日常からの剥離
高校から特に何事もなく大学へ進み、卒業後、何の疑問も持たずに母の経営する会社を継ぐことになった。
そして、母は3年後に病気であっけなく死んでしまった。
女手ひとつで俺を育ててくれて、とても人当たりのいい性格のため誰からも好かれていた。
特に親戚付き合いがあるわけでもないので、実質、天涯孤独の身になったわけだが、母の仏壇に手を合わせるという日課が増えたくらいで、別段今までと変わらず日々を過ごしている。
母の残してくれた会社も、俺が大学を卒業するまでは1人でやっていた小さな化粧品会社なので、今は昔からのお得意さんと、けして多くない新規のお客さんのみだ。
天然の成分だけにこだわったウチの化粧品は、肌の弱い女性を中心に、会社を維持してある程度の貯金が出来るくらいには売れていた。
最近のイチオシは、アンチエイジング化粧品と言われる若さを保つために使われるシリーズで、大手化粧品メーカーのようには売れないが、毎月新しいお客さんが10人ほど増えるくらいには人気であった。
…であった、というのは、俺が最後に家へ帰ったのがひと月前のことだからである。
その経緯はこうだ。
来月の商品を注文して、家の隣にある事務所兼倉庫になっている会社をあとにした俺は、スマホでメールを確認しながら帰宅。いつものようにリビングの電気をつけて、友達からの馬鹿なメッセージに、さらに馬鹿なメッセージとスタンプを返信する。
普通の2LDKマンションの3階。寂しい独り者ではあるが、ペットを飼うほどの時間的余裕もないので、出迎えてくれるカワイイ何かは居ない。とりあえずテレビをつける。もう習慣になっている。
ソファーに座った瞬間に、テーブルの横にある不思議な物体に目を奪われる。
・・・・人が倒れているんだが・・・・。
鍵が閉まっていた自宅のリビングに、人が倒れているという事実を認識出来ずにフリーズ。
5秒ほど経過後、小さく「へぃ」という変な声とともに立ち上がる。もちろんリモコンは持ったままだ。
泥棒か不審者か、はたまた幽霊的な超常現象か、と一瞬で考えが巡る。しかし、ただ倒れている人という事しかわからずにあたふたしていると、テレビの音とは明らかに違う音量の声が聞こえた。
「…ユーザーの死亡が確認されたため、プログラム緊急規定第13条へ移行します。」
その時の俺には何を言っているのかはわからなかったが、声のするモノを特定しようとすると、倒れている人の右手あたりが爆発した…。衝撃でつまずいた俺は、豪快にソファーの裏側へと倒れる。
気を失っていたようで、気がついた時には喉がカラカラになっていた。
どのくらい気を失っていたんだろうか。っていうか、気を失うって人生はじめてなんですけど…。これって病院で検査とかしたほうがいいんじゃないのかな。あれ?なんか大事なことを忘れているような…。
後頭部をさすりながら、とにかく喉の渇きを潤すために冷蔵庫のお茶を飲む。2リットルのペットボトルがカラになるが、全然渇きが癒えない。買い置きしている水を取り出すと、そのまま2リットルを3本飲み干した。不思議とお腹がタプタプになるようなこともなく、これってさっきの衝撃で身体がおかしくなっているんじゃないの…?と思った時に、思い出す。
さっきの衝撃って…そうだ! 人が倒れて……!?
急いでテーブルの横に目をやるが、そこには何の痕跡も残っていなかった。
倒れていた間に、夢でも見たのか…?これって、脳梗塞とかまずい病気じゃないよな?明日の予定は、特に会社で事務仕事をするだけだし、朝から病院に行ったほうがいいのかも…。などと考えていると。
「適応が完了しました。プログラム緊急規定第15条により、転移プログラムを再構築します。」
という声とともに、視界が暗転する…。
スマホから、メールの着信音が聞こえた。




