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ゆるい脱獄




「お金は稼ぐからいいの。それよりもどうやって周るか考えてよ」


「適当にやるよ」



仕切り直すように話し始めたカナリアの案に、ベスティアは適当に返事を返す。

城中の呪いを解いて周るカナリアは、どの順序で行こうと結局は城の隅々まで向かうので考える必要はない。よってこの話はベスティアの話しなので、興味はないと気のない返事をする。自分のことももっと考えろと、カナリアは布団を叩いた。



「魔導書の場所、検討はついてないんでしょ?」


「いいや、ついてるよ」


「え、」


「あれでも僕が作ったモノだからね、すぐに見つけられるさ」


「そう、なんだ」



へぇ……と歯切れの悪い返事を返すカナリアにベスティアは首を傾げた。

魔導書を見つけるのは簡単だ。あれは一冊で国のすべての魔法器具を稼働できるだけの膨大な魔力の塊、大きな魔力のある場所を見つければいい。どこにあっても魔法が使えるモノならすぐに見つけることが出来る。もちろんカナリアも。だが彼女の口振は、まるで場所の検討が付いていないようだった。

なぜ……?



「魔力を辿ればすぐに見つかるよね?」


「うん、そうなんだけど」


「なんだけど?」


「いや、えっとね」



明確な回答は得られない。

もしや具合でも悪いのだろうか。抱きしめた時の体温は常と変わらなかったし顔色も良かったが、元気そうに見えて本当は疲弊していてそれを隠しているのではないか。酷く言いづらそうに視線を逸らすカナリアに、ベスティアは途端に不安になった。

手を取り爪の血色を確認する、白くない暖かい平気だ。頬に触れる、少し冷たいが問題ないし唇は桃色だ。寒いわけではなさそうだし、やはり体温が異常に高いわけではい。具合が悪いのを隠しているようにも思えない。注意深く観察してもカナリアに異常は見られなかった。それならどうして、まさか内臓の病気で



「ベス?」


「喉も腫れてないし風邪じゃない、これといった病気は見えない魔法の類あるいは」


「ベスティア!おーい、ベスってば!」


「……簡単な魔力探知もできないなんて、どこか具合が悪いのかい?」



見えないのなら直接聴くのが良い、ベスティアはそう判断し問いかける。真剣な表情を浮かべる彼とは対照的に、カナリアは呆れた顔で元気ですと答えた。疑いの視線を真っ向から受け止め、問題ありませんと手を広げる。



「あー、やっぱりチェックしてた。違うから安心して、別にどこも悪くないし、隠してるわけでもないから」


「それならどうして」


「気持ち悪いの」


ピタリとベスティアの動きが止まる。


「気持ち悪くなっちゃうから、魔力探査できなくて」


「それ、は……どこがだい?すぐに治して」


「ううん、違うの本当に!あのね、落ち着いて聴いてね。いい?」


「うん、聞く、聞くけど」



ベスティアの声が震えていること気が付き、カナリアは慌てて言葉を付け加えるがあまり意味はなかった。掴まれた腕に力がこもる。落ち着くように促すが、さっさと話せとばかりにぐいぐいと詰め寄るベスティアに、言いづらそうにカナリアは口を開いた。



「城中にベスの魔力が散らばってるの」



カナリアの言葉に藤色の瞳がぱちりと見開く。そんな気配はない。この城にあるベスティアの魔力は自分と魔導書のものだけで、カナリアの言うように散らばってなどいなかった。少なくともベスティアには感じ取れない。カナリアは嘘をついていない....幻覚や妨害の類でもかけられているのだろうか。

カナリアは訝しむベスティアを見てもこれと言った反応を示さない。だろうなぁと言うように目を細めて、されるがままに頬を触らせ続ける。



「小さい魔力があっちこっちに点々とあって、大まかに探ろうとすると小さい点が密集してるように見えて、それが虫の塊みたいで気持ち悪くて……」


「なにそれ、ぼくには分からないんだけど」


「普通に魔導書の場所が把握できてるから、そうじゃないかなーとは思ってた」



思い出したのか、うぷっとカナリアは口元を抑えた。

カナリアは城へと赴いてすぐに魔導書の場所を探した。ベスティアの無茶を止めるためでもあるが、それは一種の癖のようなもので無意識に情報収集を行い―――自爆した。

城中でうごめき密集する魔力に嫌悪感と吐き気を覚え、同時刻に鼻孔が嗅ぎとった甘い悪臭でそれは更に加速しカナリアを襲ったのだ。曖昧な返事はそれを思い出したからに過ぎない。



