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世界は一つじゃない  作者: 茶瓶
白石結衣の見ている世界
7/8

世界は一つだ

この話の中心にいる女子高生の話。

 屋上の錆びて重い鉄扉を開けると、一瞬だけ心地良い風が吹き込んできて、外に出た瞬間にまた空気の熱を感じた。屋上には誰もいない。

 屋上に来るときはいつもそうするように、新聞紙を汚れたタイルの上に敷いて、そこに座った。今日はフェンス際に陣取った。

 梅雨は明けていないのに、太陽が出しゃばっている。もう少し引っ込んでいればいいのに、そう思う。暑すぎると汗をかいてしまうのが嫌だ。

 少しずつにじみ出てきて、ついには垂れた一筋の汗を、左手に巻いたピンクのリストバンドで拭う。汗は一瞬で吸い取られ、そこに気配を残さない。

 私の汗の臭いが、本来の持ち主の匂いと混じりあって、何とも言えない香りになる。半分は嫌悪で、もう半分は憧れの香りだ。


 このリストバンドは里香のものだ。前にプレゼントであげて、ちゃんと使ってくれていたみたいだけど、盗んできた。理由は二つある。一つ目は、彼女とのつながりを得るためだ。体や心で繋がれない場合には、物を通じてつながるしかない気がする。

 二つ目は、……手首の傷を隠すためだ。昨日切ってしまった左手首を、飛ぶ前に誰かに見られてはいけない。計画が頓挫してしまうからだ。止められ、監視されたら、青空に向かって羽ばたけない。

 決して衝動的に飛びたくなったのではない。それはわかってほしい。誰にか? と問われたら、その答えはもちろん里香となる。あなたに返事をしてもらえなかったから自殺したんじゃない、とできるなら目を見て伝えたい。

 ただ、もう彼女に自分の世界を押し付けてはいけない。そのことがわかった。なぜわかったかというと、彼女がすぐに返事をしてくれなかったからだ。



 昔から考えていることがある。私の生きている世界は、誰かと同じ世界なのだろうか。共有できるものなのだろうか。そんなことだ。


 そう考えるようになった発端は、小学生時代の出来事だ。5年生のころ、二人の男子が、ボールの取り合いで喧嘩を始めた。片方の男子が一人で壁あてをしていた所に、もう片方がやってきてキャッチボールをしようと言った。しかし元からいた男子は照れ臭そうにはにかみながら一人で壁あてを続けていた。すると後から来た方は無理やりボールを奪ってしまった。そして取っ組み合いの喧嘩になった。


 小学生の喧嘩なんてよくあることだから、なぜ心に残っているのかはわからない。それでも理由をあげるとすれば、あのはにかみを見てしまったからだろうか。とても嬉しそうでもあった、あの顔を。無視したかったわけではないはずだ。ただ、恥ずかしかっただけのはずだ。その表情は、言葉で表現できなかった気持ちを、見事に表象していた。まるで彼だけだった世界に一筋の光明とともに天使がやってきたみたいだった。

 しかし、もう一人の男子にはその表情が見えなかったのだろう。無視されたと思って悔しくなったのだろう。歯を食いしばっているのが私の位置からは見えた。きっと彼だって勇気を持って話しかけたはずだ。それなのに無視されたと思えばカッとするに違いない。

 喧嘩は大きな怪我もなく、彼らの関係に支障をきたすこともなく終わった。それでも私の心は靄がかかったままだった。


 二人の気持ちが見て取れたからこそどちらのせいにもできない。両者がともに正しくて、互いに人間らしい。どちらも肯定してあげたい。そう思うからこそ、余計に辛くなった。

 その時は、まだ小学生だから視野が狭いだけだろう、ということで片付けた。でも、今回の里香の件で考えが変わった。

 人は成長しても基本的に視野は広がらないのだ。きっと社会人になっても広がらないだろう。自分の世界が広がるだけで、他人の世界なんて見えやしないのだ。里香は私の告白を自分のこととしか考えていない。私がどう思っているかなんて蚊帳の外なんだ。


 もちろんこの考えは自分本位な考えなのはわかっている。でも、そんな思いを肯定してやれるのは自分しかいない。誰もしてくれなかったら自分でするしかない。それは当たり前だけど、とても悲しいことだ。

 あと、私は彼女を必要としているのに、彼女が私を必要としてくれているのかわからないのも辛いことだ。結局のところ、自分以外が見ている世界なんてわからないのかもしれない。そういう意味で、世界は一つっきりだ。



 あぁ、ラムレーズンのアイス、美味しかったな。少しは里香のことわかってあげられたかな。絶対にわかっていないな。

 ひょっとすれば、死んだ後なら少しずつわかってあげられるんじゃないかな。このリストバンドをつけて死ねば、彼女の一生を添い遂げられる気がする。

 結衣は手首につけたリストバンドの存在を確かめるように胸に当て、そしてフェンスを乗り越えた。目の前に彼女を守るものは何もない。誰もいない。


 そして彼女は宙へ舞った――――。


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