大臣たちの懸念
a b c dは大臣の名前です。
おじさんたちの怒鳴りあい
本館三階、
煌びやかな廊下を進んだその奥にその部屋はあった。会議室と書かれたプレートが飾る質素な扉を開く。中は広いワンルーム、中央には10人ほどが余裕でかけられるほどの大きな机が置かれている。部屋にこれといった飾り付けは無い。廊下と異なり酷く簡素であったが、家具はどれも高価な物ばかりが置かれていた。
違和感。押入れを急遽客間に改装したような、そんな違和感を感じさせる部屋だ。
席についているのは、この国の4人の大臣たち。各々が後ろに部下を従え、城に招いた客人について議論を続けていた。
扉に近い場所に座っていた生真面目そうな男が吠える。
a「中に入れんとはどういうことだ!」
「それが.....内側から鍵がかかっているようで.....」
a「それでは中にいるかすら分からないではないか!」
「こ、声は聞こえるので中にいるのは確かかと」
a「内容は」
「阻害魔法がかけられているようで、内容までは.....」
a「ええい!使えん!」
aは用意された紅茶を煽った。喉の調子が悪いのか咳払いが目立つ。怒鳴られた部下は勢いよく頭を下げると、スッと後ろに下がった。対角線上に座っていたbはそのやり取りを鼻で笑い、挑発するように口を開く。
b「牢屋の戸など壊して入ればよかろう」
a「ふざけるな!無理に押し入ろうとして扉を破壊してみろ、その場にいる全員が生き埋めになる!」
牢屋がある別棟は古い。
建て直された本館と違い後に増築された別棟はさまざまな都合上、再建されることはなかった。特に牢屋は、補強した上層階と違い碌な手入れはされていない。一箇所でも無理に破壊すれば、天井が落ちてもおかしくないほどにガタがきていた。
住んでいる場所の状態も把握できんのかと憤るaに、bは苛立たしげに唾を吐く。
b「ならばどうする。友好的に近づいて開けてもらうか? 無理に決まっているよな、俺たちはいちど彼を怒らせている」
a「だから案を練っているのだ!」
不毛なやり取りを始めて1時間が経つ。cが合流してからは30分ほどだろうか。提案が上がってはそれを蹴り煽り怒鳴る、というやり取りを彼らは飽きもせずに繰り返している。
前者は言わずもがなa、後者筆頭は椅子に深く腰掛けいかにも有能そうな顔をしているbだ。
彼はこの場で一番の低脳だが口だけは回る。そのせいで一向に話が進まないでいた。
内政を任されるbと財務を担当しているaは、仕事面でも性格面でも仲が悪い。特にaはbの仕事の大半を裏で処理しているにも関わらず、それを知らずに踏ん反り返っているbのことを非常に嫌っていた。cがトカゲの尻尾切りに使うからと宥めていなければ、今すぐにでもbを城から追い出していただろう。
それほどまでにaの心労は重い。
このままではaの寿命が縮んでしまうと、cは先程牢屋から戻ってきた部下に近況を尋ねた。cのため息混じりの声に部下は、困りましたねと眉を下げて答える。
本当に困ったものだ。数日城を開けただけで、まさかベスティア様と敵対することになるとは思わなかった。
cは己のタイミングの悪さを呪った。
c「牢の様子はどうだ?」
「はい。鍵ではなく、牢屋の空間そのものを障壁で覆っているような状態です。開かないのは、扉が内開きで障壁につかえているからかと」
c「障壁は解除できるか?」
「解除は.....難しいかと」
b「穴くらい開けられんのか!」
「時間をかければ可能ですが.....」
言葉にはしないがそれは得策ではない、彼の顔からはそう滲み出ていた。cもそれに同意する。無闇にこじ開けようとすれば、内側にいるベスティアたちとの関係はより拗れていくだろう。どうにか関係を修復できればいいが........。cは唸る。
d「放っておいても腹が空けば勝手に開けるだろう」
b「人間は飢餓には勝てんからな」
d「問題はいつ牢から出てくるかだが....」
b「小娘がいるから1週間もしないだろう。だが定期的に見に行かんとな、中で野垂れ死されてはたまらん!」
ははははっと笑うbとdに、そんなわけないだろう!とcは怒鳴りたい気持ちをグッと抑え奥歯を噛みしめる。
彼らはベスティアのことを子どもか動物とでも思っているのだろうか。
あまりにもベスティアのことを知らない彼らに、控えていたcの部下は顔を見合わせていた。aもその部下たちも同様に、引きつった笑みを浮かべている。
常識が無いのはbとdと彼らに連れ添う一部の部下たちだけらしい。
cはそのことに僅かに安堵する。aとその部下が正常であれば、今から対策を練るとてそう難しいことではない。表向きbとdを含めた方針を打ち立て、正確な内容は後でaに伝えるとしよう。幸いなことに私の部下は多い、裏で動けばなんとでもなるだろう。
cは腕を組み直す。
b「開いた後はどうする?」
