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それは嫉妬

お探しのお話はこちらで間違いありません



黒を基調としたエプロンドレスの裾を叩き、喉の調子を整える。乱れてもいない前髪をちょいちょいと直すと、息を肺いっぱいに吸い混んで女性店員はトレーを手に取った。

少し大きめのトレーには、この店の人気メニューが乗っている。可愛らしくカットされた果物と頭蓋骨、注文したのは白髪のイケメンさんだ。

来店と同時に店中の視線を一手に集めた彼は、連れの少女をエスコートし一番奥のテラス席に座った。まるで不躾な視線から少女を守るような行動に、女性陣からくぐもった黄色い悲鳴が聞こえたのは仕方ないと思う。私もそのひとりだ。



ーーーー護衛の魔術師だろうか



ハビットシャツと赤のスカートに身を包む愛らしい少女を見る。金髪に整った容姿、上品に紅茶を飲む仕草とは対照的に黒タイツに包まれた細足は随分と自由に動いている。今にも重たげなワークブーツを脱ぎ出しそうな勢いで、ぶらぶらと足を揺らしていた。



ーーーー可愛らしいお嬢さんだが、敵じゃない



愛らしいがまだ子どもだ。

そう思ったのは私だけではなかったようだ。

様子を伺っていた野次馬の雰囲気が変わる。先手必勝とばかりに、椅子から腰を上げたモノもいた。だが遅い。その距離からでは私の方が早い。この勝負、私の勝ちだ。



「お待たせしました!」



わずかに上ずった声で注文の到着を知らせる。後ろで聞こえた舌打ちを内心鼻で笑い飛ばし、とびきりの笑顔を彼に向けた。胸を寄せることも忘れない。

子どもの護衛任務はさぞかし退屈だろうから、少し押せば一夜を共にしてくれるだろう。出来れば今後ともよろしくしたいのが本音だが。

軽く考えて止めておけばいいのに、私は彼に話しかけた。軽率な行動が私の命を脅かすことを、この時の私はまだ知らない。



「こちらフルーツ盛り合わせセットでございます!前頭骨を開けていただいて、中のチョコレートにお好みのフルーツを浸けてお召し上がり下さい」


「チョコレート?」


「あの、」


「ああ、そこじゃなくてこっちを開けて」


「赤い!チョコレートが赤い」


「お兄さん、よろし」


「ふふっ、そうだね」



取りつく島もないとはこのことか。

少女はちらちらとこちらの様子を気にしていたが、向かい側に座る彼はもはや眼中に無いとばかりの対応だ。私が口を開くたびに割り込むように話し始め、惚けた顔で少女の世話を焼いている。



「よろしければ、こちらもどうですか?」



負けじいと話に割り込む。

メニュー表を開いて少女の気を引き、彼の視界に映り込んだ。ピクリと眉を上げたが、少女がドリアンを凝視しているせいか意識せざる負えなくなったようだ。強制的にページを捲り、柘榴に変更させようと苦心している。



「一緒に生クリームなんていかがですか?」


「美味しいの?」


「私は、好きですね」



少女がメニューに夢中なのをいいことにグッと彼に身を寄せ、髪を耳にかけ開いた胸元を強調した。



「ご一緒に、いかがですか?」



少女に聞こえないくらいの声量で話しかける。

ゆっくりと、紫陽花色の瞳と目が合う。

食いついた、そう思った。


「ねぇ、君」



擦れた声がして、彼が私の肩を引き寄せる。

正面ではなく首元、吐息が耳にかかる距離まで顔が近づき喉がなった。ひそめられた低い声に甘い痺れが走る。自然と速くなる鼓動が心地よい。

落ちた。鋭い眼光の野次馬たちに勝ち誇った笑みを飛ばし、そして





「邪魔だから持ち場に戻ってくれるかい? 羽虫のようで鬱陶しい」



硬直した。

鳩尾に突きつけられた硬いそれは、彼がずっと握っていた杖だった。的確に呼吸のし辛い位置を押し、私の軽率な行動を咎めてくる。トントンと。まるでいつでも殺せるんだぞと言うように。背中を嫌な汗が伝った。



