THE BODY
結衣は目を覚ました。正確に言うと、目は覚めていないし、覚める目もなかった。なぜなら彼女の肉体は存在しなかったからだ。彼女は自身が人間として存在していた世界に意識の塊として存在していた。そして“意識”の目の前には彼女の“肉体”が転がっていた。“肉体”を中心に血の池が広がり、両足は明後日の方に折れ曲がり、膝を骨が貫通した。顔面は地面に強く打ち付けられ、ただの平坦な肉の塊と化した。臓物という臓物が破裂し、骨という骨が木端微塵になっていそうなざまだ。“意識”は身震いしそうになったが、心だけが震えた。
自分だったとは思えない“肉体”を見ると唐突に吐き気がこみ上げてきた。が、勿論吐けず、不快感だけが留まった。“肉体”を認識すまいと目を閉じようとしても、瞼はないので現実を隠せない。後ろを向こうとしても、“意識”は“肉体”の存在を認識してしまう。
どうやら結衣の意識は肉体の死によって解放され、この世界を見つめることのできる“意識”へと昇華されたらしい。しかし、その副作用とでも言うべき現象として、“意識”は現実で起きている出来事から目を離せなくなってしまった。自分の行為によって肉体が“死体”に変わってしまった現実から、今は逃れられないでいる。
そのことで、結衣の“意識”は自分が生への執着を持っていたことを知る。見たいと思っていた世界の始まりが、自分の肉体の死だったからだ。里香の元へと視点が移動していてほしかった“意識”は、意外な気持ちだった。
嫌でも認識してしまう“死体”を見ていて、“意識”は気づいたことがある。左手首にリストバンドがないのだ。つけて飛び降りたのに、そこに存在しなかった。辺りに飛んでもいなかった。もげかけの手首が肉の間から血を噴出させているのみだ。
不自然なことだが、追究するのはやめることにした。奇妙な話だが、死んでなお、現実を見ても平常心を保つ力が必要だと直感でわかったからだ。リストバンドとともに死んだ、ということにしておけばなんら問題はないのだ。
きっとそのうちに“死体”は然るべき処理をされて埋葬へと至るだろう。そうすれば生への執着も薄れ、里香の世界を見られるようになるに違いない。その時が来るまで辛抱だ。そう思った。
相変わらず気分は酷かったが、青空に雲は流れていった。梅雨の晴れ間の午後だった。
読んで下さった方、ありがとうございました。話の流れに破綻があるかもしれませんが、是非忌憚のないご意見を頂けると幸いです。




