深夜の来訪者
ちょっと長いです
トントン
ノックが聞こえた。
壁に無造作に掛けてある時計に視線を送り、この家の主ガストルは首を傾げた。
針は既にてっぺんを指していて、約束もなしに人様の家を訪ねる時間ではなかった。
だがノックは止まらない。
こんな時間に来たわりにこちらが扉を開けるまで入るつもりのない律儀な来訪者に、ガストルは面倒だとは思いつつも立ち上がる。
長時間座っていたために膝が痛い。ピキピキと嫌な音をたてる関節に、自分も歳を取ったものだと長く息を吐き出す。腰に手をあて前傾姿勢のせいで曲がってしまった背中を、反るように伸ばしていく。
トントン、
ノックが小刻みに鳴らされる。
テンポよく叩かれる木の音は、焦れているというよりは用意は出来たかと確認されている様だ。ガストルは来訪者の検討を付け、腰を叩きながら扉を開けた。
「こんばんはガストル、この国を亡ぼしに来たよ」
「おう、とうとう来たか」
扉の向こうに佇んでいたのは白髪の魔法使いだった。
呑気に手を振りながら物騒なことを口にする彼に軽く返し、家に招き入れる。
最愛の娘の姿を探すことはしない。彼の物言いからいないことは分かっていた。
「情報は入っておるぞ、また派手にやらかしたそうじゃな」
「そうでもないよ、僕はただ牽制しただけ」
「お主のは牽制にしてはちと物騒だからの、王が過剰反応しても仕方あるまい。それで、姫との結婚に応じないなら今度はカナリアを差し出せとでも言ったか?」
「おや、心が読めるようになったのかいガストル」
「冗談じゃろ」
「冗談じゃないよ、あの王はカナリアを王子の嫁に差し出せと言ったんだ」
カナリアには言ってないけど。
笑って話しているが目が笑っていない、相当ご立腹のようだ。
ガストルはなんどか髭を撫でると、また深いため息を付いた。王の頭の悪さにはほとほと呆れるしかない。ベスティアにとってカナリアを差し出せというのは、己の命を差し出せと言われるのと同義だ。いやそれ以上かもしれない。
それを本人に直接言ったのだ、その場で首が飛ばなかったのは幸運といえよう。
「お主が落ちぬから今度はその弟子をとは、あやつは人の神経を逆なでする天才じゃな」
「本当だよ、ゴブリンに変えてやろうかと思った」
「殺そうとは思わなかったのか」
「殺しはダメだよ、カナリアが怒る」
「………少しは成長したようじゃな」
成長というより主人の機嫌を伺えるようになったが正しいのだろうが、あえてそこまでは口にしなかった。しなくとも心は筒抜けだろうし、なにより本人が一番それを理解している。
同時にそれなら仕方がないと納得してしまう。自分も大概親ばかだと笑った。
「それで、目的は魔導書か」
「うん」
「カナリアに了解は取ったのか?」
「きみもティターニアも同じこと言うんだね」
打ち合わせでもしたのかい?と呟くベスティアの機嫌は悪い。
ガストルを押しのけ家に入るとズカズカと奥に向かってしまった。
その背を追う。
ここに来る前に妖精の女王にいろいろ言われたのだろうが、残念ながら自分も親である。子どもの身に降りかかる災厄を見てみぬふりは出来ない。知らぬと分かればなおさらだ。
「これでも10年以上も親代わりをしているものでな」
「親ってそういうモノなのかい?」
「ああ」
「ふーん」
興味なさげに頷いた。世間話を振ってもベスティアの足は止まらなかった。
口にはしないがどうやら急いでいるらしい。
カナリアが起きる前に事を済ませてしまいたいというのがありありと伝わり、ガストルは口元がにやけた。魔導書の事はおろか、帰宅さえ伝えてはいないようだ。
怒られるのが怖いので黙って主人の就寝中に済まそうとしているのに、外野が文句を付けて自分の行動を遅らすので苛立っている。といったところか。
子どもかと内心毒づく。ムッとした顔で睨まれた。
足早に玄関を抜け奥にあるカナリアの部屋に直行する。雑に扉を開け入り東側にある本棚の3段目、赤い表紙に金色の文字で「長生きの秘訣」と書かれた本を抜き取った。
「普通に本棚にあるとは意外じゃな。てっきり壁に埋まったり街のシンボルになっているかと思っておった」
「ははは、そんな所において盗まれたら大変だろ?」
「それもそうじゃが、夢がないの」
「夢より実用性」
「魔法使いが言ってはならん台詞じゃろ、それ」
シビアすぎるとガストルは顔を顰めた。
「魔法は実用性一択だよ。無駄が多いようで極限までコストを省いてある」
「それはお前さんや、カナリアだけじゃろ」
「他が下手くそすぎるんだよ」
世界最高の魔法使いから見れば誰だって下手くそだろうに。呆れた奴だ。
