対話
翌日、ベヘルス公爵家前。広場というか空き地というか、とにかく城の前は綺麗に整備されて、門から50メートルほどは石畳で舗装されている。その部分を埋め尽くすほどの私兵が門前を固めていた。
俺はというと、アンと手をつないで歩いて向かった。
「ゆ、雪緒。なぜ手を繋いでいくのですか…。」
「なぜって、俺たちは仲が良いように見えたほうが都合がいいだろ。」
アンは赤くなって問いただしてきたが、俺が営利目的で誘拐しているのではないということと、彼女に危害を加えるつもりはないという意思表示が必要だと思ったのだ。あと、女の子と手を繋ぎたかった。久しぶりに。でも、それはついでだ。本当に。
「誰かと手を繋いだの…初めて…。」
「ん?…ん~、そうか。あったかいだろ。」
「うん。」
私兵の先頭に位置する鎧の男が見えた時、俺は思い出した。
「あ、あれ?あの時の鎧の男…。」
そう。俺がこの世界に来てから最初に出会った人間。騎士リフだ。サンダルをくれたお兄さんとも言う。
「…貴様か…アン様を攫ったというのは…。」
全身真っ黒の鎧の男が、腰の剣に手を掛けている。
「ま、待ってくれ。お前は何か勘違いをしている。」
「問答無用…っ!!」
物凄いスピードで突っ込んできたリフが、剣を頭上から振り下ろす。俺がマナを7割ほど展開しているときのスピードに匹敵していた。
「…マジ?」
左手にマナを3割ほど展開してから、剣の軌道を逸らすように弾いた。
「お、おま、隣にはアンが居るんだぞっ!!」
ハッとした様子のリフは、後ろに飛ぶとアンを見た。
「リフ、あたしは大丈夫っ!」
アンが笑顔で手を振った。
「ア、アン様…アン様が笑って…それに、アン様の周りにあるはずの冷気が…。」
リフは冷気を出していないアンを、激高している状態で気付くことが出来なかったようだ。
呆然としているリフの横を、後ろから来た初老の男が追い越す。先頭に立ったその男こそ、アンの父親だというヘイネ・ディノ・ベヘルスだった。
「貴様か、そいつをうちの城から勝手に連れて行ったというのは。」
「そうだ。今日はお前に聞きたいことがあってここまで来てやったんだ。」
俺はそう言うと、アンの目を見て頷いた。アンも一度俺の手を握り返してから手を離し、一歩前に出て目に力を込めた。回復してからのアンは、黒い綺麗な髪に艶が戻り、頬や目の窪みもなくなってとても健康に見える。いや、とても美しい。こいつは将来が楽しみだぜ。じゃなくて、しっかりと地に足をつけて決意の篭った眼差しを自分の父であるという男に向けていた。
「お父様、お久しぶりです。長い間お会い出来ませんでしたね。この雪緒が体調の悪いあたしを救ってくれました。」
「…そうか。」
「お父様のおっしゃっていたように、あたしの…人を傷つけてしまう病も、この人が治して下さいました。」
「…。」
「…あたしが今までしていたお仕事は…いえ……あたしはお父様の娘なのでしょうか!?」
「…。」
「…苦しくても、頑張っていた事を褒めて頂けるでしょうか?お母様を亡くされた悲しみを、少しでも晴らせることが出来たでしょうか?」
「…。」
「昔、あたしがまだ小さかった頃に、一度部屋を訪ねて下さいました。その時のお父様は、あたしが頑張った分だけお母様の居ない寂しさを埋めることが出来ると、そうおっしゃってましたよね…だから、だからあたしは…っ!!」
「…もういい。リフ。アンとその男を殺せ。」
「…は…?…ヘイ…ネ…様…、いま…なんと…。」
「聞こえなかったのか!?殺せ!!!」
ヘイネ・ディノ・ベヘルスは自分の持っている杖で、リフの左肩あたりを叩く。鎧とぶつかった杖は、金属音を響かせた。
