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前編

 

 少しだけ秋の匂いがする風が吹き、まだ強い陽射しを気持ち和らげている。


 青年は本堂の脇を抜け、段々になっている墓地の最上段へ迷いなく向かう。今日は若くして亡くなった、男女女男の四人兄弟の三番目、末っ子の青年のすぐ上の姉の命日だ。平日だからか、他に人はいない。


 墓の場所は代々ずっとそこで、何年か前にやっとコンクリートの階段になった。それでも疲れることは変わらないが雨の日に泥を気にしなくていいというだけでも楽である。

 青年の手に花はなく、線香だけを持っていた。


 例年、青年が墓参りをする時にはすでに綺麗な花が供えられていた。

 今年はそこに、しゃがんで手を合わせている女性が。


「お久しぶりです、彩子(あやこ)さん」


 そう声をかけると、その女性は青年を見て立ち上がり眼鏡を正した。


「あら卓也くん。久しぶり」


 にこりとした彩子がそっと下がり、青年、卓也に場所を譲る。


「平日にわざわざ休みを取ってくれたんですか?」


 卓也はちょっとだけ頭を下げて、彩子があけてくれた場所にしゃがみ、線香に火をつけ供える。二種の香りが漂う。


「まあね。有給消化も兼ねて」


 手を合わせる卓也の背後で小さく息を吐いた彩子。姉の親友である彼女とは今日までを含めると十八年の付き合いになる。

 姉がいなくなってからは待ち合わせて会うことはなかったが、たまに会った時はそのブランクを感じる事なく話せた。


「卓也くんは?仕事を抜けて来たの?」


 卓也が両手を離し立ち上がってから、彩子はそう聞いてきた。彩子は涼しげなワンピースに日焼け防止のカーディガン姿だが、卓也はスーツだ。普段着がスーツというのは考えられないので、彩子の質問は誰もが思うことだろう。


