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側近と勇者

噂の勇者様がでます。金髪王子ですぞ



*中央都市王城、執務室


防音措置のとられたその部屋に勇者はいた。

王の命令で大型モンスターの討伐に出ていた彼は、その役目を終え報告のため王城を訪れていた。王の使者に面会を済ませると、なぜか人の出入りが少ない執務室へと呼び出されて現在に至る。

眼前には初老の男性、こちらに背を向け立っている。

彼の名はウィムズ、王室に使える大臣の中でも特別頭の切れる男だ。常に冷静沈着、感情を表に出さずに淡々と仕事を熟す。王の命であれば己の子ですら顔色一つ変えず殺せるとまで言われるほど、忠義に厚い男であると勇者は記憶している。



――――王の右腕である彼が私にようとはいったい



勇者は勇者という称号を王から賜ってはいるが、その実一介の傭兵とあまり変わりない。

中級兵に混ざり王城の守護を任されることはなく、上級兵のように王の身辺警護に当たれるわけでもない。王の使いからモンスター討伐を依頼され報酬を得ている状態だ。この国では勇者の称号を、腕の立つ傭兵と捉えている人間も少なくない。

そんな人間を直々に王の右腕が呼び出すなどよほどのことである。

なにか良からぬことでもあったに違いない、緊張で自然と硬くなる声で勇者は大臣を促した。



「大臣、私に用というのは」


「王宮魔術師ベスティア様が国賊認定されたことは既に耳にしたか?」


「はい、王の殺害未遂の件ですね」


「カナリア様と共に国外逃亡を図り、その道中で川に身を投げたことは?」


「なんだって……あ、いえ、すみません」


「いや、気にするな。取り乱すのも無理はない。私とて聞いたときは己の耳を疑った」



しわがれた声色でウィムズは経緯を語ってくれた。


逃亡の末、王城裏にある崖へと追い込まれたふたりは、来世での再会を誓って川へと身を投げたという。日が昇るや否や捜索隊を派遣したが死体は発見できず、生存の可能性があると周辺を捜索したが足跡ひとつ見つからなかった。残る逃亡先は下流近くにある妖精の森だけとなり、急ぎ勇者に伝令を送ったらしい(残念ながら入れ違いになってしまったが、伝令に使わされた小鳥は無事に帰還した)。

酷く疲れているのが声色だけで伝わる。彼としても想定外の事態だったようだ。



――――無理もない。あの人数を相手に逃げ切ったなど、とても信じらことじゃない。


城に残留していた兵は1000人ほど。半分を城の警備に当てたとしても500人規模の包囲網、それを夜に淑女ひとりを抱えて突破してみせた。それも自分の死を偽装するなんて悪趣味な置き土産まで残して。



――――予想していた以上に厄介な相手かもしれないな


これが真実ならば、彼を優秀な魔法使いなんて枠で括るのは失礼だなと勇者は思う。驚きを通り越し、その手腕に感心してしまいそうだった。



「お前の任務は、ベスティア様とカナリア様を無事に帰還させることだ」


「無事に帰還、ですか。相手は国賊、首謀者であるベスティアまで帰還させる必要はないのでは?」


「ならん。無傷にとは言わんが、無事にふたり揃ってお連れしろ」



出来るだけ穏便にと付足したウィムズに勇者は納得がいかない。相手は王を殺害しようとした罪人、その場で粛清せずとも無事に連れ帰れと言われるのは不自然だ。それとも殺せない理由があるのか。訝しみながらも勇者は話を続ける。



「では兵をいくらかお貸しください。森で迷わぬとはいえ、彼らは少々手に余ります」


「出来ぬ」


「……既に森を出た可能性もあります。他国に入ったとなれば私ひとりでは」


「複数人を動かせば他国に怪しまれる恐れがある。ゆえに貸すことは出来ぬ」


「ですが、ベスティアは国を知り尽くしています。情報を売るようなことがあれば、怪しまれるどころでは済みません。早急に捕えなければ、隣国の王と結託し我が国に不利益を」


「いい加減にしろ!」



ウィムズは側にある机を殴りつけた。

いつもの男からは想像もつかない取り乱しように、流石の勇者も動揺し口を噤む。



「他国に知られてはならんのだ!」



こちらに向けられた顔は、冷酷で忠義に厚い男とは程遠いものであった。

あれは死に怯える老人だ。着実に近づいてくる死の足音に怯え、恐怖を振り払おうとするあまり冷静さを失った人間そのものだった。驚き勇者は目を見開く。



「あの方の身柄を一国に置いておくのを良しとしない者は大勢いる。このことが知れたら、他国はこぞってベスティア様を保護しようと動くだろう。そうなればこの国は終わりだ!」


「ウィムズ大臣………」


「不利益?そんな小さなことに目を向けていられる段階はとうに過ぎた!この国に平和をもたらした御仁に牙を剥いた時点で、我々は生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされているのだからな」


「ですが」


「モンスターを排除したのも食糧問題を解決したのもおふたりの功績であって、我々が手を出してよいものではない!理解していたことだ!だというのにお飾りの分際で調子に乗りおって……」



