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邂逅




「カナリア様!」



美しいテノールが思考を遮った。

名前を呼ばれ声の方向へ視線を向ければ、ピラミッドの下の方に金髪が見えた。カナリアとはまた違った色の濃い金、青緑色の瞳を持つ美丈夫が羊擬きたちに押し上げられる形でピラミッドを登ってきていた。

白い軍服のような出立に長身の剣を帯刀しているが、どこかの国の騎士だろうか。

カナリアは首を傾げた。



「ご無事ですか!」


「ご無事です」


「今そちらに向かいますので、しばしお待ちを!」


「え、来なくて大丈夫ですよ」



むしろ私も降りるから来ないでくれと手を振ったが、彼はそれを肯定と取ったらしい。やけに嬉しそうな顔でカナリアの元へと登ってきた。



「お待たせしました!お怪我は、どこか痛い所はありませんか?」



男は頂上に着くやいなや素早い動作で前に座り込むと、カナリアの手を取り詰め寄った。端整な顔がグッと近づくき、カナリアの背中はぞわりと逆立つ。

心配そうな視線が指先から顔や足へと忙しなく動いては、確認するようにカナリアを伺うが肝心の彼女は固まっていて答えない。

それはさらに彼の心配を煽り形の良い眉が八の字に垂れた。その表情はどこか子犬を思わせる。庇護欲を誘うとはこのことを言うのだろう。

だが好意を向けられたカナリアはというと、



「..............えっと、大丈夫でーす」



取られた手をさりげなく引っ込め、余所行きの笑顔を貼り付けていた。近くにいた羊擬きを手繰り寄せ、その羊毛にズボッと手を突っ込むと念入りに両の手を擦りつける。

荒れる心を覆い隠すかのようにその笑顔は硬い。



ーー 急に手を握ってきた!怖っ!


「そうですか、良かった」



ほっと胸をなでおろす様さえ絵になるが、生憎とカナリアはベスティアのおかげでイケメンに対する耐性が嫌というほどできていた。そのためファーストコンタクトと相まって「ただの馴れ馴れしいキザ野郎」という認識で固まる。

羊擬きが擽ったそうにメェと鳴いた。



「空から落ちてきたときは心臓が止まるかと思いましたが、さすがカナリア様です。これほどの精獣を呼び出して助かるとは」



王子様フェイスの男性は羊擬きをひょいと持ち上げると、もふもふしながら初対面の相手をよいしょしてきた。

カナリアは思う。夢女のようなシチュエーションだと。だが実際に体験してみると胡散臭しかないんだなと。ぶっちゃけ怖いなと。

親しい間柄ならいざ知らず、初対面の異性にこの距離の近さは些か配慮に欠ける。はっきり言って不快だとカナリアは感じていた。



ーー 顔が良いからってなんでも許されると思うなよ......。



顔の良さは相手に好印象を与えるが、ベスティアという顔だけは良い男に年中絡まれているカナリアには効果が薄い。彼女のストライクゾーンがもっとローティーン(ショタ)寄りなこともあり、同年代くらいのイケメンと夢体験をしても夢女萌は冷え込んだままだった。むしろ寒い寒いとオコタを出し始めている。雑食な腐海の住人は「わんこ受け....いや、攻めか....いや両方でも....。」と凍える夢女萌を他所に白熱した議論を展開していたが、男の印象を底上げするほど新鮮なネタではなかった。



「この人の良さそうな性格を付け込まれて借金のかたに......いや、むしろこれは外面で裏では可愛い子たちをきゃんきゃん言わせているのではないか.....?」


「カナリア様.....?」


「え、あっ、気にしないで下さい」


「.......? はい? 」



よく言えば王道、悪く言えば食べ慣れたネタとはいえ美味いものは美味い。



閑話休題。






「それで、なぜあのような場所から?」


「一本道だったので、他に逃げ場がなくて」


「なるほど、それは災難でしたね」



お可哀想にと嘆く彼との距離は未だ近い。

気を取り直して話を進めるアーサーに、カナリアは渋々ではあるが答えていた。

なぜこの人はこんなに距離を詰めてくるのか。

妙な馴れ馴れしさに警戒の色を強めつつも、相手に明確な敵対心が見えない以上は邪険にできずカナリアは愛想笑いを浮かべる。

好意的に挨拶したのに噛み付かれたら誰だって嫌だろう。

とはいえ状況が状況だ。心配して駆けつけてくれたとはいえ、クルムの呪いは解けておらずいつ襲ってくるか分からない。流暢に話をしている時間はないし、危ないので早々にここから離れてもらいたい。