10年前ならいざ知らず、今はマッチやライターが一般家庭にあるような時代だ。長い詠唱を必要とする魔法よりも、そちらを使った方が普通なら断然早い。
詠唱なしでポンとやってキュッと魔法を完成させられるなら確かに実用性一択と言える。道具も下準備も必要ないのだから。だが、誰も彼もそんな芸当ができるわけがない。
魔法が使えない者からすれば、魔法は夢と希望溢れるファンシーな奇跡でしかないのだ。実用性など無いに等しい。
「随分と美化されたものだね。昔は魔法使いを見たらみんな泣いて縋ったのに」
「お主は今でも変わらんじゃろ」
「請われるのはそうだけど、殺さないでくれって泣きついてくる人はいないよね」
落ち着いたもんだと、ベスティアは部屋に描かれた魔法陣を消しながら呟く。
足で擦るだけでマジックで書いた線が消えるのも、魔法の一種なのだろうか。
「はい、終わり。それじゃあ結界を張るから動かないでね」
「ああ、それな。張らんでいいぞ」
「は?いや、え、なに言ってんの」
「こちらのことは気にせんでいい。なんとかする」
動きを止めた彼がガストルを凝視していた。
その顔には信じられないと書いてあり、思わず笑いそうになる。カナリア以外のことで彼がここまで感情を露わにするのは珍しい。嫌そうにベスティアは眉間に皺を寄せる。
「結界なら人口で作っておいたからな」
「それ、モンスター避けのだろう?それだけじゃ足りない」
「モンスター以外になにの侵入を防ぐつもりじゃ」
「人間だけど」
「中央都市の連中なら止めておけ、飢えて死人が増える。それにお主、向こうにも手を加えておるじゃろ」
「……なんで知ってるの?」
「何年同じ家で暮らしていると思っておる、それくらいお見通しじゃよ」
冗談半分で藪を突いて蛇を出してしまったらしい。
思ったよりも怒っているなとガストルは内心で焦っていたが、ベスティアに気づかれることはなかった。それよりもずっと結界を拒まれたことが不服らしい。
珍しく詰め寄るベスティアにガストルは笑う。
「絶対にケチ付けてくるよ、いいの?」
「ケチを付けられたからなんじゃ、あの王にはわしらをどうすることも出来んよ」
「土地も農作物も結界も取られる」
「少し前ならそうじゃろうが今は違う。カナリアがな、手を回しておる」
「カナリア?」
「この村の魔法農具に生体認証機能が付いておるのはお前さんも知っておるじゃろう」
「盗まれないように、ってカナリアが付けたやつだね」
「あれ以外にもな、オプションがついた」
訝し気なベスティアを己の部屋へと案内する。
彼の机の上には手の平サイズのコアが鎮座していた。薄橙色の立方体が数個、無造作に転がっている。淡く光るそれの横には円盤型の自動水やり。どうやらこれは農具に使用するものらしかった。ダグラスはひとつ取ると魔力を込め、円盤の上部に開いた穴にそれを埋めた。ふわりと円盤が宙に浮く。
「これは本当に農具用のコアなのかい?随分と作りが複雑だけれど」
「正真正銘、農具用のコアじゃよ。最新版だがな」
ベスティアが疑問を抱くのも無理はない。
これほど複雑な作りのコアは単純作業用の農具に用いられることはまずない。コアを作ること自体が難しいというのもあるが、単純にコストがかかる。人件費を節約するために導入した魔法農具にそこまでの金は出せないと、今まで使われることはなかった。
「ついに円盤を超変形させることにしたのかい?」
「ははは、それでは畑がダメになるわい」
「じゃあなんで」
「中を覗いて見るといい、お前さんならそれくらい朝飯前だろう」
「え、うん出来るけど……」
にやにやと意地の悪い笑みを浮かべる彼に従い、自動水やり機に手をかざす。
透視では内部の複雑な構造を把握することは難しいので、機械から直接情報を吸い取る。
農具の基礎構造は従来の物とそう変わらないが、配線の繋ぎ方が明らかに違っていた。意図的に外装に接着され分解しずらくなっているような………いや違う、分解は出来る。出来るが、外装を外そうとすると配線が切れる仕組みになっていた。それだけではない。コアから直接エネルギーを供給されているためか、配線が切れるとコアで生産されたエネルギーが行き場を失い暴走、コアごと壊れる仕組みになっていた。
「これは」
「カナリアは常々複製品による被害に目を向けておった。時が経てば必ず分解され複製品が作られ、それによって村の独立性が失われるとな。かといって相手は国だ、抗えば必ず村人に危害が及ぶ。そうならんようにと、こうして改造しておったらしい」
「複製品対策の域を超えてないかい?」
「ちなみにじゃが、魔法防壁にも同じコアが使われとる。設計図は既に灰にした。つまりのう、壊せば共倒れということじゃ。あの臆病な王にそんな真似が出来ると思うか?」
