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「美樹、ちょっといいか?」

「ん?大丈夫だよ」

 春休み最終日、明日の支度がお互いあるだろうけど、遥の浮かべている表情が沈んでいて、素直に頷いた。

 最近の微妙な雰囲気に戸惑いながらも、心配が先立ち自室へと促す。

「いいのか……?」

「今さら遥に隠すようなものもないし」

 年齢が上がるにつれ、遠慮するようになってきていた遥にさらりと返す。

「そうか」

 躊躇するそぶりの遥の手を掴みながら告げると、沈んでいた気配が和らぐ。

「あんま変わってないな」

「そんなにすぐ趣味が変わるわけでもないし、こんなもんでしょ」

 お気に入りのふわふわクッションを置いて座らせると、掴んでいた手を逆に捕らわれ引き寄せられる。

「ちょっ!!」

 ぽすん、と遥の膝の上に座ってしまい慌てて立ち上がろうとすると、肩にこつりと遥の頭が乗ってくる。

「あいつ、何であんなに仲良いわけ?」

 刺々しい口調に驚き、遥の顔を見ようとしても俯いていてよくわからない。

「ん~色々あってね、良かったら遥も仲良く……」

「嫌だ」

 恭の問題をさすがに遥にとはいえ勝手に教えるのも憚られ口を濁していると、やけに強い口調で遮られてしまう。

 驚いて身動(みじろ)ぐと、逃がさないとばかりに遥に抱きつかれる。小さな頃から仲が良いとはいえ、こんな事はされたことが無くて戸惑いしか浮かばない。

「嫌だ……」

 擦れた声で呟かれたその言葉は小さくて、ギリギリ聞き取れるものだった。だがその声があまりにも弱弱しくて、反射的にこちらからも抱きしめる。

「どうしたの?」

 いつの間にこんなに広くなったんだろうと、ぼんやり思いながら遥の背をそっと撫でながら聞いても、返事が無い。

 焦らせるよりも、妙に不安定な遥を落ち着かせたくて、そのまま背中を撫で続けていると、ようやく遥が口を開いてくれた。

「最近、お前の周りに知らない奴が多すぎる」

「って、秀人さんと恭くん……?」

 確認すると、ぎゅう、と痛いほど遥の腕に力がこもる。一瞬息が詰まるものの、遥の反応からして正解だったようだ。

 これはいったい何だろうか、さすがに遥ももう、幼馴染を取っちゃ嫌だとか言う年ではないだろう、というよりそんな事言われた事も無い。

 それ以前に、自分よりも仲が良くなりそうな存在を遥が作らせないようにしてきた事に気付かないまま、首を捻る。

「なあ、お前の一番傍にいるの、だれ……?」

「え?家族……って、いたたたた」

 返事が気に入らなかったのか、さらにぎゅうぎゅう締められる。遥は私を潰したいのだろうかと思うほどだ。

「それ以外だと、遥じゃない?」

 続きを言うと、途端に締め付けが緩くなる。

「さっきの奴は?」

「恭くんはご飯一緒にしてるだけだよ。それに、私とっていうより家族みんなとって感じだし……」

 痛い痛い痛い。また何が気に入らなかったのか締められる。

「なあ、俺は……?」

 ふらり、と再び声が揺らぐ。ぐり、と肩に額も強く押し付けられるのを感じながら、今さら、と返す。

「遥は、居ないほうがおかしいってくらいじゃない。もうセット扱いされてるし」

 行き先を言わず出かけて来ると私が言えば、それは遥の所と認識されているほどだ。遠慮する遥とは違い、私は未だに遥の部屋に行っては勉強したり、本を読んだりしているくらいだ。

 一人の時間も好きだが、遥と過ごす時間に慣れきっている。ただ、最近微妙な空気になってからは行ってないのだが。

「休みの間、来ないし」

 考えた瞬間、そんな事を言われて内心ぎくりとする。

 普段なら短い休みの間でも、何回もお邪魔しているのがパターンだ。まあ、実のところ恭の事も心配で家に居るようにしていたのもあるけれど、二人きりの空間であの空気になるのはちょっと……というのが本音だ。

 そしてまさか、それを遥がこんなに気にしているとは思わなかった。

 こんな風に抱きしめられるのも、不安そうなのも初めてで心配半分、最近の微妙な雰囲気から遥との関係が崩れるのが嫌なのが半分で、意を決して口を開く。

「最近の遥、ちょっと違うよね」

 ぴくり、と腕の中の大きな身体が反応する。

「…………」

 黙ったままの遥の背を撫でながら、思うままに言葉を紡ぐ。

「距離があるようで、ちょっと怖い」

 妙な雰囲気になるたびに、遥との心の距離がじりじりと離れているんじゃないかと密かに思っていた。

「遥の所に行くのも、当たり前だったのに、迷う自分がいるんだ。そんな自分が、嫌だ」

 小さな頃からいつも一緒で、隣にいるのが当たり前で、会話するときはまず遥の顔の位置に向いてしまうほど、近い存在だったのに……

 そう思いながら、無意識に遥のシャツを握り締めていた。遥の不安が伝染したのか、繋ぎとめるかのようなそれに気付き、慌てて手を離す。

 遥の腕の力も緩んでいたのか、今度は簡単に距離が空く。

「……俺が傍に居るのが、美樹にとっての当たり前?」

 強い眼差しで見つめながら問いかける遥に、躊躇せず頷く。

「距離が開くの、嫌?」

 どこか甘やかすような声に促され、こくりと首を振る。

「…………」

 探るような目で見られるのに、不安を隠さず見つめ返すと、長い、長い時間の後……遥は疲れたように大きく息を吐き、俯いた。

「あー……どうしよ、押すべきか、引くべきか……」

 小さな声でぶつぶつ言ってる声が聞き取れなくて、遥?と呼びかけても反応しない。

「遥?ねえ、ちょっと、遥?」

 そのまま何か呟いてたかと思うと、遥は一度大きく首を振り立ち上がる。

「今の所はもうちょっと待つ」

「え?何を?」

「今日はもう帰るな」

「え?え?え?」

 妙な行動を取ったかと思うと、吹っ切れたかのようにいつもの顔をして帰りだす遥の反応に追いつけず、同じ言葉を繰り返している間に扉が閉まる。

「え?えっと……結局、何だったわけ……?」

 遥の不安はどうなったのか、私の疑問の答えは何なのか、何一つわからないまま遥の背を混乱したまま見送った。




【ルート分岐】

 美樹の不安を相談しなかった場合、遥の不安が解消されず、遥が不安定に。

 秀人や恭との関係を手始めに、自分以外との関係が切れるように動き始める。

 些細な事で不安になり、美樹を縛り付けるようになりはじめる。


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