「あの」


「なんでしょうか!」



食い気味の返事にカナリアは怯んだ。

まるで予防注射のために呼んだ飼い犬が散歩と勘違いしてはしゃいでいるのを見ているような、そんな気持ちになる。尻尾がぶんぶん振られているのが見える気がした。

もちろん幻覚だが。

パーソナルスペースが狭いのかぐいぐいと距離を詰めてくる彼。カナリアは羊擬きを手繰り寄せると、彼との間に自然な動きで移動させ物理的に距離を取る。

彼は瞳をきらきらと輝かせている。

カナリアはもう1匹を胸に抱くと、曖昧な笑顔で彼に話しかけた。



私から(ここから)離れてもらえますか? できれば早急に、なるべく遠いところまで」


「お一人であれの相手をなさるおつもりですか?!」


「 危ないので」


「なりません」


「え、」


「女性であるカナリア様をひとり残して逃げるなど男として、いいえヒトとしてできません。微力ながら私もお手伝いさせていただきます」


「いや、えっと」



はっきり言って迷惑です。



「安心してください。これでも鍛えておりますので、盾にくらいはなると思います」


「いえ、そういう問題ではなくて」



爽やかに己を盾にしろと宣言したイケメンに口の端が引くついた。

知らない相手と共闘など冗談じゃない。いつ後ろから刺されるか分からないではないか。

カナリアはさらに羊擬きを間に積んだ。



「あの、でも」


「それに私が置いていきたくはないのです」


「あなたが?」


「はい」


「女性だから?」


「それもありますが........」



アーサーが言い淀む。

なんどか口を開いては閉じ、やがて真っ直ぐにカナリアを見つめると、ごくりと喉を鳴らして唾を飲み込んだ。

アーサーの喉が震える。



「カナリア様だからです」


「私だから?」


「はい」


「なぜ?」


「........私を、覚えてはおられませんか?」



伺う彼の瞳に映るのは所期。

カナリアは息を吐くと曖昧に微笑んだ。

不安に瞳を濡らしながらも奥底に浮かぶ期待の色に、貴方のような正統派王子の知り合いはいませんとはさすがに言えなかった。

だが無言は肯定。

彼は悲しげな表情を浮かべたが諦めきれないのか唇を結び、絞り出すように己の名をカナリアに告げた。



「私です、アーサーです」


「アーサー........」



わざとらしく名前を繰り返してみたが、残念ながらカナリアの記憶にアーサーという名前の美丈夫はいない。首を振ればくしゃりとアーサーは顔を歪めた。



「そう、ですか」



今にも泣き出しそうなアーサーに、カナリアはただただ困惑する。

なぜ彼はこんなに悲しそうなのだろう。



ーー どこかで会ったっけ?



アーサーと直接対面したことはない。

ベスティアは外に呼び出されることも多いが、カナリアはひとりで国の外に出たことがない。というか出不精なこともあり、買い物でさえベスティアが愚図らなければ面倒だと村から出たがらないのだ。自ずと彼女の交友関係は狭くなる。そのため互いに名前を名乗るほどの間柄であれば、その人数の少なさゆえにカナリアが忘れるはずはなかった。

会ったはずはない。だというのにアーサーの反応はまるで親しい友人の記憶から突然消えてしまったような.........そんな哀愁を感じさせた。



「いえ、良いのです。今も昔もほとんど私が一方的に見ているようなものでしたから、カナリア様が知らないのも無理はありません」


「はぁ、そうですか」



アーサーは気を取り直すようにゴホンとひとつ咳払いをすると、片膝をつき首を垂れた。



「では改めまして、中立支援部隊所属、名はアーサー。勇者と言えばお分かりになりますか?」


「ちゅうりつ、しえん.....ゆうしゃ.......勇者(イケゴリ)!」


「いけごり....?」


「なんでもないです!なんでも!」



なるほど彼が噂の勇者だったのか。

ああ、だから余計に残念がっていたのかとカナリアは納得する。顔も名前も多数に認知されていれば、それだけ自分の活躍が認められたと思える。不本意ではあるがベスティアの弟子と名高いカナリアに認識されているとなれば、彼の価値はさらに上がるのだろう。

イケメンゴリラ略してイケゴリ発言を誤魔化しながら納得と頷く。その反面カナリアはどこか落胆した気持ちでアーサーを見ていた。性格は噂ほどご立派ではないらしい。



「それで、ここにはどうして?」


「青い小鳥から聴いてはおられないのですか?」


「小鳥? いいえ、()()なにも」



嘘ではない。

カナリアは合流はしたが、話を聴いたのはあくまでもベスティアだ。嘘はついていない。



「行き違いでしょうか.......。外門まで私を案内してすぐに飛び立ったので、てっきりお伝えした後かと」


「鳥類は夜目が効かないらしいので、もしかしたら迷子になっているのかもしれませんね」


「仕方ありません、私からお伝えします。私がここにきたのはーー」


「アアアアアアアアアアアアア!!」



アーサーの声が女の奇声に遮られる。鼓膜を破らんばかりの声量に、ふたりは思わず耳を塞いだ。

状況を確認しようとカナリアが顔を上げる。土煙はすでに無い。黒い巨体が遮られることなく晒され、それと目があった。にたりと粘っこく笑ったクルムに、カナリアの顔色が一気に悪くなる。

