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 当初の予定通り、美樹は演劇部へと入部した。

 英人から聞いていた通り、活動に力をいれているらしく、週のほとんどを部活動に費やす事になる。英会話教室は土曜日に集中して受講する形したが、さすがにペースが落ちるのでその分平日に自力で単語や文法だけでも頭に叩き込む。

 幼い頃から知識を吸収しようとしていたせいか、前世と比べ吸収の良い頭に感謝だ。勉強に英会話に演劇に、最近は中国語とフランス語にも手を出している。

 ちょっとハードだと思うが、自分がやりたい事なので苦痛には感じない。語学の方はまだ英語を重点的にしているため、他は軽くに止めているのはちゃんと続けるためだ。

 無理をしすぎて放り投げてしまっては意味が無いのだから。


 英人という気配り上手な先輩がいたので、部活に馴染むのも早かった。今はまだ私は体力作りや発声練習、大道具作りなどがメインで、舞台に立つのは先輩方だ。

 先輩達の練習を見るだけでも勉強になるし、裏方作業が多いといっても、音響や照明などは見ているだけでも楽しい。

 それなりに実績を残しているらしく、部室にはいくつもの賞状やトロフィーなどが整然と飾られている。

 舞台女優や俳優を目指し、そういったスクールに通っている人や、大学は舞台芸術学科を狙っているような人もいて、刺激を受ける。


 興味を覚えたものに、躊躇(ためら)わずに手を出している自分がここに居ても良いのだろうかと思う時もあるけれど、やる気が無いならともかく、楽しく真面目にやってるなら問題無いと一笑に付された。

 台本を覚えるだけでも大変だと思うのに、演技力、大勢の前で演じきる舞台度胸、それだけでなくあらゆる表現に対応するための体力や柔軟性も必要で。さらにはアドリブ能力などなど。例を挙げればきりが無いほど様々な能力を要求される。

 三年の三枝(さえぐさ) 千秋(ちあき)先輩が一瞬でその場の空気を変えた時には息を呑んでしまった。舞台だけでなく会場の隅々まで己の領域とする力。

 それだけの演技を見せつけ、皆に尊敬されている先輩が……今目の前にいる。


「えっと……その、三枝先輩、どうされたんですか?」

 部室に忘れ物を取りに戻ると、部屋の片隅で一人ぼんやりと(たたず)む千秋がいた。

「葉月さんか。驚かせたね」

 線が細く、それこそ美女役さえ出来そうなほど整った顔立ちがすまなそうな笑みを浮かべる。

「ちょっと考え事をしてて。葉月さんこそこんな時間にどうしたの?」

 明るい声で問いかけられたのに、ちょっと忘れ物しちゃって……と返しながら、椅子の上に置き忘れてたノートを手に取る。

 まだまだ覚える事ばかりで、気付いたことや身に付けるべき事をメモしているのだ。明日の部活までに一度目を通しているのだが、門の所で忘れた事に気付いて引き返してきたのだ。

「先輩こそ……大丈夫です?」

 いつもと変わりないようでいて、部室に入った時の雰囲気といい、最初の声がわずかに力無かったように思えた。

「え……?」

 心配で声をかけたら、意外な言葉を聞いたかのように、千秋がかすかに目を見張る。それは小さな変化かもしれないが、あの無表情の権化だった遥の幼馴染だった私を舐めちゃいけない。

