お菓子の国へ
中央都市を抜け妖精の森と呼ばれる地域まで駆け抜け、幻惑魔法をものともせずに小鳥は深層部まで勇者を案内した。
愛され子である勇者はもちろん小鳥に幻惑魔法は効かない。
小鳥にはベスティアの魔力が記録されており、記録された魔力と同じ魔力痕を辿ることでどれだけ移動しようとも小鳥はベスティアを辿ることが出来る。そのため視覚を惑わせることなく、小鳥は優雅に空を切れた。
――――おかしい、妖精がひとりもいない
だが順調に進む一方で、後ろを走っていた勇者はある違和感を抱いていた。
森の入り口からここまで妖精の姿が一向に見当たらないのはなぜだろう。
辺りを見回すがそれらしい姿はない。よそ者に警戒し隠れているとも思えたが、相手は勇者だ。今さら警戒する意図が分からなかった。
彼はひとり調査の一環で妖精の森を何度となく訪れている。妖精たちとしても慣れ親しんだ相手であった。それでなくとも断りもなしに森を訪れた初回でさえ、妖精たちは歓迎し賑やかにもてなしてくれたのだ。出迎えはなくとも、隠れられるような相手ではなかった。
仮に、もし仮にベスティアに協力し身を隠しているのだとしても、気配すら感じられないというのはどこかおかしい。
――――魔法で気配も消した、なんのために?
高位の精霊である妖精ならば不可能なことはないが、理由は思いつかない。
ベスティアの居場所を吐かないためとも考えられるが、見つかったとて知らぬ存ぜぬで通されれば勇者が無理強いしないことを彼らはよく理解しているはずだ。というか、そうでなければこの年齢まで愛され子でいられるはずがない。
新たな娯楽の一環とも考えられるが、深層部付近まで来てひとりの姿も見られないというのはやはり異常だった。嫌な予感がする、勇者は足を速めた。
「なんだ、これは………」
見開いた目のそのすぐ前を、少女が横切っていった。
ひとり、またひとりと見眼麗しい少女たちが勇者の前を横切ってはあてもなく漂う。まるで無重力だとでもいうように、ふわふわと横向きに少女たちは漂っていた。美しい容姿に硝子細工のような羽根を持つ、手のひらサイズの小さな彼女たちは妖精だ。元気いっぱいにはしゃぎ回り、早口で己の性癖を暴露したあの愉快な妖精たちだった。
普段の元気な様子はない。ただ力なく横たわり、浮遊しているだけだった。ゴクリと喉がなる。
「まほう、まほう」
唖然とする勇者に小鳥がちるちると教えてくれる。
彼らは魔法で眠らされているらしい。
眼前に漂う小さな身体を傷つけないようにそっと、細心の注意を払って触れた。小鳥の言葉を確かめるように口元に指をやる、うっすらとだが息をしていた。見たところ外傷もない、長い瞼を伏せ深く眠っているだけのようだった。ほっと勇者は詰めていた息を吐きだした。
「亡くなっては、いないんだね?」
「ねてる、ねてる」
心配になって聴くと小鳥はまた教えてくれた。
どうやら本当に眠っているだけらしい、最悪の事態を予想していた勇者は胸を撫で下ろす。
ベスティアが殺したのではないか、一瞬過ったそれにそっと蓋をする。
彼は優秀な魔法使いだ。だがその反面で彼に対する良からぬ噂は後を絶たない。王を傀儡に国家を操る影の支配者、罪人相手に人体実験を繰り返すマッドサイエンティスト、人間を食らう化け物。
それらを信じてはいたわけではない。だが妖精たちの姿を見て「まさか口封じのために」と考えてしまったのだ。勇者は己の頬を張った。
――――直接会ったこともない人を、噂だけで判断するのはいけない
口封じのためならば妖精たちを殺せばよかったが、彼はそれをしなかった。それが答えだと、勇者は噂を払いのける。思った以上に話の通じる相手かもしれないと希望を抱き小鳥を放つ。再び飛翔した小鳥を追って、勇者は走り出した。
隣国に着くまでにそう時間は掛からなかった。
小鳥を目印に草木を掻きわけ走って走って。静寂が喧騒へと次第に色を変えていくさまを目に一歩、また一歩と森を駆け抜ける。進むごとに緑は黒に、木漏れ日は街頭に、太陽は月に。風のざわめきに混じり愉快な音楽を耳が拾う頃、勇者はようやく森を抜けた。
見上げれば吸い込まれるような黒い空。
星の代わりに大きな赤い月が一つ空に輝く。淡い橙色の古めかしいランタンが転々と宙に浮き、道行く人々を照らしていた。明かりを辿っていけば、煉瓦造りの柱に錆びた大きな門が目に入る。外門だ。
その向こう側、鉄格子越しに見える建物はどれも歴史ある面持ちだった。だがそれは国民の趣味にそぐわなかったのだろう。動物のぬいぐるみにレースにリボン、重圧を塗り替えるように少女趣味めいた飾りつけでそれらは覆われていた。
甘い匂いは菓子だろうか。焼き菓子のバターの香りが鼻孔を擽る。入国を待つ誰かの食欲を誘ったのか、どこかで腹を鳴らしたモノがいる。くすくすと笑い声。この甘い匂いだそれも仕方がないと、菓子の話を始める彼らは幸せそうだ。
愉快な音楽、陽気な人々、楽しげな雰囲気。