「だから身体の具合が悪いとかではないから大丈夫。だけどちょっと見るのはきついから、探査はお任せしたいなーって感じです。ごめんね、言いにくくて」


「良かった……もう早く言ってよ」


「だって魔力が散らばってるってことは魔導書が破かれてるかもしれないんだよ? せっかく作ったのにそんなのショックじゃない。だから確信が得られるまでは、黙っておこうって思ってたの」



なぜ魔力が分散しているのか原因は分からない。調べようにも胃は既に限界を迎えていたし、あの言いようのない不快感を思い出すともう一度試してみようという気にはならなかった。だがそれ以上に貸し出した書物が粗末に扱われている可能性を、作り手であるベスティアにあまり知られたくなかった。

だって悲しいではないか、苦労して作ったものが大切にされないのは。



「確かに燃やされるのは困るけど、ページが1枚も欠けずにあれば使えるから問題ないよ。カナリアより大事なモノなんて無いし、破れていても別に悲しくはないかな」


「……完成したプラモデルを破壊されてもなんとも思わないの?」


「形ある物はいつか壊れるからね」


「ベスティアには人の心が分からない」


「ある程度は理解してるつもりなんだけどなぁ」



ベスティアの表情はゆるい。

この顔を見ていると徹夜で完成させたボトルシップを笑顔で砕かれても無感情そうに思えるし、なんなら「それは楽しいのかい?」と不思議そうに聴いてきそうな気がしてくる。

本当にそうなのかもしれないし、そうではないのかもしれない。ベスティア本人にしかその本心を知ることは出来ない。だが自分が罵倒され、あれだけ憤った彼が傷つかないとはカナリアには思えなかった。必要とあらば壊しても、なるべくなら大切に扱って欲しいというのが作り手の本心のはずだ。



「魔導書を破いて使うのも想定の範囲内だよ」


「嘘でしょ!?」



本当と笑うベスティアに、これは瓶を割るように裏で仕向け様子を観察し楽しんでいるタイプかもしれないとカナリアは思った。脳裏に高笑いするベスティアの姿が過り、慌ててそれを振り払う。だが当の本人が悪役キャラのイメージを加速させるので、カナリアは考えるのを止めた。今考えるべきはベスティアのことではない。



「例えば国全体を覆うような魔法を使う時、例えば別々の実験を行う時、例えば魔導書の存在を意図的に隠したい時。今回の場合はよく分からないけど、使い方はいろいろある」


「魔力を分散して魔導書の存在を隠したい……ってことじゃないの?」


「それだともっと上手く隠せる方法はあったし、探査できなかったのはカナリアだろう? 僕から隠せないと意味ないんじゃないかなぁ」


「私が回収しに行くと思ってたのかも」


「昨日今日で準備したならその可能性もあるけど、対立する前に僕以外への対策をする意味がない。魔導書の回収を警戒しての行動なら僕だけに見つからなければいいわけだからね。それにカナリアが弟子だって噂が流れるのと同じくらいに、僕がきみを溺愛していることも流れている。ひとりで取りに来るとはさすがに考えないと思うよ」



それもそうかとカナリアは思う。

溺愛云々はさておき、カナリアが取りに来るとは思っていなかったように思える。弟子という肩書を把握していながらも、彼らはカナリア事態を脅威とは感じていなかった。城に入ってすぐに自分をひそひそと罵ったのがその証拠。使用人だけでなく国の中枢を担う大臣たちでさえそれだ。とてもではないが対策しているとは考えにくい。

だがそれだと余計にこの現象の説明が付かなくなる。

ベスティアが例にあげた大型魔法は膨大な魔力量が必要となるし、魔導書を使用できる者は各国にひとりしかいないので不可能に近い。実験に関しては言わずもがな。数時間毒草を煮詰めただけで出来る薬の生成に魔導書を使うようなこの国が、あれ以上の実験をしているとは考えられなかった。フェイクだとしてもやり過ぎだ。



「謎は深まるばかり」


「良く分からなくてごめんね」


「ううん、大丈夫。それも込みで解術してくるから」


「ううっ……僕の奥さん逞しすぎる。もっと罵ってくれても全然いいのに」


「奥さんじゃないし、罵って欲しいだけだって知ってるからやりませーん」


「以心伝心!で嬉しいけどちょっと残念……」



罵って欲しい願望があるんですね、とは口にしなかった。口にしたが最後、どんな誘導術を使われ罵る羽目になるか分からない。冗談、あれはベスティアジョークなんだと話を流す。

代わりにベスティアの疑問を解決できるだけの材料でも集めてこようと、カナリアは立ち上がる。下から順に解術していくわけだが、地図はあるし迷うことはない。魔導書もベスティアは場所を把握しているので問題ないだろう。時間もないしそろそろ行こうと杖を握った。