「何かいつもより元気がないような感じがして」

 かといって、相手は尊敬しているとはいえ、心の中にずかずかと入り込めるような関係じゃないので、やんわりと問う。ここで否定するようならそれ以上は何も言うまい。

 だけど、相手がそのままこちらを穴があくほど見つめてくるので非常に困る。

 あまりにじっと見つめてくるので、さすがに居心地が悪くなってきて、慌てて続ける。

「なにもないなら良いんですよ!ちょっと心配になっただけです」

 ぱたぱたと顔の前で手を振ってどこか緊張した雰囲気を崩す。

「それじゃあ、また明日もよろしくお願いしますね。さようなら」

 ぺこりと頭を下げ、その場を後にした。

 翌日も、その次の日も、千秋はいつも通りだったので、気のせいだったのかな?とか思いそのままその出来事を私はすっかり忘れていた。



 ――それから数週間後。


「葉月さん、今ちょっと良いかな?」

 部活が終わり着替えも終え、さて帰るかと荷物を手にした時、千秋から声がかかる。

 普段挨拶をしたり、部活中に指導してもらう事はあっても、こうして個人的に話をする事は無いので、不思議に思いながらも頷く。

「時間取らせちゃうから、お詫びにジュースくらい奢らせて?」

 お断りするのも失礼かと、遠慮なく好物の無糖紅茶を買ってもらう。どうも甘い紅茶は苦手なのだ。いっそミルクティーまでいけば別物のような気がして飲めるのだが、それくらいならチャイが良い。

 夏を目前にした今、冷たい紅茶は部活後の喉を心地良く滑り落ちる。

「……どうして、わかったのかな」

 落ち着かなさ気だった千秋もまた水を飲み落ち着いたのか、話し始める。

「何のことですか?」

 質問の意味がわからなくて、逆に問いかけるとしばらく迷った後、この間、部室で心配してくれたよね?そう言われてようやく思い出す。

 ……綺麗さっぱり忘れていた。一瞬何のことだかわからなかったくらいだ。

「言ったままですよ。元気無さそうだったから心配になっただけです」

「元気が無いって、何でわかったの?」

 この人は何を言ってるんだろう。

 聞かれている意味がほんっとーにわからない。

「だから、元気が無さそうだったからですよ?」

 会話が成立している気がしない。ちょっと面倒になってきたが相手は演技に関して右に出るほどがないほどの尊敬している先輩だ。ここは付き合うべきだろうと、長期戦を覚悟して千秋が口を開くのを待つ。


「……見破られたのなんて初めてだ」

 ぽつり、とようやく零れ落ちた声はまるで独り言のように小さかった。

「昔から、取り繕うのが上手かったんだよね……。素のままでいるより、いつも笑ってたほうが周りが喜んでくれて……」

 自動販売機の横に据えられているベンチに腰掛けると、空を仰ぎ、片腕で千秋は顔を隠してしまう。

 そのままの姿で、淡々とした声で続ける千秋には、普段の明るい姿は見る影も無い。

「そのうち、児童劇団入ってさ。褒められるのが嬉しくて、演技の勉強いっぱいしてさぁ……」

 ぽつり、ぽつりと零れ落ちる言葉には、きっと誰が聞いても弱弱しいものだろう。

「そんなことしてる内に、相手が喜ぶ顔を反射的に作るようになってさ。誰かと会うたびに……誰も、本当の僕なんてわからないんだって思ってたのに……なんで、君は」

 本当の僕に気付いたの?そう問いかける声は震えていた。


「…………本当の先輩っていうのがどんなのかわかりませんよ」

 柔らかな声でそう告げると、千秋が愕然とした表情で私を見上げる。

「だって、本当とか、作り物とか以前に、先輩と私って知り合ってそんな間も無いんですよ?わかるわけありませんよ」

 裏切られたかのように、傷ついた表情をして千秋は俯く。

「でも、今日の先輩は今まで見たことがない顔ばかりしてますよ?先輩は……考えすぎなんじゃないですか……?」

 微動だにしない千秋の横に、ちょこんと座ってみる。

「誰だってそうなんじゃないですか?親や先生の前だと無意識に良い子の仮面被ってるだろうし、友達と一緒だとちょっと悪ぶってみたり、年下の子の前だと大人ぶってみたり。嫌われたくない人の前だとやっぱり印象良くしたいなって無意識に笑顔になってるだろうし……その、取り繕った顔こそ、その人に対しての本当の自分なんじゃないですか?」

