飼い猫は異世界で無双する
俺はいつものように飼い猫と布団に入り、仲良く寝ていたはず、それがどうしたことか朝起きたら異世界にいた。
見知らぬ草原で俺と飼い猫は目が覚めた。
何の変哲もないただの草原を見て、何故そこが異世界だと断定できたのか。
それは簡単だ。だって俺の周りはドラゴンに囲まれていたのだから。
ドラゴンの体長はニメートルはあるだろう、馬鹿デカイわけではないが俺より一回りは大きい。それが四体もいるのだ。
完全に詰んだ……。
俺はこれが夢であれとその場で天に祈りを捧げた。
そこで飼い猫の存在を意識した。
飼い猫の名前はくーちゃん。オス1歳、雑種だ。
嫁に出た姉の家で産まれた子を実家で貰い受け、家族みんなで大事に育てているのだ。
自分の命より大切な猫を見ると、何とドラゴンに向かって威嚇をしているではないか。
「くーちゃん!!」
俺は飼い猫に手を伸ばし自分の方へ引っ張ろうとした。
しかし、くーちゃんは果敢に立ち上がり何とドラゴンに猫パンチを食らわせたのだ。
終わった……、俺がそう思った時、猫パンチを受けたドラゴンは遥か彼方の山の峰まで吹っ飛んで行った。
消えた獲物に興味はないと言わんばかりに、くーちゃんは周りのドラゴンにも目を向けた。
くーちゃんに睨まれ、ドラゴン達は尻尾を巻いて逃げていく。
「助かったのか……?」
「にゃー(ここ縄張り外なんだけど)」
俺の目を真っ直ぐと見つめ鳴くくーちゃん。俺に「大丈夫か?」って言っているのかな。
「ありがとう、お陰で助かったよ」
俺はくーちゃんの頭をぐりぐりと撫で回した。
「にゃー(早く縄張りに戻せよ)」
くーちゃんは撫でられて嬉しいのか、再び可愛く鳴いた。
よしよしと俺はさらにくーちゃんを撫で回した。
「にゃー(いいから早く縄張りに戻せよ)」
俺はくーちゃんに触れながら、周りの景色を確認した。辺り一面草原と山しか見えず、町はおろか民家もない。
俺はそのままくーちゃんを抱き、とりあえず草原をどちらともなく歩き出した。
「くーちゃん、ごめんな」
「にゃー! にゃー!!(猫攫い! 早く下ろせ)」
くーちゃんは不安そうに激しく泣き出した。知らない土地に来て不安なのだろう。
俺はより強く愛猫を抱いた。
「にゃー!(はーなーせー!!)」
くーちゃんが突然暴れ出し、俺の手から離れた。彼は地上へ下りると耳をピクピクと動かしながら周囲を見回した。
「くーちゃん、どうしたの?」
「にゃー(暴れたらお腹空いた)」
くーちゃんはひと泣きすると、急にどこかに向かって駆け出した。
「ちょっ、待って! どこ行くの!?」
「にゃー(こっちからご飯の匂いがする)」
俺は必死に早歩きで何処かへ行こうとする飼い猫の後を追った。
くーちゃんの後を付いていくと、薄暗い森が見えて来た。どうやらくーちゃんはそこへ向かっているらしい。
俺はさすがに森の中は危険だと思い、彼を引き止めようとするも、身体をくねらせ抱き上げようとする俺の手を軽やかに避け、何事もなかったように先に進んでいってしまった。
「くーちゃん、ダメだよ。そっちに行ったら危ないよ」
「にゃー(うっせー)」
くーちゃんは俺の言葉など聞かずに、暗い森を奥へ奥へとハイキングでもするような足取りで進んでいった。
先ほどまで昼間だったのにこの森に入った途端日が沈んだのだろうか。
鬱蒼と茂る木々は光を遮り、湿った空気を作り出していた。魔力などないただの素人でさえ、ここが魔の物の領域だと察知できる程だ。
「くーちゃん、止まって、戻ろ……え?」
言葉が通じているのかわからぬ猫を説得しようとしたの時だった、草が揺れ、葉音をさせたのは。
音がした方から感じる威圧感、見たくはないが、見なければそこで終わりだろう。