d「相手は高名とは言え不意打ちに弱い魔法使い。障壁が消え次第、一気に兵を押し掛けて捕らえてしまえば良い」
b「随分とご執心のようだからな、小娘の命が危ないとなれば大人しく従うか」
視界の端で呆れて物も言えない、といった顔をしたaが見えた。
例えば天文学的な確率でお腹が空いたからという理由で、投獄した人間が出てきたとしよう。動機はどうあれ牢屋から出られる技術を持ち合わせた者が、なんの準備も無しに脱出するか。否である。というか、物理的にベスティアに勝てると踏んでいる時点でその作戦の結果は明らかだ。
もし万が一億が一、今世の運の全てを使いカナリアを捕らえたとして、その先は無い。
幼少期からベスティアと同じ家で暮らしている人間が、自分の身を守る術を持たぬはずがないのだ。常識的に考えて。
どのみち失敗に終わるから止めてくれ......。
心中穏やかではない部下たちの視線を、cはもちろんaも感じ取っていた。案を練り根回しをする大臣と違い、現場で計画を実行するのは部下である彼らだ。無茶な計画など立てて欲しくないに決まっている。だがdはそれに気がつかない。ふんと鼻を鳴らしたタイミングで、続きを遮るようにaはカナリアの情報を話し始めた。
a「小娘とはいえ万が一もある。万全の準備を」
d「反論のみで抵抗らしい抵抗も見せなかった者に準備など不要だろう。aよ怖気付いたか」
a「薬も呪いも見破ったのはあの娘だ! 力量も分からぬままに飛び込んで、死人が出たらどうするつもりだ!」
d「弟子に手柄を立てさせるために、教えたに決まっておる。しょせん小娘は小娘、警戒するにたらぬわ!」
怒鳴ったせいで噎せたのか、aが可哀想なほど咳き込んでいる。顔色も悪いが風邪だろうか。軟弱な奴めとdはaを責めたが、dも心なしか血色が悪い。風邪は筋トレで治ると豪語する男が珍しいものだ。
cは顎に手を当て思う。
年齢には勝てないと言うことで、優秀な部下に地位を譲って自主的に引退をしてくれ。そうすればこの不毛な会議も今日限りで終わる。きみもそう思わないか?
部屋の端で兵士に小声で指示を飛ばしている小柄な女性をcは見る。彼女はちらりとcを見て、次に扉に視線を向けると直ぐに仕事に戻った。直属の上司であるdには目もくれない。
どうやら仕事が滞っているから早く戻りたいらしい。素直な人だと内心で笑い、cは彼女の望み通りに口を開いた。
c「だが人質にとなればベスティア様からの反感は免れない。次からの支援は望めぬぞ?」
a「ゴホッ、魔導書のこともそうだ。回収されれば現在稼働している魔法研究が止まり、魔法防壁の制作が遅れる。ここは先ほどの非礼を詫びて機嫌を取った方が良い」
c「モンスターの出現率が上がっておる。我が国もいつ昔の中央都市のようになるか分からんぞ」
b「彼の目的は魔導書の回収、機嫌を損ねようが結果は変わらん。ならばこの機会に絞り取れるだけ絞り取れば良い!どうせなら結界も作って貰おうではないか!」
高笑いするbにcはこめかみに手を置いた。酷い頭痛を覚える。
敵対している相手が素直に従うわけがない。枷を外した瞬間に獣は牙を剥き、自分たちは食い殺されてしまうだろう。cは想像してゾワリと背中に悪寒が走る。
ベスティアを並みの魔法使いと同列に扱う大臣たちに、これ以上の議論は無駄だ。だが危機感を持ち自粛してもらわねば困ると、cは話の切り口を変えて話し始めた。下手に動かれこちらが被害を被るのはごめんだ。
c「クルムの件はどうするつもりだ。化物供を抑える妖精の粉は、あいつが直接取引しているものだ。消せば後々問題になる」
b「あいつのことは後回しでいいだろう!」
c「呪いの看破に薬の暴露、どう考えも小娘の行動はクルムを助けようとしたとしか思えない。小娘がクルムに接触し不信感を抱かれれば、俺たちはただでは済まないぞ。手を組まれでもしてみろ、我々は終わりだ」
国の内部を担っているのは大臣たちだが、国民たちはそれを知らない。あくまでも支持を集めているのは、救世主と名高いクルムとベスティアだ。彼女が大臣たちの不祥事を国民に暴露すれば、追放は免れない。
いくら自分たちの善行を叫んでも、彼らは見向きもしないだろう。大臣たちはいちど国民を見捨てた。そう簡単に昔の遺恨は消えない。
b「ベスティア様は牢屋、クルムは自らの身体も動かせない肉の塊だぞ。無理に決まっている」
a「クルムからは無くともベスティア様たちからの接触は否定できないだろう!」
ベスティアたちは牢獄にいる。出入りも鍵をかけるのもベスティアたち次第の、便利な牢獄に。全身が重りと化したクルムが彼らに逢いに行くとは到底考えられないが、aの言う通りその逆は有り得た。好意か善意かそれとも.....。カナリアの行動から推測はできない。だが、接触がこれで最後ではない可能性は依然高いままだ。我々はそれを一番に警戒しなくてはならない。