「えっ......なん、」


「その声も匂いも仕草もとても不快だ。店員としての仕事を果たしたのなら、視界から消えて貰えるとありがたいんだけど」



スッと身体が離される。

機嫌の悪そうな彼の氷の瞳が私を見ていた。無機質で色がない。物でも見ているような目で厨房の方をチラリと見て、再びこちらを見る。早く行けと言われているのだ。

状況が上手く飲み込めず、動けない私に焦れたのか鳩尾を強く押され、一瞬呼吸が止まる。そこで始めて私は自分が死の淵に立っているだと理解した。

ゾワリと這い上がった死の足音に恐怖し、慌ててコクコクと頷いた。杖が離れていく。

なにか、言葉を絞り出そうとするが上手くいかない。頭は真っ白だった。

苛立たしげな彼にゴクリと喉がなる。



「あ、あの、わたし」


「.............」


「ひぃっ......し、失礼します!」



早口にまくし立てると、私は逃げ出した。







「........あれ、店員さんは?」


「忙しいみたいで行っちゃったよ」


「え、ドリアン頼もうと思ったのに」


「まだ諦めてなかったのかい!?」



女性店員を追い払った白髪の彼、ベスティアは大袈裟に溜息をつく。先程のことなどまるで無かったかのように彼は穏やかだ。少女、カナリアは特に気にした様子もなく納得する。自業自得とはいえ女性店員が命の危機に晒されていたなど知るよしもなく、ドリアンが食べたいと繰り返した。



「あれはとても臭うから止めておくれ」


「ちぇえ」


「骨は食べられないよ」



カナリアが叩いていた前頭骨を奪い取る。

不満そうな彼女に苺をチラつかせ、くつくつと湯気を上げるチョコレートを掬った。食べるだろう?と見上げる瞳は、こちらが胸やけするくらいに甘い。

照れる彼女の口が開いた瞬間、吐き出そうとした否定の言葉ごと口内へ押し込んでしまう。



「美味しい?」


「………んっ」



骸骨の頭部型容器に赤い液状のチョコレートを入れる趣味はお世辞にも良い趣味とは思えないが、情報通のベスティア一番のお勧めというだけあって味は一級品だとカナリアは頷く。大変に美味であります。



「そうむくれないでおくれ、知り合いはいないのだし」


「そういう問題じゃない」


「どういう問題なんだい?」


「…………なんでもない」


「ふふふっ、意識してくれているのだろう?嬉しいなぁ」


「そう、いう顔するから、嫌だったの!」


「かわいいなぁ」


「~~~~~~~~~っ!!」



調子に乗るんじゃない、脛に一発お見舞いしてやる。

足を後ろに引き前に押し出そうとした瞬間、にゅっと柵の向こうからなにかが飛び出し足が止まる。

現れたのは白塗りの顔に真っ赤な丸い付け鼻をした男だった。確かピエロと言うんだったか。

彼は器用にも柵の上でしゃがみこむと、シルクハットを取り丁寧にお辞儀をする。

つられて頭を下げると、指を立てカナリアの視線をシルクハットに誘導する。帽子の中が見えるように上向きにし軽く叩くと




ポンッ!



小さな破裂音と共にシルクハットの中から1センチほどの色とりどりの塊が溢れだした。まるで帽子の中から湧き上がるように出現したそれに目を見開く。子どものように瞳を輝かせ驚くカナリアの反応に気を良くしたらしい。ピエロはどこからか皿を取り出し中身をザザッと盛ると、カナリアの目の前に置いた。どうぞと手で促し、小さくお辞儀をすると飛び降り柵の向こうへと消えていった。嵐のようなピエロである。



「これはなに?」


「ポップコーンだね」


「ぽっぷ、こぉん?」


「トウモロコシを乾燥させて熱を加えたものだよ」


「へえ!」



一つ摘んで口に含む。

パチパチと弾けて甘さが口の中に広がった。キャラメルから苺、チョコレートと次々に味が変わっていき最後はレモンの味がして溶ける。ふわりと香る酸っぱさにカナリアは目を瞬かせた。この自国にはない変わった菓子は不貞腐れた少女の気分を高揚させるには十分で、子どもじみた魔法使いの嫉妬心を煽るには十分すぎた。