「……だけど、僕の顔は無意識に……っ!?」

「今、先輩はどんな顔してます?」

 むにっ、と千秋の頬をひっぱってみる。

「ど、どんな……って、驚いたに決まって――」

「どうしていいかわからない子供みたいに、困った顔してますよ?」

 ぱちぱちと目を瞬いているところは確かに驚いているように見えるだろうが、その眉は頼りなくへにゃりと下がっている。

「ずっと鏡で見てるわけじゃないんですから、思ったとおりの顔がいつも作れてるわけじゃないと思いますよ。それにさっきから先輩百面相ですよ?」

「それは、君だから……っ」

「……?単なる部活の後輩の前でこうなるんなら、問題無いんじゃないですか」

「僕に気付いてくれたからっ!!」

 いやいやいや、と首を振る。あの部室に入った瞬間の途方にくれたかのような立ち姿を見れば誰だって心配になりますって!!とあまりの誤解に必死に否定する。

「えーっと……これを言うのもどうかと思うんですが。先輩ってああいう時、私にしたように明るく声かけてたんじゃないですか?」

「そうだよ、僕はどうしてもああやって……」

「だから、相手も気を使って合わせてくれたんじゃないですか?」

 悲しそうに話している最中の千秋の言葉をぶった切る。

「え?」

「それこそ、よっぽど仲が良い相手じゃなかったら、何でもない振りなんてされたら、それ以上何もいえませんって!それに、先輩がそうやって誰もわからないなんて壁作ってたら、相手も遠慮がちになりますって」

 特に先輩は明るくて人気者だから、先輩にとって自分はその他大勢だと思ってる人多いし。そうそう聞きたくても聞けませんって。そう軽く続けるのに、何でこうも認めたくないのか、千秋は必死に否定する。

「でも、君は聞いてくれたじゃないか……っ!」

「あ~……えーっと、それは、理由が。うちの幼馴染がですね。そりゃもう、小さい頃なんて無表情の権化だったんですよ。だから何か気になったら無神経にどうしてか聞く癖ができてまして……」

 私が特別なんじゃない。ただ遠慮が無いだけだ。

 ははははは……と空笑いしていると、千秋もつられたようにぎこちなく笑う。

「僕の一人相撲だったってこと……?」

 少し明るくなった声でそう尋ねる千秋に、否定してあげることができず、そのまま笑っておく。

「あーっ!!もう色々考えてるのが面倒になってきた!もうそういう事にしておくよ」

 考えすぎていっそ開き直ったのか、千秋が勢いをつけて立ち上がる。

「ちょっとすっきりしたよ。ありがとね葉月さん」

「いえいえ……というか結局役に立ったのか、立たなかったのか」

「十分たった、たった」

 からりと笑うその表情は晴れやかで。まあすっきりしたならいっか。と私もつられて笑う。


 その後、演技が上っ面のものじゃなくて深みを増した。と満足そうな部長と、その言葉に満面の笑みを浮かべる千秋の姿があった。



【本編 千秋】


 演技と自分の境目がわからなくなって途方に暮れていたところを美樹に相談して開き直る。

 そうしてみれば、気付いてくれる人は一杯いて演劇にかける青春を満喫している。実力派舞台俳優になるのが夢。


【ゲーム内 千秋】


 誰も本当の自分に気付いてくれないと、諦めきっていた時にゲームの主人公と出会う。

 私には本当の笑顔を見せて、と言われ真実の自分を見てくれる存在が出来た事により依存する。

 そのうち、君も本当の笑顔を他人に見せないでと言い出し、無口、無表情で居ることを強いるようになる。

 次第に孤立してゆく主人公が自分にも笑顔を見せてくれなくなったことにより、病んでいった果てに、自分の言うままの表情をするようになるまで、主人公を壊してしまう。



※改稿:あとがき部分訂正 実力は→実力派

    本文訂正→地の文に限り 三枝→千秋に統一(いままでと合わせました)

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