出来るわけがなかった。例えあの王でないとしても、知れば足踏みしたはずだ。
農具ならなんどか試せるが、魔法防壁はそうはいかない。あれは替えが利かない。
王都の魔法防壁破損が明るみになれば、王は必ずこの村にスペアがあると考え手を出す。欲張りな彼のことだ、ベスティアの故郷だからと目を瞑っていた農業の技術や道具にも。
ふたりを連れ戻すためだと大義名分を得て、彼らはこの村を侵略する。目に見えていた。
だからベスティアはこの村にだけ、人間すら入れない魔法防壁を張るつもりでここに来た。村の人間だけを守るつもりで。彼らのように、ほんの少しの犠牲に目を瞑って。
しかしその少数の議性すらカナリアは許さないというのだ。本当に恐れ入る。
全てを盗ませず、かといって見捨てることなく。ベスティアは顔を覆った。
「盗まれるくらいなら壊す、カナリアは敵に回すと怖いね」
「そうじゃな」
頭が良くて情に厚いカナリアは、一度懐に入れた相手に対してはとことん尽くす。だが、一度敵だと判断すれば容赦しない。攻撃はしないが、庇いもしない。利益がなければ相手にすら彼女はしない、無意識だからこそたちが悪くて恐ろしかった。
「謀って美味い汁を啜ろうとすれば損をすると言うことじゃよ」
「分解したなんて言えないから返品も出来ない、とぼけても証拠が残る。これをネタに交渉すれば優位に立てる………どこまで計算してるんだろう」
「魔法防壁も奪えん、農具も使えん。となれば土地からわしらを追い出すわけにもいかなくなる」
「だから心配いらないってことか、なるほどね」
確かにこれならば問題ない。
これだけ整っていれば、後はダグラス手腕でどうとでもなる。王は自決覚悟で何かできるほど肝が据わった人間ではない。もし村に手を出したとしても細工に気づいてすぐに手を引くだろう。王都の人間はそこまで馬鹿ではない。
なら長居は無用だ。
「本当に心配ないみたいだ。僕は戻るとするよ」
「そうか、寂しくなるの」
「君が死ぬ前には帰ってくるから、せいぜい長生きしておくれ」
「お前に言われるまでもないわ」
これからこの村には様々な災難が振りかかるだろう。
事前に準備されていたとはいえ、心無い非難が村人を襲い苦しめる。でも彼がいれば大丈夫だろう。ガストルは魔法には秀でなかったが人徳がある。きっと上手くやってくれるはずだ。
「頼んだよ、ここはカナリアにとっても良い場所だったから」
「お前さんはそればかりじゃな」
「当たり前だろう、僕の生はカナリアと共にある」
コツリと杖が床を突く。
杖から水のような光が溢れだすが、それは円形を描かず部屋に染みこんでいった。
加護の魔法だ。
頼んだというわりに心配症なやつだとガストルは笑う。
それが済むとベスティアは歩いて玄関まで向かい、普通に扉から出ていった。魔法使いなのに魔法陣で帰らんのか。相変わらずよくわからない奴だ。ガストルはその背中に声を投げる。
「いい忘れとったが、カナリアはまだやらんからなー!」
「頑固親父!いい加減に子離れしてくれ!」
「ちゃんとふたりで挨拶にくるまで認めんぞ!」
「1年もかかんないでお義父さんって呼んでやるからな!」
ベスティアの返答にガストルは笑った。
ひとしきり笑い、彼の姿が森に消えると静かに扉を閉め、椅子に座り深々と息を吐く。
これからやってくるであろう面倒ごとに対するものではない。人間同士の争いなど生きていれば必ず起きる、悩むだけ無駄だと彼は割り切っていた。
悩みの種はベスティアである。
彼の行動は壮大で途方もないことだが、結末だけ見てしまえば子どもの恋愛と大差ない。
ただずっと一緒にいたい、喜んでもらいたい、怒られるのは嫌。そこに相手の気持ちは関係なくただ自分の感情を押し付ける行為であったが、ベスティアにはまだそれが分からない。
純粋なだけの綺麗な感情は脆く汚れやすい。
カナリアが旅の本当の目的を知り断られたとき、彼は果たして正気でいられるのだろうか。
「カナリアだけではない、わしはお前さんも可愛がっていたんだがな」
呟いた心根は、届く前に夜闇に紛れて溶けていった。
*************
その日、中央王都では七色の雪が降り注いでいた。
こんな時期に雪が降ってくるとは珍しい。城務めの兵士は空に手を晒す。
受け止めた雪は淡い光を放ち溶けるように消えていった。
「祝福されているようだ」
兵士は言う。一か月もすれば産まれてくる新しい命を思い浮かべて。
この国は神様に守られている。生まれてくる子どももきっと幸せな人生を送ることだろう。不思議な雪を手の平で受け止めながら、兵士は祈りを捧げた。
カナリアたちが崖から飛び降りたとの噂が届くまで、あと2分。
本当は爆発させる予定でしたw




