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シロツキ -白いお月さまと少女のお話-

作者: きょう

 昔、遠い遠い西の果てに小さな街がありました。

 そこは、世界で最も月に近い街。

 その街では夜になると、それはそれはきれいなお月さまがのぼりました。

 街の人たちは、夜空を見上げては、その美しいお月さまに思いをはせていました。

 この街には昔から、月にまつわるこんな言い伝えがありました。

「月が白く輝くとき、その月へ行くことができれば、どんな願いでも叶う」という。

 街の人たちは皆、願いが叶う月を夢見ていました。



 一人の少女がこの街に住んでいました。

 勇敢で、とても心の優しい少女です。

 少女は夜になると、街はずれの丘でよく月を見ていました。

 彼女もまた、願いが叶う月を夢見ていたのです。

 そんな少女の隣には、いつも決まって一人の男の子がいました。

 まだまだ幼い、優しい笑顔の男の子でした。

 二人に血のつながりはありませんが、少女は男の子を自分の弟のように可愛がっていました。

 男の子は少女に問いかけます。

「お姉ちゃんはお月さまに何をお願いするの?」

 少女は少し考えてから答えました。

「内緒だよ」

 それを聞いた男の子は不満そうに頬を膨らませました。

 少女はそれを見てにこにこ笑います。

 そして、月を見上げながらつぶやくように言いました。

「いつか、一緒に月へ行こうね」

 少女の蒼い瞳には真っ白な月が浮かんでいました。



 それから何年か経ちました。

 少女は頭が良くて、街で一番大きな研究所の研究員になりました。

 そこでは「月まで行ける器械」が作られていました。

 少しだけ大きくなっても、二人は一緒にいつもの丘で月を見るのが好きでした。

 少女はこうして男の子と一緒に月を見ている時がいちばん幸せでした。

 男の子は少女に言います。

「お姉ちゃん、これあげる」

 男の子の手のひらには金色に輝く三日月型のペンダント。

「それ、大切なものなんでしょ? 受け取れないよ」

 少女は断ります。

 そのペンダントは男の子がとても大切にしているものだと知っていたから。

「お姉ちゃんに持っていてほしいんだ」

 男の子はそう言って聞きません。

 そこまで言うなら、と少女はペンダントを受け取りました。

「ありがとう。大切にするからね」

 少女の首からさがる小さな月を見て、男の子は嬉しそうに笑いました。



 そしてまた月日が経ちました。月まで行ける器械も完成間近です。

 少女は相変わらず月を見ていました。でもその隣にはいつもの男の子はいません。

 男の子は重い病気にかかってしまったのです。

 それは街中のお医者さんに診てもらっても治せない病気でした。

 お見舞いに来た少女を見つけると男の子は微笑みました。

 その笑顔は青白く、とても辛そうでした。

「お姉ちゃん、来てくれたんだね」

 息も絶え絶え、かすれた声でそう言います。

 少女は胸が苦しくなりました。

「お姉ちゃん、僕と約束してくれる……?」

 男の子は震える手を少女に伸ばします。

 少女は男の子の手を握りしめました。びっくりするほど冷たくて、弱々しい手を。

「絶対月に行ってね……お姉ちゃんの夢、叶えてね。約束だよ」

 少女は答えました。

「わかった。約束する。だから……だから見ていてね」

 それを聞いた男の子は寂しそうに笑っていました。



 少女が月まで行ける器械のパイロットに選ばれた日、男の子は目を覚ましませんでした。

 その日の夜。少女は男の子と一緒に月を見た丘に、一人座っていました。

 夜空を見上げれば、いつの日か男の子と見た大きなお月さま。

 一人で見る月はとてもとても寂しいものでした。

 少女の蒼い瞳に浮かぶ月が、だんだんとにじんでいきます。

 目からこぼれたしずくが月明かりに照らされて、流れ星のように頬を伝っていきました。

 少女は泣きました。男の子がくれた小さな月を握りしめて。

 寂しくて、悲しくて、涙が枯れるまで泣き続けました。

 そんな少女のことを、お月さまは優しく、静かに見ていました。



 少女が月に行く日、街ではお祭りが開かれていました。

 少女を含めた数人のパイロットはその主役です。

 けれども少女はちっともうれしくありませんでした。

 あの男の子がいないからです。

 どんな祝福の言葉も今の少女には響きません。

 夜になると、少女たちは月まで行ける器械に乗り込みました。出発の時間です。

 少女は宇宙服の上からあのペンダントをつけました。

 男の子と共に月へ行くために。

 夜空には大きな白い月が出ていました。

 巨大な鉛筆のような形をした器械は轟音を響かせ舞い上がります。

 夜空を突き抜け、月を目指してまっすぐに。



 少女が窓をのぞくと、暗い空間を進んでいました。

 遠くには無数の星がきらきらと輝いています。

 暗闇の旅を終えると、少女は月に立っていました。

 目の前には真っ白な地面が遠くまで続いています。

 少女はまるで夢を見ているようでした。

 気が付くと、首元にかけていたペンダントの三日月がふわふわと浮いていました。

 少女はそれを握りしめると願い事をしました。

「お月さま。私の願いを聞いてくれる?」

 少女は目を閉じます。

 すると突然、手の中のペンダントが光りだしました。

 光はどんどんあふれ、少女の周りを満たしていきます。

 少女が目を開けるとそこは、さっきの白い地面ではありませんでした。

 光の中のような、明るくて、暖かい場所にいました。

 ふと気が付くと、あの男の子が目の前に立っていました。

「お姉ちゃん」

 聞きなれたあの声。優しいあの笑顔。

 少女は驚きのあまり声が出ませんでした。

 男の子は言います。

「お姉ちゃん、夢をかなえたんだね。すごいや」

 男の子はにこにこ笑いました。

 少女は答えます。

「君がいてくれたから、私はここまでこられたんだよ」

 泣き出しそうなのをこらえて少女は言葉を続けます。

「君と一緒にいられれば、私はそれでよかったんだ……それが、私の願いだったんだよ」

 男の子は寂しそう微笑むと答えました。

「ごめんね、お姉ちゃん」

 少女は言います。

「謝らなくていいんだよ。お月さまがもう一度会わせてくれたから」

 少女は男の子を抱き寄せると、そっと自分の気持ちを伝えました。

 たった一言、少女らしい、優しい言葉で。

「ありがとう、お姉ちゃん。僕、月から見守っているから……」

 男の子はにっこり笑いました。それはそれは嬉しそうに。

 光が強くなっていきます。

 気が付くと少女は、白い月面に一人、立っていました。

 少女の目から一筋、涙が流れていきました。

 そして、誰もいない月の上でぽつりとつぶやきました。

「ありがとう。お月さま」

 少女は優しく微笑みました。



 街に帰ってから少女はあの丘に行きました。

 やわらかい草の上に座ると、心地よい風が頬を撫でていきます。

 夜空には大きなお月さま。

 少女の胸元には男の子がくれた、小さな月が輝いていました。

 少女はもう寂しくありませんでした。

 こうして月を見ていると、あの男の子がそばにいてくれるような気がしたからです。

 少女は今日も月を見上げる。

 今はもう会えない、大切な人を思いながら。


 おしまい


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