないので、ベスティアは不安定です。ゆらゆらして感情が定まらないのです。

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