今にも引きちぎりそうな勢いでウィムズは髪を掻きむしる。

お飾りの王様と噂されてはいたが、彼の口から吐き出されるとは思っても見なかった。おそらく本音であろうそれを隠せないほどに、状況は切迫しているらしかった。いったいなにが、彼をそこまで不安にさせているのだろうか。



ベスティアの逃亡で最も懸念すべきは情報の流出だ。


彼は王から直々に命を受け様々なことを享受してきた。

ウィムズが言うようにモンスター対策・食糧問題の他に、軍事・国交・商売。生活に直結しているその全てを、彼が手ほどきし整えてきた。国民向けの表から、政治向けの裏まで。中央都市という国は彼で成り立っているといっても過言ではなかった。

国外逃亡などされてみろ、こちらは丸裸になる。

情報が漏れたとして諸外国が攻め込んでくるとは思えないが、情報を材料に不利益な申し入れをする輩は現れるだろう。そのしわ寄せが国民に行くのは明らかだった。

だが勇者の最悪はウィムズの言う最悪に直結しないらしい。彼はいったいどの未来を見据えているのか。



「ウィムズ大臣、貴方はいったいなにを知っているのですか?」



その問いかけを待っていたかのように、ウィムズは愚痴をピタリと止めた。ゆっくりと顔が上げられ勇者の方を向く。充血した瞳と目が合い、勇者はたじろいだ。



「そなたは、この国がなにに守られておるか知っているか?」


「精神的な話でしょうか?」


「いや、物理的な話だ」


「強固な魔法防壁………だと思いますが」


「そうだ、この国は10年前にベスティア様から贈られた防壁によってモンスターから守られている」



勇者は首を傾げた。

魔法防護のことはこの国に住む者なら赤子でも知っていることだが、それがどうして今回のことに繋がるというのか。



「我々は万が一に備え結界の調査・研究を行ってきたが、全くと言っていいほど進展はない。それどころか無茶な検証で防壁に無数の綻びを作ってしまった。慌てて修復作業を行なったが、もう手遅れだった」


「手遅れ?」


「近いうちに防護は崩壊する。今すぐにではないが、近い将来確実に」



確信めいた物言いに勇者はさらに困惑する。

防壁系の魔法は、術者の生死に関わらずコアに同量の魔力さえ注ぎ続ければ半永久的に発動し続ける。中央都市にベスティアほどの魔力を持った魔法使いはいないが、中級クラスの魔法使いはいる。数人で定期的に充電すれば十分に維持できるはずだ。綻びを作ろうと修正は可能、国の支柱であるこの大臣が知らぬはずはない。では別の要因が?



「できなかったんだ」



絞り出すようにウィムズは零した。



「防壁の亀裂を、この国の誰も修復することは出来なかった。いくら魔力を注いでも修繕魔法をかけても亀裂は消えなかったんだ」


「え、」


「幸いにも亀裂は小さい、広がりも数ミリ程度。だが、明日は?明後日は?突然その亀裂が大きく広がらないと誰が言える!今だってそう!亀裂は確実に広がっている!」


「どうして」



勇者は、ようやく理解した。

ウィムズがここまで取り乱す理由も、ベスティア達を穏便に連れ帰れと言った意味も理解した。

今の国民にはモンスターから逃げ延びるだけの知恵も経験もない。防壁が砕けたその瞬間から、中央都市の魔法防壁内に住む人間は簡単に蹂躙されるだろう。

今から訓練などしても付け焼刃。生存の確率は低い。国民全てが確実に生き残るためには防壁を修復するしかなかった。だが、そのためにはどちらかに頼るしかない。だから彼は穏便にと言ったのだ。生き残るためには、開発者であるベスティアかその弟子に頼るしかなかったから。殺すなと。



「国民は、みんなにこのことは」


「言えるわけがないだろう!防壁の亀裂が修復できないと公言すれば、城に人が押し寄せパニックになる!ベスティア様に働いた所業まで公になれば、我々は生きてこの都市を出ることすら出来なくなる!」


「ですが、それでは」


「ああ、だから馬鹿な真似は止めろとあれほど言っておいたのに!あの老害は人の話もまともに利けんのか!無能のくせに野心家で我儘ばかり、今回ばかりは我慢ならん!絶対に引きずり降ろしてやる!」


「大臣!」


「王は村に張られている魔法防護を奪うつもりらしいが、村長はカナリア様の父君だ。そう簡単に手放すはずがない。奇跡的に奪えたとして食糧はどうする、あの村は国の半分の食糧を栽培しているのだぞ。国を守れても食糧が無ければ意味がない!あの時のように国民の大半を餓死させるつもりか!」


「落ち着いてください!」


「連れ戻すのだ、なんとしてでも!殺してはならぬ!」



再び机を殴打する。

荒く肩で息をしていたが、怒鳴って落ち着いたのかやがて消え入りそうな声ですまないと口にした。

窓辺に置いてある鳥籠から青い小鳥をそっと取り出すと、勇者にそれを預ける。



「ベスティア様への道筋はこの小鳥がしてくれる。頭の良い鳥だ、困ったことがあれば相談するとよい」


「はい」


「頼んだぞ勇者、この国を救ってくれ」


「はっ」




深々と頭を下げるウィムズに、勇者は短く返事を返すと早々にその場を後にした。小鳥はこの様子をジッと見つめていた。








冷静な大臣でも取り乱す事態

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