あの顔は獲物を見つけた獣そのものだ。



「アア.......アアアアアキキアアヒアアアアヒャ、ヒヒヒヒヒヒャヒャヒャ!」



この数分の間にクルムは人語さえ失ったのか、意味不明な言葉を叫びながら突進してきた。辛うじて人間の顔が前方に残っていたが、眼球は明後日の方向を向き口の端からは涎が垂れている。

呪いの進行はカナリアが思うよりもずっと速かったらしい。

もう一刻の猶予も残されていなかった。



「ヒッヒッウアアアアーー!!」


「カナリア様!」



ガキンッ!

飛び降りたアーサーが持っていた剣でその巨体を受け止める。だがクルムの攻撃は重く、アーサーの身体を軋ませた。



「ぐうっ! 」



どうにか受け止めているが、ガチガチと剣は嫌な音を立てている。踏ん張っているがじりじりと押され、アーサーの踵には抉れた土がたまっていた。巨体を受け流したいところだが、少しでも力を緩めればたちまちアーサーは下敷きになるだろう。



ーー どうにかしてこの魔物を倒さなければ....!



額に汗が伝う。ここで押し負ければ後ろにいるカナリアと精獣に危険が及ぶ。これ以上は一歩も下がれなかった。敵の生態も弱点もそもそもこのモンスターがなんであるのかアーサーは把握していなかったが、彼女たちを守るためにはここで倒すしか道はなかった。



ーー ここで、仕留める!



アーサーは体内で一気に魔力を練り上げる。

力を抜かぬようにと噛み締めていた口を僅かに開き、震える声で魔法の名称を口にする。狙うは外装の薄い腹の下。



「 ス、ティング、シェ」


「スモッグ!精霊さん、スモッグ出して!」


「ーーーーー!」


「ーーー!」


「なっ!?」


「アーサーさんこっち!」



絞り出し唱えた魔法を遮りカナリアが闇の精霊に呼び掛ける。アーサーの魔法は却下され、たちまち辺りには濃い霧が立ち込めていく。



「......っ、なぜ....!?」



問いにカナリアは答えない。

代わりに隙をついてカナリアはアーサーを反対側に引っぱった。剣が擦れ派手に火花が散る。手早く回収され唖然とするアーサーを放置し、カナリアは鋭く次の指示を飛ばす。



「羊さん散って!」


「メエエ!」


「メェ!」


「ア、ア.......アアアアアアアアーー!!」



カナリアの指示で羊擬きたちが一斉に散り散りに走り出す。霧により方向感覚を失っていたクルムは、それを追って走って行った。

元よりクルムの目はもう見えてはいない。彼女が追っているのはベスティアの魔力だ。しばらくは羊擬きたちが囮になってくれるだろう。

カナリアは荒く肩を揺らすアーサーに向き直ると、間髪入れずに怒鳴りつけた。



「なに攻撃しようとしてるんですか!」


「それはこちらの台詞です!なぜ妨害を!」


スティングシェイド(影の槍)なんて使ったら串刺しになるからですよ!」


「串刺しにするつもりで使ったのです!」


「外見はあれだけど、彼女はこの国の王なんですよ?! 殺したら外交問題じゃ済まなくなります!」


「は?あれが王?!」



驚くアーサーに無理もないとカナリアは思った。今のクルムは完全なる異形のもの。初見の脂肪たっぷりの姿でさえ目を疑ったのに、あれでは誰が見ても女王とは思うまい。



「だから攻撃は」


「ではなおさら討伐しなければなりません!」


「正気ですか?!」


「民を守るための長自身が民の平穏を脅かすなど言語道断!むしろ危害が及ぶ前に処してやるのが情けというもの」


「胎内には食べられた使用人たちが詰まっていると言っても同じことが言えますか?」


「捕食まで! それは.....」


「一緒に殺すんですか?」


「.......残念ですが、被害の拡大を防ぐためには仕方ありません」


「そうですか」



言い終わる前にカナリアはアーサーに背を向ける。1匹の羊擬きに手をつくと、羊擬きは心得たとばかりに鳴いてその姿を変えた。



「カナリア様?」


「うん、じゃあ、あなたは駄目だ」


「え.........?」



ドサリ、気がついたときにはアーサーの身体は地面に横たわっていた。手も足も動かせない。唯一動くのは瞳だけだ。一瞬のうちにいったいなにが起こったというのか。



「殺されちゃあ困るんだよね」



なぜ、動揺で瞳が揺れる。見上げた先には、鈍色に輝く鎖を携え唇を尖らせるカナリアがいた。






台風の被害で大変な時ですが更新しました。

避難所や被災した家の中で気が気でない方も多くいらっしゃると思います。その方々の気が少しでも紛れたのなら幸いです。


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