そこには首を三つ持った犬の怪物が涎を垂らしながらこちらを睨んでいた。ケルベロスなのだろうか。
俺が猫を庇おうと、くーちゃんの前に出ようとしたが、またしてもくーちゃんは果敢にも冥界の門番相手に口を開けて威嚇した。
するとどうだろう。ケルベロスは耳を下げ、尻尾を巻いて逃げ出したのだ。
「行っちゃった」
くーちゃんは鼻から息をフンっと吐き、何事もなかったように先に進み始めた。
それからもこの暗い森で魔物に出会うことがあったが、全てくーちゃんがひと睨みで追い返していった。
この世界で敵はいないのではないかと思う程にうちの子は強かった。
飼い猫はすでに俺が保護すべき対象ではないのではないのかもしれないと思えてくる。
大人しくくーちゃんの後を付いて歩いていたら、禍々しい瘴気をまとったお城が見えて来る。
異世界の知識など皆無だが、誰がどう見ても魔王城だと言うであろう。
「にゃー(あそこからいい匂いがする)」
魔王城を見るくーちゃんの目がキラキラと輝いている。
正直嫌な予感しかしない。
「くーちゃん、あそこは危なさそうだから離れようか」
くーちゃんは俺が止めるのも聞かずに真っ直ぐに魔王城目掛け、てってってっと歩き出した。
仕方なく俺もくーちゃんの後を付いていく。最強の獣くーちゃんといる方が安全だし、それに自分の猫と離れるだなんて考えられない。
くーちゃんは今のところ最強だ。俺なんかよりずっとこの世界では強いだろう。
それでももしこの子より強い敵が立ちはだかったら俺は肉の壁になってくーちゃんを逃がそう。そう心に誓った。
しかし、そんな誓いは意味などなかった。
今、俺とくーちゃんは魔王城の玉座の間に居た。
目の前には黒い鱗に覆われた竜が口から泡を吹いて倒れている。
哀れ魔王はくーちゃんに一撃で倒されたのだ。
くーちゃんはどこまでも強かった。
魔物だらけの森で魔物と対峙している内にレベルが上がったのか、魔王城の魔物達を触れもせずにくーちゃんは倒していった。
そして、魔王の玉座へたどり着き『よくぞここまで辿り着いた』と、お決まりのセリフを吐く魔王に猫パンチを食らわせ見事仕留めてしまったのだ。
くーちゃんは倒した魔王を見つめながら喉を鳴らした。そして魔王の身体をクンクンと嗅ぎまわった。
「くーちゃんどうしたの?」
「にゃー(美味そうな匂いがする)」
「ん? 魔王がどうかした?」
「にゃー(食べたいから一口サイズにして)」
「何? 何かして欲しいの?」
くーちゃんは俺を見ながら必死に何かを訴えている。
何だろう? 褒めて欲しいのだろうか。
俺はくーちゃんの首をかくようにしながら撫でてやった。
くーちゃんは気持ち良さそうに目を閉じている。
そのまま撫でていたら、突然我に返ったくーちゃんが目を見開いて俺を見た。
「にゃー(って、そうじゃねーよ! 一口サイズにしろよ)」
くーちゃんをまた撫でようと手を差し出した瞬間俺たちの身体は光始めた。
目の前が真っ白になるほどの強光に咄嗟に瞼を閉じる。
瞼越しに光を感じなくなり、ゆっくりと目を開けると、そこは見慣れた俺の部屋だった。
くーちゃんは俺の横でキョロキョロと周りを見ている。
どうやら魔王を倒した事によって元の世界に戻って来たようだ。
まるで白昼夢のような出来事だった。
くーちゃんはどことなくしょんぼりと尻尾を下ろし、耳を下げているようだ。
余程あの世界が楽しかったのだろうか。
「くーちゃん」
俺は愛猫の名を呼びながら、ぐりぐりと頭の頂点を撫でた。
「ご飯にしようか」
「にゃん」
くーちゃんは俺が立ち上がると、ご飯をもらえると勘付いたのか、俺の後を尻尾をピンと立てながら付いて歩いて来た。