門番の牡牛に鹿の角を生やした男性が気軽に話しかけ冗談交じりに肩を叩いて、良い旅をなんて声がする。蝙蝠の羽を持つ少年がふわりと浮いて、門の向こうを眺めて瞳を輝かす。まだ安定しないのか、少年の腕を掴んだのは狼の腕。こら駄目でしょうなんて腕の持ち主の初老の女性が叱咤する。日常に混じる少しの不思議を、勇者は微笑ましく眺めていた。
彼らを外の人間は異形種と呼ぶ。
身体の一部が他と異なるとはいえ、根っこの部分はなにも変わらない。腹が空くのも愉快な音楽に身体を揺らすのも楽しい時に笑うのもなにも。少し違うだけで、外の人間は異形だと彼らを蔑んだ。
たが、この街の住民はそれを笑ってやり過ごす。
もちろん、勇者たちのことを異形種とは呼ばないし、自分たちが異形種だとも思っていない。
彼らは言う「これは個性だ」と
彼らは言う「同じ顔の奴はいない」と
「外の人間は臆病だから、それを認められないだけなのさ」と当たり前に存在する違いを卑下しない。
どれほど空を自由に飛べても、水かきが無ければ深海に眠る秘宝を探索しには行けない。逆もまたしかり。水かきがあっても空を漂う天空要塞は探しにいけない。己の特徴を理解しているからこそ、嫉妬し他者を陥れることに躍起になりはしない。中央都市にはないそれを、とても好ましく勇者は思っていた。
種族間の文化等の違いにより建国当時は酷く荒れていたが、現王の統率力のおかげか無法地帯と呼ばれたこの国は今ではとても穏やかだ。
住民も外見は強面だが、気の良い連中ばかり。来訪は片手で数えられるほどであったが、訪れるたびに随分と楽しかったことを勇者は記憶していた。
ゆえに、門番から入国拒否を言い渡された時は目が飛び出るほどに驚いた。
「どうしてですか!私は滞在中に問題など起こしたことがないでしょう!」
「祭典が近く国内は非常に不安定でして、以前のように入国を許すことが出来ないのです。ご理解とご協力をお願いいたします」
「だからって、審査もせずに門前払いはいかがなものか!」
「門前払いなどとんでもない!現在は入国審査時間外だとお伝えしたまでです、明日にでもまたいらしてください」
勇者を門前まで案内してくれた優秀なナビは、己を置いてさっさと空から入国を果たしてしまった。追うことが出来ない自分が不甲斐ないのか、後ろを振り返ることの出来ない小鳥がいけないのか。どちらにしろ門番を突破しないことには始まらないと、勇者は制服を着崩した牡牛に向かって入国手続きを申し出た。が、入国審査外だと足蹴にされて今に至る。
城からの書状もない勇者に牡牛は冷たい。己が訪れなかった数年間の間に、心を魔改造されたのではと思う程に冷たい。しかし諦めるものかと、現在進行形で門を通っているご婦人方を指さす。
「では、私の後に来た御婦人方が入国できたのはどう説明するおつもりですか」
「えーあー、あの団体様はこの国の者達です。持ち物検査はしますが、入国審査の対象にはなりません。どうかお引き取りを」
「―――っ、納得できかねます!」
「そう言われましてもねぇ、きまりですから」
あくまで決まりだという姿勢を崩さない門番に、勇者は端正な顔を可哀想なほどに歪めた。入国審査時間とはなんだ、そんなものいつの間に始めた。そもそも昼夜問わず太陽が訪れないこの国で、時間と言う概念があるかどうかも怪しい。
腹の立つ表情を浮かべる牡牛を視界から外し、冷静に冷静にと己を叱咤する。怒鳴り散らしたところで問題は解決しない、別の手で行こうと試みる。
「我が国の魔法使いが入国しているとの情報がありました。入国できないのであれば、王から急ぎ帰還せよとの言伝を頼みたいのですが」
「伝達ミスによる責任は取りかねます」
それは伝えませんと言っているのと同義だ。
「………なら、彼をここに呼び出して下さい。直接伝えます」
「業務外です」
帰って下さいと逆手を振られるが、今度は勇者も引き下がらなかった。無言で牡牛を見つめている。テコでも動かないぞと表情から読み取ったのか、小さく足を数度鳴らし牡牛は口を開いた。
「あのですね、そもそも中央都市お抱えの魔法使い様が入国したなんて記録は残っていないんですよ。いるかいないかも分からない相手に時間を割けるほど、こっちも暇じゃないんです。それにね、貴方がここでぎゃーぎゃー騒いでいるとその相手をしている私の仕事も増えるし、他のお客様の迷惑なんですよね。勇者だかなんだか知りませんが、大層な名前を掲げるならせめて最低限のマナーくらい守ってもらえませんかね」
これには勇者もたじろいだ。あくまで業務的な姿勢を崩さなかった牡牛が口調を変え、痛いところを突いてきたからだ。勇者とは他者を助ける存在である。その自分が他人に迷惑をかけるなど、本来であればあってはならない。押し黙った勇者を鼻で笑うと、牡牛は恭しく頭を下げた。
「それでは、時間内に、またのお越しを勇者様」
馬鹿にされていると勇者は思った。
牡牛さん、好きです