「コイツは買ってきたんだ!俺は子を産ませたことなど無い!!それにコイツは化物だぞ!?何が娘だ!?血のつながりなど1滴もないわ!!今まで散々儲けさせてもらった事は感謝してるがな。リフ!!貴様も拾ってやった恩を忘れたとは言わさんぞ!!こういう時のために貴様が居るんだろうが!!」
こいつは駄目だ。清々しいほどのド腐れだ。
「チッ。おい!何をしてる!お前らも撃て!!」
ヘイネの激で後ろに控えている兵士達があわててこちらに銃を向ける。俺はすぐにアンの前まで行くと、両手を広げて彼女の盾になった。銃弾の雨の中、1人の男が前に進んでくる。
「やめろっ!!」
リフはそう叫ぶと腰の剣を抜いて、静止を促すよう剣を水平にした。
「おい。貴様。こんな銃弾くらいでは死なんだろう。」
アンの前に立つ俺に、リフが睨みを効かせるように言った。
「…参る。」
リフの足元が爆発したように風を巻き上げ、一足飛びに間合いを詰める。
俺は受ける気で手をクロスさせるが、上段からの軌道が横薙ぎに変わった事に気がついて左腕のマナを増やして受け止める。
兜をつけているコイツの表情は読み取れないが、そんなことはどうでもいい。俺は激怒していた。
「…らぁっ!!!」
右足でわき腹を蹴り飛ばすと、リフは舗装された石畳を削りながら吹き飛んでいった。
「おいっ!!クソどもっっ!!!」
リフから視線をはずして、ヘイネ・ディノ・ベヘルスを見つめる。
「今の会話はすべて録音されている。まぁそんなことはどうでもいい。2度とアンに近寄らないと誓えっ!!!」
アンは、先ほどヘイネ・ディノ・ベヘルスから言われた言葉に呆然としていたが、俺の声に気がついて隣に走ってくる。
「雪緒っ!もういい!これはあたしの問題!あなたはこれから、ベヘルス家に追われる立場になってしまう。ここに来る前に気がつけば良かった!あたしは世間知らずで、言われたようにしか生きていなかったけど、ベヘルス家の権力くらいは把握しているつもり。もうこれ以上誰かが傷つくのは耐えられない…。」
違う。違うぞ。
「アン。お前は間違っている。」
「…もういいの…お願い…。あなたのそばに居ないと、また病気になってしまうのも分かっている。それでも、雪緒。優しいあなたを失うほうが、痛い…とても痛い…っ!!」
また、アンの泣き顔を見てしまった。
「…よし、ここに宣言する。」
「…?」
「霜山雪緒!25歳!!アンの家族になります!!」
「……!」
「俺はなぁ、自分の家族を傷つけられて、自分の家族に銃口を突きつけられて、それでも笑って眠れるような、そんな心は持ち合わせてねぇーんだよっ!!!」
「雪緒…なにを言って…。」
「アン。俺は今からお前の家族だ。駄目なら言ってくれ。」
「…な、なにを」
「お前が好きに生きられるよう、俺達が笑顔で生きていけるよう…、いや、こんな綺麗な言葉じゃないんだ。そんな生易しいものじゃない。」
もう一度、ヘイネ・ディノ・ベヘルスを視線に捕らえた。
「俺は…アン、お前を否定する、この世のすべてを否定する。」
そして、もう一度アンの瞳を見つめた。
「頼む。俺の家族になってくれ。」
「…う…ん……うんっ!なる。雪緒の家族に!!」
「手を貸してもいいか?」
「…お願い…助けてっ!!」
涙が溢れるのを止められないのだろう。アンは何度も目をつぶって、何度も俺の顔を見ている。
そんな俺たちを見ていたヘイネ・ディノ・ベヘルスが、笑った。
「もういい。全員だ。全員行けっ!!早く殺せっ!!」
私兵たち、総勢100名ほどが手に武器を取り、マナを展開しているのが分かる。
「よし。俺はハートの強いバカなんだ。」