「いえ俺も有給です。今日スーツなのは気合いを入れるためです」


「ふーん?大変ね」


 彩子が気のない相づちをうつ。

 大人の男が休日にスーツを着ている理由に色々と想像したのか興味がないのか。卓也は後者と予測。


「あ!プロポーズするの?」


 卓也は驚いた。


「あれそんなに驚く? この間買い物してた時にたまたま卓也くんのデート現場を見たのよ。彼女の顔は見えなかったけど服装から清楚な感じだったな。当たった?」


 三十才を越えたのにニカッと笑う彩子。姉も似たように笑う人だったと、卓也は少し懐かしくなった。


「いつ見たんですか?」


「一ヶ月前くらい?」


「あ~、……てことは、彩子さんまだオタクなんですね?」


「は? 私は生涯オタク道を行くわよ。てか、買い物に出た地域で私の生態を確定するのやめてくれる? 正解だけど!」


 ちょっとだけムッとした彩子はすぐに笑った。


「ま、もともと卓也くんには隠してないけどね~」


 さてと、と手桶を持とうとするのを卓也が代わる。ありがとと言う彩子を見おろす。初めて会った時はまだ見上げていたなとふと思い出した。


「彼女とは別れたよ」


 年上のこの人はいつ会っても懐かしい。卓也の口調もくだけた。


「は!?先月だよ!?」


 歩き出した卓也に慌てて追いつくと、彩子はもったいない!と言った。世間一般的にはそうだろうと卓也も思う。今までに別れた分だけ友人には必ず言われた。だが。


「彩子さん、俺さ、自分で自覚してたよりもずっとシスコンみたい」


 立ち止まって言うと、彩子は唖然とした。顔が面白いことになっていると卓也が失礼な事を思うと、ゆっくりと難しい顔になっていく。


「そっか~、そおかぁ……じゃあ、あの彼女じゃ違うなぁ」


「いや、そういう事じゃないんだ」


 今度はきょとんとする。

 相変わらず表情が豊かだなぁと、卓也はほっとした。

 姉に似ている。


「いくらシスコンの自覚があっても姉ちゃんとは付き合いたくないよ。そういう方向じゃなくて、」


 不自然に区切って彩子を見下ろす。きょとんとしながらも真剣な目に卓也は安心する。

 この人は、ちゃんと聞いてくれる。


「姉ちゃんを知らない人と付き合うのが、しんどい」


 兄と姉の子たちは写真でしか姉ちゃんを知らない。この子らが生まれる前に姉ちゃんは死んだのだから当たり前の事だ。

 甥と姪だ。可愛いと思うことに嘘はない。

 だけど、甥と姪にすら知らないと言われるのがツラいのに、全く姉ちゃんの思い出がない人と生涯を暮らすのがそれ以上にしんどいと思ってしまった。


 兄も姉も、その伴侶は姉ちゃんを知っている。姉ちゃんを大事にしてくれてたし、姉ちゃんも二人を家族同様に大好きだった。


 自分の伴侶だけが、姉ちゃんを知らない。

 それが、ゆるせなくもつらい。



「我ながら拗らせたな、ってね」


「拗れてるねぇ……」


 たぶん、今、二人で同じ顔をしてるだろうと卓也は思う。

 彩子は自覚がなさそうだが、卓也と会った時はいつも一瞬だけ、不思議な顔をする。

 眩しそうな、泣きそうな。

 卓也も彩子と会うのは誰と会うより辛く、でも安心もしていた。


「じゃあ卓也くんはしばらく一人か~」


 兄が結婚するのに合わせ卓也は家を出た。近くに部屋を借りたので、何かがなくとも実家にはよく顔を出す。

 それでも一人暮らしだ。一人の部屋は寂しい時はどうしようもなく寂しい。

 恋人がいるのなら半同棲くらいすればいいとは思うが、初めて一夜を共にした次の朝、先に起きていた彼女から「おはよ」と言われ、卓也は吐いた。


 姉がいた時は、叩き起こしてくる姉の声で一日が始まった。

 姉がいなくなってからは、自分で起きるようになった。

 だから、気づかなかった。

 気づいて愕然とした。


 ここまでだったかと。



「おかげで自炊が得意になったよ」


「うわ!優良物件!」


「よく言われる」


 優良物件と言われたところで先のない自分に笑うしかない。


「うわ!言ってみたーい! はぁ、同じ条件でも女は嫁き遅れと言われるのは何でかしらね。それなら私もよく言われるのに」


 悔しそうにおどけた彩子は、肩が下がったことに気づいていない。


「……困ってるの?」


 お互いに結婚適齢期だ。年上の彩子の方が何かと言われているだろう。本人が趣味に没頭したところで、周りはヤキモキする。趣味のない卓也など、家族はヤキモキどころではない。


「私は開き直ってるんだけど母親は気になるみたい。申し訳ないけど、こればっかりは運よね~」


「ご縁でしょ?」


「『縁』か『運』か。私はこれでも出会いはあるのよ?」


 ふふんとほんの少し得意気な彩子。俺もありますけど?と内心無駄に張り合う卓也。


「でもね~その気にならないのよね~。いいかなと思っても次に会うとそうでもない。恋愛は嫌いじゃないけど、なんだろうね、もう枯れてるのね~」


 今度はあははと笑う。

 その笑顔に力が入ってないことを、彩子は気づかないのだろうか。


「俺は彩子さん好きだけど?」


 並んで歩く彩子の目を見ながら軽い調子で言ってみると。


「あらありがと、私も卓也くんが好きよ?」


 ふっふーんと音符が付きそうな感じで明るく返してきた。

 彩子が笑った。

 卓也は、自分の口がほころぶのを隠さなかった。


「じゃあ、俺と結婚しない?」


「あらまあ、とんだ冗談をブッ込んできたわね。自分がまだ二十代だからって三十路の女に言う冗談じゃないわよ」


 少し睨まれたが、少しも恐くない。冗談だと思っての表情なのだと分かるから。だが、彩子の頬がほんの少し赤らんだのを見逃さなかった。


「本気なら、本気で考えてくれる?」


「本気ならね」


「そのために今日はスーツを着てるんだけどな」


 寺の指定の場所に手桶を置いて振り向くと、真顔の彩子がこちらを見ていた。

 彩子の真顔は、姉が死んだと連絡した時以来のこと。


 卓也は心臓がぎゅっと縮んだ気がした。









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