しばらくは心穏やかに見守っていたベスティアだったが、関心が他者からの贈り物に注がれ続けると目に見えて機嫌が悪くなっていった。

こっちを見ろとばかりにテーブルに飾られていた萎れ始めた鈴蘭を無造作に掴むと、カナリアの眼前に鈴蘭が晒される。驚いてパチリと瞬きしている間に、口をへの字にしたベスティアは鈴蘭を握って指を鳴らした。




パチン


手を開くと、鈴蘭はみずみずしい赤い薔薇へと変わっていた。遠巻きに眺めていたカフェの客から拍手が贈られる。それでもベスティアの機嫌は直らない。それどころか煽るように薔薇を掲げると、握りつぶしてしまう。意図に気づき静止しようとするが、一歩遅かった。呆気にとられる彼らに見せ付けるように手を広げる。





ゴトッ、ゴト、チャリン


手の平から零れ落ちたのは赤い花弁ではない。

金貨であった。 観衆に動揺が走った。



ーーーーあ、馬鹿!



カナリアは慌てて立ち上がり硬貨を一枚摘むと爪をたて、ベリッと金箔の包装紙をはがす。金色幕の内側に隠れていた茶色い断面を齧りチョコレートですと、苦笑いしてみせた。

小さくため息も聞こえたが、目は確かに和らぎ驚いたと再び拍手が起こる。どうやらその場は収まったらしい。安堵のため息を吐いて、カナリアは椅子の背に深くもたれかかった。



「急になに!吃驚するでしょ」


「カナリアがピエロばっかり見るから悪い」


「さっきだけじゃん」


「機嫌だってなおしてさ」


「それは、珍しかったからで」


「僕の方がずっと凄いのに」


「知ってるよ、ベスが凄いのは」


「んんんん」


「あーはいはい、私が悪かった。あーんしてあげるから機嫌直して」



嬉しいけど苛立つ。

明確に言葉に出来ない感情を処理できずに悩んでいるようで、眉間にシワが寄っている。これは理由に名前を付けるよりも、分かりやすい機嫌取りをした方が解決は早そうだ。

カナリアは手早く金の包装紙を剥くと、ベスティアの口に突っ込んだ。



機嫌が直ったのは言うまでもない。






***************





「そう言えばさ、ずっと気になってたんだけど」


「あー」



はいはい、とカナリアはポップコーンをベスティアの口に放り込む。そろそろ自分で食べてほしいが、もしゃもしゃ咀嚼しては口を開けるのでつい入れてしまうのだ。周りから注がれる視線は生暖かい。親子とでも思われているのだろうか.....。

カナリアは視線から目をそらし、入国時から気になっていたことを口にした。



「この国の人たちって仮装が趣味なの?」


「仮装?」


「さっきのピエロもそうだけど、ここに歩いてくる時にもカボチャ頭とかいたじゃない。なんでかなって思って」



入国する際にお世話になった優しい牡牛を思い出す。

中央都市では定期的に、進行を阻害するように囲み膝を折って崇め奉り「温情を賜りたく〜」と騒ぐ民衆と「ベスティア様〜」と甘ったるい声で擦り寄り恋人の座を奪還しようとする民衆で荒れる。


ここでもそうなのだろうか......いやだなぁ、逃げる準備しよう。あれはいつか死人が出ると、警戒していたカナリアを甘い菓子と小粋なトークで解きほぐしてくれた門番も牡牛の仮装をしていた。

いやはや、あれには驚いた。継ぎ目のない完璧な格好で、最初は本物の牡牛が喋っていると本気で思ったほどだ。



「ああ、あれは仮装じゃないよ」


「仮装じゃない?」


なら正装だというのか。すごい国だな。


「うーんと、誤解してるね」



正装でもないよと言う。

それから少し考えるような素ぶりをして、



「時間はまだあるから、少しだけこの国の歴史を学ぼうか」



と言った。カナリアは露骨に顔を顰めた。

歴史の勉強は眠くなるから嫌だ。






チャリンは、お金の音です

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