aの言葉に2人の顔色が変わる。ようやく私たちが置かれている状況を理解し始めたらしい。これなら方針もまとまりそうだとcは安堵の息を吐く。近くにいた己の部下に声をかけ、牢屋の近況を聞いた。
c「.....脱出される恐れはないのか?」
「手の空いている者が重ねて結界を張っていますので、大型の上級魔法を撃たれでもしない限りは心配ないかと」
c「脱出はされても音でわかると......分かった引き続き、監視を頼む」
「はっ!」
ずっと立ってるのにお前は元気そうだな。元気に部屋を出て行った部下にcは目を細めた。
c「だそうだ。動きがあればすぐに伝わる」
b「どのみちクルムはあの調子だ。何処にも行けまい」
a「クルムの様子はどうだ」
「それが.....ベスティア様の話を聴いてから部屋に篭ってしまわれて.....」
d「公務は?」
「声はかけているんですが返事はなく、鍵をかけられてしまって中にも.......」
d「チッ!あのデブが!」
dが机を叩く。反動でカップが倒れ、飲んでいた紅茶が派手に机に広がった。
d「執務するしか脳が無いくせにサボるとは何事だ!扉をこじ開けても構わん!さっさと仕事をさせろ!」
「「「はっ!」」」
数人のメイドがテーブルを拭く中を、搔き分けるように軍の人間が扉の向こうに消えていった。ちっ、脳筋共.....。と、押されたメイドの誰かが舌打ち混じりに呟いた。
d「たくっ、無能が!」
c「私の話は終わっていないぞ。怒鳴るより先に私の質問に早く答えてくれ、妖精の粉についてはどうするつもりだ?」
b「はっ!そんなもの森に取りに行かせれば良いだけの話だ」
「森には結界があって中に入ることは....」
b「一度くらい入れるだろう! 妖精を捕獲しておけば問題ない!」
「なっ!妖精はあの森以外では生きられません!あなた方もそれはご存知のはずです!」
b「それをなんとかするのがお前らの仕事だろう!」
カップをbが部下に向かって投げつける。カップは壁に当たって派手に砕け、煎れ直された中身が壁を伝って床を汚した。cはいよいよ頭を抱えた。
根性論だけでどうにかなると思っているなら、大臣の座から降りた方がいい。
荒い息を吐くbにcは冷たい視線を送った。部下も同様にbを睨みつけたが、すぐに噛み付くのは不毛だと判断し下を向く。
b「なんだその目は!文句があるというのか?あ?!」
「.........失礼します」
bの怒鳴り声を無視し、部下は部屋を出て行った。いや部屋だけではない、あの様子では明日には城も出て行くかもしれない。賢明な判断だ。メイドはもう片付ける気すら失ったようで、そちらには目もくれなかった。
b「くそっ、どいつもこいつも俺を見下しやがって.....おい!あいつをクビにしておけ!」
a「私の部下だ!貴様に辞めさせる権利はないぞ!」
b「なら部下への躾を考え直すんだな!」
a「ひとりも部下と呼べる者がいない貴様に、言われる筋合いは無い!」
b「なんだと?!」
c「内輪揉めは後でにしてくれ。いまは簡素でも指針を決める時間だ」
d「cの言う通りだ。俺も多忙でな、暇なお前らに割く時間が惜しい」
aは咳払いすると、乱暴にカップを掴み中身を全て飲み干した。bはこれ以上何か言うことはなく、舌を鳴らしただけで黙った。cは話を続ける。
c「妖精については片手間でいい、調べを進めておけ」
「はっ」
c「妖精を捕獲次第、クルムは処分だ。手の空いている者は魔法使いだけでなく、兵士も交代で牢屋に張り付いていろ。牢屋から脱出されてもその場で捕縛し、決して逃すな」
「「「「はっ!」」」」
c「一応は立派な魔法使い様だ。出来るだけ.....もう手遅れかもしれんが、可能なら意思疎通を図り機嫌を取れ。敵対行動は発見次第即時伝達、撤退も構わん。人命を最優先に行動しろ」
「で、ですが」
c「反撃はするな。防御に徹しろ、小娘に向けて撃てば殺されると思え。相手は名だたる魔法使いだ。そのことを忘れるな!」
「「「「「はっ!」」」」」
c「a.b.dは一先ず仕事に専念してくれ。各自部下から近況が届き次第、皆に報告を。決してひとりで対処しようとはしないでくれ。最悪殺されても、魔法で操れた場合それが生者か死者かの判断は付かん」
異論はないのか大臣たちから声は上がらない。宜しく頼むと声をかけると、大臣たちは頷き席を立つ。控えていた兵士や魔法使いは一度頭を下げると、小走りに出て行く。cも書類を己の部下に任せて部屋を後にした。
c「詠唱無しで魔法を放つ相手に敵うわけないんだがな.....まぁ、敵対したお前らの上司を恨んでくれ。せいぜい頑張って、逃げる時間くらいは稼いでくれよ」
誰もいない廊下で彼の部下だけが、その言葉を聞いていた。
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