出会い
ベヘルス公爵家、本宅である城へと到着した。西洋風の大きな城であるが、城というよりも砦のような印象を受ける。壁からは魔導障壁が展開されて、建物全体を覆っている。そして、魔導砲なる大砲が7門。その他にも魔導小銃なるものが4つ城の前面にあるという。
「こいつは…すごいな。今は戦時中か?」
「否定します。現在のヘレナ国では戦争は行われていません。」
城の周りには、対人マナセンサーがびっしりと配置されており、ノアが居なければ1キロ前に感知されているらしい。
また、レイスではこれだけ文明が発達しているというのにカメラに相当するようなものは無いそうだ。まあ、軍事利用と言う意味ではレーダーみたいなものが先に発展するのはわかるのだけども。映画とかテレビとか、そういう娯楽文化も無いって事か。
「大衆娯楽は、演劇や噺が一般的です。」
とノアが言っていた。噺とは、漫談や落語のようなものだという。また、ギャンブルも国家事業として盛んに行われているらしい。
そんなことはいい。とりあえず、死にそうな誰かを確認する事が先決だ。誰にもばれないように確認して、助けが必要であれば方法を考える。ノアが言うには、レイスに無いテクノロジーが使われている可能性があると言う。人のマナを吸い取るものだ。
「進入するのに一番の方法は?」
「進入を察知されないことは難しいと思われます。ですが障壁のA部分を部分的に破壊した後、瞬時に城の魔導制御をハッキング出来れば、事態はすぐに収束されると思われます。障壁は20秒ほどで自動修復されますので、故障だと思われるでしょう。」
「そうか。障壁を部分的に破壊後、すぐに魔導制御に進入できるところまで行けばいいんだな。」
「肯定します。制御盤に繋がる鋼線が城の裏手にある壁の中を通っていますので、そこまで行ければすぐにハッキング可能です。」
ということで、俺は城の裏側へ回ると狙いを定めた。1割ほどのマナを放出して物理的に存在する城壁の上側、つまり城壁は無いけど魔導障壁だけの部分から突っ込む。魔導障壁さえ越えてしまえば、裏庭のようになっている場所は誰も居なかった。鋼線があるという壁際まで障壁破壊から1秒しないで到着。左手を壁に突き刺した。
警告サイレンのようなものが一瞬鳴ったような気がしたが、気がしただけかもしれない。とにかく城内は静かなものだったので、問題の人物が居るであろう部屋を目指すことにした。
城内は20人ほどの人間が居るらしく、センサーと人に気をつけて進んでいく。瀕死のソイツが居るという部屋には、現在誰もいないということだったのだが、その部屋だけは扉から窓まで何重にも障壁が施されており、しかも突破したらセンサーに感知されるという。なので、あらかじめノアにこの部屋のセンサーを解除してもらって、窓の障壁をぶち破ることにした。
「そいっ!」
右手に2割ほどのマナを展開し、突き刺す感じで障壁をぶち抜く。その後、力技で窓と障壁を破ると中に進入した。
・・・・・寒い・・・・・。
部屋の中は冷凍庫になっているようだが…その中で、眠っている少女が居る…。かわいい寝息を立てているのだ。一瞬、ここは幻の桃源郷なのではないかと思ったほど、彼女は美しかった。黒い髪は艶を無くし、頬はこけて眼のまわりは窪んでしまっているが、それでもとても美しかった。
「おい。ノア。俺の目がお前のせいで変になっているわけでなければ、このクソ寒い中で女の子が寝ているように見えるな。しかも美人だ。」
「雪緒。あなたの目は正常です。12~14歳ほどの人間が寝ています。」
認識した。これは死んでしまうんじゃ…。
「おい!起きろ!寝たら死ぬぞ!」
寒い中でこの台詞を本域の声量で言う日が来ようとはな…。とは言っても現実だ。肩に腕を回して抱き起こす。
「…ん。……誰?」
「そんなことはいい。とにかくここを出ないと。立てるか?」
「…いや。触らないで。誰なの?」
思春期の女子からこの台詞。俺がドMだったらどうするつもりなんだ。
「君は死にそうだ。助けに来た。」
「助けなんか必要ない。あたしはここでお仕事をしているだけ。」
…何を言っているんだ。この小娘は。