「あ、ちょっと待って」



カナリアの手をベスティアが止める。

魔法を付与しようとしたその手を下ろし振り返ると、杖を握ったベスティアが見えた。彼が代わりに魔法をかけてくれるのだろうか。



「扉が開いたときのためにダミーを作っておこう」


「ダミー?」


「すぐに見分けがつかないくらいにそっくりな奴をね」


「扉開けられるかな」


「うーん、どうだろうね」



扉さえ開けられない現状で、ダミーなんて必要だろうか? カナリアの疑問にベスティアは答えない。とぼけた声を出しつつも手を止めない彼を不思議に思ったが、なにか考えがあるのだろうとカナリアはそれ以上追及するのを止める。もしかすると、強固な防御壁を壊せるような猛者がこの国にいるのかもしれない。



「幻影でもつくるの?」


「それよりも高性能なやつかな、会話が出来ないと今回は困るからね」


「会話が出来る……分身?」


「ご名答」



今回はという発言が気になったが手を取られ、促されるままにカナリアは光源の近くまで移動する。足元に濃い影が産まれ、ベスティアはそれを杖の先でなぞり始める。



「完全なそっくりさんを一から作るのは不可能ではないけど時間がかかる。でも身体の一部を使えば0から1を作るわけではないから時間の短縮になるんだ」


「髪の毛とからでもいいってこと?」


「もちろん、でも僕たちは髪の1本からでも相手に干渉できるからあまりお勧めはしない。この方法を使うなら魔法が解けても後に残らないもの――影を使うといいんだ」


「それは身体の一部っていうのかな」


「厳密には違うけど、元となる形が無ければ存在しえないものだと考えればギリギリOKということなんだろうね。魔法もほら、発動するわけだし」



頭の先から足の先まで隙間なくなぞり、最後にこつりと影を叩く。

べりっ、まるでそれはシールが剥がれるかのように床から、カナリアの足からさえも離れふわりと浮いて己の足で立ってみせた。ベスティアがまた杖を振る。影には次第に色が付き、やがてカナリアと瓜二つになった。



「わあ!すごいそっくり」


「こんにちは」


「声も同じだ!」



感嘆の声をあげるカナリアにベスティアは満足そうに笑う。丁寧な仕草で微笑み挨拶をする影に挨拶を返し、彼女はその周りをクルクルと回った。服装も体型も声でさえ己と変わらぬ存在にカナリアははしゃぐ。



「姫、姫、落ち着いてください。目が回りますよ」


「平気よ!それよりどうして敬語なの?」


「姿形はカナリアを模したものだけど、それは皮だけで中身は空っぽなんだ。だから精霊たちに中に入ってもらったんだよ」


「なるほど、だから姫なのね」


「留守の間はよろしくね」


「はい、精一杯務めさせていただきますね」



カナリアのことを姫という愛称で呼ぶのは、精霊や妖精たちしかいないことを思い出し納得する。頬に触れると氷のように冷く、血の巡る感じも心音もしない。いくら似ているといってもそこまでは再現できないようだ。だが頬は薄くピンク色で血色が良さそうに見えるので、触られなければ偽物とはバレる心配はないのだろう。



「影とはあまり離れられないから気を付けてね」


「どのくらいの距離?」


「測ったことはないけど、この城の中を移動するだけなら問題ないかな。それ以上離れてしまうと、僕の意思とは関係なしに魔法は自動的に解けてしまうから」


「了解」



名残惜しいとカナリアはダミーに触れる。もう少し戯れていたかったが、生憎と時間がない。

カナリアは自分の身体に光の魔法をかける。杖の周りにポッと小さな魔法陣が浮かぶ。振るとその姿は徐々に透明になり、やがて見えなくなった。カナリアはその場でくるりと回り魔法に綻びがないか確認する。

服の裾や指の先が空中に浮いているという間抜けな状態にはなっていない。彼女の姿は服までも完璧に見えなくなっていた。



「うん、完璧。それじゃあ行ってくるね」


「あんまり危ないことはしないでね」


「心配しないで、解術以外はするつもりないから」


「それならいいんだけど……きみは急に思いついて行動するタイプだからなぁ」


「子どもじゃないんだから、加減くらい心得てます!」



少なくともベスティアよりは大人な自信があるとカナリアは胸を張る。自信満々に腰に手を当てる様が余計に不安を煽った。確信はないがなにかやらかす気がしてならない。早く魔導書を回収して彼女と合流しよう、ベスティアは内心でそう誓う。



「あ、ねえ、ちなみに魔導書って何処にあるの?」


「うん? この下だよ」


「は?」







異常なほど気持ち悪がっていた理由はこれでした。小さいのがワラワラしてるのはいいけど、集まると途端に悍ましくなるのはどうしてなんでしょうね......

ベスティアさんまだ不安定なので敏感です

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