「確認だが、君は今非常に体調が悪いんだよな。」
しかも、俺の腕がマナを展開していなければ凍りそうなほど冷たいはずだ。
「…そう。お仕事のあとはいつもだから。疲れてしまうから寝ている。」
俺の顔を焦点の合わない目で見つめてそう言った。彼女の瞳は、とても綺麗な紫色だ。
「…よし。お兄さんが良い事を教えてやろう。」
やっと、焦点の合った目で彼女は不思議そうに俺の顔を見る。離せとばかりに腕を俺に押し付けてくるが、力が入らないようだった。
「死にかけの女の子を、こんな部屋に閉じ込めておく仕事など存在しない。これは自然の摂理だ。太陽が暖かいように、冬の寒さが厳しいように、可愛い女の子は大切にされなければいけないんだ。これは神様が決めたことだ。」
彼女は?マークを頭に浮かべながら、俺の目を見続けた。朦朧としている。
「…あたしは…母様を死なせたから、だから、父様は怒るから。でも、みんなのためにお仕事をすれば、あたしの部屋に会いに来てくれるから。頑張らないと、あたしは要らない子になっちゃうから…。」
また急に眼の焦点が合わなくなると気を失ってしまった。
「ノア。これはマズイんじゃないか?」
「早急に体力を回復させなければ、この少女は死にます。」
「…どうすればいい?」
「その前に雪緒。この少女は、自分のマナを制御出来ていません。」
「どういうことだ?」
「身体から次々とマナを放出し続けてしまう体質のようです。また、溢れ出るマナがフリージングの魔法効果を帯びています。この少女のマナは、詠唱やレイスの力から制限を受けずに魔法を常時発現している状態です。これが続けば、彼女は回復させてからも衰弱を繰り返し、人間としての平均的な日常生活を送ることも難しいでしょう。」
「それを先に解決しないと…ってことだな。どうすればいい?」
「彼女のマナを、私の魔導因子を中継することで雪緒のマナと結合させます。彼女から溢れるマナを、雪緒のマナで蓋をするようなものです。彼女のマナはとても大きく強いようですが、雪緒のマナであれば大丈夫です。しかし、問題がひとつあります。」
「なんだ…。」
「雪緒とこの少女は、マナ同士が結合することによっておよそ5キロ以上離れられなくなります。それ以上離れてしまうと、再び彼女のマナが溢れ出してしまうでしょう。」
それは何というか…非常に面倒臭い…非常に…。いや、しかし…そんなことを言っている場合ではない。
「…まぁ、しょうがないだろ。やってくれ。」
「了解しました。彼女の右手を、左手で握ってください。」
冷たくなった少女の右手を、なるべく優しく握る。じわっとした温かさが伝わってきた。この少女はまだ生きている。単純に助けたい。俺はバカだけど、目の前の女の子くらいは救いたい。
「…雪緒。少女のマナを中継できません。理由は不明。心臓が停止します。」
彼女の温かさが、ゆっくりと消えていく。
だめだ。…だめだ。駄目だ!!
…。
「おい!眼を開けろ!!俺の手を握れっ!!死ぬなっ!!もう嫌なんだよ。もうたくさんだ。母さんもそうやって死んだんだ。もう誰も居ないんだ。とても怖いんだ。暗いんだよ。」
「雪緒。落ち着いて下さい。言葉が理解できませ…。」
「本当は怖いんだよ!誰も居ないんだ!!帰っても、明日が来るのが怖かったんだ!!」
そうか。そうだったんだ。
「でもこの前、久しぶりにおやすみって言ったんだ…。なぁ、俺を見てくれ。」
誰かが死ぬ、誰かが居なくなる恐怖に、俺はずっと負け続けていたんだ。
「でも大丈夫なんだよ…。もう大丈夫なんだ。おやすみって言える相手がいれば、人間って大丈夫なんだよ…。」
俺は何を言っているのだろう。ただ強く、この子が戻ってくることを願った。さっき会ったばかりのこの少女に、今までの鬱屈した自分の心をぶつけるように。
何かが分かった気がした。吹っ切れた。
「…よし!俺が幸せにしてやる!!だから、生きてくれっ!!!」
左手を温かい何かが通る感覚がした。
「脈拍回復。心臓も鼓動を再開しました。中継完了。マナの転送と、治癒がリスタートしました。」
「…あ、あはは。」
確かに彼女の手は温かかった。




